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第七章 幼馴染

第201話 融奏重想

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 手負いの相手に過剰なまでの破壊を刻んだファルラーダ・イル・クリスフォラス。文字通り消し炭にされたベルナーデは断末魔を上げる暇もなく、この世から消え去った。吹き荒ぶ灰燼を千術姫が手を振り払い消し飛ばすと、跡には何も残されていなかった。

 それを見たシャーレ・クロイスはようやく危機を脱した事に安堵の息を吐いた。立場的に見れば敵である筈のファルラーダを前に安堵するのもおかしな話だが、殺意と憤怒の魔力が消え去っているため、そういうことだと理解しておく。

「シャーレちゃん!」「シャーレ!」「シャーレおねーちゃん!」

 一時はどうなる事かと思ったが、皆無事なようで安心した。こちらに駆け寄ってくるヒナミとアイリ、シオンへ向けてシャーレは優しく微笑みかける。

「待っててねシャーレおねーちゃん、すぐにちりょーするから」

 そう言ってシオンは残り一つの治癒包帯キュアバンディッチを患部に当てがい治療を施していく。深く裂かれた背中の傷が瞬く間に癒え、九死に一生を得たシャーレは「ありがとうございます、シオンちゃん」と礼を述べた後、改めてヒナミとアイリへ向き直る。

「「…………」」

 どこかバツが悪そうに顔を背ける二人へシャーレは言う。

「あなたたちは、今回たまたま運が良かっただけです。戦争は決して自分たちの都合で動いてはくれないことを理解してください」

「「うん……」」

 戦争によって齎された都市の傷跡は、平和とはかけ離れた惨状だ。自分たちの勝手な行動で、これだけの被害を齎してしまったことに対して、二人は深く反省していた。

 ヒナミとアイリは隣には立つ互いの顔を合わせて頷き合う。シャーレに対して伝えたいことがあるようで、ヒナミが声を上げる。

「シャーレちゃん、あのね……」

 シャーレに向ける表情は、以前までの嫌悪感と憎悪を混ぜ合わせたものではなくなり。

「正直、今でもシャーレちゃんの事を赦せないって気持ちがある。今回の件はヒナたちに非あるし、命を助けてくれた事に対して感謝もしてるけど、それとこれとは話が別」

「はい」

 シャーレも分かっている。己の犯した過ちは、たかが命を救った程度で拭い去れる罪ではないことを。ヒナミの言う事は最もで、偉そうに説教垂れる立場にはない。

「「だけど――」」

「え?」

 双子は声を揃えてシャーレへ告げる。

「ヒナは、誰かの為に在ろうとするシャーレちゃんを信じるよ」
「ウチは、罪を受け止めて本気で贖おうとしてるシャーレを信じる」

――信じる。どうしてだろう、赦されたわけではないのに、まだ何も償えていないのに、その一言だけで報われるのは。

「ヒナミさん、アイリさん」

 駄目だ、泣くな。自分に泣く資格なんてない。戦闘はまだ終わっていないのだ。気を緩めるな、そう心の中で言い聞かせるも。

「う、うぅ……ぐすっ」

 感情は思い通りになんて動いてくれない。涙腺が決壊し、雫となって頬を流れていく。手でどれだけ拭っても目尻から溢れてくる。

 その様子にシオンも感じるものがあったのか、そっとこちらに歩み寄り慈愛の笑みを浮かべ。

「よかったね、シャーレおねーちゃん。ようやく一歩ふみだせたよ」

「はい……ぐすっ」

 目指す道程は遥かに遠い。たった一歩進んだだけ、けれど確かな一歩だ。

「――話は終わったようだな」

 タイミングを見計らっていたのか、ファルラーダ・イル・クリスフォラスが悠然と歩み寄ってくる。重症を負いながらも、確かな足取りで近づいてくる彼女に、ヒナミとアイリ、そしてシオンが「「「助けてくれて、ありがとうございます」」」と頭を下げた。

 それに倣って、シャーレも礼の言葉を述べる。正直聞きたいことが山程あるが、彼女が来なければ全滅していたのだ。先ずはこちらから誠意を見せるべきだろう。

「礼には及ばん。助けたくて助けたわけでなく、偶々おれの標的が奴だっただけの事だ」

「「「は、はい!」」」

 ファルラーダの言葉にヒナミとアイリとシオンはピシッ、と背筋を伸ばして応答する。三人とも初対面である千術姫の気品オーラに圧倒されていた。

「クリスフォラス卿、事情を説明してくれませんか? あなたは兄さんと戦っていた筈、それに私たちを助けるなんて、ミアリーゼ様に対する明確な裏切り行為では?」

 そもそも攻めてきているのがミアリーゼであることからして、主の意向に背くファルラーダは何を目的としているのか? だが彼女の性格は嫌という程知っているため、背信行為を働くなどあり得ない。

