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第一章

20 暴走した魔物

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 目の前に落ちてきた魔物は、マルコシアスだった。間合に入った瞬間に、一応ニルドが大剣で真っ二つに叩き切ったが、飛んできていた頃にはすでに瀕死だったんだろう。その証拠に、一対であるはずの翼の一方がない。
 ストラスと同格ほどの魔物であるマルコシアスを瀕死に追いやれる、別の魔物がこの森にいるということになる。それだけで、この森に対する違和感の正体は分かった。
 とりあえず、それ以上に面倒くさいことが迫ってきているから、その対処が先になるだろうな。

 「エヴァニス! 後ろだ!」

 エヴァニスに向かってニルドが叫ぶが、その前にエヴァニスも理解していた。
 すぐさま後方を薙ぎ払うように、水属性の魔術を放つ。流石はSランクの冒険者といったところか、森で水は確かに適している。
 第5位階の魔術を正面から受けたその魔物は、一瞬で細切れになって押し流された。キマイラは確かAランクの魔物だったはずなんだが、それを一撃か。
 第5位階の魔術はそれくらいの強さであると覚えておこう。

 「らぁッ!」

 ニルドが大剣を大きく振るう。
 俺も仕事をしなくてはな。この場をアーレと一緒に離れてもいいが、せっかく2人の正確な実力を測れそうだからな。貢献しよう。
 右からトレント、前からバジリスク、左からはマンティコラだ。Bランク以上の魔物がひっきりなしに出てくる。
 今思うと、この森危険すぎる気がしてきた。街から普通に歩くと二日ほどの距離とはいえ、魔物が全力で走れば数時間も経たずに街まで到達する。バイコーンなんていたら、1時間もかからない。
 しかし、そこで違和感を感じるわけだ。初めてこの森にアーレと一緒に入った時もそうだったが、魔物がこの森に慣れていない。
 あの時いた魔物も、少なくとも生まれてから十数年以上は経っている、年代物だ。それが森に慣れていないというのはおかしい。
 それに、本来広大な縄張りを持つ魔物、それこそ俺の住んでいた森に一頭か二頭しかいないほどの魔物である、ストラスにマルコシアス。こいつらが同じ森にいるというのは以上だ。
 しかも、マルコシアスの体には、瀕死まで追いやったものとは別の魔物によってつけられた傷があった。
 おそらくだが、何かしらの争いでついた痕だ。つまり、この森にはSランク級の魔物が複数体いる。
 金貨1000枚が複数体と考えれば、とても良いことではあるが、街はこれにどう対処する気なのか気になるな。

 「リグナ! とりあえず防御結界を張って身だけでも守れ」

 アーレにはこの忠告だけでいいだろう。正直、人脈は作れたからここで死んでも俺としては構わないが、それによって生じる不都合がわからない以上、死なれては困る。
 それにしても、この量の魔物は誰かが召喚しているか、大森林から大移動してきたか、その二択だな。
 召喚の可能性はほとんどないが、警戒しておくに越したことはない。とはいえ、大移動であることはほとんど確定しているが。
 十中八九、竜種が絡んでいる。マルコシアスを吹っ飛ばしてきたのは、多分そいつだな。
 竜種と言っても、言葉の通じない下級の竜種ではあるだろうが、それが絡んでいると考えれば、納得がいく。
 ひとまず今は、この場の対処を優先するとしよう。

 「エヴァニスさん……土魔術で部屋を作って、リグナと一緒にその中に入っていてください」

 「どうしてだい? 僕は戦えるよ」

 「エヴァニス、俺からも頼む。そっちの方が戦いやすい。ついでに、帰るための経路を探しておいてくれ」

 エヴァニスが土魔術を発動させると、大きな部屋が完成した。俺の意図をしっかり汲み取ってくれているのがわかる構造だ。
 今俺たちを襲っている魔物は、俺たちを殺せと命じられているか、ただ暴走して人間を襲おうとしているかだが、今回はおそらく前者だ。
 さっき飛んできたマルコシアスは、目印として飛ばしてきたんだろう。
 面倒くさいことこの上ないが、明日は暇になるだろうから、その時にそのレッサードラゴンは殺しておこう。いや、明日はこれの調査にニルドに駆り出されるかもしれないか。
 ともかく、あまり得意ではない剣で竜種の相手をするのは絶対にやりたくないから、さっさと今日のところは撤収しよう。

