8 / 11
なんでだよ!
しおりを挟む翌日。
体の気だるさが抜けきらないまま、優馬はスマホの機械音に起こされ、目を覚ました。
半身を起こし、寝ぼけまなこで、自分の体を見おろす。
昨日の出来事が脳裏に蘇るが、未だ現実味がない。
とは言え魔力酔いによる気持ちの悪さは抜けきっていないようで、なんとも言えないむかつきが残っている。
(これが二日酔いってやつなのかな?)
胸をさすりながら昨日のことを考えようとするが、寝起きで頭が回らない。
しばらくボーっとパジャマ姿を眺めていたが、スヌーズ機能による再びの機械音で、「はっ」と我に返る。
スマホの時刻を見ると7時45分。
(不味い。このままでは毎朝の日課である「安らぎの時間」が堪能できない!)
優馬は考えてもいない思考を止め、慌ててベッドから飛び起きると、1階へと駆け下りた。
駆け下りて——。
「む!? 今日はいつもよりも遅かったではないか!?」
「——なんでだよ!!?」
思わずわけのわからないツッコミを入れてしまった。
リビングの扉を開けると、ソラがケモ耳5歳男児の姿で、両親と談笑しながら朝食をとっていたのだ。
わけのわからないツッコミを入れてしまうのは仕方がないのではなかろうか?
「優馬、おはよう」
「ゆー君おはよう。朝ごはん食べるよね?」
「おは……い、いやいや、そんなことより何で馴染んでいるの!? え、母さん達も誰かわかってるの!?」
「誰って、ソラ君の事?」
驚きのあまり、言葉が足らない優馬の問いに、流石は母親。
優馬の母、楓はすでに用意していたのか、『チン』とトースターからパンを1枚取り分けながら優馬の疑問に答えてくれた。
因みに父、和馬は、楓が話し始めてから早々に、会社へと出かけているが、ソラと楓の話によるとこうだ。
昨日の夜、優馬の部屋を出たソラは、1階のリビングへと下りた。
ドアは元々自分でジャンプして開けることができたので、猫の姿でも特に問題はない。
だが、それはリビングに入った瞬間だった。
——ボワン。思わずソラの身体を煙が包み、ソラの姿を変えさせたのだ。
何故か?
襲われたのだ。抗い様がない……。いや、決して抗ってはいけない存在。チーズの香りに。
ソラの鼻腔を擽る芳醇な香り。それは瞬間的に体内の魔力を暴走させるには十分な威力だったに違いない。
何故ならば。
「生前……いや、前世からか? 我は無類のチーズ好きなのだ!!」
「人の味覚で無ければ存分にチーズを味わえないのだから、仕方がないのよね」
と何故か楓が捕捉をする形で話してくれた。
優馬、唖然である。
どうやらリビングには、和馬、楓、妹の美雪の3人がテレビを見ながら家族団欒なひと時を過ごしていたのだが、その時食べていたチーズの香りにソラは襲われたらしい。
そもそも昨日、バレたらややこしくなると思い、優馬はソラに人の姿に変身しないように念を押していたのだが……。
無駄に終わったようだ。
因みに、目の前で猫が裸のケモ耳5歳児男子にボワンと姿を変える所を目撃した優馬の家族の反応と言えば……。
「ソラ君!? 猫又になったの!? すごーい!!!」
「ケモノ属性か!? 流石ウチのソラだ!!」
「キャァァーーーー!!!!!!!! 可愛いぃぃぃぃーーー!!!!!!!」
(うん、大丈夫かウチの家族は? 母よ、猫又って確か妖怪だよね? 父よ、何が流石なんだ?? そして妹よ、可愛いで済ますな)
その後優馬に説明したように、元異世界魔王やら、転生やらと話まで済ませた上で、家族の団欒の一部へと加わった。
全く疑われることなく受け入れられ、芳醇なチーズの香りを堪能したのだ。
今朝には、当たり前のように同じテーブルで朝食を囲み、再びの団欒。どちらもたいしたタマである。
「それで、ゆー君……」
一通り話し終えた楓。一呼吸入れると一転。不意に優馬へとまじめな表情を向ける。
ゴクリと唾を飲み込み、
「魔本はどこにあるの!? 色は!?」
「無いから!!」
「えっ!? あ、それじゃー侍女悪魔の――」
「いないから」
「それじゃ、それじゃ、御供のドラキュラと狼男とフランケンは――」
「お母さん流石にわざと言っているよね……? 最後のネタは古いヤツか知らないけど分かんないし」
「てへ」
「うっ」(流石に自分の母親のテヘペロはキツイから!)
自分の頭を軽く小突き、舌を出す楓の姿に、二日酔いのムカムカが若干強くなった優馬であった。
「あれ、お兄ちゃんまだ支度してなかったの?」
楓とのやり取りが一区切りつくと、「ふぁ~ぁ」とあくびを一発。伸びをしながら妹の美雪が起きてくる。
何やら時計を確認し小首をかしげていたが、兄に対する疑問も一瞬。
「ソラく~~~~ん! 今日も可愛いですな~~~~」
「うん、うん」とソラを見つけるなり凭れ掛かるように抱き着く。
猫状態の時よりも、ときめいて見えるのは気のせいに違いない。
そんな美雪に対し思うところはあるものの、優馬は「ハッ」と現実に戻り、時計を確認。どうやら冷汗が止まらなくなったようだ。
まだ着替えも済ませていない状態で、時刻はすでに8時30分を過ぎようとしていた。
(——不味い!)
慌てる優馬。3年の遅刻者には、部員全員にアイスを奢らなければいけないという暗黙の掟が存在する。中学生にはかなり痛い出費だ。急ぎ制服に着替えようとし、
「優馬、我の手の元へ来るのだ」
「ごめん、急いでいるから後に——」
ソラに呼び止められ、ピタリとソラの手が優馬の体に触れた。
瞬間。
「案ずるな、すぐに済む」
(――!?)
