紅葉かつ散る

月並

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四、田辺さん

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 しろちゃんは本当にすぐに帰ってきた。大人しく本を読んでいた時だった。

「おかえり、しろちゃん!」

 私はすぐさましろちゃんに駆け寄ろうとした。しかし、しろちゃんの後ろから別の生き物の臭いがし、足を止めた。
 ふるふると身体を震わせる私を見て、しろちゃんは小さくため息をついた。

「入っていいぞ」

 しろちゃんが、戸の陰に向かってそう声をかけた。
 そこから現れたのは、男の人だった。私は慌てて、しろちゃんの後ろに隠れた。

「こいつは大丈夫だ。俺が保証する」

 それでも私は、しろちゃんの着物のそでをつかんで放さなかった。

「しょうがないですよ、白鬼さん」

 男の人は、にこやかに笑いながらしろちゃんに話しかける。そしてその視線を、今度は私に向けた。

「はじめまして。私は田辺たなべと言います。あなたと仲良くしたいのです」

 視線を合わせるためか、男の人はしゃがみこんで話しかけてきた。けれど私は、首を横に振った。
 男の人は困ったように苦笑した。そして腰を上げた。

「また来てもいいですか?」
「おう」

 男の人の言葉に、しろちゃんはなんのためらいもなく答えた。思わず「しろちゃん!」と抗議の声をあげた。
 しろちゃんと私の目が合う。

「……いいだろうがよ。こいつと俺は友達だからな」

 男の人が視界の端で、身に覚えがないといった風に首をかしげた。

「しろちゃん、うそはだめだよ」
「ちっ」

 しろちゃんは大きく舌打ちをした。

「まあそのなんだ、こいつはお前に手は出さねえよ」

 しろちゃんがそう言うのだから、この男の人は大丈夫なのだろう。頭では理解した。けれど心はそうはいかない。私はしろちゃんの着物のすそを強く握った。
 田辺という男の人は、「ではまた」とだけ言い残し、山を下りた。





 田辺さんは、毎日のようにやって来た。私は怖いので、来る度に草むらに逃げ込んだ。


 太陽がさんさんと輝くある日、田辺さんは本を持ってきた。
 何の本なのか気になってしまい、私はつい草むらから顔をのぞかせてしまった。
 そんな私の行動に気がついたのか、田辺さんは本をその場に置いて、山を下りた。

 私は文字通り、本に飛びついた。
 その本は、まだ読んだことのない本だった。自然の情景が細かにきれいに描かれていた。私はそれが大変気に入った。

 本の間から、ひらりと紙が1枚落ちた。

「気に入ったのならあげます。 田辺」

 そこにはそう書いてあった。私は思わず飛び上がって喜んだ。

 しろちゃんにそのことを話すと、「お礼をしろ」と言われた。
 山で捕まえた蛍を2匹、網籠の中に入れて、その本の上に置いておいた。そして紙に「ありがとうございます」と書いた。
 蛍を捕まえたのは、その本の冒頭に、夏の夜に蛍が1、2匹飛んでいるのは風情がある、と書かれていたからだった。

 田辺さんは、嬉しそうにその贈り物を受け取ってくれた。

「一緒に蛍を飛ばしませんか? 本当に風情があるのかどうか、検証してみましょう」

 田辺さんの言葉に、私の好奇心が疼いた。
 しろちゃんも呼んで、一緒にいてもらうことにした。しろちゃんは溜め息を吐いたけど、承諾してくれた。
 しろちゃんはいつも、私が頼みごとをするとこういう態度を取る。

 暗闇の中、網籠を持った田辺さんに対面するように、私としろちゃんは並んで立った。
 田辺さんが網籠を開けた。蛍はふわりと夜空に飛び立った。ぬるくなった空気の中、淡い光が舞うその風景は、確かに風情があった。

 田辺さんを盗み見る。彼は穏やかな表情で、飛んでいく蛍を見守っていた。
 この人は怖くない。この人は、私に何もぶつけてこない。心の底から、そう思った。
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