私の好きの壁とドア

木魔 遥拓

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四十九話『懐かしい人』

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 豪雨に足止めされて、学校でを本を読むこと数十分。雨の勢いも弱まり、電車の運行も再開された。
 もう止んじゃったか。もう少し、先生の歌に浸りながら読書をしていたかったのだけれど、帰れるのに残っていたら先生たちにも迷惑かけちゃうだろうし、素直に帰ろうかな。
 帰り支度を整えて、椅子から立ち上がる。と言っても、読んでいた本を鞄にしまうことくらしかない。帰り際に教務員室に寄って、戸締まりのことを話そうと思い教室を出ると、八戸波先生がちょうどこちらに歩いてきていた。
「なんだ。運行情報ちゃんと見てたか」
「ええ。雨も弱まったので、もしかしたらと思って」
 先生、私が読書に夢中で気が付かないかもって、わざわざ知らせにきてくれたんだ。業務的なことなのかもしれないけれど、先生と話せるのは嬉しいから、どっちでもいいや。私のため、って思うとより嬉しいけれど。
「さようなら、先生」
「おう。気をつけてな。転んだりするんじゃないぞ」
 八戸波先生は教務員室に戻る直前に、私の頭をポンと撫でてから中に入っていった。触れられた感触を確かめるように自分でも頭にそっと触れる。私の熱と先生の熱が混ざり、自然と笑みが溢れる。軽い足取りながら、ゆっくりと転ばないように階段を降りていく。
 って、先生が言っていたのは雨で滑るからって話だよね。気をつけるに越したことはないけれど。
「あ、古町さん。きてたんだ」
 一回まで降りると、予想通り学校にきていた雪菜先輩がいた。ちょうど先輩も帰るところのようだ。
「雪菜先輩。まだ、癖が抜けない感じですか?」
「うん。そんなとこかな」
 話をしながら靴を履き替えて、外の傘立てに置いた傘に手をかけると、ポケットの中のスマホが鳴った。手を引っ込めてスマホを確認すると、志穂ちゃんから「電話して良い?」のメッセージが届いていた。
「すみません、ちょっと電話を」
「うん、気にしないで」
 雪菜先輩に断りを入れてから電話をかける。かけてワンコールで応答。志穂ちゃん側からしたら、ワンコールすら経っていないかもしれない。早押しクイズ顔負けのスピードだ。
「もしもし、志穂ちゃん?」
「もっしー、琉歌。学校休校になっちゃって暇なんだけど、うち来なーい? そもそもそっち休み?」
「休校になったから、今帰るところ。いいの? 急にお邪魔しちゃって」
「オッケオッケー。姉貴も会いたがってるし」
 志穂ちゃんのお姉ちゃんとは、何かとタイミングが合わなくてしばらく会えていなかったっけ。私も久しぶりに会いたいなぁ。
「え? もしかして友杉先輩いるの?」
 志穂ちゃんの家に遊びに行こうと思っていると、近くで聞いていた雪菜先輩が反応した。
「その、私も行っていいかな。友杉先輩に、久しぶりに会いたいんだけど」
 雪菜先輩は少し恥ずかしそうに言った。
「雪菜先輩も一緒だけれど、いいかな?」
「いいよ? 姉貴も喜びそうだし」
 一応確認を取ると、予想通り志穂ちゃんは快諾してくれた。予定として決まった場合、志穂ちゃんは人数が増える分には基本気にしない。むしろ、減ると聞いた時にかなり落ち込んでしまう。
「ありがとう。到着しそうになったら連絡するね」
「あいあいよー」
 軽い志穂ちゃんの挨拶で電話を切って、雪菜先輩の方を見た。会話の流れで了承がもらえたことがわかっているようで、雪菜先輩は少しソワソワしていた。
「行きましょうか?」
「うん」
 雪菜先輩は照れくさそうな笑顔で答えた。おそらく一年ぶりにかつての先輩に会えるのが嬉しいのと、久しぶりすぎて少し恥ずかしいのだろう。
 道中は他愛のない話をした。猫ちゃんの話、お菓子の話、命先輩に買った服を見せたという話。例の写真が改めて夢国さんと七津さんに送られてきたことは黙っておいた。
 せっかく楽しい時間になりそうなのに。薮を突く理由はないもんね。
 電車に揺られること数十分。私の家の前を通り過ぎて志穂ちゃんの家に向かう。
「古町さんの家、志穂さんの近くなんだね」
「いわゆる近所の幼馴染です」
 雨も完全に止んだころ、志穂ちゃんの家に着いた。雲の隙間から少し日差しが差し込んでいる。インターホンを押すと、十数秒ほどの間を開けて勢いよく玄関の扉が開かれた。『推!!』と書かれたTシャツ姿の志穂ちゃん。正直、安心している自分がいる。
 ここまでいかなくても、雪菜先輩には人目を気にせずにオシャレしてほしいな。いやまあ、イメージで買っている服がオシャレだから言葉が正しいかわからないけれど。
「上がって上がって。ユキ先輩も寒いっしょ」
「半Tの志穂さんのが寒そうだけど」
 雪菜先輩のツッコミに触れることなく志穂ちゃんは手招きしている。私がツッコミを入れてからお邪魔するのがある種の恒例みたいになっているので、慣れてしまっているのだろう。
 少し心配気味な雪菜先輩の手を引いてお家にお邪魔する。ご両親が不在の時は手を洗ってから志穂ちゃんの部屋に直行なのだが、今回はお姉さんがいるので、手を洗ってリビングのドアを開けた。
「お邪魔します。お久しぶりです、沙穂さほさん」
「おー、琉歌ちゃん。久々ー。おっきくなったねー」
 リビングに入ると、ややくたびれたニット姿で炬燵に入り、のんびりとみかんの皮を剥いている沙穂さんがいた。タレ目で右目の下に涙ぼくろ。少しぼさっとした長髪。少し痩せ型。志穂ちゃんと対局のゆったりした人だが、マイペースという意味では姉妹そっくりだ。
「姉貴、琉歌以外にもお客さんいるんだから、その格好はどうよ」
 私だけなら別にいいんだ。いや、確かに私は気にしないけれど。それに、格好のインパクトで言ったら志穂ちゃんのが明らかに強いのだけれど。
「なんだー、ツッコミ待ちかー? みかん半分食べる?」
「食べる」
 同じ感想を抱いていた沙穂さんは喧嘩腰かとも思ったが、そういうわけではないようだ。志穂ちゃんも志穂ちゃんで素直にみかんが剥き終わるのを待っている。
 普段はこんな感じなのに、なんでゲームが絡むと口が悪くなるんだろうなぁ、この二人。
「と、友杉先輩。お久しぶりです」
 家に入ってから無言だった雪菜先輩が口を開いた。少し振り向いて雪菜先輩の表情を見ると、嬉しそうな表情をしていた。
「んー? あ、雪菜ちゃん。元気そうじゃーん。隣おいでー」
 普段何かと遠慮しがちな雪菜先輩は、珍しくなんの抵抗もなくゆっくり、沙穂さんの隣に座った。それを見た沙穂さんは穏やかに笑って、みかんを半分雪菜先輩に手渡した。うまく分けられなかったようで、雪菜先輩に渡されたみかんの方が大きい。
「前と少し変わったかな。嬉しいぞー」
 沙穂さんは優しく雪菜先輩の頭を撫でている。カトリさんの時と同じように恥ずかしそうだったが、嬉しそうに笑っているのがわかる。八戸波先生とはまた違った形で、雪菜先輩が甘えることのできる人だったのかもしれない。
「ほら、琉歌ちゃんも志穂も立ってないで、座りなー?」
 雪菜先輩が落ち着けている様子を見ることができて安心してしまい、すっかり座ることを忘れてしまった。私が沙穂さんの右隣、その隣に志穂ちゃん。沙穂さんの真隣に正座していた雪菜先輩は、少し冷静に戻ったようで私の対面に座った。
「琉歌、みかん剥いてー」
「いいよ。ちょっと揉むから少し待っててね」
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