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十四、国主の座

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 谷場から、魂美を嫁として迎えること、その代わりに戦を止めるという旨の手紙が届いてから、ひと月後。魂美の輿入れの日がやってきました。
 その日、空は底抜けに晴れていました。魂美の門出を天も祝っているようだと白鬼は思い、太陽に手を翳しました。
 そこに時雨が現れました。

「真人様、魂美の支度が整いました。領主として、そして義兄として、門出の言葉が欲しいと魂美が願っています。どうか頼めませんでしょうか?」

 時雨の言葉に、白鬼は「分かった」と言って立ち上がりました。

「吹雪様も、どうぞご一緒に」

 時雨は白鬼の隣にいた吹雪にも、そう声を掛けました。吹雪は片眉を少しだけ上げましたが、口を閉ざしたまま着いてきました。

 時雨が襖を開くと、そこには白無垢に身を包み、化粧を念入りに施された魂美がいました。吹雪はその美しさに息を呑みました。白鬼は表情をぴくりとも変えませんでした。
 魂美はふたりを見て、にっこりと笑みを浮かべました。

「悪いけど、少しだけ真人義兄上とふたりきりにさせてちょうだい」

 その言葉に、吹雪が我に返ります。

「そんなこと……」

 声を上げかけた吹雪の肩に、時雨がそっと手を置きました。

「今日でお別れなのです。最後なのですから、魂美のワガママを聞いてやってもらえませんか?」

 吹雪はちらりと白鬼を見ました。白鬼は「大丈夫」と言うように笑って見せました。
 しぶしぶといった様子で、吹雪は時雨と一緒に廊下に出ました。

 襖がぴっちりと閉まると、魂美は再び白鬼に笑顔を向けました。そしてその場でゆっくりと一回転しました。

「どう? 私、きれい?」

 白鬼はじっと魂美を見つめてから「…ああ」と答えました。すると魂美は歯を見せて笑いました。

「お世辞を覚えたのね。結構結構。私を手放すのが惜しくなったんじゃない?」
「それはない」
「即答? ひどいわね」

 魂美は頬を膨らませました。が、すぐに真面目な顔に戻り、白鬼の目をまっすぐに見つめました。

「ミタマ、私、夢を見たわ。私は鬼で、あなたと一緒に暮らしてた。鬼の私も、魂美と一緒であなたの魂を欲しがってた。その真っ白な魂を黒くして、美味しそうになったところを食べようと思ってたの。だけど、あなたの魂はずっと白いままだった。私はそれでいいと思った。そしたらあなたの魂を食べなくて済むから。ずっとミタマの傍にいられるから」

 白鬼は息を飲みました。
 その隙を付いて、魂美は白鬼に身を寄せました。そして、自分の唇をその唇に重ねました。
 しばらくしてから離れると、白鬼の口に紅が移っていました。それを見て、魂美は笑みを浮かべました。

「ミタマ、あなたはそのままでいてちょうだい。誰の命も奪われることのない平和な世界を作りたいなんていう、大きな夢を見ているあなたのままで。そんなあなたを、私はずっと愛しているわ」

 呆けたように立つ白鬼の唇についたままの紅を、魂美は真っ白な着物の裾で拭いました。そこに付着した赤色を見て、魂美は口元を緩めました。

 白鬼に背を向けると、魂美は襖を開きました。そして廊下を歩きます。白鬼も、そんな彼女の着物の裾を踏んづけないようにしながら、後ろをついて行きました。
 少しばかり行くと、吹雪と時雨が待機していました。

「お別れは済んだ?」

 時雨の言葉に、魂美は頷きました。それを見た時雨はにっこりと笑うと、手を2度叩きました。
 瞬間、鎧に身を包んだ真人の部下たちが、手に刀や矢を持って現れました。彼らは皆、白鬼を睨んでいました。魂美が「えっ」と驚いたような声をあげました。

「な、何? 私を迎えに来た……んじゃないわよね、これは」

 魂美は顔を青くして、一歩後ずさりました。すると戦闘態勢の武者たちの間から、陸朗が現れました。

「魂美、こちらへ来なさい。そんな偽物の隣は危険だ」
「偽物? 何の話? 義兄様のことなら本物だって、私が証明してみせたじゃない」
「そうだな。まさかお前が、そこまでそいつに入れ込んでいるとは思っていなかったからなぁ」

 魂美は息を飲みました。二の句が継げなくなった魂美を見て、陸朗が肩を竦めます。

「それに、誰が見ても明らかな証拠がある」

 そう言うと陸朗は部下に、腕に抱えられるほどの樽を持ってこさせました。
 その蓋を開けると、中に入っていたのは生首でした。魂美は「うっ」と呻いて、顔を手で覆ってしまいました。そんな彼女を庇うようにして、白鬼が前に立ちます。そして、樽の中を覗き込みました。
 首は少し腐敗が進んでいますが、まだ輪郭がはっきりしていました。その顔は、白鬼にそっくりでした。
 白鬼は思わず、吹雪を見ました。陸朗がにやりと笑います。

「この首は義兄上のものだ」

 瞬間、吹雪の顔から血の気が一気に失せました。

「う……嘘、嘘よ、嘘! 真人が死んでいるなんて、そんな馬鹿な! あり得ないわ!」
「ならばこの首をよく見てください。母親なら、分かるんじゃありませんか?」

 にやにやとした笑みを浮かべながら、陸朗は吹雪に樽の中を見せつけました。吹雪は目を零れ落ちそうなほど見開かせて、中の首を凝視しました。
 その目から、涙がひとしずく落ちました。

「そんな、真人……真人が……」

 崩れ落ちた吹雪を見て、陸朗がしたり顔を浮かべました。

「実の母が認めた! この首は確かに義兄上のもの! ここにいる義兄上は偽物だ。母親も今回の件に加担している可能性がある。ふたりを捕らえよ!」

 陸朗の言葉に、白鬼の周りを囲んでいた武者たちが動き始めました。
 白鬼は舌打ちをひとつすると、茫然自失している吹雪の腕を掴み、武者がひとりもいない魂美の部屋の方へと走り出しました。
 白鬼の後ろにいた魂美は状況を瞬時に判断すると、角隠しと打掛を脱ぐや武者たちに向かって、それらを思いっきり投げつけました。武者たちが混乱した隙に、白鬼を追いかけます。

「逃がすな! 追え! 偽物と吹雪は殺してしまっても構わん! 魂美は丁重に扱えよ!」

 陸朗の怒声を背中にしながら、白鬼と吹雪、魂美は城の中を走ります。

「魂美、ついてこなくていい! お前だけなら助かる!」
「嫌よ! 逃げるんでしょ!? 私の部屋にね、抜け道があるのよ! それは私しか知らないわ!」

 白鬼は再び舌打ちをして、それきり何も言いませんでした。それが承諾だと理解した魂美は、自分の部屋に勢いよく入ります。
 刀掛けだけが置いてある床の間の壁の右端を、魂美は押しました。すると壁がくるりと回転し、部屋の裏にある庭への抜け道ができました。
 そこを抜けて庭に出た白鬼たちは、そのまま西の方へと逃げようとしました。その時ふいに、吹雪の足が止まりました。その目は、どこにも焦点が合っていません。

「皆何を言っているのかしら? 真人なら生きているわ。ほら、私の目の前にいるじゃない。私の腕を引っ張って走っているわ」
「吹雪?」

 白鬼が眉をひそめました。瞬間、彼の頬に平手が飛びました。
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