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地平線を越えて

5 万刃の魔王と剣刃竜

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 竜とは本来基本の四属性――つまり【土】【水】【火】【風】をそれぞれ司っており、そしてそれを行使する存在である。其処から更に派生した属性である【地】【氷】【焔】【雷】の竜もいるが、あくまでのカテゴライズはそれだ。あと個体の色で呼び名が変わる場合もあるが、あくまでも属性としては以上である。

 それに、強力な膂力と硬い鱗に覆われてはいるが、基本的に魔力寄りな生物である。よって、物理特化型の竜は自然界に存在しない。仮にそれが居るとしたら、それは迷宮内の強力な魔力で変異した個体か、もしくは強制的に改造されたモノかのどちらかになる。

 そして今、ナディたち三人の前にいるそれぞれの竜は明らかに後者であり、特にナディとヴァレリーが対峙している個体は、自然界や迷宮内ですらそのように進化、もしくは変異するのは有り得ない形状だった。

 そんな、言ってしなえば異形の変性を遂げた竜を前にヴァレリーがまずしたことは――

「【剣の墓標グレイブ・オブ・ソーズ】」

 いきなり高火力で無数の影を発生させ、その竜を串刺しにした。だがそれは、竜の全身を隙間なく覆っている鱗のような鎧? 鎧のような鱗? とにかくそれによって弾かれた。

 つまりその竜――【剣刃竜セイバー・ドレイク】のそれは、強固な鎧、もしくは鱗で覆われており、更に魔力も纏っていることを意味している。

「実に厄介だし面倒臭い」

 ヴァレリーが放つ影の剣をものともせず、まるで知性の欠片もないかのようにただ闇雲に突っ込み、そして前足の棘で突き、盾ので薙ぎ払う。それは周囲に謎に浮いている立方体の岩をも弾き飛ばす。
 その岩は斥力が働いているのか、吹き飛ばされても同じ岩には一切当たらず、だが勢いを増して弾かれ跳ね回る。そして何故かそれらの岩はその竜には一切当たらないばかりか弾かれ、同様に跳ね回るだけだった。

「この岩? にもボクの【影】が通用しないか。ほぉ。対抗術式と斥力が刻印されているな。……無駄に手が込んでいるな」

 そんな感想を呟くヴァレリーであった。ぶっちゃけてしまえば、一つそのような物を作れば迷宮核の謎パワーでいくらでもコピペ出来たりする。

 だがそんなことなど知る筈もなく、更に言うなら興味すらないヴァレリーは、まず面倒なこの岩をどうにかしようと――つまりはぶっ壊してしまおうと考えていた。

 意外でもなんでもなく、発想が物騒で過激な魔王様である。魔王妃アデライドと気が合ったのも、さもありなんといったところだ。

 まず試しに、跳ね回る岩の弾道に合わせて影を放つ。それは正面から垂直に直撃するが、纏っている魔力に弾かれた。

「……やはり一筋縄ではいかないか」

 跳ね回り、そして更に速度を増す岩を避け、無作為に暴れ回る竜から距離を取る。

「【影】で屠れたら楽なんだけど、そんな楽をしたってナディが知ったらジト目で見られるな……良いかも知れない!」

 この場にナディがいなくても、妄想で捗る魔王様であった。

 それはともかく。

「でも、こんなのはさっさと片付けてナディとレオのところに行かないと」

 纏っている影をそのままに、グルーム・ブリンガーを片手に跳ね回る岩を見回し、襲い来るそれを瞬時に細切れにする。
 魔力を纏っているとか、斥力が働いているとか、ヴァレリーにとってそれはどうでもいいことなのだから。そもそも魔力程度を斬れずして魔王を語るなど、片腹痛いにも程がある。

 そして更に殺到するそれらをことごとく細切れにし、それと共に襲い掛かる竜を膨大な影を噴き出して受け止め、その質量と運動から発生する慣性を無視して弾き飛ばす。

 物理法則に対してすら常識の埒外な力を振るうヴァレリーを前に、弾かれたその竜は明らかに動揺した。

『なんだ、なんなんだ貴様は!』

 弾き飛ばされ、地響きを立ててその岩が敷き詰められた地面に降り立った竜は、初めて口を開いた。声色が幼い少女のようで、だが口調は男のものだった。

『おかしいだろうが! どうやったらこの体格差でビクともしない! それどころか弾き飛ばすとか、有り得ないだろうが!』
「おお、喋れたのか」

 そしてそんな竜―― 【剣刃竜セイバー・ドレイク】に対して率直な感想を漏らすヴァレリー。喋ったという事実だけを受け止め、内容は聞いていない。聞く意味すら見出せないから。

