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四、田辺さん
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しろちゃんは本当にすぐに帰ってきた。大人しく本を読んでいた時だった。
「おかえり、しろちゃん!」
私はすぐさましろちゃんに駆け寄ろうとした。しかし、しろちゃんの後ろから別の生き物の臭いがし、足を止めた。
ふるふると身体を震わせる私を見て、しろちゃんは小さくため息をついた。
「入っていいぞ」
しろちゃんが、戸の陰に向かってそう声をかけた。
そこから現れたのは、男の人だった。私は慌てて、しろちゃんの後ろに隠れた。
「こいつは大丈夫だ。俺が保証する」
それでも私は、しろちゃんの着物のそでをつかんで放さなかった。
「しょうがないですよ、白鬼さん」
男の人は、にこやかに笑いながらしろちゃんに話しかける。そしてその視線を、今度は私に向けた。
「はじめまして。私は田辺と言います。あなたと仲良くしたいのです」
視線を合わせるためか、男の人はしゃがみこんで話しかけてきた。けれど私は、首を横に振った。
男の人は困ったように苦笑した。そして腰を上げた。
「また来てもいいですか?」
「おう」
男の人の言葉に、しろちゃんはなんのためらいもなく答えた。思わず「しろちゃん!」と抗議の声をあげた。
しろちゃんと私の目が合う。
「……いいだろうがよ。こいつと俺は友達だからな」
男の人が視界の端で、身に覚えがないといった風に首をかしげた。
「しろちゃん、うそはだめだよ」
「ちっ」
しろちゃんは大きく舌打ちをした。
「まあそのなんだ、こいつはお前に手は出さねえよ」
しろちゃんがそう言うのだから、この男の人は大丈夫なのだろう。頭では理解した。けれど心はそうはいかない。私はしろちゃんの着物のすそを強く握った。
田辺という男の人は、「ではまた」とだけ言い残し、山を下りた。
▽
田辺さんは、毎日のようにやって来た。私は怖いので、来る度に草むらに逃げ込んだ。
太陽がさんさんと輝くある日、田辺さんは本を持ってきた。
何の本なのか気になってしまい、私はつい草むらから顔をのぞかせてしまった。
そんな私の行動に気がついたのか、田辺さんは本をその場に置いて、山を下りた。
私は文字通り、本に飛びついた。
その本は、まだ読んだことのない本だった。自然の情景が細かにきれいに描かれていた。私はそれが大変気に入った。
本の間から、ひらりと紙が1枚落ちた。
「気に入ったのならあげます。 田辺」
そこにはそう書いてあった。私は思わず飛び上がって喜んだ。
しろちゃんにそのことを話すと、「お礼をしろ」と言われた。
山で捕まえた蛍を2匹、網籠の中に入れて、その本の上に置いておいた。そして紙に「ありがとうございます」と書いた。
蛍を捕まえたのは、その本の冒頭に、夏の夜に蛍が1、2匹飛んでいるのは風情がある、と書かれていたからだった。
田辺さんは、嬉しそうにその贈り物を受け取ってくれた。
「一緒に蛍を飛ばしませんか? 本当に風情があるのかどうか、検証してみましょう」
田辺さんの言葉に、私の好奇心が疼いた。
しろちゃんも呼んで、一緒にいてもらうことにした。しろちゃんは溜め息を吐いたけど、承諾してくれた。
しろちゃんはいつも、私が頼みごとをするとこういう態度を取る。
暗闇の中、網籠を持った田辺さんに対面するように、私としろちゃんは並んで立った。
田辺さんが網籠を開けた。蛍はふわりと夜空に飛び立った。ぬるくなった空気の中、淡い光が舞うその風景は、確かに風情があった。
田辺さんを盗み見る。彼は穏やかな表情で、飛んでいく蛍を見守っていた。
この人は怖くない。この人は、私に何もぶつけてこない。心の底から、そう思った。
「おかえり、しろちゃん!」
私はすぐさましろちゃんに駆け寄ろうとした。しかし、しろちゃんの後ろから別の生き物の臭いがし、足を止めた。
ふるふると身体を震わせる私を見て、しろちゃんは小さくため息をついた。
「入っていいぞ」
しろちゃんが、戸の陰に向かってそう声をかけた。
そこから現れたのは、男の人だった。私は慌てて、しろちゃんの後ろに隠れた。
「こいつは大丈夫だ。俺が保証する」
それでも私は、しろちゃんの着物のそでをつかんで放さなかった。
「しょうがないですよ、白鬼さん」
男の人は、にこやかに笑いながらしろちゃんに話しかける。そしてその視線を、今度は私に向けた。
「はじめまして。私は田辺と言います。あなたと仲良くしたいのです」
視線を合わせるためか、男の人はしゃがみこんで話しかけてきた。けれど私は、首を横に振った。
男の人は困ったように苦笑した。そして腰を上げた。
「また来てもいいですか?」
「おう」
男の人の言葉に、しろちゃんはなんのためらいもなく答えた。思わず「しろちゃん!」と抗議の声をあげた。
しろちゃんと私の目が合う。
「……いいだろうがよ。こいつと俺は友達だからな」
男の人が視界の端で、身に覚えがないといった風に首をかしげた。
「しろちゃん、うそはだめだよ」
「ちっ」
しろちゃんは大きく舌打ちをした。
「まあそのなんだ、こいつはお前に手は出さねえよ」
しろちゃんがそう言うのだから、この男の人は大丈夫なのだろう。頭では理解した。けれど心はそうはいかない。私はしろちゃんの着物のすそを強く握った。
田辺という男の人は、「ではまた」とだけ言い残し、山を下りた。
▽
田辺さんは、毎日のようにやって来た。私は怖いので、来る度に草むらに逃げ込んだ。
太陽がさんさんと輝くある日、田辺さんは本を持ってきた。
何の本なのか気になってしまい、私はつい草むらから顔をのぞかせてしまった。
そんな私の行動に気がついたのか、田辺さんは本をその場に置いて、山を下りた。
私は文字通り、本に飛びついた。
その本は、まだ読んだことのない本だった。自然の情景が細かにきれいに描かれていた。私はそれが大変気に入った。
本の間から、ひらりと紙が1枚落ちた。
「気に入ったのならあげます。 田辺」
そこにはそう書いてあった。私は思わず飛び上がって喜んだ。
しろちゃんにそのことを話すと、「お礼をしろ」と言われた。
山で捕まえた蛍を2匹、網籠の中に入れて、その本の上に置いておいた。そして紙に「ありがとうございます」と書いた。
蛍を捕まえたのは、その本の冒頭に、夏の夜に蛍が1、2匹飛んでいるのは風情がある、と書かれていたからだった。
田辺さんは、嬉しそうにその贈り物を受け取ってくれた。
「一緒に蛍を飛ばしませんか? 本当に風情があるのかどうか、検証してみましょう」
田辺さんの言葉に、私の好奇心が疼いた。
しろちゃんも呼んで、一緒にいてもらうことにした。しろちゃんは溜め息を吐いたけど、承諾してくれた。
しろちゃんはいつも、私が頼みごとをするとこういう態度を取る。
暗闇の中、網籠を持った田辺さんに対面するように、私としろちゃんは並んで立った。
田辺さんが網籠を開けた。蛍はふわりと夜空に飛び立った。ぬるくなった空気の中、淡い光が舞うその風景は、確かに風情があった。
田辺さんを盗み見る。彼は穏やかな表情で、飛んでいく蛍を見守っていた。
この人は怖くない。この人は、私に何もぶつけてこない。心の底から、そう思った。
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