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地平線を越えて
10 姉妹と魔王と末っ子と
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魔族の男、本名レンテの話を要約すると、こうなる。
自分は物心ついたときから、ずっとイジメられていた。といっても酷い暴力を受けていたり、過剰に無視されていたわけではない。ただその能力が低過ぎる故に、周りからもっと頑張れとか、もっと努力をしろなどと、ことある毎に言われ続けていたようだ。
きっと皆は善意で言っていたのだろうが、そのときの状況や環境を連想してみるに、それは過剰であったのだろう。
これは共感出来ない者が多いだろうが、過度の励ましや努力の強要は、それをされる側にとっては苦痛であり、相当なストレスとなる場合がある。
なにしろ、出来ないものは出来ないのだから。そしてそれを本人が一切望んでいなく、だが周囲が、「こんなに応援しているんだから期待に応えろ」と応援という体の強要をしていたのなら、尚更そうなるだろう。
悪いことにそれは往々にして、顕著に現れることが多い。自分が出来ることは他所も出来るわけではないのに。一歩間違えばそれをされた者は、病んで自死する可能性だってある。
そしてそうなってしまった時、その原因となった側はその相手を酷く悼む。自分たちがそうさせたと理解出来ずに。
全ての種族にいえることだが、それぞれの個体能力は全く違い、多少の類似はあるだろうが、同一ではない。
ディフェンスが得意な者もいればオフェンスが得意な者もいて、ポストプレーが重要と言う者もいるし外角シュート最高と言う者もいる。もちろんアシストだったりリバウンドに重きを置く者もいる。そういうものだ。
残念なことに、それが判らない者の方が圧倒的に多く、能力に優れた者にその傾向が強い。
そして此処でいう「能力に優れたもの」とは往々にして、物理的に「強い」ものや権力的に「偉い」ものを指し、更にいうなら「ちょっと強い」とか「ちょっと偉い」とかいう、俗にドングリの背比べ合戦に勝利したボスザルのような輩に多い。
まぁそういうのは次期に、伸びた鼻を折られて落ち込むか、そのまま増長して真に優秀なものにコテンパンにされて病んで引き篭もるかのどちらかになるだろうが。
そんな幼少期を過ごし、そして成長してからも一向に脳筋な能力的に底辺なレンテ青年は、やがてその脳筋能力の無さを嘆き、自分をいないもののように扱う母親から逃げるように、生家を飛び出したそうだ。
このときこの話を聞いたナディとヴァレリーが、謎に激怒した上で「よく頑張った!」と背中をバシバシ叩きながら褒めたため、レンテは戸惑った後にちょっとウルっと来たそうだ。肩甲骨が砕けるかと思ったから二つの意味で、だが。
その後は各地を放浪し、各地に蔓延る脳筋相手に酷い目に遭い続け、そしてこの【結晶鋼道】に辿り着いた。
当時の【結晶鋼道】はただの廃坑で、門前町であるファサードロックはヒト一人居ない名もない廃村であり、レンテが身を潜めるにはちょうど良い場所だったのである。
幸いというか、レンテはフィジカル的な能力や魔法的な能力に恵まれていないだけで、物を作り出したり既存の物を改良する術に長けていた。
本来であればそれだけで重宝される人材ではあったのだが、彼の生家や故郷ではそういう面で見る目が無かったのである。
そうして細々と少ない資源を採掘しながら、創作と改造をしつつ一人で過ごし、やがて五十年が過ぎた頃。廃坑の奥深くで奇妙な物体を見付けた。
それは、多量の魔力を宿した装置だった――
――*――*――*――*――*――*――
「で。その装置ってのが、このアーくんが入ってる水槽に繋がってる魔法装置だった、ってことね」
「あ、ハイ。仰る通りです」
迷宮核がある玄室にテーブルセットとソファベッドを出し、レンテに昔語りをさせながら、ナディたちは優雅なティータイムをしていた。
もちろんナディたちだけしているわけではなく、ちゃんとレンテにもお茶と茶菓子や軽食を振る舞っている。メッチャ戸惑っているけど。
あとアーくんって誰? 言っていることが不明過ぎて、なにをどうしたいのか判らないのだが、取り敢えずそれに関しては突っ込まない。正解かも知れない。
