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第一章 シャラ
十三、それまでどうか
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自身を作った女神の言いつけを無視し、そんな自分を止めようとした同輩の白鬼の角を折って、彼女は地上へ出ま
した。
「あんな暗くてじめじめしてて陰気くさいところにいられないわよ」
しかし、そのことをすぐに後悔しました。人間は、食べれば不老不死になれる彼女の肉を目当てに、彼女を傷つけてきます。
彼女はそんな人間が大嫌いになりました。しかし今更、女神の元には戻れません。
肉を欲しがる人間たちから逃げ続ける日々を続けていたある日、彼女はある罠に引っかかりました。その罠は、刀鍛冶の男が仕掛けたものでした。
連れて行かれた先で、刀鍛冶の息子に出会いました。息子には名前がありませんでした。だから付けてあげました。
共に時を過ごすうち、彼に惹かれていきました。彼に菫のようだと言われた時は、とても嬉しく思いました。
しかし彼との暮らしは、彼女が生きてきた時間にすればあっという間に終わってしまいました。
その日ふたりは、昼下がりの柔らかな日差しに包まれて、すやすやと気持ちよさそうに昼寝をしていました。
不意に、彼女の白い身体に影がさしました。
彼女はうっすらと目を開けました。影の正体に目を見張り、ミタマを庇うようにして、その間に立ちます。
「怖がることはない」
日の光を背中に受け、影はそう言いました。
「我が息子のことで、少し話があるんだ」
影――刀鍛冶は、大きな笑みを顔に貼り付けていました。
案内されるがままに、彼女は刀鍛冶の工房に足を踏み入れました。
「さっさと済ませてよね。あの子が起きるまでに戻りたいわ」
「はいはい。あ、そこの突っかけを履いて。この工房、何が落ちてるか分からんからな」
不機嫌そうな顔を隠さないまま、突っかけに足を入れます。その時、足に何かが刺さりました。
「痛っ」
見れば刀の破片が入っていました。
「ちょっと! 突っかけの中に危険物があったんだけど!」
「ああすまない。それはわざとだ」
刀鍛冶は破片を取ると、水の入った瓶の中に入れました。破片についていた彼女の血で、少し赤みが差します。
「それをどうするつもり!?」
「白鬼の血は、塗れば傷を治し、飲めば飲んだ者を白鬼にするんだろう? これを我が息子に飲ませる。我が息子を白鬼にし、その体を使って刀作る」
「は、はあ? 刀を、あの子の体で?」
想像して、ぞっと全身から血の気が引きます。
「許さない! 返しなさい!」
「止まれ」
刀鍛冶の言葉どおりに、彼女は体を止めてしまいました。動こうにも動けません。
「お前を捕まえたときに、僕に逆らえないように術をかけたのを忘れたのか?」
「刀鍛冶のくせに、陰陽師の真似事をっ……!」
「俺は俺の唯一のもののためならなんでもするさ。さてさっきの刀の話だけどね、お前が刀になると言うなら話は別だ」
その言葉に、息を飲みます。
「私は白鬼の体を使って刀を作れたら、なんでもいいんだ。さてどうする? 我が息子を殺すか、自分が死ぬか。命のかかった大切なことだからな、お前が決めて良いぞ、白鬼」
砕けるのではないかと思うほどに、彼女は歯を強く食いしばりました。しかし、迷うことはありません。
「私を刀にしなさい」
「うん、そう言うと思っていたよ」
刀鍛冶は彼女の血が混じった水を、惜しげもなく床に流しました。とても嬉しそうな笑顔で。
「じゃあこの酒を飲みなさい。どんなに強い鬼でも、鬼である限りは必ず酔いつぶれて寝てしまう酒さ。痛みもなく刀にしてあげるから、安心するがいい」
震える手で酒を受け取ると、ぐいと飲み干しました。
体がすぐに火照り、目の前がくらくらし始めました。まぶたも体もすごく重く、耐えられず床に臥して、目を閉じました。
「あの子のために死ねるんなら、私は満足だわ」
「ああでも、私が死んだと知ったら、あの子は悲しむかもしれない。あの子はとても優しいから」
「ミタマ、私、絶対あなたの元に戻るから、待ってて。だからそれまでどうか、私を覚えていてね」
