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第一章 シャラ
一、羅城門の下
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少年は羅城門の上から、黒く焼けた街を眺めていました。
煙が、黒い柱のようにあちこちで立っています。視界の隅では、握り飯の配給が行われていました。
羅城門の下を、少年よりも小さな男の子がぱたぱたと駆けていきます。手にはきれいな鞠を持っていました。その顔は、どことなく希望に満ちています。
男の子の手前から、青年がひとり歩いてきました。顔は炭にまみれ、着物はところどころ破れていました。
青年は懐から脇差しを取り出し、男の子に向かってその切っ先を突きつけました。
男の子はぴたりと動きを止めます。鞠をしっかりと抱えたまま、怯えるような目で青年を見上げました。
「その鞠をよこせ」
青年は言いました。男の子は首を振ります。そしてしっかりと、鞠を抱きしめました。
青年は男の子の腕に刃を立てました。
男の子は痛みで、手の力が抜けてしまいます。鞠がてんてんと、道の上を小さく跳ねました。
青年は刃を抜きました。男の子の腕から、真っ赤な血が溢れ出します。
男の子は真っ青になりました。青年は躊躇うことなく、男の子の胸に刃を突き立てました。
男の子の体から、半透明に鈍く光る球体が飛び立ちました。それは天をめがけ、ぐんぐん昇っていきます。
少年はそれを、羅城門の屋根に頬杖をつきながら眺めていました。
やおらに屋根から飛び降りると、揺れることなく地面に着地し、青年を睨むようにして見ます。
青年は、男の子の胸から刃を抜き取り、血を拭い、鞠を拾おうとしていました。少年が地に降り立った音を耳にし、振り返りざまに刃を少年に突きつけます。
「なんだ、お前」
青年は目を見張りました。
少年の髪は真っ白でした。黒い着物を着ているせいで、余計に際立って見えます。
その前髪をかき分けて、額から1本の白い角が生えていました。
青年はゴクリと唾を飲み込みます。
「その鞠、どうするんだ。売るのか」
「あ、ああ」
少年の冷ややかな声に汗をにじませながら、青年は頷きます。
少年は視線を落とし、すっかり動かなくなった男の子を見ました。
「そのために、このガキを殺したのか」
青年の胸中から、怯えが消えました。代わりに顔を出したのは、小さな怒りでした。
「俺を責めるのか?」
少年はゆっくりと顔を上げました。青年は、まっすぐ少年を見据えたまま、言葉を紡ぎます。
「生きる為には仕方がないだろう? 先日の大火で、この街は焼け野原になっちまった。俺は、家はもちろん、家族も、財産も全部失っちまったんだ。残ったのはこの脇差しだけ。だから、俺に残された道は、これしかないんだ。仕方がないだろう!」
一気にまくし立てた青年は、口を閉ざしました。少年はまだ黙っています。青年は手に持っている鞠に視線を移しました。
「俺さ、腹減ってんだよね」
少年の言葉に、青年は顔を上げて首を傾げます。
「俺の主食は魂なんだよ。特に人の魂を喰った後は、すごく力が出るんだ」
薄ら笑う少年を前に、青年は急に寒さを覚えました。
ふと、今まで気にならなかった、彼の腰のものが気になり始めました。
「俺は腹が減っている。腹が減ると死ぬ。生きるためには魂を喰わねばならない。魂を喰うためには何かを殺さねばならない」
少年は刀を、いともたやすく抜きました。その刀身は、夕日を浴びてなお白く染まっています。
その切っ先を、青年に向けました。
青年は小さく悲鳴を上げました。腰を抜かして、その場にへたりこみます。
「お、俺じゃなくったっていいじゃないか! 今にも死にそうなやつらなら、あちこちにいる! そっちを殺して魂でもなんでも食えばいいじゃないか!」
