BloodyHeart

真代 衣織

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ディアサンセット 大人になる為に——。

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「あの、あまりお役に立てず……」
 不機嫌そうな羽月を窺いながら、リリアは口を開いた。
「何処がだよっ、十分役に立っていただろ。誰にも出来ない、シールド通過もやって見せた」
 遮って否定する羽月は、露骨な不機嫌を打ち消した。
「とても頑張ってましたよ」
「ありがとうございます」
 決して役に立ったと、言っている訳ではない。那智は、労をねぎらったに過ぎないが、リリアは安堵し一礼する。
 マンション内に、警察と回収班が入っている為、羽月達は噴水の周りに集まっている。
「そのシールドは、何て名前にすんの?」
「……まだ、未定です」
 笑顔で質問する伊吹に、リリアは頭を捻りながら答える。
「優秀の優で、優撃シールド」
「それにしますっ」
 羽月が付けた名前が、リリアはとても気に入ったらしい。
「優先の優でもありますから、ぴったりですね」
 那智が言うと、リリアは強く頷いた。
「単位は、問題なくやるよ」
 ズボンのポケットに手を入れて、羽月は軽く言う。
「それなら、これからも同行していいですか?」
 期待に満ちた表情でリリアは尋ねる。
「残念だが、シェリーの気持ちを考えると、俺はオーケーとは言えないな」
 羽月の言葉に、リリアの表情は一気に曇った。
 心に暗雲が垂れ込む——。
「しょっ中連絡して来るし、相当心配してんだろ?」
「……だと思います」
 そう仕向けたのは羽月だが、何食わぬ顔でリリアを諭す口実に使う。
「留学は、まだ先にしとけ。シェリー先生の気持ち、考えてやれよ」
 気持ちどころか、気にも留めてねぇくせに、よく言うぜ……。
 そう羽月に言いたいが、旭は横目で睨むだけに留めた。
 反論する気が失くなったところで、いい気はしない。
 旭は噴水がある池の塀に、胡座をかいて座っている。肩肘を付き、不愉快を露骨に喫煙している。旭の向かいに立つ伊吹は苦笑いだ。
「ですよね……。シェリー先生に酷い事してました」
 申し訳ない気持ちでいっぱいになり、リリアは顔を伏せる。
 自分勝手だった。どんな気持ちでいたんだろう。
「なら、羽月といなよ。一番安全だよ」
 罪悪感に苛まれるリリアに、伊吹は明るく暗雲を切り裂く言葉を掛けた。
「えっ」
 驚き、リリアは顔を上げる。
「てめぇ、どういうつもりだ⁉︎」
 どんな極悪人すら震え上がるような目付きと声で、羽月は凄んだ。
「きゃぁ、こわぁい」
 両手を口に当て戯ける。……様だが、伊吹は言葉通りに怖がっていた。
「大丈夫だよ。お前より恐ろしい悪党はいない」
 刺すどころか、切り裂かれるような冷たく鋭利な視線を、羽月から向けられる。それでも伊吹は言葉を続けた。
「お前のそばが一番安全なんだって、ねっ」
 萎縮しながら肩を叩き、伊吹は恐怖に強張る笑顔で諭す。
「つーか、四人の事は四人で決めるが、かずさんが決めたルールッスよ」
 怯むことなく、旭は隠し玉の言葉を突き付けた。
 恐れながらも刃向かう伊吹が、旭の引き金に触れていた。
「あぁっ」
「ここ、かずさんの隊ですよ。羽月さんだって、今でも隊長はかずさんッスよね?」
 凄む羽月を相手に、旭は反論を続ける。
 よく言えるなぁ……。付き合いの長い俺ですら怖いのに……。
 伊吹が感心するほど、旭は堂々としている。
「あの——。安全なら問題ないんじゃ……?」
 恐る恐るリリアは口を挟んだ。
「だよね。ないよ」
 笑みを向け、伊吹は後押しをする。
「私、強くなって恩を返したいんですっ」
 手を組み、祈る様にリリアは羽月に頼み入れた。
「その為に、私と稽古の約束をしました」
 羽月に向けて言う那智は、穏和というより楽しそうだ。
 突如、羽月のウェアラベル端末が鳴った。軍内部からの通信ではなく、警察からの通信を知らせる音だ。
 溜息を吐き、羽月は通話を押す。
「——はい、相良」
「相良中佐、お尋ねする事も有りませんので、帰宅して頂いて構いません」
「了解しました。全員直帰します」
 通信を切った羽月に、全員が期待に満ちた顔を向ける。
「取り敢えず、帰るか?」
 切り出した羽月に「それで?」と、那智が問う。
「あ、あの……私は?」
「いればいいだろっ」
 懇願の眼差しを向けるリリアに、羽月は諦めて言い放った。
「やったぁ!」
 喜びに、リリアと伊吹は揃って声を発し、両手を叩き合わせた。
「よかったね」
「よかったですね」
 歓喜しているリリアに、旭に続いて那智も声を掛ける。
「歓迎パーティーに、この後は焼肉行こう」
「それは、お前の好物だろっ」
 伊吹の提案に、羽月は棘を刺す。
 きっと、お前の為になる——。
 これが伊吹の本音だった。
 リリアに、羽月は大人気なく接っしなかった。そんな羽月を見て、伊吹は密かに希望を抱いていた。
「いっっ、いたた……」
 歩き出す四人に続いて、足を踏み出したリリアは、脇腹を抑え蹲った。
「大丈夫か?」
 真っ先に羽月は振り返り、声を掛ける。
「先程、強く蹴られていましたからね」
「大丈夫です。三十分以内に治せます」
 那智の言葉に、リリアは元気を見せる。
「立てるか?」
 問い掛け、腰を折って羽月は手を差し伸べる。その瞳には憂いが帯びていた。
 一体、今まで何を映してきたのだろう。
「立てます」
 返事をしたリリアは、羽月の手を取った。
 そばにある噴水は、日没になり茜色に染まっている。
 日没の茜色に染まる空は、子供が帰る時間を知らせる。
 ここから先は大人の時間——。
 剥き出しになった欲望が夜には蔓延る。
 それでも、思春期を迎えた子供は夜へと歩を進める。
 居場所を求めて、まだ見ぬ何かを知りたくて、夜に自身の行き先を探しに行く。
 憂いを帯びた瞳が知る、剥き出しになった欲望の世界へと、リリア王女も歩き出す。
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