「あのー、凄く今更なんですけど……」
「あん?」
恐る恐るお茶に口を付け、それが美味しくてちょっと感動して目を潤ませているレンテが、やっぱり恐る恐る訊いた。そして疲労困憊でソファベッドに引っ繰り返っているナディが、目をショボショボしながら態度悪く答える。それと何故かヴァレリーがナディに腕枕をしているが、それは触れると恐ろしいことになりそうだから気付いていないことにした。
「オレ、こんな扱いされて良いんでしょうか。貴方たちを殺そうとしてたんですけど……」
「良いわよ別に。ナイスファイトだったわよ。私も己の未熟さを痛感出来たし、良い機会だったわ」
水に塩、砂糖、そしてレモン果汁を適量入れた手作りスポドリを一気飲みして、呑兵衛のオッサンみたいに「ううぇ~い」と言いながら手をヒラヒラさせるナディ。疲れ過ぎててもうどうでも良いらしい。無理矢理体力を賦活させた反作用なのだろう。
「ヒトってね、色々な失敗や敗北から学んでいくのよ。アンタの最後の竜、凄かったわよ。私一人だと勝てなかったもの。レオと変態の力を借りてやっと倒せたんだから」
変態とは? レオはさっきレンテに淡々と正論だったり確信を突く推理を展開した少女だと判るが、変態と言われても……
「変なトコ触んな」
「あー……」
ナディの色々――主に下半身を撫で回して引っ叩かれている、竜を生きながら解体したバケモノを見て、やっと納得したレンテである。羨ましいとか、自分もそんな相手が欲しいとか、チョットしか思っていないし。
「あのー、それで。貴方たちは一体、何方なんですか? ヒト種なのに圧倒的に強いし、それに魔族の王家についても詳しそうなんですけど……」
「あー、そりゃそうよ。私、アデライドの転生体だから」
レンテの素朴な疑問に、サラっと爆弾を投下するナディである。そしてそんな爆弾発言を、レオノールもヴァレリーも一切止めない。隠しているわけでもないから。ただヒト種が相手だと色々面倒になりそうだから言わないだけ。言っても誰も信じないだろうけど。
「誇りなさい。アンタは転生体とはいえアデライドを追い込んだ最初の魔族なのよ」
「は? え? アデライド? どういう……」
「私、魔王妃だったアデライドの転生体なの。あと此処で虎視眈々とセクハラの機会を狙いつつちゃっかりヒトのおしりサワサワしてるのが、魔王ヴァレリアの転生体で、【魂の継承】して【覚醒】した今代の魔王」
その情報量の多さに暫くフリーズし、やがて理解が及んだのか突然立ち上がると、
「大っ変! 申し訳ございませんでした!」
見事なジャンピング土下座をキメた。
しかしそんなのどうでも良いと思っているナディは、
「そんなことしなくて良いってば。今の私はただのヒト種の孤児。あ、こっちの変態は一応侯爵家の三男か。でも気にしないで。コレ絶対に貴族向いてない」
「ボクはナディがいればそれで良い」
畏まるレンテを困ったように見て、そう言い席に戻るように促す。ヴァレリーが首筋をクンカクンカしたり手が徐々に内腿を撫で始めたため思いっ切りツネっていたが。
「そうだ。話を聞く限り、アンタ魔術具の創作が得意なんでしょ」
「あ、はい。よほど難しいものでなければ大抵のものは」
「じゃあこの変態をなんとかする魔術具を作って」
「え? あー、えーと、それはちょっと無理です」
「即答? そっかー、優秀な魔術具職人でも変態は抑えられないかー」
そう言って凄く残念そうな表情をするナディ。だがその手は、セクハラ継続中な誰かさんの腕を捻り上げようと熾烈な戦いを繰り広げている。ちょっとナニ言ってるか判らなくなるレンテであった。
「優秀な魔術具師でも変態は治らないしどうにもならないって判ったところで――」
「いえ、あの、変態は魔術具でどうにもならないんじゃ……」
「一縷の望みってヤツよ。そんなことより――」
色々されている状況を鑑みるに、結構深刻なのでは? そう思うのだが、見方を変えればイチャついているようにしか見えないため判断に困るレンテであった。
「あの装置。あれはアンタが見つけたときにはどうなってた? もしかして、魔力供給装置が寸断されかかっていたの?」
「あはい。何故かこの部屋ごと落ちたように傾いていましたし、そもそも部屋自体が埋まっているようでした」
「え? ん? んん? ちょっと意味が判らないんだけど?」
