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黒蓮

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第九章 災厄 編

ヨルムンガンド討伐 6

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「セェェェェェェイ!!!」

 魔法は吸収されてしまうというというヨルムンガンド相手に、僕は剣での攻撃を試みた。僕の攻め込んでくる姿は視認しているであろうヨルムンガンドは、特に避けるような動作もせずに、そのまま悠然と座ったままこちらを観察しているようだった。

『ギィィィィィン!!』

「くっ!硬いっ!!」

全く刃が通らず、金色の鱗に弾かれてしまった。瞬時に距離を取り、反撃に備えるが、ヨルムンガンドは何もせず、ただこちらを見ているだけだった。

「・・・何だ?何を考えているんだ?」

 相手が行動を起こさない真意を探りながら、周りの状況も確認する。王都の外壁は崩れ去り、周辺も瓦礫の山と化している。そこに住んでいた住民は逃げ惑う事もせず、まるで生きることを諦めたような表情をしながら座り込んでしまっている。それはまるで、以前ヨルムンガンドに襲撃された国の生存者達のような様子だった。その状況に、早急な避難誘導が必要だと感じたが、僕がそれをしている余裕はなかったので、ジャンヌさんとアレックスさんに任せるしかない。

(動かないなら好都合だ。暴れても僕に意識を集中させるために切り込んだけど、このまま〈空間転移テレポート〉でお引き取り願う!)

 直接ヨルムンガンドを目標にして魔法を発動しても、おそらく吸収されてしまうだろうと考え、僕を含めた周りの空間ごと広域の範囲をごっそり認識して〈空間転移テレポート〉を試みる。

(シャーロット達には悪いけど、場所はあの孤島だ!)

すぐには人の居ない、派手な戦闘をしても誰にも迷惑が掛からない場所が思い浮かばなかったので、僕が作ったあの孤島にヨルムンガンドごと転移する事にした。

「発動してくれよ!〈空間転移テレポート〉!」

一瞬目の前が暗転して、次の瞬間には僕達の作った島へ、ヨルムンガンドごと転移できていた。

(ふぅ、とりあえずこれで余計な被害を出さなくて済む)

安堵のため息と共に分かったのは、直接ヨルムンガンドを標的にした魔法でなければ、その効果を発揮することが出来るようだということだった。ただ、相手が動かない今の内に情報を収集しておこうと考えた。幸いにしてヨルムンガンドは、景色が変わったことに多少周りを見渡していたが、特にそれで動こうという気配はなかった。

(まずは本当に魔法が吸収されるのかの検証と、複合魔法や合体魔法はどうか試す!)

 銀翼の羽々斬を収納し、魔法の連撃を浴びせる。

「〈地獄の業火インフェルノ〉!」

第五位階火魔法を放つが、その結果は鱗に弾かれるというか、飲み込まれるように消えてしまった。

「次だ!〈星屑の嵐スターダスト・ストーム〉!」

風と土の合体魔法を放つが、飲み込まれるように消え、残った土魔法の石は、力なくヨルムンガンドの鱗にコンコンと当たっているだけで相手は無傷だ。

「次!〈聖剣グラン〉!」

師匠直伝の複合魔法を作り出し、ヨルムンガンドへ斬りかかる。この複合魔法をみた時に、少しだけヨルムンガンドの目が潜められたように感じたが、気にせず斬りつける。体長がでかい分相応に死角もあり、接近戦はしやすいが、攻撃が通じなければ意味はない。

「セェェェイ!」

『パシュン・・・』

聖剣グランは力なく金色の鱗の前に掻き消えてしまった。

「これはどうだ!?〈冥光衝撃脚めいこうしょうげききゃく〉!」

聖剣グランが掻き消えた瞬間に、武術の絶技を放つ。

『ガキィィン・・・』

「ぐぁぁぁ・・・」

武術の絶技を放った足には、まるで分厚い鋼鉄の鉄板を蹴ったような感触だった。しかも、本来この技は、相手の内と外の両方を破壊するものなのだが、その全ての効果が僕の足に跳ね返ってしまったように、僕の脚はボロボロになってしまった。

「くっ、〈完全治癒フルキュア〉!」

すぐさま治療を施して、また距離をとった。

(参ったな・・・本当に魔法は効かないし、剣術も武術も効果無し・・・)

有効な攻撃手段が無い現状に落胆しながらも、思考を加速させて考える。

(次は魔法がダメなら、自然現象はどうだ?)

そう考え、師匠に誉められた派生魔法〈天叢雲あまのむらくも〉で斬りつける。

『Gyaa!!』

すると、ヨルムンガンドは短い咆哮を上げて、僕を睨み付けてきた。

「なるほど、自然現象である雷は効果あるようだね」

ただ、効果があるだけで致命傷とはなっていないだろう。金色の鱗に少し焦げ跡が付いたくらいだったので、これで有利に戦いが進められるとは考えられなかった。

 咆哮を上げたヨルムンガンドは、座り込んでいた体を持ち上げて、こちらを見据えながら戦闘態勢を取ってきたようだった。

(さて、どんな攻撃をしてくるんだ?)