『このバケモノめ! 貴様は我がこの場で潰してやる!』

 両前足の棘を打ち鳴らし、咆哮を上げるその竜を感慨深げに眺め、そして――

「あの鱗とか牙、棘などは高く売れるかな。一応圧し折って取っておいた方がナディも喜ぶかも知れない」

 見る目が敵性存在相手ではなく魔物素材になっていた。

「ああ、ナディの喜ぶ顔が見たい。キツ目に睨んだりジト目だったり、あと『変態』ってちょっと照れながら言うのを見ると、ボクはもう気が狂いそうになる」

 どんな状況でも、たとえ傍にその想い人がいなくとも、その姿や仕草、発言を思い出すだけで幸せになれる。というかゾクゾクする。高度な変態力を発揮する魔王様だった。

 そんな妄想を脳内再生しているヴァレリーに、両の棘を突き出した竜が突進する。棘といっても決して鋭いわけではなく、突き刺すより押し潰す方なのだろう。この後に及んで、そう冷静に観察する。

 そして棘が目前まで迫ったとき、

「【シャドウ・ルーク】」

 ヴァレリーが影にトプンと沈み、その姿が消える。そしてその場にはなにもなく、影すら残っていない。

 瞬時に消えたヴァレリーを完全に見失い、岩を削りながら急制動を掛けて制止する。そして周囲を見回すと、遥かに離れた場所へ移動しているのに気付いた。なにやら腕を組んで思案顔をしている。

 それは、どのように戦うべきかを思案しているのだと竜は判断した。だが実際に考えていた内容は、

「……どうすれば最小限の傷で仕留められるかな。まず素材になりそうな棘とか牙とか鱗を壊したり割ったりするのは却下だ。品質が落ちる。内側から破砕するのは? いやナディはアデリーだからきっと調剤とか錬金もするだろうし、内臓や血液、体液や脳漿だって貴重な素材だ。んー……困ったなー。どうやれば仕留められるんだろう」

 世間一般的にいうところの「倒し方」ではなく、「仕留め方」を検討していた。発想が魔物退治ではなく、傷を最小限にして仕留めるという狩人のそれになっている。それにいつの間にか無傷で仕留める方にシフトしているし。

「アレも生き物だろうから、呼吸を止めてしまえば簡単なんだろうけど。うーん。ナディやレオだったらあんなヤツ速攻で倒せるんだろうけど、いかんせんボクはには疎いからな。それにあいつ、物理と魔力に結構な耐性持ちみたいだ。ボクはそっち特化なんだけどねー……」

 思案顔で独白し、やれやれと肩を竦めた。そんなヴァレリーへと、再び竜が突進する。単純ではあるが、その膂力と質量であればそれが最適解。これほどの差があれば、小細工が介在する余地は無い。

 だが、竜は判っていなかった。そんなモノ最適解など彼にとってなんの意味も無いことを。そしてそれを、さきほど弾き飛ばされた時点で気付くべきであったということを。

「【フレキシブル・フィールド】」

 竜の突進がヴァレリーを直撃し、だがそれは前方に展開された影の塊に受け止められた。

『バカな! どうすればこれほどの質量を受け止められる!? なんなんだ、お前は一体なんなんだ!』

 岩の地面に爪を立て、それでも押し込もうとするが動かない状況に驚愕し、だが更に力を込めて押し切ろうとするがやはり出来ない現状に苛立ち、左の棘を突き出したまま右の棘で何度もその影を刺し貫こうとする。

「魔王だよ」

 それを嘲笑うかのように――いや、それすらせずにただ淡々とそう答え、そして前方に展開している影を斜めにズラして受け流す。本来であれば、質量差でそれは不可能であるが、それをやってしまう意味不明な魔王だった。

 そうされたことにより体勢が崩れて横に流れ、僅かにバランスが崩れる。しかしそれは、四足歩行が本来で更に巨躯である竜にはあまり意味がない。

 だが、それで充分。

 体勢が崩れたことで盾のような右の前足が正面になり、ヴァレリーはそれにグルーム・ブリンガーを叩き付ける。それにより、並の武器では傷を付けることすら不可能な筈の竜の鱗が

