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三十四話『文化祭リプレイ』
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七津さんの家で食べる夕飯。今までの人生で見たことないほどのたくさんの豪勢な料理をご馳走になった。
お手伝いをしたとはいえ、大半はカトリさんが作ったので、お礼を兼ねてみんな食器洗いをしようとしたのだが、食洗機の方が速くて水道代も節約できるとのことで、軽くすすぎだけさせてもらった。
海外ドラマで見たパーティーみたいな食事だったなぁ。いつもは一人で食べているから、楽しかったし。
「ありがとうね~。デザートにシュークリームあるから、みんなで食べて~」
カトリさんのご厚意に甘えて、本日二回目の甘味。私たちのために買っておいてくれたそうだ。豪華な食事と相まってカロリーが気になるのか、命先輩が葛藤している。手を伸ばしては、引っ込ませ。伸ばしては引っ込める。その間に、みんな一つずつシュークリームを確保した。
「食べたい、けど。さっき食べすぎたし~」
「はぁ。全くもう」
見かねた雪菜先輩は、自分のシュークリームを半分にして命先輩の口に押し込んだ。押し込まれた命先輩は、蕩けた笑顔になったが、ハッとして一口かじって手に持った。
「半分ならいいでしょ?」
なんでもない顔で言う雪菜先輩。命先輩は嬉しそうに、わけてもらったシュークリームを食べた。雪菜先輩の肩に頭を乗せ、甘えるようにスリスリとしている。雪菜先輩はうざったそうに、恥ずかしそうに無言で残った半分を食べている。
「残った一個はカトリさんが食べてください」
「そう? 遠慮なく頂いちゃうわね~」
みんなでデザート食べながら、お風呂が沸くまでの間、お喋りタイムになった。お昼に話せなかった文化祭の話題が主になった。カトリさんは用事で来れなかったが、とても楽しみにしていたらしい。
そんなカトリさんに。メンバーの中で、一番文化祭を堪能したと豪語する志穂ちゃんランキングを発表した。オーバーな口調と熱の入った語り。出し物ごとの身振り手振りで見事に情景を伝えている。途中で七津さんは離席して、紅茶を準備してくれた。
「ランキング二位は、メイドカフェ。お菓子の琉歌、紅茶の楓、接客の亜里沙。隙がなかったぜ」
「それはうちも同意かな~。亜里沙ちゃん超キュートだったし」
「は、はい。お似合い、でした。理想のメイドさん、です」
連日褒めちぎられた夢国さんは、嬉しさと恥ずかしさが溢れてしまうのを堪えるように髪を触っている。感情を爆発させて発散させてくれる七津さんは、現在お茶淹れ中だ。
七津さん相手じゃないと、怒って照れ隠しもできないもんね。
「あーちゃん、ちょっと手伝って~」
紅茶を淹れ終えた七津さんは、全員分を一度に運べるように夢国さんを呼んだ。一言「失礼します」と言ってから、夢国さんはキッチンに歩いて行った。その場の空気をリセットできるように離れられるのは、夢国さんからしても都合が良いと思う。
「はい?! それは……でも……」
何か驚いたような怒ったような声の夢国さん。その声が聞こえて少しすると、七津さんだけが戻ってきた。大きなトレイに七人分の紅茶が載せられ、リビングのテーブルに置かれた。お茶が一つ足りない。
「ママのは特別~」
七津さんが笑って言うと、キッチンから夢国さんが戻ってきた。その所作は普段の夢国さんではなく、文化祭で見せたメイドの立ち振る舞いだった。パーカーに白のロングエプロン姿なのに、メイド服の幻覚が見えた。
「お待たせいたしました。アールグレイでございます」
音を立てず、そっとカトリさんの前に紅茶が置かれた。一礼をし、待機するように後ろに下がっておへそのあたりで手を重ねた。止まってから三秒ほど経過すると、夢国さんはフーッと息を吐いて力を抜いた。すると、纏っていた独特な空気がなくなり、いつもの夢国さんに戻った。
「さ、ささやかなお礼、のようなものですわ。カトリさんには、お世話になっていますから」
顔を真っ赤にして、カトリさんが振り向いても目があわないように右下を見ている。
