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第九章 災厄 編
ヨルムンガンド討伐 30
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◆
戦場を二分する2つの色彩がそこにあった。全てを白く染めあげる純白の輝きと、全てを闇に塗りつぶす漆黒の奔流。ヨルムンガンドがもたらした戦況を確認出来る空中に写し出された映像を、大陸中の住民達は固唾を飲んで見守っていた。ある者は希望を抱き、あるものは諦めを抱き、その戦いの行く末を見つめている。
また、各国の為政者はこの戦いの先を見据えている。もし世界を滅ぼすことが出来る力を持つとされるヨルムンガンドを、ダリア・タンジーという一人の少年が同等に戦えるとなれば、どのように自国に招き、どのように利用するか、その皮算用は既に多岐にわたる選択肢まで考慮して検討されていた。各国とも、その何れかの策がハマるはずだろうという確信めいた考えをしていた。実際の戦いをその目で見るまでは。
その存在は規格外。あまりにもこの世界の理から外れた戦いを繰り広げる少年とヨルムンガンド。互角の戦いをして相手を満足させたとしても、ヨルムンガンドに勝利し、討伐出来たとしても、敗北してしまったとしても不味いことになると為政者達は一様に考えていた。ヨルムンガンドに大陸を滅ぼされないようにしなければならないという点では引き分けるか、勝利してもらわねば困る。しかし、そんな強大な力を持つ人物の扱いなど、どうすれば良いのかの判断が難しいのだ。
下手な策謀を打って不興を買い、今度はダリア・タンジーが第二のヨルムンガンドになってしまっては困る。かといって崇め奉り、まるでこの大陸の支配者のように扱わなければならないのかと考えると、それは、その力に恐れ戦き、たった一人の少年の一挙手一投足に怯えながら暮らしていくということになりかねない。それは為政者として見過ごせない脅威だった。
やがて各国とも、ある一つの結論に達することとなるのだが、それを彼が受け入れるか否か、彼女達が受け入れるか否かに不安の種を残すものとなるのだった。
そして今まさに戦場にいるその彼女達は、各国がそういった結論に至るだろうということも予期していた。彼の力はまさに例外なのだ。今はまだ幼い考え方をしているが、こと戦闘に限れば、この世の災厄と言われるヨルムンガンドに比肩してしまう。その事に各国の住民が気付いてしまえば、彼の居場所がどうなるかは考えるまでもなかった。だからこそ、そうなった時の自分達の身の振り方も視野に入れていた。
しかしそれも、自分達の記憶が残っていればだ。自らの気持ちを日記等に書き記すといった予防策も行っているが、それは本当にもしもの為だった。彼女達には自信があった。たとえ記憶がなくても、絶対に彼への気持ちは変わらないと。もう一度彼を好きになると。理屈ではない、それは恋する乙女の本能がそう思わせた。その想いは、彼の言葉を聞いてますます確信を得ることになった。
『大好きだよ』
たったそれだけの言葉だったが、それ以上の意味があった。その声音からは紛れもない愛を感じることが出来たからだ。友人としてではなく、女性として自分達の想いに応えてくれていると分かった。だからこそ自分達はどんなことがあっても彼を信じ、いつまでも一緒に寄り添い、みんなで幸せになる。それは譲れない想いだった。
様々な思惑が至るところで渦巻く中、決着の一撃が付こうとしていた。
『キィィィィィィィィィィィン!!!!!』