「うん。取り敢えずこの部分は全部剥がすか」

 次いで更に高速で斬撃を繰り出し、鱗を剥がしては【ストレージ】に放り込む。

 そんな斬り付けられるよりも激痛を伴う拷問のような攻撃をされ、流石に苦痛の咆哮を上げる。

「五月蝿いな」

 そして斬られた――いや、剥がされた右前足を振り上げて薙ぎ払う。だがそれは虚しく空を切り、そして剥がされたことで流れ出た血が飛び散っただけだった。

「おっと勿体ない」

 そして飛び散った血すらもそう言いながら回収し始める。ヴァレリーにとって目前の竜は、完全に生きているだけの魔物素材でしかなくなっていた。

 そんなとんでもない発想なヴァレリーの意図など判る筈もなく、鱗を剥がされ血を撒き散らしながらも、それでも竜はその両前足にある棘を振るう。これが野生であったならば、此処まで痛い目に遭えば逃走一択である。
 だが此処は迷宮。そしてこの竜は、仮にも階層主である【剣刃竜セイバー・ドレイク】。その選択は、与えられた役割としても、特殊個体に進化したこの種の頂点としての矜持からも、決して看過出来ない。

 そう、これは竜の――【剣刃竜セイバー・ドレイク】の役割と、なにより己が矜持のために、この戦いに勝利しなくてはならない――

「この棘、鬱陶しいな」

 独白し、振るわれるそれの間合いに一気に突っ込み、更に踏み込んでグルーム・ブリンガーを棘の根元に叩き付ける。それだけでその棘は、根元の肉ごとし折れ斬り落とされた。

 ――だがそんな役割や矜持など、ヴァレリーには関係ないし知ったことではない。よってそれ全てを否定するように、圧し折り斬り落としたそれらを纏めて回収する。

 そして此処に来てやっと、剥がされた鱗や流れ出た血液、そして圧し折られた棘が落ちていないのに気付いた竜は、その異常に気付いた。

ナディは喜ぶかな」

 独学しながら、更にその漆黒の剣――グルーム・ブリンガーを振るう。その度に鱗が剥がされ肉が抉られ、だがそれら全てが回収される。

「きっと喜ぶ筈。いや、筈じゃなくて確定で喜ぶぞ絶対。……そしたら、くれるかな……」

 そんな確信を持って、更に斬り刻む。客観的に凄惨な光景だが、その原動力が、純粋に好きな相手を想い求める思春期男子的な発想であるとは、誰も気付かないだろう。いや、ナディは確実に気付く。おもに下心的な面で。あと絶対にはくれないだろう。という理由で。何が、とは明言出来ないが。

 口元に笑みを浮かべ、夢心地で鱗を剥がし、肉を削ぐヴァレリーは、傍から見て相当危ない猟奇的なヤツにしか見えない。仮に心の声が聞こえたとしても、いや、聞こえたとしたら尚更、危険人物の烙印を押されるのは確実だ。そして誰も理解してくれないだろう。またやってると言いつつ呆れ顔をするであろう一部を除いて。

『なんなんだ! なんなんだ貴様は一体! なんなんだ!!』

 削られる苦痛に絶叫し、距離を取るべく跳躍する。だがそれに合わせて同じく跳躍し、接近したままその最中でも剥ぎ、斬り刻み、落ちるそれらを回収し続ける。そしてそんな竜の絶叫に、

「だから。魔王だよ」

 相貌と表情だけを見れば、全てを魅了するであろう笑みを浮かべ、ヴァレリーは答える。

 だがその手は止まらない。そして遂に、その右前足の鱗を剥ぎ取り、全ての肉を過ぎ落としてしまった。骨は断っていない。それはそのまま残したほうが内包魔力が劣化しないし、なにより保存が効く。よってより良い状態ですべく、付け根の関節に切先を差し込み、グリっと捻り外して落とす。