 その疑問をファルラーダはたった一言で返した。

「アホ言え、全てはユーリとミアリーゼ様の未来のためだ」

「「「「あぁ……」」」」

 ユーリの名を親しみを込めて口にしたのを聞いた瞬間、全員が納得の声を上げた。

「とはいえ侵攻が続いている現状、命令なく自軍を攻撃するわけにもいかんからな。コソコソ裏で何かやってそうなテロリストを優先して潰すことにしたんだよ」

 ファルラーダの理屈は納得した。ユーリが生きていると分かっただけで行幸だ。

「理由については分かりました。ですがまだ戦いは終わっていません。不躾だとは思いますが、クリスフォラス卿にお願いしたい事があります。
 私をテスタロッサ卿のもとへ連れて行ってくれませんか? それとヒナミさんとアイリさんとシオンちゃんを安全な場所まで避難させてほしいんです」

 もし仮にミアリーゼが停戦命令を下しても、テスタロッサは反故にするだろう。アリカは一人で何とかすると豪語していたが、アレを一人でどうにかできるとは思えない。今何処で戦っているのか分からないが、ファルラーダなら航空戦略機があるため、発見は容易の筈。

「止めておけ、今の貴様が赴いても足を引っ張るだけだ」

「何を」

融奏重想ヴァリアブルユニゾン、だったか? ナイルの野郎だけだと思っていた力を貴様らが扱えるとは思わなかったぞ」

「!?」

 まさか、アリカが融奏重想ヴァリアブルユニゾンを? 一体誰と? いや、考えられるのはナギしかいない。戦闘に特化したあの二人の力が合わされば、あのテスタロッサを打倒することも可能かもしれないが。

「アリカさん、ナギさん……」

 融奏重想ヴァリアブルユニゾンはおいそれと展開できる代物ではない。互いの信頼と強靭な自我、何よりも相性が重要とされている。

 失敗すれば、自我を失い廃人と化す。誰も彼も心の全部を預けられるわけではない。アリカとナギの想いに僅かでもノイズが奔ればアウトなのだ。

「どうか死なないで、テスタロッサ卿に勝ってください」

 シャーレにできることは信じることだけ。この祈りが僅かでも二人の勝利に貢献することを願うしかなかった。
 


 時は少し遡り、アージアが侵攻される前――ミグレットが神遺秘装アルスマグナ――創刻回帰クロノカイロスを用い、意識と時間を乖離させることによって短時間で異生物学者であるヨーハン・クロイスに並ぶ知識を得るに至った際のこと。

 微動だにせず、モニターを食い入るように見つめているミグレットは膨大な量のテキストを秒単位で読み解いていった。そんなミグレットの背中を魔力を供給しながら見守るユーリたち。恐らく彼らの一秒は、ミグレットにとって数時間に及んでいることだろう。

 画期的且つ恐ろしさすら覚える創刻回帰クロノカイロスの力に危機感を覚えるも、ミグレットたっての希望であるため無碍にもできない。だから皆でミグレットの背後に密集したまま、秒速で切り替わっていくモニターを見つめているのだが。

「よっし、ユーリのお父さんの遺したデータは閲覧し終わったですよ!!」

 唐突に魔力のパスが途切れ、徐にミグレットがそう言い出した事から、無事に知識を吸収し終えたらしい。異常はなさそうで、皆で安堵するのも束の間、クルリと椅子をユーリたちへ向けたミグレットが言う。

融奏重想ヴァリアブルユニゾン――と言うらしいですよ。これを会得できれば、人間フリーディアと自分たち種族が融合することによって、グランドクロスに匹敵する力を得られるです、こんちくしょう」

融奏重想ヴァリアブルユニゾン……」

 ユーリたちに聞き慣れぬのは当然。しかし原理は何となくだが理解できた。恐らく融合型魔術武装ユニゾンマギアウェポンのような、自らの姿を変えて大きな力を得る現象の事を指す言葉だと。

 サラは試してみようとオリヴァーに提案していたようだが、どんなリスクを孕むか分からないまま試すのは駄目だと拒否された。そこでミグレットが神遺秘装アルスマグナの力で、ヨーハンの遺した研究成果全てを調べ上げることを提案して今に至る。

「オリヴァーが懸念していた危険性は、勿論あるですよ。いいですか、まず自分たち種族側が行わなければならないのは、生体の量子化と再構築です、こんちくしょう」

 ミグレットは興奮が隠せないようで、皆の反応を待たずに早口で続ける。

「まず初めに、自分たちの身体……この世界のありとあらゆる物質は原子によって構成されてるです! その原子が結合して結合して何度も何度も形を変えて構成されたのが今の世界になるですよ! その原子についても、原子核と電子で組み立てられたものになるです、こんちくしょう。そんで――」

「「「「待って、待って、全然意味分かんない!!」」」」

 そんなミグレットに待ったをかけたのは、エレミヤ、ナギ、サラ、シオンの異種族組だ。

「何? え? 原子? いきなり世界や私たちが原子でできてるとか言われても分かんないわよ!」

 と、エレミヤが発し。

「オメェ、今すぐ論文とか読んで勉強しろです! 自分たちが如何に閉じた視野で物事見てたか分かるですから!」

 あのミグレットにそこまで言わせるとは。とはいえエレミヤ含めた異種族組は勉強とは縁遠い生活をしていたため、見ているだけで頭が痛くなるような文字の羅列を読む気になれない。

