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第五章 能力別対抗試合
予選 10
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アーメイ先輩との会話の後、アッシュ達の元へ行くと、みんな僕の魔術・剣武術部門両方の決勝トーナメント進出を祝ってくれた。
しかし、お祝いも束の間、その後すぐに一転して先程のアーメイ先輩とのやり取りについて詳しく聞かれ、あたふたしつつも冷静になると恥ずかしい自分の発言の事を、暈しながら伝えてなんとかやり過ごしたのだった。
そうして夕方となり、この日の予選が全て終わると、みんなと寮へ戻って行く。すると1年生の寮に入ろうとしたその時、寮の影から一人の女性が僕に向かって歩み寄ってきた。
「あ、あの・・・」
「はい?」
声を掛けられたので返事をするも、見なれぬその女性を訝しむ。彼女は僕よりも背が低く、ウェーブがかかったセミロングの茶髪をしている。そんな彼女は声を掛けてきたのに中々話し出そうとせず、オドオドしながら目を伏せているその様子に首を傾げた。
(一体なんだ?用があるなら早く言ってくれないかな?)
襟元を確認すると、『Ⅲ』と刺繍されているので、制服から判断すると、彼女は魔術コースの3年生で間違いないだろう。
「・・・あの、僕に何か用ですか?」
僕から用件について促すと、彼女は意を決したように胸の辺りで手を組みながら上目遣いにこちらを覗き込んできた。
「あ、あの、エイダ・ファンネル君ですよね?」
「はい、そうですが・・・その、あなたは?」
「あ、わ、私はエレインさんの友人で、3年のクリムと言います」
「あぁ!アーメイ先輩の友人なんですね!それで、僕に何か?」
一先ず彼女がどのような人物なのか分かったことで、僕は警戒心を解いた。
「そ、その、実はエレインさんがあなたの決勝トーナメント進出を祝って、2人きりで外食をしたいと言ってまして、伝言をお願いされたんです」
「が、外食の伝言ですか?先輩は何と?」
2人きりと言われて少し動揺してしまう。ただ、アーメイ先輩とは両方の決勝進出を決めた直後に話をしているが、あの時には何も言われていない。ということは、その後に急に思い立ったと言うことなのだろうか。
(わざわざ人伝にこんな事するかな?・・・いや、最近の先輩だったらあり得るか・・・)
自分で伝えてこないことに疑問を感じたが、最近は僕と中々目を合わせてくれない事を思い出し、それほど不自然に感じなかった。
そんなことを考えていると、彼女が伝言の内容を伝えてくれた。
「エレインさんはもう馬車を手配しているので、正装で来て欲しいって言ってました。それから、あのお店でお祝いしようと伝えてくれと・・・」
彼女はキョロキョロと周りを見ながらも、一生懸命に伝えてくれたようだ。その様子から、人見知りなんだけど頑張っているような気がして、笑顔で感謝を告げた。
「分かりました。わざわざありがとうございます」
「い、いえ、で、では、私はこれで」
そう言い残すと、彼女はそそくさと足早に去っていった。残された僕は、後ろで待っていたアッシュ達に事情を説明して、夕食は外出することを伝えた。
「ふ~ん、別に今週の休息日まで待てば良いのに、そんなに今日祝いたいのかね?」
アッシュが先輩の行動に疑問を感じながら、そんなことを言ってきた。
「アーメイ先輩なら直接自分で言いに来そうだけど、どうしたのかしらね?」
「確かに、いくら恥ずかしいとは言うても、ちょっと先輩らしくないなぁ・・・」
カリンとジーアも疑問に感じているようで小首を傾げていた。最近の先輩の様子から、友人に伝言してもらう事が有り得ないとは言えないまでも、確かにらしくない事だった。
「まぁ、ここでいくら考えても仕方ないし、ちょっと着替えて行ってくるよ!」
