紅葉かつ散る

月並

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八、寺子屋

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 見上げると、イチョウが黄金色に輝いている。根元には銀杏ぎんなんが落ちていた。
 少しお腹が空いていたので、ひとつ拾って土をはらい、口に放り込む。


 田辺新菜となった私は、お兄ちゃんのもとで暮らし始めた。
 お兄ちゃんはちょうど江戸へ勤めることになっていたらしく、私もそれについて行った。
 だから、一緒についてきたお付きの人以外は、私が鬼だと呼ばれていたことを知らない。お付きの人も、お兄ちゃんが厳選した、私に対する偏見のない人だけらしい。

 けれど、どこへ行っても赤い髪は目立つ。皆の視線は、私の髪に集まる。私は、それが怖かった。


 お兄ちゃんに勧められて、寺子屋に通うようになった。
 その寺子屋は、普通の寺子屋には通いづらい子、例えば病気がちでなかなか通えない子とか、悪さをしでかして周囲から嫌われている子、どうしても学びたいという気持ちの強い女の子なんかが集まっている。
 月に一度受ける試験の点数で良い点数さえ取れれば、どういう人であろうと受け入れるというのが、この寺子屋の方針のようだ。

 そんな寺子屋なので、私のことを気にする人はいなかった。みんな目の前の本に夢中なのだ。割と居心地のいいところだった。

 とは言え、寺子屋に行くまでの道のりが私には苦痛で、あんまり通わず家で過ごしていた。
 幸い、お兄ちゃんの家にはたくさんの本があった。だから寺子屋に通わなくても勉強はできた。

 お金が勿体無いから、お兄ちゃんに寺子屋をやめさせてほしいと頼んだこともあった。けれど、お兄ちゃんはやめさせてくれなかった。


 そして今日、あまりにも外に出ようとしない私に業を煮やしたのか、お兄ちゃんは「寺子屋に行かないと夕飯を抜く」と言った。
 私はしぶしぶ寺子屋に向かった。



 広い部屋に置かれたいくつかの長机の上で、生徒たちは黙々と自習をしている。
 入り口には先生がいるけど、この人も本を読んでいる。私が部屋に入っても、一瞥しただけですぐに視線は本に戻った。

 部屋の後ろの壁には、先生が本で拾ってきたり、生徒たちが考えた問題が書かれた紙が貼ってある。
 自由に取って解いて、また後ろに貼っておけば、出題した人が答え合わせをしてくれる。
 問題は色々ある。国学、儒学、陽明学、漢学、蘭学、和算、窮理学……。

 ふと、ひとつの紙に吸い寄せられた。
 その紙を取って、窓のすぐ横の席に座った。机には硯が置いてある。墨を作りつつ、問題に目を通す。

 それは国学の問題で、私が最近読んだ本に即して出題されたものだった。

 これを作った人も読んだんだ、あの本。顔もわからない人に、親近感を覚える。
 墨が溜まったので、筆を取った。答えをさっさと記入する。少し乾かしてから、後ろに貼りなおした。
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