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第二章 クルニア学院
入学 15
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翌日早朝ーーー
朝霧が立ち込め、うっすらと朝日が辺りを照らし始めている時間帯に、僕は朝の日課となっているランニングを終えて、昨日整備した僕達のクラス専用の演習場で剣術と魔術の鍛練を行っていた。
学院の授業通りの鍛練では、逆に身体が鈍ってしまいそうだったので、こうして空いた時間を使って自主的に行っていた。
「シッ!フッ!ハッ!セイッ!・・・」
限界まで闘氣を注ぎ込んだ状況で剣を振るう。闘氣によって飛躍的に向上している身体能力の確認と、その状況下での反射神経等の確認も込めている。
しばらく感覚を確かめると、纏っていた闘氣を吸収していく。闘氣の再吸収は、かなりの集中力を要し、無駄になってしまう部分もあるが、それでも以前と比べたら7割位は再吸収出来るようになったので、最近では成長が感じ取れていた。
次に魔力操作の鍛練として、掌に放出した群青色の魔力をなるべく短時間で様々な形に変化させる。球体の形状から、槍や剣等の単純な形にしたり、建物や動物などの複雑なものまで精密に制御して形を作っていく。
さすがに形が複雑になればなるほど形状の変化には時間がかかるが、以前の単純な形しか出来なかった頃よりも格段に成長できた実感がある。
「ふぅ・・・このくらいにしておくか。お風呂で汗を流してからご飯食べよう」
納得いくまで鍛練をしてから、演習場を後にしようとすると、生け垣の隙間から魔術演習場で走っている人物が目に入ってきた。
「あれは確か・・・生徒代表で挨拶していた魔術コースの首席か・・・」
遠目に見えるその人物は、人気のない演習場を黒髪のポニーテールを揺らし、制服ではない動きやすい服装で、真剣な表情をしながら走り込んでいる。
魔術師は基本的に、肉体を鍛えることを怠りがちだと母さんから聞いていたが、どうやら目の前の人物は努力を怠らない人のようだ。
「やっぱり首席ともなれば違うなぁ・・・」
しばらく観察していると、彼女は魔術師でありながら、1年の剣武コースの生徒よりも体力がありそうだし、身体の重心やバランスを見ても、剣術師と見間違うような筋力の付き方をしている。それは、今までの彼女の相当な努力が窺い知れるものだった。
「母さんも言ってたっけ。魔術師は接近戦に弱いから、近付かれた際の対抗策を準備しておかなければならないって・・・」
母さんは近付かれても、自慢の魔術でどうにでもなるだろう。あの圧倒的な魔術の発動速度を考えれば、剣を降り下ろされる前に吹き飛ばせるはずだ。
ただし、普通の魔術師ではそうはいかないので、近付かれた場合は脱兎のごとく逃げ出して距離をとるか、武器で応戦するかだ。当然だが、魔術師が剣術師に武器で対抗できるはずもないので普通は撤退するのだが、どうやら彼女は武器でも対抗できるように鍛練しているようだった。
「手札は多い方が良いけど、大抵はどっち付かずの実力になりそうなのに、凄いな・・・」
僕と違って彼女は2つの能力を持っているわけではないので、魔術を集中して鍛練した方が効率的で良いと思うのだが、何となく彼女は剣技も高いレベルで身に付けていそうだと感じた。
そんなことを思いながら様子を見ていると、一人の生徒が彼女に近づいていった。
「あれは・・・もう一人の生徒代表か?」
金髪を靡かせながら颯爽と彼女の元へと歩み寄っていったのは、アッシュのお兄さんだった。制服をきっちりと着込み、息も乱していないところを見ると、特段鍛練をしていたというわけではなさそうだった。
彼は走り込んでいる彼女を呼び止めると、何かを話していた。身長差があるので、アッシュのお兄さんが彼女を見下ろすようにしているが、こちらから見える彼の表情は、貴族特有の嫌らしさが滲み出ているように見えた。