少年は切っ先を揺るがすことなく、青年を見下ろしています。笑みを浮かべる少年の口から、鋭い牙が見えました。
「でも俺、今腹が空いてんだ。今食べないと死ぬんだよ。生きるためなら仕方がないんだ。なあ、そうだろう?」
青年は、体温がごっそり抜け落ちたような感覚に陥りました。嫌な汗がじとりと湧き出て、一層青年の熱を奪っていきます。
青年は逃げようとしました。しかし、腰が抜けてしまって体が動きません。少年に反論しようとしました。でも歯がかみ合わず、言葉が出てきません。
動けない青年を、少年は躊躇うこともなく、薙ぐようにして斬りました。
地に伏した青年の体から、先ほど男の子の体から出てきたものと同じものが、ふわりと現れました。
少年はそれを掴むと、ぱくりとひと口で食べてしまいました。
少年は空を仰ぎました。夕焼けが闇に呑み込まれようとしています。
握り飯の配給を終えた手押し車の音が、夕焼けの中から聞こえました。
街を呑んでいく闇の中へと、少年はゆっくり歩き出します。
ふと、少年は自分の行く先に、ひとりの女を見つけました。
少年と同じような白い髪を、肩につかないぐらいの長さに切りそろえています。背丈は少年より少し低いぐらいです。
その姿に、少年は紫色の目を大きく見張りました。
「サラ!」
叫ぶや否や、少年は駆け出しました。
しかし、その顔がはっきり見えるところまで来た時、少年は足を止めました。
女の前髪は、目を覆うほど伸ばされていました。間から覗く金の目が、冷ややかに少年に向けられています。
「サラを探しているのか?」
女にしては低い声が、少年に向けられました。少年は眉間にしわを寄せ、彼女を睨みました。
「……探していない。それよりお前、どうしてサラを知っている」
「お前、人に戻りたくはないか?」
少年の問いには答えず、女はそうたずねます。その言葉に、ぴくりと少年は反応しました。
「戻れるのか?」
「ああ。だがそのためには、やってもらわねばならないことがある」
女は薄っすらとした笑みを、その顔に貼り付けました。
煙が、黒い柱のようにあちこちで立っています。視界の隅では、握り飯の配給が行われていました。
羅城門の下を、少年よりも小さな男の子がぱたぱたと駆けていきます。手にはきれいな鞠を持っていました。その顔は、どことなく希望に満ちています。
男の子の手前から、青年がひとり歩いてきました。顔は炭にまみれ、着物はところどころ破れていました。
青年は懐から脇差しを取り出し、男の子に向かってその切っ先を突きつけました。
男の子はぴたりと動きを止めます。鞠をしっかりと抱えたまま、怯えるような目で青年を見上げました。
「その鞠をよこせ」
青年は言いました。男の子は首を振ります。そしてしっかりと、鞠を抱きしめました。
青年は男の子の腕に刃を立てました。
男の子は痛みで、手の力が抜けてしまいます。鞠がてんてんと、道の上を小さく跳ねました。
青年は刃を抜きました。男の子の腕から、真っ赤な血が溢れ出します。
男の子は真っ青になりました。青年は躊躇うことなく、男の子の胸に刃を突き立てました。
男の子の体から、半透明に鈍く光る球体が飛び立ちました。それは天をめがけ、ぐんぐん昇っていきます。
少年はそれを、羅城門の屋根に頬杖をつきながら眺めていました。
やおらに屋根から飛び降りると、揺れることなく地面に着地し、青年を睨むようにして見ます。
青年は、男の子の胸から刃を抜き取り、血を拭い、鞠を拾おうとしていました。少年が地に降り立った音を耳にし、振り返りざまに刃を少年に突きつけます。
「なんだ、お前」
青年は目を見張りました。
少年の髪は真っ白でした。黒い着物を着ているせいで、余計に際立って見えます。
その前髪をかき分けて、額から1本の白い角が生えていました。
青年はゴクリと唾を飲み込みます。
「その鞠、どうするんだ。売るのか」