突き出した剣先と拳が互いに相手を打ち砕こうとせめぎ合っているが、力が拮抗しているため、膠着していた。あと少し、もう一押しの決定打が互いに足りていなかった。何か少しでもこの状態に変化を起こしうるものがあれば勝敗は決する。そんな力の拮抗状態だった。
「セアァァァァァァァァ!!」
「グルアァァァァァァァ!!」
既にお互い、限界までの力を振り絞っている。しかも世界を破滅させうるという程の二つの力のぶつかり合いが、周囲まで影響を及ぼしてしまっている。二人を中心に周囲はまっさらな更地と化し、力のぶつかり合いの余波が強烈な衝撃波となって、辺りは嵐吹き荒れる極限状態のようになっている。
ある程度離れている者達にもその余波は襲っているが、彼女達は身を低くして難を逃れながらも戦いの行く末をしっかりとその瞳に映していた。その心にある想いは一つ、彼が死なないということ。この戦いを生き延びて欲しいという願いだった。
ヨルムンガンドと違い、彼は決して一人で戦っているわけではない。彼のことを真に想う彼女達の切なる願いが、さらに彼に力を与えるのだった。
◇
(くっ!あと少し、もう少しで押しきれるのに・・・これ以上は・・・)
お互いの力がせめぎあってから既に数分が経過しているが、未だ決着には及ばない。僕の体力等を考えれば、奴と比べては不利だ。なるべく早めに決着を付けなければ、最後は力ではなく体力という面で押しきられてしまう。しかも、全てをこの攻撃に集中して出しきっているため、身体を回復させる余裕がない。ちょっとでも他の事に力を割いてしまえば、この均衡はあっという間に崩壊してしまうだろう。ヨルムンガンドに押しきられるという結果でもって。
「グガガガ!このまま持久戦に持ち込めば我が押しきれるな!惜しかったな人間!結局勝つのは我なのだ!!」
嫌らしい笑みを浮かべながら、奴は僕の懸念していたことを言い当ててきた。とはいえ、現状僕には打つ手がない。あと数分もすれば肉体が悲鳴を上げてくるだろう。その時が僕の最後かも知れない。
「ぐぐぐ・・・まだだ!まだ終わらない!!」
「グガガガ!虚勢は張れるようだが、現実を見るのだな!」
奴の指摘はもっともで、全てを出しきっている僕にはもうどうすることも出来ないのも事実だった。
(くそっ!みんな、ゴメン・・・せめてみんなは無事に生きてくれ!!)
それは僕の切なる願いだった。この拮抗状態が崩れてしまえば、僕もろとも彼女達も奴の攻撃の余波で無事ではいられないかもしれない。だからせめて自分が盾になっても攻撃の勢いを減衰する為、自分の全てを投げ打ってでも奴の拳にぶつける必要があった。そう、たとえ自らの命だったとしても。
「まだだ!まだ、僕には出せる力が・・・っ!?」
奴の真似をして、自らの生命力をも〈祈願の剣〉に注ぎ込もうとした瞬間、手に持つ剣から僕の身体を包むように、温かい想いが流れ込んでくる。それは今までの比ではない程の想いが、洪水のようになって押し寄せてくる。そして、その温かな想いの奔流で、自分の疲れが消えていることに気がついた。
(これは・・・っ!?)
『『『ダリア(君)!!!』』』
その時、声が聞こえた。僕が今一番聞きたかったみんなの声と、その想いが。
『『『大好き!!!』』』
愛する人からの言葉は、時に理屈を越えた力を見せる。愛する人の為なら人は、限界以上の力を発揮することが出来る。僕はその言葉を噛み締め、笑顔を浮かべながら一歩を踏み出す。
「セアァァァァァァァァァァ!!!!」
「グガッ!!な、何っ!?どこにこんな力が!?」
「僕だけじゃない!これは、みんなの力だ!!」
その瞬間、僕を囲むようにみんなが背中を押してくれているような気がした。その力強さに更にヨルムンガンドを圧倒する。
(メグ、フリージア、シルヴィア、ティア、ジャンヌさん・・・ありがとう!!)