彼女の方は僕に背を向けているので、どのような表情かは窺い知れないが、何となく不快げな雰囲気を漂わせている気がする。それは、彼女の落ち着きのない所作からも窺えた。
「楽しげに話しているっていう感じはしないな。まぁ、僕には関係ないか」
上級生と関わることはそう無いだろうと思い興味を無くすと、汗を流しに寮へと戻った。
そうして、日々の授業を卒無くこなしていき、学院に来てから最初の休息日が訪れた。
「エイダ!明日の休息日は何か予定あるのか?」
夕食をクラスの4人で食べていると、不意にアッシュがそんなことを言い出した。
「いや、特に何もないけど」
「なら、ちょっと遊びに出掛けようぜ!普段、実技の授業じゃ世話になっているからな、何か奢ってやるよ!」
僕が実技の授業で指導しているという感謝の念もあるのだろうし、学院へ入学して初めての休息日ということで羽を伸ばそうとしているのだろう、彼の声は弾んでいた。
「もちろんいいよ!」
僕は彼の誘いを二つ返事で承諾した。何よりも奢ってくれるというのが良い。お金を無駄に使わないというのは大切なことだ。どこに行こうか聞こうとすると、話にジーアとカリンも割って入ってきた。
「へぇ~、ええなぁ!ウチにも奢ってくれへんの?」
「アッシュ、私にも奢って良いわよ!」
「いや、何でだよ!!話聞いてないのか!?実技の授業でエイダには世話になったからって言っただろ!ってか、お前らだって世話になってんだろうが!!」
「まぁ、お礼くらいするわよ?でも、それはそれ、これはこれよ!」
「せやで~。ウチの店に来てくれれば、エイダはんには友人価格で勉強させてもらうさかいな。でも、それはそれとして、アッシュはんがどうしても奢りたい言うなら、奢られたってもえぇんやで?」
「何で俺が奢りたいみたいになってんだよっ!?」
「嫌やわ~。こんな美女2人に奢れるなんて嬉しいもんやから照れ隠ししとるん?」
「うん。アッシュは昔から素直じゃない」
「何でだよ!!」
「まぁまぁ、落ち着いてアッシュ。別に良いじゃないか!」
「何でそこでエイダもそっち側につくんだよ!?」
僕達はこの5日間でとても仲が深まっていた。元々ノアという特殊な境遇を共有しているということと、実技でも僕を中心として、皆で目標に向かって鍛練を始めたことで、更に結束が深まったような感じだった。
この状況に、僕はとても居心地の良さを感じていた。
結局休息日は、ジーアの実家のお店とこの都市でも有名な食べ物屋に行って、あとの時間は適当に都市を散策しようということになった。
翌日ーーー
「大きいね~」
僕達はジーアに案内されながら、彼女の実家が経営している商店を訪れていた。外観は2階建ての大きな建物で、正面にはデカデカと『フレメン商会』と目立つ看板が飾られていた。
他の店と比べると、その大きさは桁違いだったため、思わず感嘆の声が漏れてしまった。
「おおきに。この都市の支店は商会の中でも指折りで、必要な物は何でも揃うはずやで?」
僕の言葉にジーアは得意気にお店について語っている。確かにこれだけの規模の建物だったら、何でもありそうだと思ってしまう。
今日は皆私服で外出しており、僕とアッシュは動きやすいラフな服装なのだが、女性陣はわりかし粧し込んで来ていた。
カリンは花柄のフリルをあしらった水色の可愛らしいワンピースで、ジーアは大人っぽい黒を基調としたロングスカートのワンピースだった。
一応街中とはいっても何があるか分からないので、用心のために皆の腰には剣や杖が装備されている。
女性陣2人の服装は良く似合っていたので、僕は開口一番に誉めたのだが、それにアッシュが「馬子にも衣装だな」とカリンを見ながら言ってしまったので、その言葉に反応したカリンとアッシュがちょっとした騒ぎを起こしてしまう一幕もあった。
端から見れば、2人は恋人のようなじゃれあいをするものだから、ジーアと2人で暖かく見守っていた。
ただ、何故か2人はその視線が気にくわなかったのか、僕らの視線に気づいたアッシュとカリンから睨まれてしまった。
お店の前で少し話していると、ドアベルと共にお店の扉が開き、一人の女性が出てきた。
「お嬢様、お店の前でたむろされておりますと、他のお客様のご迷惑になりますので、入るのであればお早くお願いできませんか?」
現れたのは、長身で茶髪をアップに纏めている、キツい目付きの人だった。見た目30代位の人で、その口調と見た目から神経質そうな人なんだろうと感じた。
「セリア!わざわざ出迎えてもらって悪いなぁ!皆、この人はセリア言うて、この店舗の店長を任されとるんよ。ウチが小さい頃はよう可愛がってくれてな、セリアはウチが大好きんなんよ」
「違います。他のお客様の邪魔になるので、早くお店に入って下さい」
「またまた~、セリアはツンデレなんやから!ウチはちゃんと分かっとるで!」
「はぁ・・・。友人の方々も中へどうぞ」
2人は仲が良いのか、セリアさんの刺々しい言葉をジーアは柳に風とばかりに受け流して、まるで気にしていないようだ。それほど2人の間には信頼関係が築けているのだろう。
お店に入ると、棚と言う棚にはびっしりと商品が陳列されていて、生活雑貨から食品、書物など、本当に何でもありそうな品揃えだった。
「皆好きに見たってや!武器・防具の類いなんかは2階にあるで、購入したければウチの名前を出せば友人価格にしてくれるさかいな!」
「お嬢様、あまり誇張されてはいけません。多少のサービスは行いますが、それ程値下げできるわけではありませんよ?」
ジーアが胸を張りながら言ったことに対して、セリアさんは即座に訂正していた。
「セリアは真面目やなぁ。でも、これは将来への投資も兼ねとるんや。特に、そこにいるエイダはんにはサービスしたってや」
「・・・投資ですか?畏まりました!お嬢様がそこまで見込まれるなら、少し勉強させていただきます」
「うんうん。ありがとうな」
「いえ。では皆さん、ゆっくりと見ていって下さい」
ジーアの言葉にどこか納得した表情をしたセリアさんは、頭を下げて奥へと引っ込んでいった。
「ジーア、そんな投資だからって言って、値引きさせるようにして良かったの?」
僕は、先程までの2人の会話で疑問に思ったことをぶつけてみた。
「大丈夫や!ウチはこれでも先見の明はあるって、商会でも評判なんやで!エイダはんは気にせんと買い物を楽しんだってや」
「ジーアがそう言うんだ、気にせず見てみようぜ!」
ジーアの言葉にアッシュがそう言って、武器・防具が見たかったのか、すぐに2階へと上がっていった。
「じゃあ、私も自分の見たい物を見させてもらうわね」
カリンも何か目的の物があるのか、一人で店内を回ると言って離れた。
「あの2人、ええ仲やと思わへん?」
2人が居なくなり、僕とジーアが取り残されると、彼女はスッと近寄ってきて嬉しそうにそう耳打ちしてきた。
「そうだね。でもお互い自覚してるのかな?」
「カリンちゃんは自覚してると思うで?アッシュはんも隠そうとしとるけど、自覚はあるんちゃう?お互いの身分的に難しいところやから、あの子は少し引いてると思うけど、何か切っ掛けがあれば上手くいくかもしれへんなぁ」
ジーアが言うには、次男とはいえアッシュの家は侯爵家のため、本来平民であるカリンと結ばれるというのは非常に難しいのだという。
ただ、ノアという肩書きがあるアッシュは、他の貴族家から見ると縁を結ぶことで逆に家の評判が落ちるという考えをされる可能性があり、家同士の繋がりを深めるものとしては微妙になってしまうらしい。
そのため、平民であるカリンとの結婚も無きにしもあらずとのことだ。
「ふ~ん、やっぱり貴族って大変なんだな・・・」
恋愛一つとっても自由にいかないということを間近で聞くと、父さん母さんが言っていた通り、貴族として生きるということは随分な息苦しさを感じてしまう。
「まぁ、それに見合った収入や権力も当然あるし、好き者の貴族は側室や妾を囲って、女には事欠かんいうからなぁ。ちなみに、平民の女子のなりたい職業の1位は上位貴族の妾やで?」