「いえ、あの、信じられないんでしょうが、俺が見つけたときはどう見てもそんな状態だったんです。おかしな表現ですが、高所から部屋自体が落ちて埋まったような状況にしか見えなかったんです」
坑道の奥深くで発見した場所が落ちて埋まったようだと言われても、正直意味が判らない。ナディは首を傾げるばかりだった。
ちなみにこのときレオノールはわずかに首を傾げただけで口を挟まず、そしてヴァレリーは……ナディの肘鉄を喰らっていた。
「うーん。ちょっと判らないわね。やっぱり本人に訊くのが一番か」
そう言うと、ナディは「よっこいしょ」と掛け声を掛けて起き上がる。そしてヴァレリーは、捨てられた子供のように悲壮な表情で「Noぉーー!」と言っていたが、それはどうでもいいだろう。
「アンタ、レンテだっけ? この装置さ、どういう目的で作られて使われているか判ってる?」
手を差し出してまだ「Noぉーー!」と言っているヴァレリーを無視し、首や肩を解しながら魔法装置へと歩いて行く。そして削れ消え掛けている回路に上書きされた、お世辞にも美しいとはいえない魔術回路を指でなぞる。
「え? いえ、判らないです。オレはただ、どう見ても高位魔族だろうこのヒトの力を借りようとしただけで……。あとは、余剰魔力を使って迷宮を創っただけなのでそれ以外はちょっと……」
「まぁ、そうだよね。私だって良く見ないと判らないし……うん、今ちょっとツッコミどころがあったけど、それは後にしよう」
即行で突っ込みたい気持ちを飲み込み、ナディはレンテが施したであろう魔術陣を次々に消し、新たに魔法陣を上書きした。そうすることにより魔法回路が徐々に正常起動していき、やがてその全工程が終了する。そしていつの間にか色々な意味で復活したヴァレリーが、やっぱり後ろからナディを抱き締めていた。その手は当然腰に回っている。
それを呆然と見ていたレンテは、改めて思う。ああ、このヒトは本当に魔王妃様なのだ――と。更に魔王様は思った以上に魔王妃様を愛してるんだとも思い、でも好きが過ぎて変態だなーとも思った。
「この魔法装置は治療のためのものね」
正常稼働を再開した装置を見上げて満足そうに言い、腰から胸にさりげなく移動させているヴァレリーの手を引っ叩いた。
「そして目的は『精霊化症候群』の治療」
「なるほど?」
ナディの言葉に首を傾げるレオノールとレンテ。そして本来であれば識って然るべきな魔王様は、取り敢えずナディの首の匂いを嗅ぐという変態行為をしながら、それっぽいけど曖昧な返答を返した。それに関しては、既に諦めているからなんとも思わないナディである。
「ありがとうね、レンテ。目的がどうあれアンタが装置の回路を修復してくれたお陰で、アーくんは死ななかった。本当に感謝するわ」
「え? あの、オレはただ、この装置とこのヒトを利用したかっただけで……」
「何言ってるの。使えそうなものを利用するのは悪いことじゃないよ。私だって同じ状況だったらそうしたわ。それに、経過がどうあれ結果が正しければ良いのよ」
申し訳なさそうにしているレンテを振り返り、後ろから抱き着いているヴァレリーと正面から見つめ合う形となってチューをされ、それを【気力】付き裏拳でぶん殴って仰け反らせてからサムズアップするナディ。凄く良いドヤ顔というか良い表情ではあるが、その前のイチャイチャで台無しだ。
「さーて、魔法装置の【解析】は終わったし。此処はいっちょ、母親の威厳を見せつける意味でも、張り切って仕上げようか」
どう見ても成人したてな少女が言う言葉ではないが、前世モードになっているのならばそれもさもありなん。
もっとも前世であってもヒトの治療はほぼしたことがないのだが、それでもナディは自信満々だ。
何故なら、三回目では薬師として結構名を馳せていたから。まぁその技術も失われて久しいし、当時は薬師よりも魔法使いや探索者としての名声が先に立っていたが。
「あの、その前にさっきから言ってる『アーくん』って、このヒトですよね? えと、どういうご関係で……」
もしかして、物凄く大変なことをしていたのではないかと今更ながら思うレンテであった。なによりさっき「魔国の宰相」とかとも言っていたし。
「ああ、言ってなかった。この子はアーチボルト・アシェリー・アドキンズ。アデライドの二百四人目の子供。つまり、末っ子なんだよねー」
