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五、後継者の座
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真朗はぐるりと座敷を見回しました。その口角は上がっており、上機嫌な様子でした。
「皆の者、面を上げよ。さっそく料理を持ってまいれ」
その声に、吹雪たちはゆっくりと頭を上げました。廊下に控えていたひとりの武士が、音を立てずにいずこかへと立ち去っていきます。
その時、時雨が白鬼に向かってにっこりと微笑みました。
「真人様、本当にご無事でよろしゅうございました。真人様が見つかったと聞いたとき、この時雨がどれだけ安堵いたしましたか……」
「義兄上、私も義兄上が戻ってきて、本当に嬉しく存じます」
時雨の言葉に続いたのは、陸朗でした。ふたりとも、その顔に笑顔を貼り付けていますが、目がまったく笑っていませんでした。
魂美はと言えば、眉をひそめてじっと影武者のことを睨むばかりです。
「今宵の席の料理は、私の采配で準備させていただきました。真人様のお口に合うと良いのですが」
濃い色の紅を引いた時雨の口が弧を描いた時、料理が運ばれてきました。
お膳の上に並ぶ皿を見て、白鬼は顔を固くさせました。そこに並んでいるのはハモを蒲焼にしたものと、里芋、ニンジン、ゴボウを煮っ転がし、絹さやで彩を添えたもの、ほうれん草のお浸し、栗の混ぜご飯、えのきと卵のすまし汁でした。
それらの品々を見た吹雪がはっと目を見開きました。それから時雨を睨みます。
「時雨様、ハモとえのきは真人の苦手なものと知ってお出ししたのですか?」
「あらぁ、そうだったのですか? 私、あまり真人様とお話することがありませんゆえ、知らず……。しかし国主になろう方が嫌いなものの多いのは、どうかと思いますわね」
妻同士の間で、ばちばちと火花が散っているのが白鬼には見えるようでした。
内心でため息を吐いた白鬼は、吹雪の方を見て優しく笑いました。こういう時、真人がどう対応するかは、吹雪から教えてもらっていました。
「母上、大丈夫です。いただきます」
「真人、無理はしないでいいのよ。下げさせて、別の料理を頼むから」
言いながら、吹雪はそっと白鬼に耳を寄せました。
「やっぱり時雨たちは、あなたが偽物かどうかを疑っているわ。真人の嫌いなものを出して、反応を見ているんだわ。おいしくなさそうに食べるなんて、難しいでしょう? 食べなくていいから」
白鬼は吹雪をじっと見た後、小さく首を振りました。そして小さな笑みを浮かべ、時雨たちにも聞こえるようにはっきりと言いました。
「いいえ。せっかく時雨様が用意してくださったのですから、食べます。それに時雨様の言うとおり、次の国主になるならば、好き嫌いは少ない方がいいでしょう」
白鬼は、吹雪から聞いた通りの真人ならばこう言うだろうと思ったので、そのとおりにしました。吹雪は呆気にとられていました。
その隙に白鬼は箸を取ると、まずはお吸い物に手を付けました。汁を飲んだだけで、えのきには手をつけません。ちょっと困った表情を浮かべるのを忘れないようにしました。
それから煮っ転がしやおひたしを食べた後に、ハモに箸をつけました。
真人は小骨が苦手だと吹雪から聞いていましたので、小さくひと口食べて、苦々しそうな顔をしながら飲み込みました。それを食べきると、残していたお吸い物のえのきも、なんとかといった風に食べ切りました。
実のところ、白鬼はハモもえのきも苦手ではありませんでした。なのでそれらの仕草は、完全に演技でした。
しかし、それは堂に入っていたのでしょう。時雨と陸朗が悔しそうに小さく歯ぎしりしたのを、白鬼は見逃しませんでした。
「ごちそうさまでした。申し訳ありません、時雨様。食べ切るのが遅くなりまして」
「い、いいえ。苦手なものを、よく食べられましたね」
時雨は冷や汗を流しながら、そう答えました。
その時、陸朗が前に出ました。そして真剣な表情で、白鬼を睨みます。
「義兄上、あなたは部分的に記憶喪失になったと聞いています」
「うん。どの部分をと言われると困るんだが……。だから時折とんちんかんなことを言うかも知れないが、大目に見てもらえるかな?」
「それは難しいですね。部分的に記憶喪失だなんて、義兄上になりすました人が、なりすましが明るみに出ないように吐いている嘘かもしれないじゃないですか」
白鬼は驚いたように目を丸くさせました。陸朗の言葉に機嫌を悪くしたのは、吹雪でした。
「口を慎みなさい! この子が偽物だとでも言うの!? 時雨、子の教育がなっていないのでは!?」
「あらぁ、申し訳ございません。陸朗には、真朗様がこの国いちばんの教育者をつけてくださっているはずなのですが……?」
再び、妻たちの間に火花が散りました。白鬼は吹雪をなだめるように、「母上」と優しく声を掛けました。
「陸朗が疑うのも仕方がないでしょう。俺がもし偽物だったら、お家の一大事ですから」
白鬼がたしなめると、吹雪は時雨を睨むのをやめました。
陸朗がにっこりと笑います。そして、時雨の右隣に座る魂美を手で示しました。
「偽物かどうかはすぐに分かります。実はこのことは父上と母上、それから側近のものしか知らせていなかったことなのですが、魂美は魂を見ることができるのです」
「魂を、見る?」
吹雪が眉をひそめて、魂美を見ました。魂美はむすっとした顔で、吹雪を睨み返しました。
「皆の者、面を上げよ。さっそく料理を持ってまいれ」
その声に、吹雪たちはゆっくりと頭を上げました。廊下に控えていたひとりの武士が、音を立てずにいずこかへと立ち去っていきます。
その時、時雨が白鬼に向かってにっこりと微笑みました。
「真人様、本当にご無事でよろしゅうございました。真人様が見つかったと聞いたとき、この時雨がどれだけ安堵いたしましたか……」
「義兄上、私も義兄上が戻ってきて、本当に嬉しく存じます」
時雨の言葉に続いたのは、陸朗でした。ふたりとも、その顔に笑顔を貼り付けていますが、目がまったく笑っていませんでした。
魂美はと言えば、眉をひそめてじっと影武者のことを睨むばかりです。
「今宵の席の料理は、私の采配で準備させていただきました。真人様のお口に合うと良いのですが」
濃い色の紅を引いた時雨の口が弧を描いた時、料理が運ばれてきました。
お膳の上に並ぶ皿を見て、白鬼は顔を固くさせました。そこに並んでいるのはハモを蒲焼にしたものと、里芋、ニンジン、ゴボウを煮っ転がし、絹さやで彩を添えたもの、ほうれん草のお浸し、栗の混ぜご飯、えのきと卵のすまし汁でした。
それらの品々を見た吹雪がはっと目を見開きました。それから時雨を睨みます。
「時雨様、ハモとえのきは真人の苦手なものと知ってお出ししたのですか?」
「あらぁ、そうだったのですか? 私、あまり真人様とお話することがありませんゆえ、知らず……。しかし国主になろう方が嫌いなものの多いのは、どうかと思いますわね」
妻同士の間で、ばちばちと火花が散っているのが白鬼には見えるようでした。
内心でため息を吐いた白鬼は、吹雪の方を見て優しく笑いました。こういう時、真人がどう対応するかは、吹雪から教えてもらっていました。
「母上、大丈夫です。いただきます」
「真人、無理はしないでいいのよ。下げさせて、別の料理を頼むから」
言いながら、吹雪はそっと白鬼に耳を寄せました。
「やっぱり時雨たちは、あなたが偽物かどうかを疑っているわ。真人の嫌いなものを出して、反応を見ているんだわ。おいしくなさそうに食べるなんて、難しいでしょう? 食べなくていいから」
白鬼は吹雪をじっと見た後、小さく首を振りました。そして小さな笑みを浮かべ、時雨たちにも聞こえるようにはっきりと言いました。
「いいえ。せっかく時雨様が用意してくださったのですから、食べます。それに時雨様の言うとおり、次の国主になるならば、好き嫌いは少ない方がいいでしょう」
白鬼は、吹雪から聞いた通りの真人ならばこう言うだろうと思ったので、そのとおりにしました。吹雪は呆気にとられていました。
その隙に白鬼は箸を取ると、まずはお吸い物に手を付けました。汁を飲んだだけで、えのきには手をつけません。ちょっと困った表情を浮かべるのを忘れないようにしました。
それから煮っ転がしやおひたしを食べた後に、ハモに箸をつけました。
真人は小骨が苦手だと吹雪から聞いていましたので、小さくひと口食べて、苦々しそうな顔をしながら飲み込みました。それを食べきると、残していたお吸い物のえのきも、なんとかといった風に食べ切りました。
実のところ、白鬼はハモもえのきも苦手ではありませんでした。なのでそれらの仕草は、完全に演技でした。
しかし、それは堂に入っていたのでしょう。時雨と陸朗が悔しそうに小さく歯ぎしりしたのを、白鬼は見逃しませんでした。
「ごちそうさまでした。申し訳ありません、時雨様。食べ切るのが遅くなりまして」
「い、いいえ。苦手なものを、よく食べられましたね」
時雨は冷や汗を流しながら、そう答えました。
その時、陸朗が前に出ました。そして真剣な表情で、白鬼を睨みます。
「義兄上、あなたは部分的に記憶喪失になったと聞いています」
「うん。どの部分をと言われると困るんだが……。だから時折とんちんかんなことを言うかも知れないが、大目に見てもらえるかな?」
「それは難しいですね。部分的に記憶喪失だなんて、義兄上になりすました人が、なりすましが明るみに出ないように吐いている嘘かもしれないじゃないですか」
白鬼は驚いたように目を丸くさせました。陸朗の言葉に機嫌を悪くしたのは、吹雪でした。
「口を慎みなさい! この子が偽物だとでも言うの!? 時雨、子の教育がなっていないのでは!?」
「あらぁ、申し訳ございません。陸朗には、真朗様がこの国いちばんの教育者をつけてくださっているはずなのですが……?」
再び、妻たちの間に火花が散りました。白鬼は吹雪をなだめるように、「母上」と優しく声を掛けました。
「陸朗が疑うのも仕方がないでしょう。俺がもし偽物だったら、お家の一大事ですから」
白鬼がたしなめると、吹雪は時雨を睨むのをやめました。
陸朗がにっこりと笑います。そして、時雨の右隣に座る魂美を手で示しました。
「偽物かどうかはすぐに分かります。実はこのことは父上と母上、それから側近のものしか知らせていなかったことなのですが、魂美は魂を見ることができるのです」
「魂を、見る?」
吹雪が眉をひそめて、魂美を見ました。魂美はむすっとした顔で、吹雪を睨み返しました。
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