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図りの対局
しおりを挟む「それ、見ていいぞ」
羽月は、リリアのタブレットを指差す。
ソファーの上座にリリアが座り、向かいに羽月が座っている。
リリアは、ルームウェアの白いワンピースに着替えた。
羽月も、ネクタイとジャケットは無しで、部屋仕様に着崩している。
悩むリリアはタブレットを開く。
また取られちゃった……。チェスと全然違う。
将棋は初めてだ。ルールは調べたが、勝ち方が分からずネットで調べるしかない。
羽月はリリアに合わせて、ゆっくりと対局しているが、リリアは一つも駒が取れない。全く持って羽月の優勢だった。
羽月はキッチンに行き、グラスにアイスボックスを入れ、ハイボールを注ぐ。マドラーを挿してソファーに戻る。
「偉いな。嫌になって投げ出さない。合わせろと文句も言わない」
二口飲み、羽月は感心して言葉を掛けた。
自身に好意的なリリアと二人きりになった後で、羽月の心は一気に和らいでいだ。
「合わせて頂いてますよ。それに、難しいけど楽しいです」
褒められたと思い、リリアは笑顔になる。
温和な雰囲気を、ヒビ入れるかの様に羽月のスマートフォンが鳴った。
「俺が指す対抗策を考えるんじゃなく、こうゆうのは流れを読むんだ」
そう教え、羽月はスマートフォンに出る。
「はい、大丈夫ですよ——」
話しながら寝室に行く。
「——そろそろ、電話来る頃だと思いましたよ」
ベッドに座り、羽月は言いながら煙草に火を点ける。ついさっきまでの、穏やかさは一瞬で消え失せた。
「旧制チャイニーズ出身のマフィアが、バックに付いているからな……。イカれマフィアとヒューマロイドに彷徨かれちゃ、俺達、芹沢組の面子が保てねぇ」
電話の相手は、関東最大の広域暴力団、芹沢組——。芹沢組本家若頭の芹沢礼士《せりざわれいし》だ。
羽月と伊吹は、芹沢組が経営する不動産会社から現在の住まいを購入していた。
フロント企業である芹沢総合商事の社長室で、プレジデントデスクの上に脚を投げ出して椅子に腰掛ける。芹沢は悠然と煙草を吸っている。
体格が良く、身長は伊吹と同じ百八十五センチ。年齢は三十三歳だ。
「利害が一致しているなら、情報はタダの筈だ」
「ああ。元締めの情報も含めて、必要なやつはタダでやるよ。元締めは芸能事務所の社長だ——」
芹沢が情報提供を始める。
眼鏡を掛けていても、目付きは鋭く威圧感が凄い。
「——他の詳しい事は会って話す。今週の土曜、夕方空けとけ」
電話を切った芹沢は、応接用のソファーに目をやる。
「さすが、聞き出すのは得意だな。——志保」
「お役に立てて光栄です。私は、芹沢組に救われた身ですから、どんな命令でも尽力致します」
強く断言するのは、伊吹の彼女である志保だ。
「相方の折原、しっかり咥えこんどけよ」
芹沢が念を押す。
「芹沢組の為に言いますが、敵である魔サツと、利害関係以外の関わりは避けた方が賢明です」
志保の隣に座る女が強く言う。
志保より十センチくらい身長が低く華奢で、茶髪のショートボブに紫のメッシュが入った髪型をしている。二十三歳の志保より少し若く見える、二十歳くらいの女だ。
芹沢は気に留めずに、新しいマルボロブラックメンソールに火を点けた。
「——うちの組に入ればいいのにな」
紫煙と一緒に芹沢は吐き出した。
軍隊に納まる奴じゃねぇ……。
あれは頂きに立つ、無法の悪党だ。
芹沢は胸中で図り、確信の笑みを浮かべた。
——電話を終え、羽月はリビングに戻る。
「お電話、大丈夫ですか?」
「ああ、もう済んだ」
「羽月さんの番です」
リリアを前にし、柔らかさが戻ってくる。
取れる駒は幾つかあるが、態と取らずに羽月は駒を置いた。
取れる駒に気付き、リリアは一つ駒を取った。次を指し、羽月も駒を取る。
予想外な事に、リリアは次も駒を取れた。
「ほぉ——」
羽月は感心を漏らす。
その後、あっという間に羽月が王将を取り、勝負はついてしまう。
「はぁー。難しいけど、これ楽しいですね」
「初めてにしては良くやったよ」
「羽月さんがオマケしてくれましたから……。ネット見ながらですし、アドバイスも頂けましたし……」
羽月が取らせてくれた事に、リリアは直ぐに気付いていた。
「伸び代は、大分ありそうだな」
「ありがとうございます。飲み物頂いていいですか?」
「許可取る必要ない。自由に飲んでいい」
キッチンに行く前に、空になった羽月のグラスが目に入る。
「それ、同じの入れましょうか?」
「ああ、頼む」
羽月は空のグラスを差し出す。
リリアがキッチンに向かうと、時計の周りにあるビー玉に羽月は視線を向ける。
木を隠すには森だが……比べられる分、分かり易い。
確信を口には出さずに、透明度の違うビー玉を手に取る。
監視カメラはシェリーの独断だった。
羽月には、容易に想像が付く。だから事前に想定し、準備していた。
羽月はビー玉をメモ帳に置き、ペン立てから黒いマジックを取る。キャップを外し、先端を押し当てインクを垂らす。
黒く塗られたビー玉を、メモ用紙二枚に包み、ゴミ箱に捨てた。
戻って来たリリアから、アイスボックスとハイボールの入ったグラスを受け取る。
「土曜の夕方、水族館でも行くか? 勉強だけじゃ、つまらないだろ?」
「いいんですか?」
ストロベリーサイダーの入ったグラスを両手で持ち、リリアは笑顔を浮かべる。
「ああ。いいぞ」
「やったぁ! やったぁ!」
グラスをテーブルに置き、満面の笑顔を咲かせ、リリアは両手を掲げて喜ぶ。
ちったぁ、楽しい思いをさせてから帰すか……。
羽月の情けだった。
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