本当に物凄く大変なことをしていたのに気付き、血の気が引きまくったレンテは、意識を失いその場にぶっ倒れた。
自分は物心ついたときから、ずっとイジメられていた。といっても酷い暴力を受けていたり、過剰に無視されていたわけではない。ただその能力が低過ぎる故に、周りからもっと頑張れとか、もっと努力をしろなどと、ことある毎に言われ続けていたようだ。
きっと皆は善意で言っていたのだろうが、そのときの状況や環境を連想してみるに、それは過剰であったのだろう。
これは共感出来ない者が多いだろうが、過度の励ましや努力の強要は、それをされる側にとっては苦痛であり、相当なストレスとなる場合がある。
なにしろ、出来ないものは出来ないのだから。そしてそれを本人が一切望んでいなく、だが周囲が、「こんなに応援しているんだから期待に応えろ」と応援という体の強要をしていたのなら、尚更そうなるだろう。
悪いことにそれは往々にして、顕著に現れることが多い。自分が出来ることは他所も出来るわけではないのに。一歩間違えばそれをされた者は、病んで自死する可能性だってある。
そしてそうなってしまった時、その原因となった側はその相手を酷く悼む。自分たちがそうさせたと理解出来ずに。
全ての種族にいえることだが、それぞれの個体能力は全く違い、多少の類似はあるだろうが、同一ではない。
ディフェンスが得意な者もいればオフェンスが得意な者もいて、ポストプレーが重要と言う者もいるし外角シュート最高と言う者もいる。もちろんアシストだったりリバウンドに重きを置く者もいる。そういうものだ。
残念なことに、それが判らない者の方が圧倒的に多く、能力に優れた者にその傾向が強い。
そして此処でいう「能力に優れたもの」とは往々にして、物理的に「強い」ものや権力的に「偉い」ものを指し、更にいうなら「ちょっと強い」とか「ちょっと偉い」とかいう、俗にドングリの背比べ合戦に勝利したボスザルのような輩に多い。
まぁそういうのは次期に、伸びた鼻を折られて落ち込むか、そのまま増長して真に優秀なものにコテンパンにされて病んで引き篭もるかのどちらかになるだろうが。
そんな幼少期を過ごし、そして成長してからも一向に脳筋な能力的に底辺なレンテ青年は、やがてその脳筋能力の無さを嘆き、自分をいないもののように扱う母親から逃げるように、生家を飛び出したそうだ。
このときこの話を聞いたナディとヴァレリーが、謎に激怒した上で「よく頑張った!」と背中をバシバシ叩きながら褒めたため、レンテは戸惑った後にちょっとウルっと来たそうだ。肩甲骨が砕けるかと思ったから二つの意味で、だが。
その後は各地を放浪し、各地に蔓延る脳筋相手に酷い目に遭い続け、そしてこの【結晶鋼道】に辿り着いた。
当時の【結晶鋼道】はただの廃坑で、門前町であるファサードロックはヒト一人居ない名もない廃村であり、レンテが身を潜めるにはちょうど良い場所だったのである。
幸いというか、レンテはフィジカル的な能力や魔法的な能力に恵まれていないだけで、物を作り出したり既存の物を改良する術に長けていた。
本来であればそれだけで重宝される人材ではあったのだが、彼の生家や故郷ではそういう面で見る目が無かったのである。
そうして細々と少ない資源を採掘しながら、創作と改造をしつつ一人で過ごし、やがて五十年が過ぎた頃。廃坑の奥深くで奇妙な物体を見付けた。
それは、多量の魔力を宿した装置だった――
――*――*――*――*――*――*――
「で。その装置ってのが、このアーくんが入ってる水槽に繋がってる魔法装置だった、ってことね」
「あ、ハイ。仰る通りです」
迷宮核がある玄室にテーブルセットとソファベッドを出し、レンテに昔語りをさせながら、ナディたちは優雅なティータイムをしていた。
もちろんナディたちだけしているわけではなく、ちゃんとレンテにもお茶と茶菓子や軽食を振る舞っている。メッチャ戸惑っているけど。
あとアーくんって誰? 言っていることが不明過ぎて、なにをどうしたいのか判らないのだが、取り敢えずそれに関しては突っ込まない。正解かも知れない。
「あのー、凄く今更なんですけど……」
「あん?」