 興奮状態にあるミグレットへサラが、慌てて話題を切り替える。

「そ、それでミグレット、無知な私たちにも分かるように融奏重想ヴァリアブルユニゾンの危険性を教えてほしいな」

「あぁ、そうでしたね。自分、体感で数年ぶりに皆と話したですから頭こんがらがってたです、こんちくしょう」

 ミグレットの言葉に息を呑む一同。神遺秘装アルスマグナによる時間感覚の乖離の恐ろしさは計り知れない。彼女の体感では何年も一人ぼっちで知識を吸収していたのだ。

「そんな顔しなくていいですよ。自分、楽しかったですから。今ならクーリア・クロウ・ククルウィッチにだって負ける気がしねぇです」

 異生物学者として名を馳せるクーリアを意識せずにはいられない。彼女には絶対できない融奏重想ヴァリアブルユニゾンをミグレットの手で成し遂げる。

「いいですか? 融奏重想ヴァリアブルユニゾンを発動させるには、種族側が魔力を使って自分の身体を原子レベルまで分解させる必要があるんですよ。
 それをフリーディアの魔核コアに取り込ませねぇといけねぇんですが、失敗すれば自我が崩壊して二度と元には戻れなくなるですこんちくしょう」

「「「「「「「!?」」」」」」」

 その言葉に、一同は愕然とする。自我の崩壊……二度と元には戻れない。その恐ろしい代償を聞かされ、皆の背筋に冷たいものが走った。

「それだけじゃなく、例えばユーリとナギが融奏重想ヴァリアブルユニゾンした場合、過去の記憶と心の中が全部筒抜けになるですよ。どちらかが拒否反応を示せば失敗、廃人コース直行となるわけです、こんちくしょう」

「「え……」」

 ユーリとナギは顔を見合わせて、気まずそうに顔を背ける。

「私、ユーリと融奏重想ヴァリアブルユニゾンできないかも。心の中全部知られちゃったら、ユーリに嫌われちゃう……ごめんなさい」

 いくら好きな相手とはいえ……いや、好きな相手だからこそ醜い心の内を曝け出したくはないのだろう。ナギの懐くその不安こそが、自らの身を危険に晒す。申し訳なさそうに俯くナギへミグレットがフォローを入れる。

「自分だってナギと同じで心の中知られるのは嫌です、こんちくしょう。ハッキリ言いますが、理論上は可能ですが実現はほぼ不可能といっていいですよ。
 ナイル・アーネストと四精霊エレメンツがおかしいだけで、全裸見せるより恥ずかしい事を簡単にできる筈なんてねぇですから」

 親しき中にも礼儀あり。誰だって知られたくない過去や想いを懐くのは当たり前。言葉通りの同心一体となるのは、ほぼ不可能だ。

 意気消沈するナギへユーリが何か言葉をかけようとしたが、アリカが割って入って、二人は別室に移動した。残った皆もアリカに任せようと頷き合い、シャーレが口を開いた。

「ミグレットちゃん、私はヴァンパイヤのハーフですが兄さんと融奏重想ヴァリアブルユニゾンすることは……」

「調べてみねぇと分かんねぇですけど、多分無理だと思うです。オメェはフリーディアと種族両方の遺伝子が入ってるわけですから、自分を原子レベルに分解させることも、器になることもできねぇ可能性の方が高いですよ」

「そう、ですか……」

 調べるにしても時間が足りないし、ミグレットに負担を強いることになる。その事を理解したシャーレは大人しく引き下がった。

 ユーリとエレミヤも融奏重想ヴァリアブルユニゾンが齎すリスクに諦めの色を表情に灯す中、サラは満面の笑みをオリヴァーへ向けて。

「ねぇ、オリヴァーくん。オリヴァーくんは私に隠したい事なんてないよね?」

「あ、あぁ。それは勿論だが――サラ、まさか」

「うん。私も隠したい事ないし、やっちゃお! 私たち恋人なんだから当然受け入れてくれるよね?」

 その表情は笑顔だが、有無を言わせぬ圧を感じる。まさか恋人に対して後ろめたい隠し事なんてある筈ないよね? お互い愛し合っているわけだから、失敗なんてする筈ないとサラは本気で思っている。

 オリヴァーは観念したように応える。

「もし危険だから止めようといえば、後ろめたいことがあると思われて、今後の僕らの関係に支障をきたすかもしれない。こんなの受け入れるしかないじゃないか……」

 理屈云々はさておき、オリヴァーは男として彼女の覚悟を受け入れねばならない。

「やろう、サラ。大丈夫だ、絶対に成功する」

「うん」

 二人は向かい合って両手をギュッと握り見つめ合う。

「ってオメェら、潔すぎです! いきなりこんなところでやろうとすんなですよ!!」

 良からぬ雰囲気を察してミグレットが慌てて止めに入る。最早オリヴァーとサラの覚悟を止めることは誰にもできず、場所を訓練場に移動した後、実行することに。

 そうして驚くほどあっさりと有言実行してのけたオリヴァーとサラに誰もが脱帽せざるを得なかった。
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