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自身を作った女神の言いつけを無視し、そんな自分を止めようとした同輩の白鬼の角を折って、彼女は地上へ出ま
した。
「あんな暗くてじめじめしてて陰気くさいところにいられないわよ」
しかし、そのことをすぐに後悔しました。人間は、食べれば不老不死になれる彼女の肉を目当てに、彼女を傷つけてきます。
彼女はそんな人間が大嫌いになりました。しかし今更、女神の元には戻れません。
肉を欲しがる人間たちから逃げ続ける日々を続けていたある日、彼女はある罠に引っかかりました。その罠は、刀鍛冶の男が仕掛けたものでした。
連れて行かれた先で、刀鍛冶の息子に出会いました。息子には名前がありませんでした。だから付けてあげました。
共に時を過ごすうち、彼に惹かれていきました。彼に菫のようだと言われた時は、とても嬉しく思いました。
しかし彼との暮らしは、彼女が生きてきた時間にすればあっという間に終わってしまいました。
その日ふたりは、昼下がりの柔らかな日差しに包まれて、すやすやと気持ちよさそうに昼寝をしていました。
不意に、彼女の白い身体に影がさしました。
彼女はうっすらと目を開けました。影の正体に目を見張り、ミタマを庇うようにして、その間に立ちます。
「怖がることはない」
日の光を背中に受け、影はそう言いました。
「我が息子のことで、少し話があるんだ」
影――刀鍛冶は、大きな笑みを顔に貼り付けていました。
案内されるがままに、彼女は刀鍛冶の工房に足を踏み入れました。
「さっさと済ませてよね。あの子が起きるまでに戻りたいわ」
「はいはい。あ、そこの突っかけを履いて。この工房、何が落ちてるか分からんからな」
不機嫌そうな顔を隠さないまま、突っかけに足を入れます。その時、足に何かが刺さりました。
「痛っ」
見れば刀の破片が入っていました。
「ちょっと! 突っかけの中に危険物があったんだけど!」
「ああすまない。それはわざとだ」
刀鍛冶は破片を取ると、水の入った瓶の中に入れました。破片についていた彼女の血で、少し赤みが差します。
「それをどうするつもり!?」
「白鬼の血は、塗れば傷を治し、飲めば飲んだ者を白鬼にするんだろう? これを我が息子に飲ませる。我が息子を白鬼にし、その体を使って刀作る」
「は、はあ? 刀を、あの子の体で?」
想像して、ぞっと全身から血の気が引きます。
「許さない! 返しなさい!」
「止まれ」
刀鍛冶の言葉どおりに、彼女は体を止めてしまいました。動こうにも動けません。
「お前を捕まえたときに、僕に逆らえないように術をかけたのを忘れたのか?」
「刀鍛冶のくせに、陰陽師の真似事をっ……!」
「俺は俺の唯一のもののためならなんでもするさ。さてさっきの刀の話だけどね、お前が刀になると言うなら話は別だ」
その言葉に、息を飲みます。
「私は白鬼の体を使って刀を作れたら、なんでもいいんだ。さてどうする? 我が息子を殺すか、自分が死ぬか。命のかかった大切なことだからな、お前が決めて良いぞ、白鬼」
砕けるのではないかと思うほどに、彼女は歯を強く食いしばりました。しかし、迷うことはありません。
「私を刀にしなさい」
「うん、そう言うと思っていたよ」
刀鍛冶は彼女の血が混じった水を、惜しげもなく床に流しました。とても嬉しそうな笑顔で。
「じゃあこの酒を飲みなさい。どんなに強い鬼でも、鬼である限りは必ず酔いつぶれて寝てしまう酒さ。痛みもなく刀にしてあげるから、安心するがいい」
震える手で酒を受け取ると、ぐいと飲み干しました。
体がすぐに火照り、目の前がくらくらし始めました。まぶたも体もすごく重く、耐えられず床に臥して、目を閉じました。
「あの子のために死ねるんなら、私は満足だわ」
「ああでも、私が死んだと知ったら、あの子は悲しむかもしれない。あの子はとても優しいから」
「ミタマ、私、絶対あなたの元に戻るから、待ってて。だからそれまでどうか、私を覚えていてね」
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