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貧民姉妹は稼ぎたい
4 レオノール
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レオノール・アデライド・ド・シルヴェストルは、魔王ヴァレリアと魔王妃アデライドの第一子であった。
何故過去形なのか。それは僅か十六年という年月で早逝したからである。
元々魔族とヒト種とでは生体としての強度も構成もまるで違う。そして不滅と呼称され、死すら超越した存在である魔王ヴァレリアは、その中にあっても更に特別であった。
その生体として強過ぎる力は同じ魔族であっても耐えられるものではなく、子孫を残すのは不可能とされていた。
それとあまり関係ないが、魔王ヴァレリアは世の女性諸氏が目眩を起こしたり失神したり失禁したりするほど美しい容姿であった。
そしてその戦闘能力も凄まじく、魔王軍とヒト種の連合軍との戦争では必ず先陣を切り、強大な魔法と【グルーム・ブリンガー】という魔剣でそれらをことごとく敗走させた。
ちなみに先に攻め込んだのは連合軍である。どうやら魔族は邪悪だと吹聴していたらしい。もちろんそんなことはある筈もなく、ただの一種族であるのだが、色々とヒト種より優れているのが気に入らなかったようだ。
いつの時代もどんな世界でも戦争を始めるのは、下らない屁理屈を捏ねて愛国心と自己犠牲を強いる国の上層部なのだから。
そんなある種不毛な戦争が繰り返されていたある時、その不滅の魔王を討ち破るヒト種の女が現れたのである。
その者は魔王ヴァレリアと十数回戦い、その度にことごとく討ち倒して勝利するという偉業を成し遂げた。
だが相手は不滅の魔王。何度討ち倒しても、討ち取っても、滅ぼすことなど出来はしない。
だがそれでも、遠征軍の一個師団が半壊しようとも、ただ一人になろうとも、諦めるなど一切考えていないとばかりに何度でも挑んで行く。
その凄まじい力量と美しさに心を奪われた魔王ヴァレリアは、ある日その戦いの途中、組み合いもつれている真っ最中に、いきなりやたらと熱っぽく熱烈にプロポーズするという暴挙に出た。
その瞬間、そのヒト種の女はそれまでとは比べ物にならないほどの魔力を弾き出し、その手に各々持つ炎刃【灼花】と氷刃【凍花】で魔王を粉微塵に切り裂いてしてしまった。
その後そのヒト種の女は暫くその場に留まり、顔を真っ赤に染めて謎にクネクネと動いていたのを魔王の側近が目撃したそうであるが、真偽の程は定かではない。
その事実を耳聡く知った連合軍首脳部が、敗戦が確実となっている現状を打破すべく、冷戦の講和のための和平と銘打ち、停戦に乗り出した。そして停戦条件として、彼女を魔王に差し出そうとしたのである――
――が、そんな責任逃れで都合の良い要請を彼女が呑む筈もなく、和平と引き換えだからとかヒト種の存亡のためだとか説得という強要をして、小気味良く拒絶された。
当たり前である。元々根無草な冒険者であり、軍や国の都合など知ったこっちゃない彼女は、国や種族のために尽くすという概念がない。
そもそも侵攻したのはヒト種の方であり、旗色が悪くなって止めたいから生贄を差し出して都合良く平等に講和しようとか、虫が良過ぎる。
だがそれでも諦めない首謀部は、今度はありとあらゆる要請や懇願や脅迫や泣き落としを繰り返えした。
明らかに熱量の方向を間違えているし、自己保身しか考えていないのが透けて見える有様である。
良い加減それら全てに絶望した――もしくは見限った彼女は、講和交渉など知ったことかとばかりに至極あっさりと、魔国に亡命してしまった。
その事実を知った、粉微塵にされようと復活しちゃう正しく不滅の魔王は、歓喜の余り思い切り抱き付き、そして、再び魔力が込められまくった二刀で粉微塵にされてしまったそうな。
そしてやっぱり復活した魔王は、通達もなくいきなり現れた彼女から事情を聞いてその仕打ちに激怒し、やっぱりヒト種滅ぶべしと一瞬考えたそうなのだが、そんないつでも出来ることより今は目の前の彼女とイチャイチャしたいという思春期男子のような下心が勝り、侵攻を中止し講和に合意した。
つまり、ヒト種は魔王の思春期男子的な下心のおかげで滅亡を免れたのである。
あと連合国の要請を一切断っていた筈なのに、気付けばサラッと亡命しちゃって、その二ヶ月後にはちゃっかり魔王妃になってしまった彼女を、それらのお偉いさんたちは挙ってこう蔑称した。
――ヒト種の裏切り者――と。
裏切るもなにも、過程が違うだけで結果が同じなのだから良いじゃないかと彼女は思ったのだが、お偉いさんどもは言うとおりにならなかったのが気に入らなかったらしい。
そして更に色々無いこと無いことを吹聴し始めたため、堪忍袋の尾が凄く脆い彼女は用意周到に入手していたそれらアホどもの毛髪などを使い、[呪]を掛けた。
なんと彼女は戦闘能力だけではなく、魔法や魔術、呪術や薬学にまで精通していたのである。つまりくだらないプライドでそれを失ったヒト種は、貴重な人的資産を失ったのだ。
その[呪]内訳は――まず頭皮の毛根が死滅したり眠ると必ず記憶に残らない悪夢に魘されたり、子孫を作る行為が機能的に一切出来なくなる、というものだ。
あとオプションサービスで、乾燥肌になったりドライアイになったり花粉症になったり絶対に口臭がするようになったり腋臭がどぎつくなったり水虫に罹って足の指が常に痒くなったり足が臭くなったり髭の生える方向が全部バラバラになって剃りづらくなったりガスっ腹になってちょっといきんだら特大のオナラが出るようになったりと、まぁちょっとした嫌がらせな呪いも多数掛けてあげたそうな。ちなみに呪いの代償は毛髪を介して本人に支払わせる安心設計である。
そんなアホゥなお偉いさんどもは、結局子孫を残すことなど叶う筈もなく、二百年経った現在では一族郎党に至るまで根絶したそうだ。
――で。
そんな流れで魔王妃になっちゃった彼女は、基本的に力こそパワーな脳筋魔族に熱烈大歓迎され、国をあげて祝福された。
あと婚姻記念パーティーを一年続けると魔王が宣言し、家臣一同ばかりではなく国民全員が賛同し、彼女は国が滅ぶから止めろと魔王と家臣団をグーパンで黙らせて思い止まらせたそうである。
魔王妃は婚姻直後から女王様であった。
それと魔王と魔王妃はどちらも眼麗しく、それを目撃した者はそれぞれ、「美男美女のカップルなんて不公平だ!」と血涙を流したり、「美形同士のカップリングは萌える」とサムズアップしたり、「美形カプ最高。寿命が伸びる」と何かを書き記し始めたり、「美形な王と王妃、良き!」と鼻を押さえたりしていたらしいが、それはどうでも良いだろう。
そして魔王妃――アデライドは婚姻から半月後に懐妊していると報じられ、婚姻の熱が冷めやらないまま再び魔国は歓喜に包まれた。
――ちょっと計算が合わないのだが、だーれも気にしないし気付きもしなかったそうである。
そして――最も重要である「ある事柄」にも、誰も気付かなかった。
アデライドは魔王妃となったが、種族はあくまでヒト種である。魔族の強力な遺伝子は種として受け入れ難く、子を宿すのはほぼ不可能であった。
更にいうなら、相手はその中であって強力な個体の魔王である。それらを踏まえて考えれば、懐妊したこと自体が奇跡であった。
現に懐妊後は悪阻が酷く、食事を全く受け付けなくなったり、起き上がることはおろか寝返りを打つことすら出来なくなる有様だったという。
だがそんな経験は当たり前に無いアデライドは、それら全てを気合と根性で乗り切った。
ちなみにそんなことで乗り切るのは、ヒト種にとってはフツーに無理である。というか相手が魔王なら魔族であっても無理だ。ヒト種同士でも耐えられないのがいるし。
そんな気合いと根性でそれらを乗り越えたアデライドは、既に戦闘能力や魔力は軽く種を超えていたが、遂に種としての能力すら超えてしまった。
そう。敢えて分類分けしたとして、【魔人】と呼称するに相応しいだろう。
そうして見事に初産を果たし、アデライドは無事に我が子を抱くことが出来た。
そして生まれた第一王女は、レオノールと名付けられた。
ちなみに産後の肥立が悪いとか体調を崩すとかは一切なく、翌朝には本当に産んだのかと疑われるくらいに元通りになっていたそうである。
そんな魔族ですらドン引きするほど頑健になったアデライドだが、それに反して生まれた子は虚弱であった。
初乳はなんとか飲めたものの、それ以降は飲む量も少なく、なかなか体重が増えなかった。
そしてそれは成長しても変わらず、体調を崩しても良くなるのに、ヒト種と比較しても倍以上の時間が掛かったりもした。
だがそれでもアデライドは変わらぬ愛情を注ぎ、そして魔王も同じように愛情を注いだのである。
――だが。