「行っけーーーーーーーーー!!!!!!」
「グヌゥ!人間風情がーーー!!!!!!」
・・・・・・・・・・・・・・
その瞬間、世界から音が消えたように静寂が訪れた。僕はヨルムンガンドの背後で、突き込んだ姿勢のまま動かなかった。
数秒の後、僕の背後から『ズシン!』という落下音が聞こえ、ゆっくりと振り返った。
「・・・・・・」
そこには、巨大なヨルムンガンドの頭部が陽の光に照らされて金色に輝くように横たわっていた。人への変身は解除されており、ドラゴンとしての立派な角や牙は、今は見る影もないほどにボロボロになって砕けていた。
奴がまだ生きている可能性を考え、慎重に近づき様子を確認するも、既に事切れているようで、生きている気配は感じられなかった。
「・・・やった・・・」
ヨルムンガンドの討伐を確認した僕は、緊張の糸が切れたようで、そのまま意識を手放して、地面に倒れ込んでしまった。
戦場を二分する2つの色彩がそこにあった。全てを白く染めあげる純白の輝きと、全てを闇に塗りつぶす漆黒の奔流。ヨルムンガンドがもたらした戦況を確認出来る空中に写し出された映像を、大陸中の住民達は固唾を飲んで見守っていた。ある者は希望を抱き、あるものは諦めを抱き、その戦いの行く末を見つめている。
また、各国の為政者はこの戦いの先を見据えている。もし世界を滅ぼすことが出来る力を持つとされるヨルムンガンドを、ダリア・タンジーという一人の少年が同等に戦えるとなれば、どのように自国に招き、どのように利用するか、その皮算用は既に多岐にわたる選択肢まで考慮して検討されていた。各国とも、その何れかの策がハマるはずだろうという確信めいた考えをしていた。実際の戦いをその目で見るまでは。
その存在は規格外。あまりにもこの世界の理から外れた戦いを繰り広げる少年とヨルムンガンド。互角の戦いをして相手を満足させたとしても、ヨルムンガンドに勝利し、討伐出来たとしても、敗北してしまったとしても不味いことになると為政者達は一様に考えていた。ヨルムンガンドに大陸を滅ぼされないようにしなければならないという点では引き分けるか、勝利してもらわねば困る。しかし、そんな強大な力を持つ人物の扱いなど、どうすれば良いのかの判断が難しいのだ。
下手な策謀を打って不興を買い、今度はダリア・タンジーが第二のヨルムンガンドになってしまっては困る。かといって崇め奉り、まるでこの大陸の支配者のように扱わなければならないのかと考えると、それは、その力に恐れ戦き、たった一人の少年の一挙手一投足に怯えながら暮らしていくということになりかねない。それは為政者として見過ごせない脅威だった。
やがて各国とも、ある一つの結論に達することとなるのだが、それを彼が受け入れるか否か、彼女達が受け入れるか否かに不安の種を残すものとなるのだった。
そして今まさに戦場にいるその彼女達は、各国がそういった結論に至るだろうということも予期していた。彼の力はまさに例外なのだ。今はまだ幼い考え方をしているが、こと戦闘に限れば、この世の災厄と言われるヨルムンガンドに比肩してしまう。その事に各国の住民が気付いてしまえば、彼の居場所がどうなるかは考えるまでもなかった。だからこそ、そうなった時の自分達の身の振り方も視野に入れていた。
しかしそれも、自分達の記憶が残っていればだ。自らの気持ちを日記等に書き記すといった予防策も行っているが、それは本当にもしもの為だった。彼女達には自信があった。たとえ記憶がなくても、絶対に彼への気持ちは変わらないと。もう一度彼を好きになると。理屈ではない、それは恋する乙女の本能がそう思わせた。その想いは、彼の言葉を聞いてますます確信を得ることになった。
『大好きだよ』
たったそれだけの言葉だったが、それ以上の意味があった。その声音からは紛れもない愛を感じることが出来たからだ。友人としてではなく、女性として自分達の想いに応えてくれていると分かった。だからこそ自分達はどんなことがあっても彼を信じ、いつまでも一緒に寄り添い、みんなで幸せになる。それは譲れない想いだった。
様々な思惑が至るところで渦巻く中、決着の一撃が付こうとしていた。
『キィィィィィィィィィィィン!!!!!』
突き出した剣先と拳が互いに相手を打ち砕こうとせめぎ合っているが、力が拮抗しているため、膠着していた。あと少し、もう一押しの決定打が互いに足りていなかった。何か少しでもこの状態に変化を起こしうるものがあれば勝敗は決する。そんな力の拮抗状態だった。
「セアァァァァァァァァ!!」
「グルアァァァァァァァ!!」