「えっ、そうなの?」
「そら、妾とはいえ安泰な暮らしが約束されるんやからなぁ。努力して知識や力を身に付けるより、女を磨いて取り入る方が手っ取り早いやろ?」
身も蓋もないジーアの言葉に、僕は苦笑いを返すしかなかった。いつか母さんが言っていたが、女性とは現実的で利に聡いらしい。
逆に男性は夢見がちで短絡的なのだと、お酒を飲んでいる父さんに視線を向けながらため息を吐いていた。
「女の人は相手の男に、自分以外のそういう人がいても良いの?」
貴族が家系を絶やさぬように複数人の妻を娶るというのは知識として知っているが、実際に女性はどう感じているのだろうと疑問に思い聞いてみた。
「う~ん、そら女としては自分だけを愛してくれた方がええに決まっとるけど、貴族のお家はそういうもんやと理解してるからなぁ。複数の奥さんが居ても、表だって思うところはないんちゃうかなぁ」
そういった状況が当然と言われれば、それで納得するしかないのだろう。平民として汗を流して働いていくより、貴族の妾として安寧とした生活の方が良いと考えるのは理解できる。
特に小さな村や町は、魔獣の脅威に曝されながら生活しなければならないので、強固な外壁に囲まれた大都市に住むことが出来る貴族は、平民にとって憧れなのかもしれない。
(まぁ、魔獣に対抗できるだけの力があれば、そう考えることもないだろうけど・・・)
それから少しジーアと言葉を交わして、僕もお店の中を見て回るのだった。
朝霧が立ち込め、うっすらと朝日が辺りを照らし始めている時間帯に、僕は朝の日課となっているランニングを終えて、昨日整備した僕達のクラス専用の演習場で剣術と魔術の鍛練を行っていた。
学院の授業通りの鍛練では、逆に身体が鈍ってしまいそうだったので、こうして空いた時間を使って自主的に行っていた。
「シッ!フッ!ハッ!セイッ!・・・」
限界まで闘氣を注ぎ込んだ状況で剣を振るう。闘氣によって飛躍的に向上している身体能力の確認と、その状況下での反射神経等の確認も込めている。
しばらく感覚を確かめると、纏っていた闘氣を吸収していく。闘氣の再吸収は、かなりの集中力を要し、無駄になってしまう部分もあるが、それでも以前と比べたら7割位は再吸収出来るようになったので、最近では成長が感じ取れていた。
次に魔力操作の鍛練として、掌に放出した群青色の魔力をなるべく短時間で様々な形に変化させる。球体の形状から、槍や剣等の単純な形にしたり、建物や動物などの複雑なものまで精密に制御して形を作っていく。
さすがに形が複雑になればなるほど形状の変化には時間がかかるが、以前の単純な形しか出来なかった頃よりも格段に成長できた実感がある。
「ふぅ・・・このくらいにしておくか。お風呂で汗を流してからご飯食べよう」
納得いくまで鍛練をしてから、演習場を後にしようとすると、生け垣の隙間から魔術演習場で走っている人物が目に入ってきた。
「あれは確か・・・生徒代表で挨拶していた魔術コースの首席か・・・」
遠目に見えるその人物は、人気のない演習場を黒髪のポニーテールを揺らし、制服ではない動きやすい服装で、真剣な表情をしながら走り込んでいる。
魔術師は基本的に、肉体を鍛えることを怠りがちだと母さんから聞いていたが、どうやら目の前の人物は努力を怠らない人のようだ。
「やっぱり首席ともなれば違うなぁ・・・」
しばらく観察していると、彼女は魔術師でありながら、1年の剣武コースの生徒よりも体力がありそうだし、身体の重心やバランスを見ても、剣術師と見間違うような筋力の付き方をしている。それは、今までの彼女の相当な努力が窺い知れるものだった。
「母さんも言ってたっけ。魔術師は接近戦に弱いから、近付かれた際の対抗策を準備しておかなければならないって・・・」
母さんは近付かれても、自慢の魔術でどうにでもなるだろう。あの圧倒的な魔術の発動速度を考えれば、剣を降り下ろされる前に吹き飛ばせるはずだ。
ただし、普通の魔術師ではそうはいかないので、近付かれた場合は脱兎のごとく逃げ出して距離をとるか、武器で応戦するかだ。当然だが、魔術師が剣術師に武器で対抗できるはずもないので普通は撤退するのだが、どうやら彼女は武器でも対抗できるように鍛練しているようだった。
「手札は多い方が良いけど、大抵はどっち付かずの実力になりそうなのに、凄いな・・・」
僕と違って彼女は2つの能力を持っているわけではないので、魔術を集中して鍛練した方が効率的で良いと思うのだが、何となく彼女は剣技も高いレベルで身に付けていそうだと感じた。
そんなことを思いながら様子を見ていると、一人の生徒が彼女に近づいていった。
「あれは・・・もう一人の生徒代表か?」
金髪を靡かせながら颯爽と彼女の元へと歩み寄っていったのは、アッシュのお兄さんだった。制服をきっちりと着込み、息も乱していないところを見ると、特段鍛練をしていたというわけではなさそうだった。
彼は走り込んでいる彼女を呼び止めると、何かを話していた。身長差があるので、アッシュのお兄さんが彼女を見下ろすようにしているが、こちらから見える彼の表情は、貴族特有の嫌らしさが滲み出ているように見えた。
彼女の方は僕に背を向けているので、どのような表情かは窺い知れないが、何となく不快げな雰囲気を漂わせている気がする。それは、彼女の落ち着きのない所作からも窺えた。
「楽しげに話しているっていう感じはしないな。まぁ、僕には関係ないか」
上級生と関わることはそう無いだろうと思い興味を無くすと、汗を流しに寮へと戻った。
そうして、日々の授業を卒無くこなしていき、学院に来てから最初の休息日が訪れた。
「エイダ!明日の休息日は何か予定あるのか?」
夕食をクラスの4人で食べていると、不意にアッシュがそんなことを言い出した。
「いや、特に何もないけど」
「なら、ちょっと遊びに出掛けようぜ!普段、実技の授業じゃ世話になっているからな、何か奢ってやるよ!」
僕が実技の授業で指導しているという感謝の念もあるのだろうし、学院へ入学して初めての休息日ということで羽を伸ばそうとしているのだろう、彼の声は弾んでいた。
「もちろんいいよ!」
僕は彼の誘いを二つ返事で承諾した。何よりも奢ってくれるというのが良い。お金を無駄に使わないというのは大切なことだ。どこに行こうか聞こうとすると、話にジーアとカリンも割って入ってきた。
「へぇ~、ええなぁ!ウチにも奢ってくれへんの?」
「アッシュ、私にも奢って良いわよ!」
「いや、何でだよ!!話聞いてないのか!?実技の授業でエイダには世話になったからって言っただろ!ってか、お前らだって世話になってんだろうが!!」
「まぁ、お礼くらいするわよ?でも、それはそれ、これはこれよ!」
「せやで~。ウチの店に来てくれれば、エイダはんには友人価格で勉強させてもらうさかいな。でも、それはそれとして、アッシュはんがどうしても奢りたい言うなら、奢られたってもえぇんやで?」
「何で俺が奢りたいみたいになってんだよっ!?」
「嫌やわ~。こんな美女2人に奢れるなんて嬉しいもんやから照れ隠ししとるん?」
「うん。アッシュは昔から素直じゃない」
「何でだよ!!」
「まぁまぁ、落ち着いてアッシュ。別に良いじゃないか!」
「何でそこでエイダもそっち側につくんだよ!?」
僕達はこの5日間でとても仲が深まっていた。元々ノアという特殊な境遇を共有しているということと、実技でも僕を中心として、皆で目標に向かって鍛練を始めたことで、更に結束が深まったような感じだった。
この状況に、僕はとても居心地の良さを感じていた。
結局休息日は、ジーアの実家のお店とこの都市でも有名な食べ物屋に行って、あとの時間は適当に都市を散策しようということになった。
翌日ーーー
「大きいね~」
僕達はジーアに案内されながら、彼女の実家が経営している商店を訪れていた。外観は2階建ての大きな建物で、正面にはデカデカと『フレメン商会』と目立つ看板が飾られていた。
他の店と比べると、その大きさは桁違いだったため、思わず感嘆の声が漏れてしまった。
「おおきに。この都市の支店は商会の中でも指折りで、必要な物は何でも揃うはずやで?」
僕の言葉にジーアは得意気にお店について語っている。確かにこれだけの規模の建物だったら、何でもありそうだと思ってしまう。
今日は皆私服で外出しており、僕とアッシュは動きやすいラフな服装なのだが、女性陣はわりかし粧し込んで来ていた。
カリンは花柄のフリルをあしらった水色の可愛らしいワンピースで、ジーアは大人っぽい黒を基調としたロングスカートのワンピースだった。
一応街中とはいっても何があるか分からないので、用心のために皆の腰には剣や杖が装備されている。
女性陣2人の服装は良く似合っていたので、僕は開口一番に誉めたのだが、それにアッシュが「馬子にも衣装だな」とカリンを見ながら言ってしまったので、その言葉に反応したカリンとアッシュがちょっとした騒ぎを起こしてしまう一幕もあった。
端から見れば、2人は恋人のようなじゃれあいをするものだから、ジーアと2人で暖かく見守っていた。
ただ、何故か2人はその視線が気にくわなかったのか、僕らの視線に気づいたアッシュとカリンから睨まれてしまった。
お店の前で少し話していると、ドアベルと共にお店の扉が開き、一人の女性が出てきた。
「お嬢様、お店の前でたむろされておりますと、他のお客様のご迷惑になりますので、入るのであればお早くお願いできませんか?」
現れたのは、長身で茶髪をアップに纏めている、キツい目付きの人だった。見た目30代位の人で、その口調と見た目から神経質そうな人なんだろうと感じた。
「セリア!わざわざ出迎えてもらって悪いなぁ!皆、この人はセリア言うて、この店舗の店長を任されとるんよ。ウチが小さい頃はよう可愛がってくれてな、セリアはウチが大好きんなんよ」
「違います。他のお客様の邪魔になるので、早くお店に入って下さい」
「またまた~、セリアはツンデレなんやから!ウチはちゃんと分かっとるで!」
「はぁ・・・。友人の方々も中へどうぞ」
2人は仲が良いのか、セリアさんの刺々しい言葉をジーアは柳に風とばかりに受け流して、まるで気にしていないようだ。それほど2人の間には信頼関係が築けているのだろう。
お店に入ると、棚と言う棚にはびっしりと商品が陳列されていて、生活雑貨から食品、書物など、本当に何でもありそうな品揃えだった。
「皆好きに見たってや!武器・防具の類いなんかは2階にあるで、購入したければウチの名前を出せば友人価格にしてくれるさかいな!」
「お嬢様、あまり誇張されてはいけません。多少のサービスは行いますが、それ程値下げできるわけではありませんよ?」
ジーアが胸を張りながら言ったことに対して、セリアさんは即座に訂正していた。
「セリアは真面目やなぁ。でも、これは将来への投資も兼ねとるんや。特に、そこにいるエイダはんにはサービスしたってや」
「・・・投資ですか?畏まりました!お嬢様がそこまで見込まれるなら、少し勉強させていただきます」
「うんうん。ありがとうな」
「いえ。では皆さん、ゆっくりと見ていって下さい」
ジーアの言葉にどこか納得した表情をしたセリアさんは、頭を下げて奥へと引っ込んでいった。
「ジーア、そんな投資だからって言って、値引きさせるようにして良かったの?」
僕は、先程までの2人の会話で疑問に思ったことをぶつけてみた。
「大丈夫や!ウチはこれでも先見の明はあるって、商会でも評判なんやで!エイダはんは気にせんと買い物を楽しんだってや」
「ジーアがそう言うんだ、気にせず見てみようぜ!」
ジーアの言葉にアッシュがそう言って、武器・防具が見たかったのか、すぐに2階へと上がっていった。
「じゃあ、私も自分の見たい物を見させてもらうわね」
カリンも何か目的の物があるのか、一人で店内を回ると言って離れた。
「あの2人、ええ仲やと思わへん?」
2人が居なくなり、僕とジーアが取り残されると、彼女はスッと近寄ってきて嬉しそうにそう耳打ちしてきた。