 〔ヴォォォォォォォォオオオ!〕

 森の奥から竜の咆哮が響いてきた。今まで1000年と生きてきて、竜とやり合ったことは数えるくらいしかない。おかげで、今でも竜の咆哮というのは新鮮だ。

 「えっ、ちょっ、なんで竜がいるの?!」

 エヴァニスが部屋から顔を覗かせて叫んだ。ニルドも同じことを思っているような顔をしている。
 逆になぜ今まで気づかなかったのかと聞きたいところではあるが、今は魔物の殲滅に専念しなくては。

 「奥……最後尾が見えてきました! 魔術でここら一帯を吹き飛ばせますか?」

 エヴァニスに聞いてみる。できるのであれば、それで終わるからやってくれると助かるが。

 「いいけど……君たちは大丈夫なの?」

 「問題ない」

 「分かった。少し時間を稼いでおいて」

 エヴァニスはそう言うと魔術の詠唱を始めた。
 それに合わせて、アーレは防御結界を何重にも張り始める。脆いような気もするが、前に宿で教えた術式を使っているから問題はないはずだ。
 問題があるのは、俺とニルドだな。なんでニルドが問題ないと言ったのかは気になるが、俺はなんとかなるか。最悪、魔術で身を守ればいい。
 そうこう考えている間にも、魔物はどんどん迫ってくる。エヴァニスの術式を解析しているくらいの余裕はあるから、負担というわけでもないが。
 エヴァニスの構築している魔術は、ちょうど今半分くらい構築が終わったっところだろうか。相変わらず汚いのか綺麗なのかわからない術式だ。
 火属性と土属性、それに風属性を合わせた複合魔術だ。本当にここら一帯を吹き飛ばせそうな威力をしているが、余計なものを付け足しているせいで怪しい。
 エヴァニスがアーレに魔術を教えているのを見て感じたことだが、エヴァニスは魔術の応用が苦手だ。
 その証拠に、今構築しようとしている魔術も、規模はかなりのものであるはずなのに、威力抑制の術式も組み込まれている。
 そもそもそれにエヴァニスが気づいているかはわからないが、明らかに無駄なものだ。

 「まだなのか」

 「────。よし、吹き飛ばすよ!」

 「ちょっ、待て──」

 次の瞬間、地面の下から捲れ上がるように、あたり一帯が完全に吹き飛んだ。
 ちなみに、俺も一緒に吹き飛ばされて、今は地面のはるか上を落下中だ。ニルドも吹き飛ばされる瞬間に、大剣を挟んで耐えていたから大丈夫だろう。
 下を見ると、エヴァニスが心配五割、申し訳ないのが五割の顔で見上げている。
 横にいるアーレは地面に顔から突っ伏しているが、外傷は見えない。防御結界はギリギリで耐えたが、爆発の衝撃で気を失ったとか、そんなところだろう。
 とにかく、無事に何もバレることなく街に帰ることはできそうだな。
 それと、今回の竜といい、あれだけの量と質の魔物といい、街に戻ったらエヴァニスとニルドに確認する必要のあることがいろいろ出てきたな。
 まぁエヴァニスもニルドも竜に気づいていなかったから、聞けることはほとんどないと思うが。
 それでも、何もしないよりかはマシだ。

 「……大丈夫だったかい?」

 背中から受け身を取って着地すると、エヴァニスが駆け寄って聞いてきた。

 「はい、問題ないですよ。ニルドさんはどこにいますか?」

 「ニルドも無事だ。いやいや、良かったよ。これで死なせてしまっては申し訳ないでは済まないからね」

 「威力もそこそこでしたし……死ぬことはなかったですね」

 「そ、そうかい……あれ、第6位階で僕が使えるのだと、一番規模が大きいんだけどな」

 確かにこれを少し拡張したら街は吹き飛ばせるか。いや、先ほどのキマイラたちを薙ぎ払った魔術が第5位階なのだから、第6位階はこれくらいか。
 威力抑制の術式を除去してしまえばもっと威力は上がるが、それを言うといろいろ疑われるかもしれない。アーレを通じてそれとなく伝えてみるか。正直、あの魔術なら威力が上がったところで、俺の本来の目的の障害にはならなさそうだしな。
 とりあえず、街に帰ろう。
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