状況から考えて、七津さんに言いくるめられて、やるにはやったって感じだけれど、やっぱりすごい恥ずかしかったんだ。文化祭の空気感もここにはないもんね。
「ふふふ。こちらこそ、いつも楓ちゃんと仲良くしてくれて、ありがと~」
カトリさん穏やかに笑いながら言った。頭を撫でたいのか、右手がウズウズしているのが見える。しかし、夢国さんはカトリさんの手が届く範囲に入ることなく、窓際に座っている七津さんの後ろに隠れるように座った。みんなに見られるのが恥ずかしいようだ。
「コホン。気を取り直して一位は…………文化祭ライブ、『try snow』。あの熱気は最高だった」
「あれはすごかったよね~」
「雪菜先輩、歌が上手ですし。命先輩のドラムもカッコよかったです」
やや溜め気味に志穂ちゃんは最後のランキングを発表した。出鱈目なエアギタを披露している。命先輩は誇らしげにしているが、雪菜先輩はあまり触れてほしくない話題なのかプルプルと震えていた。
「可愛い後輩にも好評だね~『try snow』。やっぱ魅力的すぎたか~『try snow』は」
バンド名をこじつけのように強調しながら、命先輩はニヤニヤ顔で楽しそうに肩で雪菜先輩をグリグリと押している。
「あー! その名前連呼するなー!」
耐えていた雪菜先輩の限界が訪れ、顔を真っ赤にして命先輩の両頬を引っ張った。よほど恥ずかしいのか、怒りながら涙目になっている。礼ちゃんが宥めようとしているが、治まる気配がない。
なんであんなに恥ずかしそうにしているんだろう。カラオケに行った時は、ここまでの反応はしなかったし。生徒会室の時だって。
「あの、雪菜先輩はバンドの名前が嫌なんですか?」
雪菜先輩は、命先輩の頬を引っ張ったまま動きをピタリと止めた。かと思うとまたプルプルと震え始め、その隙を見て命先輩は雪菜先輩の手を払った。そこから逃げるように、ウルフィの近くに移動して顔をワシワシと撫でた。状況はわかっていなさそうだが、ウルフィは満足げだ。
「雪お姉ちゃんたちの、バンド名、は。みこ姉が、考えたんです」
理由も話さず、ワンちゃんと戯れ始めた姉の代わりに、礼ちゃんが話し始めた。雪菜先輩はよほど聞きたくないのか、耳を塞いで座り込んでいる。
「三人と挑戦、と、雪お姉ちゃんが、リーダー。が由来ーー」
そんな変な名前ってわけじゃないと思うけれど。バンド名の由来に自分の名前が入ってるのが嫌、ってこと?
「というが、みこ姉、言い訳、です」
少し言いづらそうに、礼ちゃんは一度言葉を止めた。耳を塞いだところで距離的に聞こえてしまっているようで、雪菜先輩のプルプルが強くなっている。
「あー、そう言うことね。みこ先輩が命名者なら、確信犯だわ」
志穂ちゃんは察したようで、呆れたように力を抜いて私に寄りかかった。七津さんもわかったのか、小さな声で「あー」と声を漏らした。カトリさんと夢国さんは、私と同じでわかっていないようだ。
「どう言うこと? 志穂ちゃん」
「挑戦ってのが隠れ蓑で、三と雪が重要って話。で、合っちゅう?」
志穂ちゃんが確認すると、礼ちゃんは無言で頷いた。ここまで言われると、私も察しがついた。夢国さんもわかったようで、同情するような目で縮こまっている雪菜先輩を見た。カトリさんはわかっていないようだ。
「つまり、その……」
「はい。三条雪菜ってこと、です」
確かに、雪菜先輩のフルネームに当てはまっているけれど、流石に偶然なんじゃないかな。命先輩がやりそうとは、思うけれど。
「バンド申請終わってから、命が三条三条うるさかったんだ」
考えすぎじゃないかと思っていると、話が聞こえてしまっていた雪菜先輩が答えた。話の終わりが見えたから、雪菜先輩は耳を塞いでいた手を下ろした。
それなら絶対確信犯だ。さっきも明らかに揶揄う言い方でバンド名言ってたし。
ウルフィと戯れている命先輩を見ると、してやったりな表情で笑っていた。雪菜先輩はもう一度命先輩に制裁を加えようとしていたが、ウルフィが近くにいるので動けなかった。イライラを察したのか、ローベと愛介。そして礼ちゃんが雪菜先輩のことを宥めていた。
「え~と。雪菜ちゃんは歌がとっても上手ってことでいいかしら~?」