第一王女レオノールが十四歳を過ぎた頃から急激に体調が悪化し、遂にそのまま帰らぬ人となった。
享年十六歳。
まだ過去よりも未来を夢見る年齢であった――
何故過去形なのか。それは僅か十六年という年月で早逝したからである。
元々魔族とヒト種とでは生体としての強度も構成もまるで違う。そして不滅と呼称され、死すら超越した存在である魔王ヴァレリアは、その中にあっても更に特別であった。
その生体として強過ぎる力は同じ魔族であっても耐えられるものではなく、子孫を残すのは不可能とされていた。
それとあまり関係ないが、魔王ヴァレリアは世の女性諸氏が目眩を起こしたり失神したり失禁したりするほど美しい容姿であった。
そしてその戦闘能力も凄まじく、魔王軍とヒト種の連合軍との戦争では必ず先陣を切り、強大な魔法と【グルーム・ブリンガー】という魔剣でそれらをことごとく敗走させた。
ちなみに先に攻め込んだのは連合軍である。どうやら魔族は邪悪だと吹聴していたらしい。もちろんそんなことはある筈もなく、ただの一種族であるのだが、色々とヒト種より優れているのが気に入らなかったようだ。
いつの時代もどんな世界でも戦争を始めるのは、下らない屁理屈を捏ねて愛国心と自己犠牲を強いる国の上層部なのだから。
そんなある種不毛な戦争が繰り返されていたある時、その不滅の魔王を討ち破るヒト種の女が現れたのである。
その者は魔王ヴァレリアと十数回戦い、その度にことごとく討ち倒して勝利するという偉業を成し遂げた。
だが相手は不滅の魔王。何度討ち倒しても、討ち取っても、滅ぼすことなど出来はしない。
だがそれでも、遠征軍の一個師団が半壊しようとも、ただ一人になろうとも、諦めるなど一切考えていないとばかりに何度でも挑んで行く。
その凄まじい力量と美しさに心を奪われた魔王ヴァレリアは、ある日その戦いの途中、組み合いもつれている真っ最中に、いきなりやたらと熱っぽく熱烈にプロポーズするという暴挙に出た。
その瞬間、そのヒト種の女はそれまでとは比べ物にならないほどの魔力を弾き出し、その手に各々持つ炎刃【灼花】と氷刃【凍花】で魔王を粉微塵に切り裂いてしてしまった。
その後そのヒト種の女は暫くその場に留まり、顔を真っ赤に染めて謎にクネクネと動いていたのを魔王の側近が目撃したそうであるが、真偽の程は定かではない。
その事実を耳聡く知った連合軍首脳部が、敗戦が確実となっている現状を打破すべく、冷戦の講和のための和平と銘打ち、停戦に乗り出した。そして停戦条件として、彼女を魔王に差し出そうとしたのである――
――が、そんな責任逃れで都合の良い要請を彼女が呑む筈もなく、和平と引き換えだからとかヒト種の存亡のためだとか説得という強要をして、小気味良く拒絶された。
当たり前である。元々根無草な冒険者であり、軍や国の都合など知ったこっちゃない彼女は、国や種族のために尽くすという概念がない。
そもそも侵攻したのはヒト種の方であり、旗色が悪くなって止めたいから生贄を差し出して都合良く平等に講和しようとか、虫が良過ぎる。
だがそれでも諦めない首謀部は、今度はありとあらゆる要請や懇願や脅迫や泣き落としを繰り返えした。
明らかに熱量の方向を間違えているし、自己保身しか考えていないのが透けて見える有様である。
良い加減それら全てに絶望した――もしくは見限った彼女は、講和交渉など知ったことかとばかりに至極あっさりと、魔国に亡命してしまった。
その事実を知った、粉微塵にされようと復活しちゃう正しく不滅の魔王は、歓喜の余り思い切り抱き付き、そして、再び魔力が込められまくった二刀で粉微塵にされてしまったそうな。
そしてやっぱり復活した魔王は、通達もなくいきなり現れた彼女から事情を聞いてその仕打ちに激怒し、やっぱりヒト種滅ぶべしと一瞬考えたそうなのだが、そんないつでも出来ることより今は目の前の彼女とイチャイチャしたいという思春期男子のような下心が勝り、侵攻を中止し講和に合意した。
つまり、ヒト種は魔王の思春期男子的な下心のおかげで滅亡を免れたのである。
あと連合国の要請を一切断っていた筈なのに、気付けばサラッと亡命しちゃって、その二ヶ月後にはちゃっかり魔王妃になってしまった彼女を、それらのお偉いさんたちは挙ってこう蔑称した。
――ヒト種の裏切り者――と。
裏切るもなにも、過程が違うだけで結果が同じなのだから良いじゃないかと彼女は思ったのだが、お偉いさんどもは言うとおりにならなかったのが気に入らなかったらしい。
