白物語

月並

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第一章 シャラ

十二、別の人

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 地面が赤や黄色に染まっています。木々はほとんど丸裸でした。空気は日ごとに冷え、もうすぐ冬がやってきます。
 小屋へ戻ると、ミタマは黙ったまま座ります。シャラは刀を持ったまま、ちょこんとそのすぐそばに座りました。
 ミタマは額に巻いている布を外します。

「俺がなんで鬼になったか、だったな」

 シャラは小さく頷きました。

「鬼の血を飲んだ。だから鬼になった」
「なんで飲んだの。もっと詳しく話しなさい」

 シャラが詰め寄ると、ミタマは俯きました。

「俺はある刀鍛冶の息子だった。親父は最強で最高の刀を作ることしか頭にないような奴だった。それでサラを、白鬼を捕まえてきた」

 シャラはぎくりと身を強張らせました。一瞬自分の名が出てきたような気がしたからです。

「サラは俺に名前をくれた。俺はそれが嬉しかった。でもサラは死んだ。そして親父の目論見通り、最強で最高の刀ができた。サラの体を使ってできた、折れもせず錆びもしない、見る人の目を奪う刀」

 ミタマは力なく、シャラの抱える刀を指差しました。

 シャラは全身が燃えるように熱くなっていくのを感じました。熱はお腹の底から湧いてくるようでした。

「ミタマは、そのサラって鬼が好きだったのね。いや、まだ好きなんだ。私の名前も、その鬼から取ったのね」

 ミタマはうつむいたままです。
 シャラは歯を食いしばりました。目の前の景色が上手く掴めません。じんじんとやってくる熱さに、吐き気がしました。刀を、力いっぱい握りしめます。

「なんで私にそんな名前をつけたの!? 私はサラじゃない! あなたの好きな人じゃないわ!!」

 大粒の涙が止め処なく溢れ出しました。
 居ても立ってもいられず、シャラは小屋から飛び出しました。手には刀を持ったまま。


 走り疲れて、シャラはその場に崩れ落ちました。土臭さに思わず咽込みます。
 辺りは不気味なほど静かでした。息を吸って吐く音だけが、耳に入ります。

「何がサラよ。とっくの昔に死んだ人を想い続けるなんて、バカみたい。ミタマは私のものなのに!」

 黒い鞘が、日の光を浴びて柔らかく光っています。
 シャラは鞘から刀を引っ張り出しました。拍子抜けするほどするりと抜けたその白い刃が、ぎらりと睨みつけてきたように、シャラは感じました。改めて見たその美しさに、思わず唾を飲み込みます。
 そんな思いを振り払うように、シャラは首をブンブンと横に振りました。

 シャラは刀を両手で持ちなおすと、振り上げました。振り下ろそうとする先には、大きな石があります。
 しかしその腕は、それ以上動きませんでした。刀が震えます。

「……壊したって、どうにもならないことぐらい、分かってるわよ。そんなことしても、ミタマの、サラへの未練は消えないわ」

 シャラは腕を下ろしました。刃は地面に刺さります。それは白く無機質に光り、シャラの姿を映します。
 それを見て、シャラは自分が泣いていることに気がつきました。
 シャラは感情のままに、大きな声を上げて泣きました。

 泣いて、泣いて、泣き続けて、疲れてやっと、シャラは泣くのをやめました。胸の中が空っぽになってしまったようです。
 目にたまっている涙を拭いました。

 土に刺した刀を抜くと、刃に土がついています。
 それを払い落とそうと、シャラは刃にそっと触れました。

 その瞬間、頭の中に、シャラの知らない自身の記憶が、堰を切ったように頭になだれ込んできました。
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