『き、きき貴様ぁ! よくも我が腕を!』

 右前足を失ったことで左側に重心が傾き、だが倒れず左前足を振る。

『それに、魔王だと!? そんなわけがあるか! と言われているのだぞ! 貴様が魔王を騙るなど、片腹痛いわ……』
「だから、五月蝿い」

 喚きながらそう叫ぶ竜の右脇腹を削ぐ。

『ぎゃああああああ! 片腹が痛いぃ!?』
「五月蝿いって」

 続けて其処から再び削ぎ始め、だが少し思案してから、何故か左側に移動する。

「【ストレージ】固定。【アブゾーブ・マテリアル】」

 それでも、流れる出るの回収を忘れない。そうすることで、ナディが喜ぶから。

「は! ナディが喜ぶだけじゃなくて、レオも褒めてくれるかな? よし、張り切るか」

 そしてレオノールに「さすまお」と言われる自分を妄想し、今度はだらしなく笑う魔王様。それを見た竜は、二つの意味で戦慄した。

「結局、ボクはレオに何もしてやれなかったから。だよね」

 どの辺がなのかは謎だが、とにかくヴァレリーはそう決めた。そして決めた以上、それは実行されるべき最重要事項。

 よってヴァレリーは、

「【影の小刀グルーム・スカルぺ】」

 張り切った。より、張り切った。

 高速で振るわれる漆黒の刃の斬撃が鱗を剥ぎ、そして発動した固有魔法により無数に発生した細い影の刃が其処に殺到し肉を削いで血を啜る。

 この竜に、ヴァレリーの【影】が効かなかった。だがそれは鱗が強固であるわけではなく、魔力を帯びて弾いていたからだ。よってそれがなくなればどうなるか。既に自明であろう。

『ぬわあああああああ! なんだ!? この影はなんなんだ!? 喰われる、我が喰われる!!』

 絶叫し、そして跳躍して逃げようとするが、傷から侵入した無数の影が楔となり離さない。結果的に幾ら跳躍しようとも、即座に引き戻される。

 こうなれば、いくら階層主でも、特殊個体で強力な進化を遂げたとしても、絶対に逃げられない。

『バカな! バカな! バカなバカなバカなバカなバカバカな! 我は魔王の長子の、魔王の後継者から力を与えられた最強種だ! それが、どうしてこんな! バカなバカななななぁ!!』

 徐々に、だが確実にその身を剥がされ削られ刻まれる事実を否定し、絶叫する竜。与えられた個体名【剣刃竜セイバー・ドレイク】という大層な存在が、今では見る影もない。更にいうなら、影に喰われているため文字通りではあるが。

「見ているのだろう。自称な魔王の長子よ」

剣刃竜セイバー・ドレイク】の頭部を守る鎧兜のような分厚い鱗を器用に斬り剥がし、ヴァレリーは何処へともなく語り掛ける。

「きさまはボクの逆鱗に触れた。のだ。万死に値する」

 ヴァレリーから延びる数万の影が竜を侵食し、そして遂にその存在自体が消え去り、そして巨大な黄土色の魔結晶が地面に乾いた音を立てて落ちた。

「我が名を知れ」

 役目を終えた影が集まり、何事もなく影に戻る。そしてヴァレリーは、微かに存在する魔力の一点を睨み、名乗りを上げた。

「我はヴァレリー。先代魔王ヴァレリアの全てを継承した、今代の魔王」

 その魔力の一点に切先を向け、

「【万刃の魔王ミリオン・エッジ・サタナス】ヴァレリー」

 全てが見惚れるであろう相貌で、そしてその全てを魅了するであろう双眸で、ヴァレリーは自らの存在を宣言した。

 僅かな間があり、やがてその魔力が消える。それを見届け、そしてヴァレリーは切先を下ろした。

 そして、

「それはそれとして。大きな魔結晶が落ちたよね。拾って行けば喜ぶよねきっと」

 即行で気持ちを切り替え、大好きな人のために素材集めをしようとする。なんというか、どう転んでもやはり結局は魔王様であった。

 そうして、【剣刃竜セイバー・ドレイク】が落とした巨大魔結晶を拾おうとすると、それの下に魔術陣が現れた。

 なにかの罠かと警戒し身構えるヴァレリーだが、それは転移の魔術陣であった。

「え? あ、うわ本当に?」

 そうして、消える魔結晶。ヴァレリーは、盛大に肩を落とした。

「ああ、ナディにプレゼントしようと思ったのに。これは『詰めが甘い』って叱られるかな……良いかも知れない!」

 やはりどうあっても、特殊性癖で変態な魔王様であった。
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