そして更に色々無いこと無いことを吹聴し始めたため、堪忍袋の尾が凄く脆い彼女は用意周到に入手していたそれらアホどもの毛髪などを使い、[呪]を掛けた。
なんと彼女は戦闘能力だけではなく、魔法や魔術、呪術や薬学にまで精通していたのである。つまりくだらないプライドでそれを失ったヒト種は、貴重な人的資産を失ったのだ。
その[呪]内訳は――まず頭皮の毛根が死滅したり眠ると必ず記憶に残らない悪夢に魘されたり、子孫を作る行為が機能的に一切出来なくなる、というものだ。
あとオプションサービスで、乾燥肌になったりドライアイになったり花粉症になったり絶対に口臭がするようになったり腋臭がどぎつくなったり水虫に罹って足の指が常に痒くなったり足が臭くなったり髭の生える方向が全部バラバラになって剃りづらくなったりガスっ腹になってちょっといきんだら特大のオナラが出るようになったりと、まぁちょっとした嫌がらせな呪いも多数掛けてあげたそうな。ちなみに呪いの代償は毛髪を介して本人に支払わせる安心設計である。
そんなアホゥなお偉いさんどもは、結局子孫を残すことなど叶う筈もなく、二百年経った現在では一族郎党に至るまで根絶したそうだ。
――で。
そんな流れで魔王妃になっちゃった彼女は、基本的に力こそパワーな脳筋魔族に熱烈大歓迎され、国をあげて祝福された。
あと婚姻記念パーティーを一年続けると魔王が宣言し、家臣一同ばかりではなく国民全員が賛同し、彼女は国が滅ぶから止めろと魔王と家臣団をグーパンで黙らせて思い止まらせたそうである。
魔王妃は婚姻直後から女王様であった。
それと魔王と魔王妃はどちらも眼麗しく、それを目撃した者はそれぞれ、「美男美女のカップルなんて不公平だ!」と血涙を流したり、「美形同士のカップリングは萌える」とサムズアップしたり、「美形カプ最高。寿命が伸びる」と何かを書き記し始めたり、「美形な王と王妃、良き!」と鼻を押さえたりしていたらしいが、それはどうでも良いだろう。
そして魔王妃――アデライドは婚姻から半月後に懐妊していると報じられ、婚姻の熱が冷めやらないまま再び魔国は歓喜に包まれた。
――ちょっと計算が合わないのだが、だーれも気にしないし気付きもしなかったそうである。
そして――最も重要である「ある事柄」にも、誰も気付かなかった。
アデライドは魔王妃となったが、種族はあくまでヒト種である。魔族の強力な遺伝子は種として受け入れ難く、子を宿すのはほぼ不可能であった。
更にいうなら、相手はその中であって強力な個体の魔王である。それらを踏まえて考えれば、懐妊したこと自体が奇跡であった。
現に懐妊後は悪阻が酷く、食事を全く受け付けなくなったり、起き上がることはおろか寝返りを打つことすら出来なくなる有様だったという。
だがそんな経験は当たり前に無いアデライドは、それら全てを気合と根性で乗り切った。
ちなみにそんなことで乗り切るのは、ヒト種にとってはフツーに無理である。というか相手が魔王なら魔族であっても無理だ。ヒト種同士でも耐えられないのがいるし。
そんな気合いと根性でそれらを乗り越えたアデライドは、既に戦闘能力や魔力は軽く種を超えていたが、遂に種としての能力すら超えてしまった。
そう。敢えて分類分けしたとして、【魔人】と呼称するに相応しいだろう。
そうして見事に初産を果たし、アデライドは無事に我が子を抱くことが出来た。
そして生まれた第一王女は、レオノールと名付けられた。
ちなみに産後の肥立が悪いとか体調を崩すとかは一切なく、翌朝には本当に産んだのかと疑われるくらいに元通りになっていたそうである。
そんな魔族ですらドン引きするほど頑健になったアデライドだが、それに反して生まれた子は虚弱であった。
初乳はなんとか飲めたものの、それ以降は飲む量も少なく、なかなか体重が増えなかった。
そしてそれは成長しても変わらず、体調を崩しても良くなるのに、ヒト種と比較しても倍以上の時間が掛かったりもした。
だがそれでもアデライドは変わらぬ愛情を注ぎ、そして魔王も同じように愛情を注いだのである。
――だが。
第一王女レオノールが十四歳を過ぎた頃から急激に体調が悪化し、遂にそのまま帰らぬ人となった。
享年十六歳。
まだ過去よりも未来を夢見る年齢であった――
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