みんなにそう言い残して足早に自室へと向かい、以前購入していた正装へと着替えた。剣や杖をどうしようか迷ったが、さすがに正装で食事に行く場所に持っていくのも場違いだろうと考えて止めておいた。
学院の正門前に行くと、そこには既に豪奢な馬車が待ち構えており、執事風の衣装に身を包んだ初老の男性が出迎えてくれた。
「エイダ・ファンネル様でいらっしゃいますか?」
「はい。あなたは?」
「私はエレイン・アーメイ様より例のレストランまでの案内を任されております、シェイドと申します」
恭しく頭を下げるシェイドさんに、姿の見えない先輩について確認する。
「あの、アーメイ先輩はどちらに?まだ来ていないんですか?」
「いえ、エレイン様は既にレストランに向かわれております。何でも先に行って準備したいことがあるとの事でございます」
その言葉に、今日は先輩がお祝いをしたいということだったので、特別な食事の依頼でもお願しているのかと、深くは考えなかった。もしかしたら、僕を驚かせる何かを用意しているかもしれないと想像して少し嬉しくなったほどだ。
「道中私が護衛も兼ねますが、エイダ様は武器やポーションをお持ちではないのですか?」
シェイドさんにそう聞かれ、正装でも武器などを身に付けた方がよかったのかと焦ってしまう。
「えっと、武器は置いてきてしまってまして、一応ポーションは一つ持ってきているのですが、取りに戻った方がいいですか?」
「いえ、問題ありませんよ。そもそも安全な都市内ですし、万が一は私がおりますので」
シェイドさんに笑顔でそう言われ、安心した。万一の時は素手でもなんとかなるだろうし、怪我をしたとしても詠唱すればいいだけなので、そう深く考えることはなかった。
そして、シェイドさんに先導されるままに馬車へと乗り込むと、扉を閉める前に飲み物を差し出された。
「エイダ様、本日はお疲れでございましょう。こちらはリラックス効果のあるカモミールでございます。よろしければ到着するまで、喉を潤してください」
「あ、ありがとうございます」
するとシェイドさんはテキパキと紅茶の準備を整え、陶器のポットからは良い香りのする紅茶の匂いが馬車の中を満たした。カップに注がれる紅茶からは温かそうな湯気が立ち上ぼり、カモミール特有の甘いリンゴのような香りがした。
「どうぞ」
ソーサーに乗せられたカップを受け取り、勧められるがままに喉を潤した。
「美味しいですね!それに温かい」
香りや味は申し分なく、しかもちょうど良い温度になっている事に少し驚いた。紅茶を温めているような素振りもなかったので、どうやってという疑問もあった。
「ポット自体が温度を一定に保つ魔道具となっておりますので、いつでも温かくお召し上がりいただけます。では、到着するまでおくつろぎ下さい」
そう言って扉が閉められ、すぐに馬車は走り出した。
しばらく馬車に揺られていると、窓から見える景色に違和感を覚える。伝言を伝えにきた女性も御者席に座っているシェイドさんも、具体的な店名を言わなかったが、僕は以前アーメイ先輩とアッシュ達の皆で行ったあの高級レストランの事だと思っていた。
しかし、窓から見える景色からは全く別方向に進んでいることが見てとれる。そもそも目的地が違うのか、道を間違えているか分からないが、一度確認した方が良いだろうと、御者席に通じる小窓を開けて声を掛けた。
「あの~、シェイドさん?どちらに向かっているんですか?」
「目的地は例のレストランでございます。ただ、本日はいつもの道が工事されておりまして、こうして遠回りする羽目になっているんです。大変申し訳ございません」
「あ、そうなんですね。すみません、道が違うと思ったものですから」
「すぐに着きますので、もうしばらくお待ちください」
シェイドさんの言葉に、そんなこともあるんだなと納得した僕は、小窓を閉めて座り直した。しかし、それからしばらくして再度違和感を覚える。
(ん?囲まれる?)
馬車の現在位置は中央公園辺りだが、その進路上には複数の人の気配がまるでこの馬車を待ち構えているように感じられ、後方からも退路を塞ぐような人の動きが感じられた。
乗り込む前に見たこの馬車の外見は結構豪華なものだったので、もしかしたら僕を金持ちの貴族と勘違いして襲撃にきているかもしれないと考えた。
「シェイドさん!馬車を止めてください!このまま行くと包囲されます!!」
すぐに小窓を開けてシェイドさんに注意を促すが、彼には僕の声に反応すること無く、ニコニコと笑顔を浮かべているだけだった。
「シェ、シェイドさん?」
彼の放つ異様な雰囲気に疑問を感じたが、状況は待ってくれなかった。速度を緩めること無く馬車を走らすシェイドさんに向けて、前方から火魔術が放たれたのだ。
「くっ!」
とっさに腰に手を当てるが、今日は正装での食事だからと思って魔術杖を自室に置いてきてしまった事を思い出した。
「ちっ!」
詠唱は間に合わないと判断した僕は、咄嗟に魔力を集束して魔術妨害を放とうとするのだがーーー
「なっ!!?」
あろうことか御者席に座っていたシェイドさんが、僕への射線を塞ぐように襲い来る魔術に身を投げ出したのだ。
「ぐあぁぁーーー!!!」
「シェイドさん!!くそっ!」
直撃して炎に包まれ、地面をのたうち回るシェイドさんを横目に、僕は扉から飛び出て御者席に乗り移る。馬車なんて操縦したこともないが、見よう見まねで手綱を思いっきり引いて停止を試みる。
『ヒヒィーーーン!!』
馬の甲高い悲鳴と共に、地面を抉るように蹄の跡を残して馬車は急停止した。即座に飛び降りると、今だ燃え盛るシェイドさんに駆け寄ろうとするのだが、その行く手を遮る様に複数の人影が飛び出してきた。
「なっ!くそっ!邪魔だっ!!」
囲まれようとしていたことは分かっていたので、その事自体には驚いていないのだが、問題は人数だった。なんと、馬車を囲むように動いていた人達は別に、ただの通行人だと思っていた人や、近くの家の住人らしき人まで集まってきており、僕に鋭い視線を向けているのだ。その数、ざっと50人は下らないだろう。
「何なんだお前達は!早くあの人の火を消さないと、大変な事になるだろ!」
そう怒鳴り散らすも、彼らは不適な笑みを浮かべてその手に持つ武器を構えだした。
「ちっ!」
彼らに構わず闘氣を纏い、一直線上に駆け抜けて人混みを薙ぎ払うように動き出そうとしたのだが、彼らも闘氣を一斉に纏い、一塊になって僕に向かってくる。しかも、同時に魔術までも放ってきたのだ。
(なっ!?同士討ち覚悟か!?)
闘氣を纏う者は密集することで、僕が最短距離でシェイドさんの元へ向かえないように妨害しつつ、その後方から放たれる魔術は、味方の巻き添えも厭わないような射線で、火・風・土の各魔術が襲い来る。ただ、練度はそれほど高くない。闘氣の制御は安定していないし、魔術も第三楷悌程度で威力はそれほどでもない。しっかり闘氣を纏っていれば、防具がなくても問題ない程度だ。
しかし、このまま魔術の攻撃を無視して突っ込むと彼らは自滅し、少ないくない被害が出るだろう。場合によっては死者も出るかもしれない。まさに自らの死を厭わないような特攻だ。
(な、何だ?この鬼気迫るような気迫は!?でも、そのわりに殺気が・・・無い?)
彼らの尋常でない様子に息を呑み、一瞬判断が鈍ってしまう。それと同時に、彼らからは大きな違和感を感じていた。自分の命を掛ける攻撃を仕掛けているはずなのに、憎しみや怒りといった殺意のようなものが感じられないのだ。そんなちぐはぐな様子が、僕の判断を鈍らせていた。
「あぁ、もう!何なんだよ!」
彼らの刃と魔術が迫る中、僕はこの理解しがたい状況に叫び声を上げた。
しかし、お祝いも束の間、その後すぐに一転して先程のアーメイ先輩とのやり取りについて詳しく聞かれ、あたふたしつつも冷静になると恥ずかしい自分の発言の事を、暈しながら伝えてなんとかやり過ごしたのだった。
そうして夕方となり、この日の予選が全て終わると、みんなと寮へ戻って行く。すると1年生の寮に入ろうとしたその時、寮の影から一人の女性が僕に向かって歩み寄ってきた。
「あ、あの・・・」
「はい?」
声を掛けられたので返事をするも、見なれぬその女性を訝しむ。彼女は僕よりも背が低く、ウェーブがかかったセミロングの茶髪をしている。そんな彼女は声を掛けてきたのに中々話し出そうとせず、オドオドしながら目を伏せているその様子に首を傾げた。
(一体なんだ?用があるなら早く言ってくれないかな?)
襟元を確認すると、『Ⅲ』と刺繍されているので、制服から判断すると、彼女は魔術コースの3年生で間違いないだろう。
「・・・あの、僕に何か用ですか?」
僕から用件について促すと、彼女は意を決したように胸の辺りで手を組みながら上目遣いにこちらを覗き込んできた。
「あ、あの、エイダ・ファンネル君ですよね?」
「はい、そうですが・・・その、あなたは?」
「あ、わ、私はエレインさんの友人で、3年のクリムと言います」
「あぁ!アーメイ先輩の友人なんですね!それで、僕に何か?」
一先ず彼女がどのような人物なのか分かったことで、僕は警戒心を解いた。
「そ、その、実はエレインさんがあなたの決勝トーナメント進出を祝って、2人きりで外食をしたいと言ってまして、伝言をお願いされたんです」
「が、外食の伝言ですか?先輩は何と?」
2人きりと言われて少し動揺してしまう。ただ、アーメイ先輩とは両方の決勝進出を決めた直後に話をしているが、あの時には何も言われていない。ということは、その後に急に思い立ったと言うことなのだろうか。
(わざわざ人伝にこんな事するかな?・・・いや、最近の先輩だったらあり得るか・・・)
自分で伝えてこないことに疑問を感じたが、最近は僕と中々目を合わせてくれない事を思い出し、それほど不自然に感じなかった。
そんなことを考えていると、彼女が伝言の内容を伝えてくれた。
「エレインさんはもう馬車を手配しているので、正装で来て欲しいって言ってました。それから、あのお店でお祝いしようと伝えてくれと・・・」
彼女はキョロキョロと周りを見ながらも、一生懸命に伝えてくれたようだ。その様子から、人見知りなんだけど頑張っているような気がして、笑顔で感謝を告げた。
「分かりました。わざわざありがとうございます」
「い、いえ、で、では、私はこれで」
そう言い残すと、彼女はそそくさと足早に去っていった。残された僕は、後ろで待っていたアッシュ達に事情を説明して、夕食は外出することを伝えた。
「ふ~ん、別に今週の休息日まで待てば良いのに、そんなに今日祝いたいのかね?」
アッシュが先輩の行動に疑問を感じながら、そんなことを言ってきた。
「アーメイ先輩なら直接自分で言いに来そうだけど、どうしたのかしらね?」
「確かに、いくら恥ずかしいとは言うても、ちょっと先輩らしくないなぁ・・・」
カリンとジーアも疑問に感じているようで小首を傾げていた。最近の先輩の様子から、友人に伝言してもらう事が有り得ないとは言えないまでも、確かにらしくない事だった。
「まぁ、ここでいくら考えても仕方ないし、ちょっと着替えて行ってくるよ!」
