紅葉かつ散る

月並

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九、小林君

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 そうやって、貼られた問題を何問か解いたり、家から持ってきた本を読んでいるうちに、日が傾き始めていた。
 本当は誰もいなくて赤い髪も目立ちにくい暗い時刻に帰りたいけど、お兄ちゃんが心配するので、日が落ちる前に帰らなければならない。
 しぶしぶ寺子屋を出た。

 太陽が真っ赤に燃えている。私の髪と、あの色に大差はない。夕日の色と同じと思ってほっといてほしいものだ。

「田辺さん」

 急に後ろから声を駆けられて、口から心臓が出るくらい驚いた。
 恐る恐る後ろを振り向くと、男の子がいた。色が白くて、細い。はっきり言うと血色が悪い。

「な、なんでしょうか」

 震える口でそう尋ねると、男の子は本を渡してきた。見てみると、私の本だった。

「忘れ物だよ」
「え、なんで、どこに」
「教室」
「え、えと、あ、ありがとう。え、と?」

 お礼を言おうとして、この男の子の名前を知らないことに気がついた。もっと悪いことに、この男の子が同じ寺子屋に通っていることすら知らなかった。
 男の子はそんな気配を察したらしく、くすりと笑う声が聞こえた。

小林こばやしです。小林河次郎こうじろう
「あ、小林君、あ、ありがとう。じゃ」
「ちょっと待って、田辺さん」

 足早にその場を去ろうとした私を、小林君は再び引き留めた。
 足を止めた私は、彼に向き直る。ただし視線は落とす。合わせるのは怖い。

「田辺さんって、なにかの病気なの? 全然寺子屋に顔を見せないけれど」
「病気ってわけじゃ」
「ふうん? じゃあどうして?」

 私は何も答えなかった。彼がなんでこんなことを聞いてくるのか、分からなくて怖い。
 俯く私の視界に、1枚の紙が入ってきた。私が今日寺子屋に来て、最初に解いた問題だ。

「これ作ったの、僕なんだ」

 思わず顔を上げてしまった。ばっちりと、小林君と目が合う。小林君は嬉しそうにはにかんだ。

「すぐに解いてたから、田辺さんもこれ読んだんだと思って、話がしたくて。でも明日来なかったら寂しいなあって思ってさ」

 彼は楽しげな声でそう言った。
 それに対して、何と答えればいいか分からなかった。そんなこと言われても、という思いで一杯。
 だから、逃げることにした。踵を返し、一目散に家へと駆け出す。

 背後で、小林君が「明日も来てね!」と大声を張り上げていた。その後、苦しそうな咳が聞こえた。
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