光が一瞬体を包む。
「肉体強化の魔法をかけたのだ。今ならば走るだけでも自転車とやらと同じくらいの速度は出るはずだ。
効果は今から約20分といったところか」
「――!? ありがとうソラ!」
優馬の脳裏に昨日の魔法が過る。実際、体が羽のように軽くなっているようにも感じる。優馬はソラに感謝すると、急ぎ支度へ。
何やら楓と美雪が、ソラと無詠唱がどうだとか、優馬はまだ使えないとか色々聞こえてくるが、とりあえず今は無視。
安らぎの時間が取れなくなってしまったが、支度を終えてからサクラに抱き着き多少なりとも心の充電をすると、学校へと急ぐのだった。
「ふむ……」
優馬の後ろ姿を見送るなりソラは一つため息を付く。
優馬の魔力酔が思いのほか強く出ていたからだ。そのことで優馬の身が危うくなることでもないのだが、ソラにとっては面倒なことではあった。
魔力酔いの原因は急激な魔力の負荷と、それに伴う乱れだ。
魔力が様々な方向から流れぶつかり合っており、乱れた魔力の流れを正常に戻すには、定期的に流れを整える必要がる。
実を言うと優馬が寝ている間に一度魔力の流れを整えたのだが、起きてきた段階ですでに乱れていた。
とりあえず強化魔法を行使することにより、魔力の流れを強制的に一定方向へ流れるよう導いたのだが、それも半日もしないうちに魔力の流れは乱れるだろう。
しばらくは定期的に流れを整えてやる必要があるのだ。
「ありがとうソラ君。ごめんね。」
ソラの様子に楓が苦笑しつつも礼を述べる。ソラのため息の理由を知っているからこその礼であり……楓達もまた、魔力酔いの原因を作ってしまった一人であるからこその謝罪だった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~
SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。
ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。
『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』
『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』
そんな感じ。
『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。
隔週日曜日に更新予定。
僕のおつかい
麻竹
ファンタジー
魔女が世界を統べる世界。
東の大地ウェストブレイ。赤の魔女のお膝元であるこの森に、足早に森を抜けようとする一人の少年の姿があった。
少年の名はマクレーンといって黒い髪に黒い瞳、腰まである髪を後ろで一つに束ねた少年は、真っ赤なマントのフードを目深に被り、明るいこの森を早く抜けようと必死だった。
彼は、母親から頼まれた『おつかい』を無事にやり遂げるべく、今まさに旅に出たばかりであった。
そして、その旅の途中で森で倒れていた人を助けたのだが・・・・・・。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※一話約1000文字前後に修正しました。
他サイト様にも投稿しています。
転生をしたら異世界だったので、のんびりスローライフで過ごしたい。
みみっく
ファンタジー
どうやら事故で死んでしまって、転生をしたらしい……仕事を頑張り、人間関係も上手くやっていたのにあっけなく死んでしまうなら……だったら、のんびりスローライフで過ごしたい!
だけど現状は、幼馴染に巻き込まれて冒険者になる流れになってしまっている……
オタクおばさん転生する
ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。
天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。
投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
シャルナーク戦記~勇者は政治家になりました~
葵刹那
ファンタジー
かつては覇王フェンリルのもと、オスタリア大陸最強を誇っていたシャルナーク王国。
いつしか衰退し、現在は小国と呼ばれるまでに落ちぶれてしまった。
経理部でごく普通のサラリーマンをしていた石田勇作は、なぜかチート能力持ちの勇者に転生する。
「我がシャルナークを強国にしてほしいのだ」
国王に乞われ内務長官に就任するも・・・隣国は約3倍の国力を持つサミュエル連邦。
仲間たちと共に、ある時は政治家として政策を立案し、またある時は智将として戦場を駆け巡る。
愛する妻ナルディアと共に権謀術数が渦巻く戦乱の世をどう生き抜くのか。目指せ大陸統一!!
後に「紅鉄宰相」と呼ばれるジーク(石田勇作)の異世界英雄譚がここに始まる。
※4月14日にHOTランキング入りさせて頂きました。ありがとうございます。
少しでもこの作品でお楽しみいただけたら嬉しいです!
※タイトルを変更しました(旧:勇者は政治家になりました)。
ウィルビウス〜元勇者パーティに拾われて裏ボス兼勇者に至った私と、元凶である悪役令嬢の元彼女を含めた絶対破壊の交響曲!?
奈歩梨
ファンタジー
両親を看取り恋人にも半ば裏切られる形で婚約破棄され、親しい友人も殆ど居ない元陸自の30代男性、金剛(こんごう) 悠希(ゆうき)はある親子を庇いトラックに轢かれ死亡した。
然し、その親子は本来その日に死ぬべき運命であり、悠希はそれを捻じ曲げた為に科学の代わりに魔法が発展した異世界に転生するも、先に異世界でも大貴族の令嬢として転生していたらしい元恋人の有栖川(ありすがわ) 桃(もも)と彼女が何故か敵視する女神との諍いに巻き込まれる形で第二の生まれ故郷を焼き滅ぼされ、更に唯一の肉親となった姉のレナとも生き別れに。
その後、謎の存在により異世界・ウィルビウスでの育ての親であり嘗て大魔王よりも厄介な存在である最強であり最凶の竜神を討ち滅ぼした剣王レオニダス、賢王ソフィア、鍛治職人テラ、元王国隠密部隊補佐長リリス達と姉代わりとなるテラとリリスの娘、エリスと出逢い、元勇者パーティの指導を受け逞し過ぎる程に成長して…!?
※ 小説家になろう カクヨムでも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる