剣神と魔神の息子

黒蓮

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第三章 フォルク大森林

実地訓練 4

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 実地訓練は順調だった。まず最初に遭遇したのは、Fランク魔獣のスライム。スライムは無色透明で周囲の景色に同化して襲ってくる。


粘液状の体を利用して、対象を体内に取り込んでから溶解液を浴びせて捕食しようとするのだが、その動きは緩慢で、溶解液もそれほど強力でもないため、襲われてもすぐに引き剥がして水で洗い流せば良いし、体内にうっすら見えるコアを破壊すれば簡単に討伐することが出来る。


実際、スライムを発見した前衛のアッシュは特に苦労することなく討伐していた。ただ、初めての討伐で肩に力が入ってしまったのだろう、最初の1撃ではコアを破壊できず、2撃目で討伐した。


その様子に同じ前衛のお兄さんは、見下したようなため息を吐いていた。初めてなのだから仕方ないと思うのだが、ここで僕が噛みつくと、アッシュにも飛び火するかもしれないと考えて止めておいた。



 その後、ゴブリンが5匹現れたが、カリンとジーアが水魔術と風魔術で牽制し、ゴブリンが混乱している隙に一体ずつアッシュが仕留めていた。Fランク程度であれば闘氣を纏う必要もなく、今まで鍛えていた剣術の腕前だけでも安定してアッシュは戦えていた。


カリンとジーアも致命傷には至らないまでも、十分なダメージをゴブリンに与えて動きを鈍らせていたので、2ヶ月前には10m先の的にも当たらなかった事を考えると、日頃の鍛練の成果が見られた。


ちなみに、ゴブリンは体長1m程の緑色の体表をした魔獣で、棍棒を振りかざして襲ってくるが、大した力はないのでそれほど脅威にならない。ただ、集団で襲ってくる性質があるので、群れの大きさによっては即座に撤退をしなければ命の危険がある。


斥候のような少数のゴブリンを倒して安心していると、いつの間にか周囲を大群で包囲され、蹂躙されるなんて事もあるらしい。その危険性については最初のゴブリンを討伐した後にアーメイ先輩が皆に教えてくれ、お兄さんはウンウン頷いているだけだった。




 午前中は大した危機もなく、皆も順調に経験を積んでいった。魔獣はスライムかゴブリンで、数も数匹だったおかげで隊列が崩れるようなこともなく討伐できたせいか、僕の出番は一度も来ることはなかった。


魔獣の死骸は、血の臭いに誘われて他の魔獣が来ないようにする為の処理として、アーメイ先輩が火魔術で死骸を燃やしてしまうので、本当にすることがなかった。


その為、手持ち無沙汰の僕は探索中の隊列を維持したまま食材探しをしていた。食べられる野草や木の実、キノコ等を歩きながらかき集めていき、いつのまにか僕のリュックは食材で一杯になってしまった。


今回の訓練では昼食を自分達で準備するのだが、初回ということもあって食材は既に学院で準備されている。なので食料を集めなくても良いのだが、さすがに何もしないというのは心苦しかったので、せめて食事を豪勢にしようと思ったのだ。



(あ~、お肉はどうしようかな?結構野鳥とか飛び回ってるから、2、3匹仕留めて・・・いや、肉はあるって言ってたから別にいいか・・・)




 そうして、特に危機もなく先生が待っている拠点に戻り、皆で昼食の準備をすることになった。



「エイダ、お前いつの間にこんなに食材採ってたんだ?」


「私達は魔獣の討伐に必死だったけど、確かに今後は自分達でも調達しないといけないのよね・・・」


「さすがエイダはんやね!頼りになるわぁ」



皆は僕が採取していた食材を見て驚いていたが、父さんや母さんは走りながら移動している最中に食材を調達しているので、それと比べれば別に驚くことでもないだろう。


先輩2人も少し驚いていたが、先生に午前中の報告をするため、僕らから離れた。


昼食の準備も訓練の一環として、料理は僕らだけでする必要がある。料理が出来るか皆に確認すると、カリン以外はやったことないということだったので、僕とカリンが中心となって作業することになった。



「エイダ、何を作るんだ?」


「こういうときは、あまり周囲に匂いが広がらない料理の方が良いから・・・スープかな?」


「へぇ、なるほどな」



こういった野営中の食事は、簡単に調理できて手早く食べられるものが良いので、食材を適当に切って煮込むだけのスープにした。僕の言葉に感心しながらアッシュが頷いていると、ジーアがナイフ片手に話し掛けてきた。



「ウチらは何したらええん?料理の腕は自信無いけど、食材を切るくらいは出来るで?」


「じゃあ、お肉とか僕が採取したキノコや野草を一口大に切ってくれるかな?」


「任しとき!」


「それくらいなら俺も出来るぜ!」



そう言って2人は僕から食材を受けとると、下拵えを始めてくれた。



「じゃあ、私は味付けをすればいい?」


「そうだね、僕だと大雑把になっちゃうかもしれないから頼むよ。お肉は骨付きでキノコもあるから、結構出汁は取れそうだし、シンプルな味付けで良さそうだね」


「そうね。あまり余計な手を加えるよりも、素材の味を活かす方が美味しいと思う」


「じゃあ、そんな感じで作っていこう!」



 先生から受け取った野鳥の肉と、アッシュとジーアが下拵えした食材を鍋にぶちこみ、カリンが塩・コショウで味付けをして出来上がるのを待った。


アッシュはこんなにシンプルで大丈夫なのかと不安げな表情だったが、「これがいいのよ!」と、どや顔したカリンに言われていた。


しばらく煮込み、出来上がったところで先生と先輩達に料理が完成したことを告げて昼食となった。





side エレイン・アーメイ


 3年生になり、今年は騎士団の入団試験を控えている私は、今回の新入生の実地訓練の護衛をすることを若干面倒だと感じていた。そんなことに時間を割くくらいなら、魔術の鍛練をしていた方が有意義だったからだ。


しかも、一緒に護衛として同行するのは、いつも私に色目を使って声をかけてくるジョシュ・ロイドなのだ。一段と嫌な気分になるのも致し方ないだろう。


剣武コースの首席だけあって実力があるのは確かなのだが、正直私はこの男が苦手だ。確かに家柄を考えれば申し分ないだろうし、女性受けする顔をしているのも分かる。


しかし私は、この男の自分以外の存在を見下すような視線や言動には嫌悪感を覚える。私に声を掛ける時も、自分の言うことを聞くのは当たり前、何故自分のことを好きにならないのかとでも言うような態度には、生理的に嫌悪感を持っていた。


父様はこの男と縁を結んで欲しそうだったが、直接私にそう言うことはなかった。私の将来の目標を知っているからだろうし、その目標を達成するまで結婚するつもりはないと公言しているせいもあるだろう。


それはジョシュにも伝えているのだが、そんなことはお構い無しとアプローチしてくるのは正直言って迷惑だ。なまじ侯爵家と言うことで無下にも出来ないのが一層腹立たしい。


実地訓練中にも下級生の様子を見守るどころか、私にチラチラと視線を投げ掛けてくるのが更に鬱陶しかった。



 そんな中、私は一人の生徒が気になっていた。エイダ・ファンネルだ。彼はノラであり2つの能力に優劣がないと言っていた。


しかも、平民ということで、おそらくこの学院には文官職や奉仕職の就職先を見つけようと来ており、全く戦えないだろうと端から彼を戦力としては考えていなかった。


何故なら能力に優劣の無い者は、魔術も剣武術も第二段階以上に進むことは出来ず、武力と言う面で大成した人物は歴史上いなかったからだ。彼もそうだろうと考え、全体の足を引っ張らないようにと、隊列の最後尾に付け、何もしなくてもいいようなポジションを与えることにした。


しかし彼は、初の訓練で緊張しているクラスメイト達に笑顔で話し掛け、その緊張を解いていたばかりか、森に入った瞬間に雰囲気が一変して、歴戦の猛者のような鋭い眼光で周囲を警戒していた。その様子は、森の恐さというものをしっかり理解しているようだった。


いくら表層だと言っても絶対に低ランクの魔獣しか居ないわけではない。中には高ランクの魔獣に追いたてられた影響で、中ランクの魔獣が表層まで来ることもあるし、そのまま追いかけてきた高ランクの魔獣と接敵することさえあるのだ。


ゆえに、魔獣ひしめく森の中で気を抜くのは愚かなことだと父様からは教えられていた。


しかも彼は、そうして周囲を警戒しているだけではなく、私ですら気づかぬ内に食材の採取も同時に行っていた。拠点に戻り、リュックから野草やキノコを取り出していた時には、いったいいつの間にと、とても驚いてしまった。


本人は何て事ないような様子だったが、森での行動や、彼の足運びや雰囲気等からかなりの実力者なのではないかと思い、午後は彼にも魔獣の討伐をしてもらおうとジョシュに提案していた。ジョシュも面白そうだと言いながら私の提案を飲んで、午後から彼にも討伐をさせることが決まった。


また、彼らが準備した昼食のスープは、今までの野営中には食べたことがないほど具沢山で美味しかった。



(正直、料理が全く出来ない私にしてみたら羨ましい事だな。あのカリンという子は手際も良いし、味付けも申し分ない。良いお嫁さんになるだろうな・・・)



私は自分の目標を達成するまで結婚するつもりはないが、だからといって結婚願望が無いわけではない。誰にも言ったことはないが、むしろお嫁さんになるのは私の夢の一つだったりする。



(旦那様か・・・自分より実力のある人が理想だな。理知的で優しく、私の事を理解してくれて、お互いに支え合えるのが良いな。まぁ、今までそんな人物に出会ったことがないし、異性に魅力を感じたこともないからなぁ・・・)



スープを食べながら、ふとそんなことを考えていた。この学院においては首席として自分以上の実力者はいない。ジョシュも首席だが、正直彼の剣術は闘氣任せの力業だ。第四階層に至っているが、剣術の技術だけなら魔術師の私と大差ないのではないかと感じるほどだ。


闘氣を使われれば勝ち目はないが、単純な技術だけなら勝てそうだと思えてしまうところに、彼の努力の無さを感じてしまうので、昔から今一つ好感を持てない理由の一つでもある。



(まぁ最大の理由は、あの私の身体しか興味が無いとでも言わんとするような、下卑たイヤらしい目付きなのだがな)




 食事を食べ終わると、隊列を組み直すために集合させて、先程決めた事を全員に伝えた。



「と言うわけで、君にも討伐をさせてみようと考えている。君は剣と魔術であればどちらで魔獣討伐を考えている?」



私が彼に確認すると、少し考える素振りを見せながら口を開いた。



「僕の魔術は火属性なので、森で放つと延焼する危険もあります。ですので、剣を使います」


「分かった。討伐が無理だと判断すればすぐに私達が援護するから、無理しなくていい。分かったね?」


「はい。ありがとうございます!」



そうして前衛を彼とジョシュ、中衛にアッシュとカリン、後衛にジーアと私という隊列で森へと入るのだった。


ジョシュはあからさまに彼を見下すように前衛としての注意点をあれやこれやと話していたが、彼の落ちつきようや周囲への気の配り方から、そんな心配はいらないのではないかと、漠然とした安心感のようなものを感じた。



(いや、考え過ぎか。さすがにノアの彼が武力に優れているとは考え難い。力ではなく、精神力を鍛えた結果なのだろうな・・・)



そう思うと、彼に魔獣の討伐をさせても大丈夫なのかと、急に不安が顔を覗かせるが、もしもの時はジョシュが何とかするだろうと深くは考えなかった。才能にかまけているとはいえ首席だ。低ランクの魔獣から後輩を守るくらいはどうってことないだろう。


それに、想定外が起きたとしても、私が後方から支援すればいいことだ。重症を負うようなことにはならないだろうと、私は楽観的に考えていた。


そんな考えが吹き飛んだのは、再度森に入ってから少ししての事だった。事態は悪い意味で、私の予想外の展開を迎えるのだった。
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