「うん。歌も上手だし、ギターもすごいよ~」
カトリさんは優しいのか天然なのか、名前のことには一切触れないで話題を少しずらした。七津さんも、あえて説明するようなことはせず、そのまま流した。
「あら、ぜひ聴いてみたいわ~。防音対策してあるから、平気よ~?」
「えっと、それはちょっと……」
時間という理由を潰されてしまった雪菜先輩。逃れようと考えている、妙案は思いついてないようだ。私も、先輩を助けてあげられる言い訳は思いつかない。少しの沈黙の後、雪菜先輩は夢国さんを見てため息を吐いた。
「わかりました。お礼、ということで」
夢国さんがまたメイドさんの振る舞いを、カトリさんのためにしていたから、自分もってことかな。律儀だな、雪菜先輩。
雪菜先輩は立ち上がって、テレビの前に移動した。テレビ前に座っていた私と志穂ちゃんは、対面のソファの後ろに回る。愛介、ローベ、キャットタワー上の麦丸も移動してきた。
「わ、私も。お礼、したい、です」
雪菜先輩が何を歌おうかスマホのリストを確認していると、礼ちゃんが控えめに手を上げた。雪菜先輩が手招きをすると、礼ちゃんは駆け足気味にテレビの前に行き、雪菜先輩にくっついた。少し緊張していたのか、表情が強張っていた雪菜先輩の表情が柔らかくなった。
「せっかくだから、デュエットにしようか?」
「う、うん。頑、張る」
広いリビングで始まる、文化祭ライブ第二夜。雪菜先輩の真っ直ぐな声に、礼ちゃんの繊細な声が見事に合わさって綺麗なハモリを響かせる。自然と聴き入ってしまう。リクエストしたカトリさんもとても嬉しそうだ。
歌い終わると、二人が一礼した。自然と、ギャラリーから拍手がなる。
「とっても素敵ね~。ありがとう~。ごめんなさい、無理強いしてしまって」
「いえ、喜んでいただけたなら、よかったです。ね? 礼ちゃん?」
「う、うん。雪お姉ちゃん」
カトリさんは立ち上がると、二人に近づいて頭を撫でた。二人とも照れくさいようだ。その直後、お風呂が沸いたことを知らせる音楽がなった。
「ちょうど沸いたみたいね~。みんなで順番に入ってね~」
お手伝いをしたとはいえ、大半はカトリさんが作ったので、お礼を兼ねてみんな食器洗いをしようとしたのだが、食洗機の方が速くて水道代も節約できるとのことで、軽くすすぎだけさせてもらった。
海外ドラマで見たパーティーみたいな食事だったなぁ。いつもは一人で食べているから、楽しかったし。
「ありがとうね~。デザートにシュークリームあるから、みんなで食べて~」
カトリさんのご厚意に甘えて、本日二回目の甘味。私たちのために買っておいてくれたそうだ。豪華な食事と相まってカロリーが気になるのか、命先輩が葛藤している。手を伸ばしては、引っ込ませ。伸ばしては引っ込める。その間に、みんな一つずつシュークリームを確保した。
「食べたい、けど。さっき食べすぎたし~」
「はぁ。全くもう」
見かねた雪菜先輩は、自分のシュークリームを半分にして命先輩の口に押し込んだ。押し込まれた命先輩は、蕩けた笑顔になったが、ハッとして一口かじって手に持った。
「半分ならいいでしょ?」
なんでもない顔で言う雪菜先輩。命先輩は嬉しそうに、わけてもらったシュークリームを食べた。雪菜先輩の肩に頭を乗せ、甘えるようにスリスリとしている。雪菜先輩はうざったそうに、恥ずかしそうに無言で残った半分を食べている。
「残った一個はカトリさんが食べてください」
「そう? 遠慮なく頂いちゃうわね~」
みんなでデザート食べながら、お風呂が沸くまでの間、お喋りタイムになった。お昼に話せなかった文化祭の話題が主になった。カトリさんは用事で来れなかったが、とても楽しみにしていたらしい。
そんなカトリさんに。メンバーの中で、一番文化祭を堪能したと豪語する志穂ちゃんランキングを発表した。オーバーな口調と熱の入った語り。出し物ごとの身振り手振りで見事に情景を伝えている。途中で七津さんは離席して、紅茶を準備してくれた。
「ランキング二位は、メイドカフェ。お菓子の琉歌、紅茶の楓、接客の亜里沙。隙がなかったぜ」
「それはうちも同意かな~。亜里沙ちゃん超キュートだったし」