「あ、ああ」
少年の冷ややかな声に汗をにじませながら、青年は頷きます。
少年は視線を落とし、すっかり動かなくなった男の子を見ました。
「そのために、このガキを殺したのか」
青年の胸中から、怯えが消えました。代わりに顔を出したのは、小さな怒りでした。
「俺を責めるのか?」
少年はゆっくりと顔を上げました。青年は、まっすぐ少年を見据えたまま、言葉を紡ぎます。
「生きる為には仕方がないだろう? 先日の大火で、この街は焼け野原になっちまった。俺は、家はもちろん、家族も、財産も全部失っちまったんだ。残ったのはこの脇差しだけ。だから、俺に残された道は、これしかないんだ。仕方がないだろう!」
一気にまくし立てた青年は、口を閉ざしました。少年はまだ黙っています。青年は手に持っている鞠に視線を移しました。
「俺さ、腹減ってんだよね」
少年の言葉に、青年は顔を上げて首を傾げます。
「俺の主食は魂なんだよ。特に人の魂を喰った後は、すごく力が出るんだ」
薄ら笑う少年を前に、青年は急に寒さを覚えました。
ふと、今まで気にならなかった、彼の腰のものが気になり始めました。
「俺は腹が減っている。腹が減ると死ぬ。生きるためには魂を喰わねばならない。魂を喰うためには何かを殺さねばならない」
少年は刀を、いともたやすく抜きました。その刀身は、夕日を浴びてなお白く染まっています。
その切っ先を、青年に向けました。
青年は小さく悲鳴を上げました。腰を抜かして、その場にへたりこみます。
「お、俺じゃなくったっていいじゃないか! 今にも死にそうなやつらなら、あちこちにいる! そっちを殺して魂でもなんでも食えばいいじゃないか!」
少年は切っ先を揺るがすことなく、青年を見下ろしています。笑みを浮かべる少年の口から、鋭い牙が見えました。
「でも俺、今腹が空いてんだ。今食べないと死ぬんだよ。生きるためなら仕方がないんだ。なあ、そうだろう?」
青年は、体温がごっそり抜け落ちたような感覚に陥りました。嫌な汗がじとりと湧き出て、一層青年の熱を奪っていきます。
青年は逃げようとしました。しかし、腰が抜けてしまって体が動きません。少年に反論しようとしました。でも歯がかみ合わず、言葉が出てきません。
動けない青年を、少年は躊躇うこともなく、薙ぐようにして斬りました。
地に伏した青年の体から、先ほど男の子の体から出てきたものと同じものが、ふわりと現れました。
少年はそれを掴むと、ぱくりとひと口で食べてしまいました。
少年は空を仰ぎました。夕焼けが闇に呑み込まれようとしています。
握り飯の配給を終えた手押し車の音が、夕焼けの中から聞こえました。
街を呑んでいく闇の中へと、少年はゆっくり歩き出します。
ふと、少年は自分の行く先に、ひとりの女を見つけました。
少年と同じような白い髪を、肩につかないぐらいの長さに切りそろえています。背丈は少年より少し低いぐらいです。
その姿に、少年は紫色の目を大きく見張りました。
「サラ!」
叫ぶや否や、少年は駆け出しました。
しかし、その顔がはっきり見えるところまで来た時、少年は足を止めました。
女の前髪は、目を覆うほど伸ばされていました。間から覗く金の目が、冷ややかに少年に向けられています。
「サラを探しているのか?」
女にしては低い声が、少年に向けられました。少年は眉間にしわを寄せ、彼女を睨みました。
「……探していない。それよりお前、どうしてサラを知っている」
「お前、人に戻りたくはないか?」
少年の問いには答えず、女はそうたずねます。その言葉に、ぴくりと少年は反応しました。
「戻れるのか?」
「ああ。だがそのためには、やってもらわねばならないことがある」
女は薄っすらとした笑みを、その顔に貼り付けました。
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