既にお互い、限界までの力を振り絞っている。しかも世界を破滅させうるという程の二つの力のぶつかり合いが、周囲まで影響を及ぼしてしまっている。二人を中心に周囲はまっさらな更地と化し、力のぶつかり合いの余波が強烈な衝撃波となって、辺りは嵐吹き荒れる極限状態のようになっている。
ある程度離れている者達にもその余波は襲っているが、彼女達は身を低くして難を逃れながらも戦いの行く末をしっかりとその瞳に映していた。その心にある想いは一つ、彼が死なないということ。この戦いを生き延びて欲しいという願いだった。
ヨルムンガンドと違い、彼は決して一人で戦っているわけではない。彼のことを真に想う彼女達の切なる願いが、さらに彼に力を与えるのだった。
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(くっ!あと少し、もう少しで押しきれるのに・・・これ以上は・・・)
お互いの力がせめぎあってから既に数分が経過しているが、未だ決着には及ばない。僕の体力等を考えれば、奴と比べては不利だ。なるべく早めに決着を付けなければ、最後は力ではなく体力という面で押しきられてしまう。しかも、全てをこの攻撃に集中して出しきっているため、身体を回復させる余裕がない。ちょっとでも他の事に力を割いてしまえば、この均衡はあっという間に崩壊してしまうだろう。ヨルムンガンドに押しきられるという結果でもって。
「グガガガ!このまま持久戦に持ち込めば我が押しきれるな!惜しかったな人間!結局勝つのは我なのだ!!」
嫌らしい笑みを浮かべながら、奴は僕の懸念していたことを言い当ててきた。とはいえ、現状僕には打つ手がない。あと数分もすれば肉体が悲鳴を上げてくるだろう。その時が僕の最後かも知れない。
「ぐぐぐ・・・まだだ!まだ終わらない!!」
「グガガガ!虚勢は張れるようだが、現実を見るのだな!」
奴の指摘はもっともで、全てを出しきっている僕にはもうどうすることも出来ないのも事実だった。
(くそっ!みんな、ゴメン・・・せめてみんなは無事に生きてくれ!!)
それは僕の切なる願いだった。この拮抗状態が崩れてしまえば、僕もろとも彼女達も奴の攻撃の余波で無事ではいられないかもしれない。だからせめて自分が盾になっても攻撃の勢いを減衰する為、自分の全てを投げ打ってでも奴の拳にぶつける必要があった。そう、たとえ自らの命だったとしても。
「まだだ!まだ、僕には出せる力が・・・っ!?」
奴の真似をして、自らの生命力をも〈祈願の剣〉に注ぎ込もうとした瞬間、手に持つ剣から僕の身体を包むように、温かい想いが流れ込んでくる。それは今までの比ではない程の想いが、洪水のようになって押し寄せてくる。そして、その温かな想いの奔流で、自分の疲れが消えていることに気がついた。
(これは・・・っ!?)
『『『ダリア(君)!!!』』』
その時、声が聞こえた。僕が今一番聞きたかったみんなの声と、その想いが。
『『『大好き!!!』』』
愛する人からの言葉は、時に理屈を越えた力を見せる。愛する人の為なら人は、限界以上の力を発揮することが出来る。僕はその言葉を噛み締め、笑顔を浮かべながら一歩を踏み出す。
「セアァァァァァァァァァァ!!!!」
「グガッ!!な、何っ!?どこにこんな力が!?」
「僕だけじゃない!これは、みんなの力だ!!」
その瞬間、僕を囲むようにみんなが背中を押してくれているような気がした。その力強さに更にヨルムンガンドを圧倒する。
(メグ、フリージア、シルヴィア、ティア、ジャンヌさん・・・ありがとう!!)
「行っけーーーーーーーーー!!!!!!」
「グヌゥ!人間風情がーーー!!!!!!」
・・・・・・・・・・・・・・
その瞬間、世界から音が消えたように静寂が訪れた。僕はヨルムンガンドの背後で、突き込んだ姿勢のまま動かなかった。
数秒の後、僕の背後から『ズシン!』という落下音が聞こえ、ゆっくりと振り返った。
「・・・・・・」
そこには、巨大なヨルムンガンドの頭部が陽の光に照らされて金色に輝くように横たわっていた。人への変身は解除されており、ドラゴンとしての立派な角や牙は、今は見る影もないほどにボロボロになって砕けていた。
奴がまだ生きている可能性を考え、慎重に近づき様子を確認するも、既に事切れているようで、生きている気配は感じられなかった。
「・・・やった・・・」
ヨルムンガンドの討伐を確認した僕は、緊張の糸が切れたようで、そのまま意識を手放して、地面に倒れ込んでしまった。
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