「そうだね。でもお互い自覚してるのかな?」
「カリンちゃんは自覚してると思うで?アッシュはんも隠そうとしとるけど、自覚はあるんちゃう?お互いの身分的に難しいところやから、あの子は少し引いてると思うけど、何か切っ掛けがあれば上手くいくかもしれへんなぁ」
ジーアが言うには、次男とはいえアッシュの家は侯爵家のため、本来平民であるカリンと結ばれるというのは非常に難しいのだという。
ただ、ノアという肩書きがあるアッシュは、他の貴族家から見ると縁を結ぶことで逆に家の評判が落ちるという考えをされる可能性があり、家同士の繋がりを深めるものとしては微妙になってしまうらしい。
そのため、平民であるカリンとの結婚も無きにしもあらずとのことだ。
「ふ~ん、やっぱり貴族って大変なんだな・・・」
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「まぁ、それに見合った収入や権力も当然あるし、好き者の貴族は側室や妾を囲って、女には事欠かんいうからなぁ。ちなみに、平民の女子のなりたい職業の1位は上位貴族の妾やで?」
「えっ、そうなの?」
「そら、妾とはいえ安泰な暮らしが約束されるんやからなぁ。努力して知識や力を身に付けるより、女を磨いて取り入る方が手っ取り早いやろ?」
身も蓋もないジーアの言葉に、僕は苦笑いを返すしかなかった。いつか母さんが言っていたが、女性とは現実的で利に聡いらしい。
逆に男性は夢見がちで短絡的なのだと、お酒を飲んでいる父さんに視線を向けながらため息を吐いていた。
「女の人は相手の男に、自分以外のそういう人がいても良いの?」
貴族が家系を絶やさぬように複数人の妻を娶るというのは知識として知っているが、実際に女性はどう感じているのだろうと疑問に思い聞いてみた。
「う~ん、そら女としては自分だけを愛してくれた方がええに決まっとるけど、貴族のお家はそういうもんやと理解してるからなぁ。複数の奥さんが居ても、表だって思うところはないんちゃうかなぁ」
そういった状況が当然と言われれば、それで納得するしかないのだろう。平民として汗を流して働いていくより、貴族の妾として安寧とした生活の方が良いと考えるのは理解できる。
特に小さな村や町は、魔獣の脅威に曝されながら生活しなければならないので、強固な外壁に囲まれた大都市に住むことが出来る貴族は、平民にとって憧れなのかもしれない。
(まぁ、魔獣に対抗できるだけの力があれば、そう考えることもないだろうけど・・・)
それから少しジーアと言葉を交わして、僕もお店の中を見て回るのだった。
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「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」
「は?」
母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。
「もう縁を切ろう」
「マリー」
家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。
義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。
対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。
「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」
都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。
「お兄様にお任せします」
実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。
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