紅葉かつ散る

月並

文字の大きさ
上 下
1 / 16

一、しろちゃん

しおりを挟む
 みどり色の草木をかき分けてかき分けていくと、大きくひらけたところに出る。
 そこにあるのは、ぼろぼろの神社。ずいぶん前から誰もこないせいで、こうなっちゃったらしい。
 神社につづく石の階段も、木の葉と土にうもれてしまっている。

 そのよこに、木でできた小さな家がある。私としろちゃんの家だ。
 しろちゃんはその家のまえで、丸太を半分に切っていた。白い刀がきらきらと光って、丸太をさくさくっと切ってしまう。

「しろちゃーん、しろちゃーん」

 私がかけよると、しろちゃんは手を止めた。

「見てこれ、このお花、きれい!」

 私はしろちゃんに、山の中で見つけた青むらさき色の花を見せた。

「それはヤマトリカブトだな」
「やまとりかぶと?」
「ああ。花の形が舞楽……舞いを踊るときにかぶる冠に似てるから、『トリカブト』って名前がついてんだ。毒あるから食べるなよ」

 私はよく、山の中で見つけたきれいなものやめずらしいものを、しろちゃんに見せていた。そしてしろちゃんは、その名前を教えてくれた。

「しろちゃんは物知りだね。なんでも知ってる」
「その『しろちゃん』って言うの、やめろ」
「だってしろちゃん、髪も着物も刀も真っ白なんだもん。だからしろちゃん」
「なんの捻りもないな」
「ヤマトリカブトだって見たまんまなんでしょ!」

 私がぷうとむくれると、しろちゃんはあきらめたように「はいはい」と言う。

「これ、しろちゃんにあげるね」

 私はしろちゃんにヤマトリカブトを手わたした。
 しろちゃんは、私の手からそれを受け取った。青むらさき色のそれをじっと見つめる。
 その目は、やさしいむらさき色をしていた。





 ある日の昼さがりのこと。しろちゃんは「飯を穫りに行ってくる」と言って、みどり色の中にまぎれていった。
 私はしろちゃんに日ごろから言いつけられているとおり、家の中でじっとしていた。

 こういうときは、家にある本を読む。
 紙が黄色くなっていて、へたにさわると破れてしまうので、めくるときには細心の注意が必要だ。

 山に生えている植物について書かれてある、生活に必要な本から、女の人になりきって日記を書いている男の人の本まで、たくさんの本が家にはあった。

 本を読むのは楽しい。知らなかったことを知ることも、むずかしい言葉をしろちゃんにたずねることも、そしてなにより、文字を追うのはとてもとても楽しいことだった。
 どんどんものしりになっていくようで、どんどんしろちゃんに近づいているようで、うれしい。

 その日読んでいた本は、おとぎ話といわれるものだった。モモから生まれた男の子が、イヌとサルとキジを連れて、町の人の宝をうばった鬼を退治しにいく話だ。
 私は首をひねる。鬼はよく、悪者としてえがかれている。このお話のように。

 どうしてだろう。しろちゃんだって鬼だ。白鬼びゃっきっていう鬼だってきいた
 けどすごくやさしい。お話の中の鬼みたいに、人の宝物をうばったり、お姫さまをさらったりなんかしない。

 本1冊を読むだけで、どんどん分からないことが増える。しろちゃんみたいにものしりになるには、まだまだたくさん本を読まないといけないのだろう。
しおりを挟む

処理中です...