すると、こちらに顔を向け、大きな口を開いてブレスを放つ態勢をとった。バハムートのブレスは見てから避けることも出来たが、衝撃波に苦慮した記憶がある。一応どの程度のものなのかと、観察しようと思ったが、次の瞬間、猛烈に嫌な予感が背筋を駆け上った。

(ヤバイ!!)

そう思った時には既に遅く、思考速度を上げているにも拘わらず漆黒のブレスが一瞬で僕に到達しようとしていた。

「くっ、〈空間転移テレポート〉!」

間一髪ヨルムンガンドの背後に転移してブレスをやり過ごすと、島にあったはずの小高い山が消し飛んでいた。それは吹き飛ばすとかそういったものではなく、まるで最初からそういう形だったと言わんばかりに空間がごっそり抉り取られて消滅しているようだった。

「痛っ!」

激痛に気づくと、僕の左の肘から下が消滅していた。

(ギリギリ間に合ったと思ったのに、避けきれなかったか・・・)

傷口をよく見ると、鋭利な刃物できれいに切断されているような断面で、とてもブレスの傷跡とは思えなかった。すぐに【時空間】の才能で攻撃を受ける前の体に戻して今後の攻防を考える。

(今の僕の持てる攻撃手段は天叢雲のみ。対してあっちはまだまだ力を出しきっていない状態か・・・)

そう考えると絶望的とも言える状況だが、やるしかない。それに、自分の能力と体格差を利用すればなんとかなるかもしれないと考えていた。

(攻撃は常に転移して、死角から一撃離脱を繰り返せば少しずつでもダメージが蓄積されるかもしれない)

 相手は50mを越えるドラゴンに対して、僕は1m50㎝程だ。相手にとってみたら僕単独を相手にするには、道端の小石程度の大きさだ。相手の体格を考えれば目標物が小さけれ小さいほど、当てるのが難しいはずと考えた。

そう考えていると、ブレスを放ったヨルムンガンドの巨大な尻尾が持ち上げられ、僕の頭上から襲いかかってくるが、その早さは尋常ではない。思考速度を最大限に上げているはずなのに、目で追うのがやっとなのだ。

「くっ、〈空間転移テレポート〉!・・・〈一閃いっせん〉!」

尻尾を避けつつ、死角に転移して剣術を放つ。しかし、どうやって感知したのか、ヨルムンガンドはその攻撃を避けてみせた。速度を上げ、剣術を組み合わせた最速の一撃をその巨体に似合わぬ素早い動きで躱わしたのだ。

「嘘だろ!!」

 その移動の衝撃で地面は大きく抉れ、辺りに突風が吹き荒れる。少し動いただけでまるで災害のような被害を出している様子に、この島での戦闘でなかったら周りに出す被害は尋常じゃないと見せつけられたようだった。

しかも、間髪入れずにヨルムンガンドは襲いかかってくる。腕の振り下ろし、尻尾の薙ぎ払い、踏みつけ、そしてブレス。その早さ、そして威力に、全く気の抜けない防戦一方の戦いを強いられることとなった。

(くっ、攻撃に意識を回す余裕がない。ちょっとでも避け損なうと終わりだ)

ヨルムンガンドの攻撃は、一撃一撃が必殺の威力がある。直撃を受けようものなら、自分の存在そのものが消し飛ばされるような、そんな畏怖を抱かせるような攻撃だった。そして、5分ほど防戦を続けていると、島はすっかり平らな荒野と化していた。何度か相手の攻撃が僕の体を掠めて、その度に【時空間】の才能を使う羽目にもなっていた。なにせ、かすっただけなのに吹っ飛ばされて、腕や足、内蔵がグチャグチャになるのだ、僕の才能がなければ、あっという間に勝負はついていただろう。

(僕以外に戦える者は居ないな・・・)

光魔法を使えたとしても、回復しているだけの余裕は無いだろうし、治癒師を側に置きながら戦ったとしても、彼らを守りながら戦う余裕もない。この才能だけが唯一の対抗手段と言えた。才能であれば行使するのにタイムラグが無く、魔力も使わないので攻撃を受けた次の瞬間には治すことが出来る。だからこそ僕はまだ戦えているのだ。

(とは言え、いつまでも防戦一方って訳にもいかない、なっ!)

こう考え事が出来ているのは、この攻防に少し慣れてきたからだ。相手の攻撃パターンや癖を加速した思考で読み取り続け、次の行動を予測する。そしてーーー

『GyuGyaaa!!!』

 翼の付け根に天叢雲を突き立てると、全身に電撃が走ったのか、大きな咆哮を上げた。ただ、それでもダメージを受けたようには見えない。先程と変わらぬ速度と切れのある攻撃を繰り出してきているのだ。しかし、今の僕にはこれ以上有効な手立てが見当たらないので、少しでもダメージを与えていると信じて、攻撃し続けるしかなかった。
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