恐る恐るお茶に口を付け、それが美味しくてちょっと感動して目を潤ませているレンテが、やっぱり恐る恐る訊いた。そして疲労困憊でソファベッドに引っ繰り返っているナディが、目をショボショボしながら態度悪く答える。それと何故かヴァレリーがナディに腕枕をしているが、それは触れると恐ろしいことになりそうだから気付いていないことにした。
「オレ、こんな扱いされて良いんでしょうか。貴方たちを殺そうとしてたんですけど……」
「良いわよ別に。ナイスファイトだったわよ。私も己の未熟さを痛感出来たし、良い機会だったわ」
水に塩、砂糖、そしてレモン果汁を適量入れた手作りスポドリを一気飲みして、呑兵衛のオッサンみたいに「ううぇ~い」と言いながら手をヒラヒラさせるナディ。疲れ過ぎててもうどうでも良いらしい。無理矢理体力を賦活させた反作用なのだろう。
「ヒトってね、色々な失敗や敗北から学んでいくのよ。アンタの最後の竜、凄かったわよ。私一人だと勝てなかったもの。レオと変態の力を借りてやっと倒せたんだから」
変態とは? レオはさっきレンテに淡々と正論だったり確信を突く推理を展開した少女だと判るが、変態と言われても……
「変なトコ触んな」
「あー……」
ナディの色々――主に下半身を撫で回して引っ叩かれている、竜を生きながら解体したバケモノを見て、やっと納得したレンテである。羨ましいとか、自分もそんな相手が欲しいとか、チョットしか思っていないし。
「あのー、それで。貴方たちは一体、何方なんですか? ヒト種なのに圧倒的に強いし、それに魔族の王家についても詳しそうなんですけど……」
「あー、そりゃそうよ。私、アデライドの転生体だから」
レンテの素朴な疑問に、サラっと爆弾を投下するナディである。そしてそんな爆弾発言を、レオノールもヴァレリーも一切止めない。隠しているわけでもないから。ただヒト種が相手だと色々面倒になりそうだから言わないだけ。言っても誰も信じないだろうけど。
「誇りなさい。アンタは転生体とはいえアデライドを追い込んだ最初の魔族なのよ」
「は? え? アデライド? どういう……」
「私、魔王妃だったアデライドの転生体なの。あと此処で虎視眈々とセクハラの機会を狙いつつちゃっかりヒトのおしりサワサワしてるのが、魔王ヴァレリアの転生体で、【魂の継承】して【覚醒】した今代の魔王」
その情報量の多さに暫くフリーズし、やがて理解が及んだのか突然立ち上がると、
「大っ変! 申し訳ございませんでした!」
見事なジャンピング土下座をキメた。
しかしそんなのどうでも良いと思っているナディは、
「そんなことしなくて良いってば。今の私はただのヒト種の孤児。あ、こっちの変態は一応侯爵家の三男か。でも気にしないで。コレ絶対に貴族向いてない」
「ボクはナディがいればそれで良い」
畏まるレンテを困ったように見て、そう言い席に戻るように促す。ヴァレリーが首筋をクンカクンカしたり手が徐々に内腿を撫で始めたため思いっ切りツネっていたが。
「そうだ。話を聞く限り、アンタ魔術具の創作が得意なんでしょ」
「あ、はい。よほど難しいものでなければ大抵のものは」
「じゃあこの変態をなんとかする魔術具を作って」
「え? あー、えーと、それはちょっと無理です」
「即答? そっかー、優秀な魔術具職人でも変態は抑えられないかー」
そう言って凄く残念そうな表情をするナディ。だがその手は、セクハラ継続中な誰かさんの腕を捻り上げようと熾烈な戦いを繰り広げている。ちょっとナニ言ってるか判らなくなるレンテであった。
「優秀な魔術具師でも変態は治らないしどうにもならないって判ったところで――」
「いえ、あの、変態は魔術具でどうにもならないんじゃ……」
「一縷の望みってヤツよ。そんなことより――」
色々されている状況を鑑みるに、結構深刻なのでは? そう思うのだが、見方を変えればイチャついているようにしか見えないため判断に困るレンテであった。
「あの装置。あれはアンタが見つけたときにはどうなってた? もしかして、魔力供給装置が寸断されかかっていたの?」
「あはい。何故かこの部屋ごと落ちたように傾いていましたし、そもそも部屋自体が埋まっているようでした」
「え? ん? んん? ちょっと意味が判らないんだけど?」
「いえ、あの、信じられないんでしょうが、俺が見つけたときはどう見てもそんな状態だったんです。おかしな表現ですが、高所から部屋自体が落ちて埋まったような状況にしか見えなかったんです」