「は、はい。お似合い、でした。理想のメイドさん、です」
連日褒めちぎられた夢国さんは、嬉しさと恥ずかしさが溢れてしまうのを堪えるように髪を触っている。感情を爆発させて発散させてくれる七津さんは、現在お茶淹れ中だ。
七津さん相手じゃないと、怒って照れ隠しもできないもんね。
「あーちゃん、ちょっと手伝って~」
紅茶を淹れ終えた七津さんは、全員分を一度に運べるように夢国さんを呼んだ。一言「失礼します」と言ってから、夢国さんはキッチンに歩いて行った。その場の空気をリセットできるように離れられるのは、夢国さんからしても都合が良いと思う。
「はい?! それは……でも……」
何か驚いたような怒ったような声の夢国さん。その声が聞こえて少しすると、七津さんだけが戻ってきた。大きなトレイに七人分の紅茶が載せられ、リビングのテーブルに置かれた。お茶が一つ足りない。
「ママのは特別~」
七津さんが笑って言うと、キッチンから夢国さんが戻ってきた。その所作は普段の夢国さんではなく、文化祭で見せたメイドの立ち振る舞いだった。パーカーに白のロングエプロン姿なのに、メイド服の幻覚が見えた。
「お待たせいたしました。アールグレイでございます」
音を立てず、そっとカトリさんの前に紅茶が置かれた。一礼をし、待機するように後ろに下がっておへそのあたりで手を重ねた。止まってから三秒ほど経過すると、夢国さんはフーッと息を吐いて力を抜いた。すると、纏っていた独特な空気がなくなり、いつもの夢国さんに戻った。
「さ、ささやかなお礼、のようなものですわ。カトリさんには、お世話になっていますから」
顔を真っ赤にして、カトリさんが振り向いても目があわないように右下を見ている。
状況から考えて、七津さんに言いくるめられて、やるにはやったって感じだけれど、やっぱりすごい恥ずかしかったんだ。文化祭の空気感もここにはないもんね。
「ふふふ。こちらこそ、いつも楓ちゃんと仲良くしてくれて、ありがと~」
カトリさん穏やかに笑いながら言った。頭を撫でたいのか、右手がウズウズしているのが見える。しかし、夢国さんはカトリさんの手が届く範囲に入ることなく、窓際に座っている七津さんの後ろに隠れるように座った。みんなに見られるのが恥ずかしいようだ。
「コホン。気を取り直して一位は…………文化祭ライブ、『try snow』。あの熱気は最高だった」
「あれはすごかったよね~」
「雪菜先輩、歌が上手ですし。命先輩のドラムもカッコよかったです」
やや溜め気味に志穂ちゃんは最後のランキングを発表した。出鱈目なエアギタを披露している。命先輩は誇らしげにしているが、雪菜先輩はあまり触れてほしくない話題なのかプルプルと震えていた。
「可愛い後輩にも好評だね~『try snow』。やっぱ魅力的すぎたか~『try snow』は」
バンド名をこじつけのように強調しながら、命先輩はニヤニヤ顔で楽しそうに肩で雪菜先輩をグリグリと押している。
「あー! その名前連呼するなー!」
耐えていた雪菜先輩の限界が訪れ、顔を真っ赤にして命先輩の両頬を引っ張った。よほど恥ずかしいのか、怒りながら涙目になっている。礼ちゃんが宥めようとしているが、治まる気配がない。
なんであんなに恥ずかしそうにしているんだろう。カラオケに行った時は、ここまでの反応はしなかったし。生徒会室の時だって。
「あの、雪菜先輩はバンドの名前が嫌なんですか?」
雪菜先輩は、命先輩の頬を引っ張ったまま動きをピタリと止めた。かと思うとまたプルプルと震え始め、その隙を見て命先輩は雪菜先輩の手を払った。そこから逃げるように、ウルフィの近くに移動して顔をワシワシと撫でた。状況はわかっていなさそうだが、ウルフィは満足げだ。
「雪お姉ちゃんたちの、バンド名、は。みこ姉が、考えたんです」
理由も話さず、ワンちゃんと戯れ始めた姉の代わりに、礼ちゃんが話し始めた。雪菜先輩はよほど聞きたくないのか、耳を塞いで座り込んでいる。
「三人と挑戦、と、雪お姉ちゃんが、リーダー。が由来ーー」
そんな変な名前ってわけじゃないと思うけれど。バンド名の由来に自分の名前が入ってるのが嫌、ってこと?