みんなにそう言い残して足早に自室へと向かい、以前購入していた正装へと着替えた。剣や杖をどうしようか迷ったが、さすがに正装で食事に行く場所に持っていくのも場違いだろうと考えて止めておいた。
学院の正門前に行くと、そこには既に豪奢な馬車が待ち構えており、執事風の衣装に身を包んだ初老の男性が出迎えてくれた。
「エイダ・ファンネル様でいらっしゃいますか?」
「はい。あなたは?」
「私はエレイン・アーメイ様より例のレストランまでの案内を任されております、シェイドと申します」
恭しく頭を下げるシェイドさんに、姿の見えない先輩について確認する。
「あの、アーメイ先輩はどちらに?まだ来ていないんですか?」
「いえ、エレイン様は既にレストランに向かわれております。何でも先に行って準備したいことがあるとの事でございます」
その言葉に、今日は先輩がお祝いをしたいということだったので、特別な食事の依頼でもお願しているのかと、深くは考えなかった。もしかしたら、僕を驚かせる何かを用意しているかもしれないと想像して少し嬉しくなったほどだ。
「道中私が護衛も兼ねますが、エイダ様は武器やポーションをお持ちではないのですか?」
シェイドさんにそう聞かれ、正装でも武器などを身に付けた方がよかったのかと焦ってしまう。
「えっと、武器は置いてきてしまってまして、一応ポーションは一つ持ってきているのですが、取りに戻った方がいいですか?」
「いえ、問題ありませんよ。そもそも安全な都市内ですし、万が一は私がおりますので」
シェイドさんに笑顔でそう言われ、安心した。万一の時は素手でもなんとかなるだろうし、怪我をしたとしても詠唱すればいいだけなので、そう深く考えることはなかった。
そして、シェイドさんに先導されるままに馬車へと乗り込むと、扉を閉める前に飲み物を差し出された。
「エイダ様、本日はお疲れでございましょう。こちらはリラックス効果のあるカモミールでございます。よろしければ到着するまで、喉を潤してください」
「あ、ありがとうございます」
するとシェイドさんはテキパキと紅茶の準備を整え、陶器のポットからは良い香りのする紅茶の匂いが馬車の中を満たした。カップに注がれる紅茶からは温かそうな湯気が立ち上ぼり、カモミール特有の甘いリンゴのような香りがした。
「どうぞ」
ソーサーに乗せられたカップを受け取り、勧められるがままに喉を潤した。
「美味しいですね!それに温かい」
香りや味は申し分なく、しかもちょうど良い温度になっている事に少し驚いた。紅茶を温めているような素振りもなかったので、どうやってという疑問もあった。
「ポット自体が温度を一定に保つ魔道具となっておりますので、いつでも温かくお召し上がりいただけます。では、到着するまでおくつろぎ下さい」
そう言って扉が閉められ、すぐに馬車は走り出した。
しばらく馬車に揺られていると、窓から見える景色に違和感を覚える。伝言を伝えにきた女性も御者席に座っているシェイドさんも、具体的な店名を言わなかったが、僕は以前アーメイ先輩とアッシュ達の皆で行ったあの高級レストランの事だと思っていた。
しかし、窓から見える景色からは全く別方向に進んでいることが見てとれる。そもそも目的地が違うのか、道を間違えているか分からないが、一度確認した方が良いだろうと、御者席に通じる小窓を開けて声を掛けた。
「あの~、シェイドさん?どちらに向かっているんですか?」
「目的地は例のレストランでございます。ただ、本日はいつもの道が工事されておりまして、こうして遠回りする羽目になっているんです。大変申し訳ございません」
「あ、そうなんですね。すみません、道が違うと思ったものですから」
「すぐに着きますので、もうしばらくお待ちください」
シェイドさんの言葉に、そんなこともあるんだなと納得した僕は、小窓を閉めて座り直した。しかし、それからしばらくして再度違和感を覚える。
(ん?囲まれる?)