坑道の奥深くで発見した場所が落ちて埋まったようだと言われても、正直意味が判らない。ナディは首を傾げるばかりだった。
ちなみにこのときレオノールはわずかに首を傾げただけで口を挟まず、そしてヴァレリーは……ナディの肘鉄を喰らっていた。
「うーん。ちょっと判らないわね。やっぱり本人に訊くのが一番か」
そう言うと、ナディは「よっこいしょ」と掛け声を掛けて起き上がる。そしてヴァレリーは、捨てられた子供のように悲壮な表情で「Noぉーー!」と言っていたが、それはどうでもいいだろう。
「アンタ、レンテだっけ? この装置さ、どういう目的で作られて使われているか判ってる?」
手を差し出してまだ「Noぉーー!」と言っているヴァレリーを無視し、首や肩を解しながら魔法装置へと歩いて行く。そして削れ消え掛けている回路に上書きされた、お世辞にも美しいとはいえない魔術回路を指でなぞる。
「え? いえ、判らないです。オレはただ、どう見ても高位魔族だろうこのヒトの力を借りようとしただけで……。あとは、余剰魔力を使って迷宮を創っただけなのでそれ以外はちょっと……」
「まぁ、そうだよね。私だって良く見ないと判らないし……うん、今ちょっとツッコミどころがあったけど、それは後にしよう」
即行で突っ込みたい気持ちを飲み込み、ナディはレンテが施したであろう魔術陣を次々に消し、新たに魔法陣を上書きした。そうすることにより魔法回路が徐々に正常起動していき、やがてその全工程が終了する。そしていつの間にか色々な意味で復活したヴァレリーが、やっぱり後ろからナディを抱き締めていた。その手は当然腰に回っている。
それを呆然と見ていたレンテは、改めて思う。ああ、このヒトは本当に魔王妃様なのだ――と。更に魔王様は思った以上に魔王妃様を愛してるんだとも思い、でも好きが過ぎて変態だなーとも思った。
「この魔法装置は治療のためのものね」
正常稼働を再開した装置を見上げて満足そうに言い、腰から胸にさりげなく移動させているヴァレリーの手を引っ叩いた。
「そして目的は『精霊化症候群』の治療」
「なるほど?」
ナディの言葉に首を傾げるレオノールとレンテ。そして本来であれば識って然るべきな魔王様は、取り敢えずナディの首の匂いを嗅ぐという変態行為をしながら、それっぽいけど曖昧な返答を返した。それに関しては、既に諦めているからなんとも思わないナディである。
「ありがとうね、レンテ。目的がどうあれアンタが装置の回路を修復してくれたお陰で、アーくんは死ななかった。本当に感謝するわ」
「え? あの、オレはただ、この装置とこのヒトを利用したかっただけで……」
「何言ってるの。使えそうなものを利用するのは悪いことじゃないよ。私だって同じ状況だったらそうしたわ。それに、経過がどうあれ結果が正しければ良いのよ」
申し訳なさそうにしているレンテを振り返り、後ろから抱き着いているヴァレリーと正面から見つめ合う形となってチューをされ、それを【気力】付き裏拳でぶん殴って仰け反らせてからサムズアップするナディ。凄く良いドヤ顔というか良い表情ではあるが、その前のイチャイチャで台無しだ。
「さーて、魔法装置の【解析】は終わったし。此処はいっちょ、母親の威厳を見せつける意味でも、張り切って仕上げようか」
どう見ても成人したてな少女が言う言葉ではないが、前世モードになっているのならばそれもさもありなん。
もっとも前世であってもヒトの治療はほぼしたことがないのだが、それでもナディは自信満々だ。
何故なら、三回目では薬師として結構名を馳せていたから。まぁその技術も失われて久しいし、当時は薬師よりも魔法使いや探索者としての名声が先に立っていたが。
「あの、その前にさっきから言ってる『アーくん』って、このヒトですよね? えと、どういうご関係で……」
もしかして、物凄く大変なことをしていたのではないかと今更ながら思うレンテであった。なによりさっき「魔国の宰相」とかとも言っていたし。
「ああ、言ってなかった。この子はアーチボルト・アシェリー・アドキンズ。アデライドの二百四人目の子供。つまり、末っ子なんだよねー」
本当に物凄く大変なことをしていたのに気付き、血の気が引きまくったレンテは、意識を失いその場にぶっ倒れた。
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