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第一章 シャラ
十、優しい人
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シャラが目を覚ますと、嵐はすっかりおさまっていました。空が高々とそびえています。
紅葉はいくつも吹き飛んで、地面にへばりついていました。枝にまだ残るものは、朝日を含んだ水滴をその地面へと落としています。
ナナシに連れられて、シャラとミタマは村へと下りて行きました。
村の人たちは、真っ白な髪の3人組を奇異なものを見る目で見つめます。居心地が悪くなったシャラは、ミタマの陰に隠れました。
ナナシの家は神殿よりも広く、それよりもおんぼろでした。昨日の台風でよく崩れなかったなと感心するばかりです。
「ナナシ! どこ行ってたのよ!?」
ナナシが家に入るなり、甲高い声が飛んできました。ナナシに顔がよく似た、けれどもナナシよりも幾分歳を取っている女が現れました。髪はナナシと違って、少し茶に近い黒髪でした。
ナナシはその女に向かって、「母さん!」と呼びかけました。
「この人たちがね、父さんを治してくれるって!」
頬を上気させるナナシを見て、ナナシの母はシャラとミタマを見ました。疑うような目です。シャラは再び、ミタマの陰に隠れました。
ナナシの父は、部屋の奥に座って藁を編んでいました。ミタマとシャラが近寄ると、顔を上げて不思議そうにしています。
ミタマはしゃがんで、ナナシの父の足を診ました。傷跡がまだ生々しく残っています。シャラは眉をしかめました。
「力入れてもびくともしないんだ。もう治らないんだろうね。あきらめてるよ」
ナナシの父は、寂しそうに笑いました。
ミタマは仏頂面でそれを眺めていました。おもむろに立ち上がり、表へ出ます。
シャラが付いて行こうとすると、「来るな」と言ってさっさと離れてしまいました。
ミタマにそんな態度を取られたのは初めてでした。始めはぼうっと突っ立っていましたが、胸がむかむかしてきて、石ころを蹴り上げました。
しばらくすると、ミタマが帰ってきました。手に一枚の葉っぱを持っています。覗き込むと、赤くてどろりとした液体が乗っていました。
ミタマはその液体を、ナナシの父の足に塗りました。塗ったところから、どんどんと傷が治って行きます。
シャラとナナシ、それにナナシの家族が、固唾を飲んでその様子を見つめていました。
傷はあっという間に、まるで負傷などしていなかったかのように、きれいになくなってしまいました。
「ほんとに治った!」
ナナシが飛び上がって喜び、隣にいたシャラに抱きつきます。シャラはびっくりしました。でも、突き放すようなことはしませんでした。
「ありがとう、本当にありがとう!」
ナナシは泣いていました。見回すと、ナナシの父親と母親も、泣きながら喜んでいます。
その光景を見て、シャラは胸が温かくなるのを感じました。
シャラとミタマは廃神社に戻ってきました。赤く染まった葉が1枚、目の前をひらりと舞い降りていきます。
「ねえミタマ。私、ナナシたちが喜んでいるのを見て、嬉しくなったわ。どうしてかしら。私が何かしてもらったわけじゃないのに」
冷たい風が、ふたりの間を流れました。シャラの着物に縫い取られている菫が、ゆらりと揺れます。
「それは、シャラが優しい人だからだろう」
「私が? そんなわけないわ。私ほど身勝手な人も、そうそういないはずよ」
「いいや、お前は人に親切にできる女だ」
ミタマが柔らかく微笑みました。
初めて見るその表情に、シャラの胸は高鳴りました。
紅葉はいくつも吹き飛んで、地面にへばりついていました。枝にまだ残るものは、朝日を含んだ水滴をその地面へと落としています。
ナナシに連れられて、シャラとミタマは村へと下りて行きました。
村の人たちは、真っ白な髪の3人組を奇異なものを見る目で見つめます。居心地が悪くなったシャラは、ミタマの陰に隠れました。
ナナシの家は神殿よりも広く、それよりもおんぼろでした。昨日の台風でよく崩れなかったなと感心するばかりです。
「ナナシ! どこ行ってたのよ!?」
ナナシが家に入るなり、甲高い声が飛んできました。ナナシに顔がよく似た、けれどもナナシよりも幾分歳を取っている女が現れました。髪はナナシと違って、少し茶に近い黒髪でした。
ナナシはその女に向かって、「母さん!」と呼びかけました。
「この人たちがね、父さんを治してくれるって!」
頬を上気させるナナシを見て、ナナシの母はシャラとミタマを見ました。疑うような目です。シャラは再び、ミタマの陰に隠れました。
ナナシの父は、部屋の奥に座って藁を編んでいました。ミタマとシャラが近寄ると、顔を上げて不思議そうにしています。
ミタマはしゃがんで、ナナシの父の足を診ました。傷跡がまだ生々しく残っています。シャラは眉をしかめました。
「力入れてもびくともしないんだ。もう治らないんだろうね。あきらめてるよ」
ナナシの父は、寂しそうに笑いました。
ミタマは仏頂面でそれを眺めていました。おもむろに立ち上がり、表へ出ます。
シャラが付いて行こうとすると、「来るな」と言ってさっさと離れてしまいました。
ミタマにそんな態度を取られたのは初めてでした。始めはぼうっと突っ立っていましたが、胸がむかむかしてきて、石ころを蹴り上げました。
しばらくすると、ミタマが帰ってきました。手に一枚の葉っぱを持っています。覗き込むと、赤くてどろりとした液体が乗っていました。
ミタマはその液体を、ナナシの父の足に塗りました。塗ったところから、どんどんと傷が治って行きます。
シャラとナナシ、それにナナシの家族が、固唾を飲んでその様子を見つめていました。
傷はあっという間に、まるで負傷などしていなかったかのように、きれいになくなってしまいました。
「ほんとに治った!」
ナナシが飛び上がって喜び、隣にいたシャラに抱きつきます。シャラはびっくりしました。でも、突き放すようなことはしませんでした。
「ありがとう、本当にありがとう!」
ナナシは泣いていました。見回すと、ナナシの父親と母親も、泣きながら喜んでいます。
その光景を見て、シャラは胸が温かくなるのを感じました。
シャラとミタマは廃神社に戻ってきました。赤く染まった葉が1枚、目の前をひらりと舞い降りていきます。
「ねえミタマ。私、ナナシたちが喜んでいるのを見て、嬉しくなったわ。どうしてかしら。私が何かしてもらったわけじゃないのに」
冷たい風が、ふたりの間を流れました。シャラの着物に縫い取られている菫が、ゆらりと揺れます。
「それは、シャラが優しい人だからだろう」
「私が? そんなわけないわ。私ほど身勝手な人も、そうそういないはずよ」
「いいや、お前は人に親切にできる女だ」
ミタマが柔らかく微笑みました。
初めて見るその表情に、シャラの胸は高鳴りました。
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