「というが、みこ姉、言い訳、です」
少し言いづらそうに、礼ちゃんは一度言葉を止めた。耳を塞いだところで距離的に聞こえてしまっているようで、雪菜先輩のプルプルが強くなっている。
「あー、そう言うことね。みこ先輩が命名者なら、確信犯だわ」
志穂ちゃんは察したようで、呆れたように力を抜いて私に寄りかかった。七津さんもわかったのか、小さな声で「あー」と声を漏らした。カトリさんと夢国さんは、私と同じでわかっていないようだ。
「どう言うこと? 志穂ちゃん」
「挑戦ってのが隠れ蓑で、三と雪が重要って話。で、合っちゅう?」
志穂ちゃんが確認すると、礼ちゃんは無言で頷いた。ここまで言われると、私も察しがついた。夢国さんもわかったようで、同情するような目で縮こまっている雪菜先輩を見た。カトリさんはわかっていないようだ。
「つまり、その……」
「はい。三条雪菜ってこと、です」
確かに、雪菜先輩のフルネームに当てはまっているけれど、流石に偶然なんじゃないかな。命先輩がやりそうとは、思うけれど。
「バンド申請終わってから、命が三条三条うるさかったんだ」
考えすぎじゃないかと思っていると、話が聞こえてしまっていた雪菜先輩が答えた。話の終わりが見えたから、雪菜先輩は耳を塞いでいた手を下ろした。
それなら絶対確信犯だ。さっきも明らかに揶揄う言い方でバンド名言ってたし。
ウルフィと戯れている命先輩を見ると、してやったりな表情で笑っていた。雪菜先輩はもう一度命先輩に制裁を加えようとしていたが、ウルフィが近くにいるので動けなかった。イライラを察したのか、ローベと愛介。そして礼ちゃんが雪菜先輩のことを宥めていた。
「え~と。雪菜ちゃんは歌がとっても上手ってことでいいかしら~?」
「うん。歌も上手だし、ギターもすごいよ~」
カトリさんは優しいのか天然なのか、名前のことには一切触れないで話題を少しずらした。七津さんも、あえて説明するようなことはせず、そのまま流した。
「あら、ぜひ聴いてみたいわ~。防音対策してあるから、平気よ~?」
「えっと、それはちょっと……」
時間という理由を潰されてしまった雪菜先輩。逃れようと考えている、妙案は思いついてないようだ。私も、先輩を助けてあげられる言い訳は思いつかない。少しの沈黙の後、雪菜先輩は夢国さんを見てため息を吐いた。
「わかりました。お礼、ということで」
夢国さんがまたメイドさんの振る舞いを、カトリさんのためにしていたから、自分もってことかな。律儀だな、雪菜先輩。
雪菜先輩は立ち上がって、テレビの前に移動した。テレビ前に座っていた私と志穂ちゃんは、対面のソファの後ろに回る。愛介、ローベ、キャットタワー上の麦丸も移動してきた。
「わ、私も。お礼、したい、です」
雪菜先輩が何を歌おうかスマホのリストを確認していると、礼ちゃんが控えめに手を上げた。雪菜先輩が手招きをすると、礼ちゃんは駆け足気味にテレビの前に行き、雪菜先輩にくっついた。少し緊張していたのか、表情が強張っていた雪菜先輩の表情が柔らかくなった。
「せっかくだから、デュエットにしようか?」
「う、うん。頑、張る」
広いリビングで始まる、文化祭ライブ第二夜。雪菜先輩の真っ直ぐな声に、礼ちゃんの繊細な声が見事に合わさって綺麗なハモリを響かせる。自然と聴き入ってしまう。リクエストしたカトリさんもとても嬉しそうだ。
歌い終わると、二人が一礼した。自然と、ギャラリーから拍手がなる。
「とっても素敵ね~。ありがとう~。ごめんなさい、無理強いしてしまって」
「いえ、喜んでいただけたなら、よかったです。ね? 礼ちゃん?」
「う、うん。雪お姉ちゃん」
カトリさんは立ち上がると、二人に近づいて頭を撫でた。二人とも照れくさいようだ。その直後、お風呂が沸いたことを知らせる音楽がなった。
「ちょうど沸いたみたいね~。みんなで順番に入ってね~」
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