馬車の現在位置は中央公園辺りだが、その進路上には複数の人の気配がまるでこの馬車を待ち構えているように感じられ、後方からも退路を塞ぐような人の動きが感じられた。
乗り込む前に見たこの馬車の外見は結構豪華なものだったので、もしかしたら僕を金持ちの貴族と勘違いして襲撃にきているかもしれないと考えた。
「シェイドさん!馬車を止めてください!このまま行くと包囲されます!!」
すぐに小窓を開けてシェイドさんに注意を促すが、彼には僕の声に反応すること無く、ニコニコと笑顔を浮かべているだけだった。
「シェ、シェイドさん?」
彼の放つ異様な雰囲気に疑問を感じたが、状況は待ってくれなかった。速度を緩めること無く馬車を走らすシェイドさんに向けて、前方から火魔術が放たれたのだ。
「くっ!」
とっさに腰に手を当てるが、今日は正装での食事だからと思って魔術杖を自室に置いてきてしまった事を思い出した。
「ちっ!」
詠唱は間に合わないと判断した僕は、咄嗟に魔力を集束して魔術妨害を放とうとするのだがーーー
「なっ!!?」
あろうことか御者席に座っていたシェイドさんが、僕への射線を塞ぐように襲い来る魔術に身を投げ出したのだ。
「ぐあぁぁーーー!!!」
「シェイドさん!!くそっ!」
直撃して炎に包まれ、地面をのたうち回るシェイドさんを横目に、僕は扉から飛び出て御者席に乗り移る。馬車なんて操縦したこともないが、見よう見まねで手綱を思いっきり引いて停止を試みる。
『ヒヒィーーーン!!』
馬の甲高い悲鳴と共に、地面を抉るように蹄の跡を残して馬車は急停止した。即座に飛び降りると、今だ燃え盛るシェイドさんに駆け寄ろうとするのだが、その行く手を遮る様に複数の人影が飛び出してきた。
「なっ!くそっ!邪魔だっ!!」
囲まれようとしていたことは分かっていたので、その事自体には驚いていないのだが、問題は人数だった。なんと、馬車を囲むように動いていた人達は別に、ただの通行人だと思っていた人や、近くの家の住人らしき人まで集まってきており、僕に鋭い視線を向けているのだ。その数、ざっと50人は下らないだろう。
「何なんだお前達は!早くあの人の火を消さないと、大変な事になるだろ!」
そう怒鳴り散らすも、彼らは不適な笑みを浮かべてその手に持つ武器を構えだした。
「ちっ!」
彼らに構わず闘氣を纏い、一直線上に駆け抜けて人混みを薙ぎ払うように動き出そうとしたのだが、彼らも闘氣を一斉に纏い、一塊になって僕に向かってくる。しかも、同時に魔術までも放ってきたのだ。
(なっ!?同士討ち覚悟か!?)
闘氣を纏う者は密集することで、僕が最短距離でシェイドさんの元へ向かえないように妨害しつつ、その後方から放たれる魔術は、味方の巻き添えも厭わないような射線で、火・風・土の各魔術が襲い来る。ただ、練度はそれほど高くない。闘氣の制御は安定していないし、魔術も第三楷悌程度で威力はそれほどでもない。しっかり闘氣を纏っていれば、防具がなくても問題ない程度だ。
しかし、このまま魔術の攻撃を無視して突っ込むと彼らは自滅し、少ないくない被害が出るだろう。場合によっては死者も出るかもしれない。まさに自らの死を厭わないような特攻だ。
(な、何だ?この鬼気迫るような気迫は!?でも、そのわりに殺気が・・・無い?)
彼らの尋常でない様子に息を呑み、一瞬判断が鈍ってしまう。それと同時に、彼らからは大きな違和感を感じていた。自分の命を掛ける攻撃を仕掛けているはずなのに、憎しみや怒りといった殺意のようなものが感じられないのだ。そんなちぐはぐな様子が、僕の判断を鈍らせていた。
「あぁ、もう!何なんだよ!」
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