61 / 133
ディアサンセット 大人になる為に——。
しおりを挟む「あの、あまりお役に立てず……」
不機嫌そうな羽月を窺いながら、リリアは口を開いた。
「何処がだよっ、十分役に立っていただろ。誰にも出来ない、シールド通過もやって見せた」
遮って否定する羽月は、露骨な不機嫌を打ち消した。
「とても頑張ってましたよ」
「ありがとうございます」
決して役に立ったと、言っている訳ではない。那智は、労をねぎらったに過ぎないが、リリアは安堵し一礼する。
マンション内に、警察と回収班が入っている為、羽月達は噴水の周りに集まっている。
「そのシールドは、何て名前にすんの?」
「……まだ、未定です」
笑顔で質問する伊吹に、リリアは頭を捻りながら答える。
「優秀の優で、優撃シールド」
「それにしますっ」
羽月が付けた名前が、リリアはとても気に入ったらしい。
「優先の優でもありますから、ぴったりですね」
那智が言うと、リリアは強く頷いた。
「単位は、問題なくやるよ」
ズボンのポケットに手を入れて、羽月は軽く言う。
「それなら、これからも同行していいですか?」
期待に満ちた表情でリリアは尋ねる。
「残念だが、シェリーの気持ちを考えると、俺はオーケーとは言えないな」
羽月の言葉に、リリアの表情は一気に曇った。
心に暗雲が垂れ込む——。
「しょっ中連絡して来るし、相当心配してんだろ?」
「……だと思います」
そう仕向けたのは羽月だが、何食わぬ顔でリリアを諭す口実に使う。
「留学は、まだ先にしとけ。シェリー先生の気持ち、考えてやれよ」
気持ちどころか、気にも留めてねぇくせに、よく言うぜ……。
そう羽月に言いたいが、旭は横目で睨むだけに留めた。
反論する気が失くなったところで、いい気はしない。
旭は噴水がある池の塀に、胡座をかいて座っている。肩肘を付き、不愉快を露骨に喫煙している。旭の向かいに立つ伊吹は苦笑いだ。
「ですよね……。シェリー先生に酷い事してました」
申し訳ない気持ちでいっぱいになり、リリアは顔を伏せる。
自分勝手だった。どんな気持ちでいたんだろう。
「なら、羽月といなよ。一番安全だよ」
罪悪感に苛まれるリリアに、伊吹は明るく暗雲を切り裂く言葉を掛けた。
「えっ」
驚き、リリアは顔を上げる。
「てめぇ、どういうつもりだ⁉︎」
どんな極悪人すら震え上がるような目付きと声で、羽月は凄んだ。
「きゃぁ、こわぁい」
両手を口に当て戯ける。……様だが、伊吹は言葉通りに怖がっていた。
「大丈夫だよ。お前より恐ろしい悪党はいない」
刺すどころか、切り裂かれるような冷たく鋭利な視線を、羽月から向けられる。それでも伊吹は言葉を続けた。
「お前のそばが一番安全なんだって、ねっ」
萎縮しながら肩を叩き、伊吹は恐怖に強張る笑顔で諭す。
「つーか、四人の事は四人で決めるが、かずさんが決めたルールッスよ」
怯むことなく、旭は隠し玉の言葉を突き付けた。
恐れながらも刃向かう伊吹が、旭の引き金に触れていた。
「あぁっ」
「ここ、かずさんの隊ですよ。羽月さんだって、今でも隊長はかずさんッスよね?」
凄む羽月を相手に、旭は反論を続ける。
よく言えるなぁ……。付き合いの長い俺ですら怖いのに……。
伊吹が感心するほど、旭は堂々としている。
「あの——。安全なら問題ないんじゃ……?」
恐る恐るリリアは口を挟んだ。
「だよね。ないよ」
笑みを向け、伊吹は後押しをする。
「私、強くなって恩を返したいんですっ」
手を組み、祈る様にリリアは羽月に頼み入れた。
「その為に、私と稽古の約束をしました」
羽月に向けて言う那智は、穏和というより楽しそうだ。
突如、羽月のウェアラベル端末が鳴った。軍内部からの通信ではなく、警察からの通信を知らせる音だ。
溜息を吐き、羽月は通話を押す。
「——はい、相良」
「相良中佐、お尋ねする事も有りませんので、帰宅して頂いて構いません」
「了解しました。全員直帰します」
通信を切った羽月に、全員が期待に満ちた顔を向ける。
「取り敢えず、帰るか?」
切り出した羽月に「それで?」と、那智が問う。
「あ、あの……私は?」
「いればいいだろっ」
懇願の眼差しを向けるリリアに、羽月は諦めて言い放った。
「やったぁ!」
喜びに、リリアと伊吹は揃って声を発し、両手を叩き合わせた。
「よかったね」
「よかったですね」
歓喜しているリリアに、旭に続いて那智も声を掛ける。
「歓迎パーティーに、この後は焼肉行こう」
「それは、お前の好物だろっ」
伊吹の提案に、羽月は棘を刺す。
きっと、お前の為になる——。
これが伊吹の本音だった。
リリアに、羽月は大人気なく接っしなかった。そんな羽月を見て、伊吹は密かに希望を抱いていた。
「いっっ、いたた……」
歩き出す四人に続いて、足を踏み出したリリアは、脇腹を抑え蹲った。
「大丈夫か?」
真っ先に羽月は振り返り、声を掛ける。
「先程、強く蹴られていましたからね」
「大丈夫です。三十分以内に治せます」
那智の言葉に、リリアは元気を見せる。
「立てるか?」
問い掛け、腰を折って羽月は手を差し伸べる。その瞳には憂いが帯びていた。
一体、今まで何を映してきたのだろう。
「立てます」
返事をしたリリアは、羽月の手を取った。
そばにある噴水は、日没になり茜色に染まっている。
日没の茜色に染まる空は、子供が帰る時間を知らせる。
ここから先は大人の時間——。
剥き出しになった欲望が夜には蔓延る。
それでも、思春期を迎えた子供は夜へと歩を進める。
居場所を求めて、まだ見ぬ何かを知りたくて、夜に自身の行き先を探しに行く。
憂いを帯びた瞳が知る、剥き出しになった欲望の世界へと、リリア王女も歩き出す。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
あるいは、根っからのギャンブラー。
札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。
そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる