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第八章 戦争 編
戦争介入 40
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フロストル公国謁見の間。公国の主要役職者達がずらりと並ぶその場所に僕はいた。
今日は公国との会談の日。こちら側は僕とメグ、そしてこの会談に先だって話し合いをしていたリバーバベル首長、ジョアンナ・スタウトも共に会談に臨んでいる。公国に対しては神人と正体を偽っても仕方の無いことなので、衣装だけはそのままに、仮面は付けずにいる。
「では、会談を始めましょう。そちら側に、公国に新しく出来た新派閥の代表が居られるが、まずその説明から聞きたいものですね?」
女王はジョアンナさんを見て、あからさまに警戒感を露にしてきた。それも仕方ないだろう、何せ公国の新派閥は僕を中心に置くような考え方をしていると思われている、という事を先日のリバーバベル訪問で知ったほどだ。しかも、元々王国に対して強硬派閥だった人達が軒並み新派閥である信徒派閥への鞍替えをしたという異常事態も起きている。この状況で警戒しないなんてあり得ないだろう。
「実は公国の問題を解決するには必要なことだと思いまして、彼女にご助力を願い出たんです。幸いにして快諾いただきましたので、本日は一緒に会談へと臨ませていただきました」
「・・・それは、公国の信徒派閥は神人と名乗りを上げているダリア殿に付くという意味ですか?」
女王は厳しい眼差しで僕を非難するように、この行動の真意を尋ねてくる。
「そのような気は全くありません。我々はあくまでも公国の民であり、反旗を翻して公国を混乱させようとは考えておりません」
女王の質問にジョアンナさんが力強く反論する。
「では、どのような意図でそこにいるのか聞いてもよろしいですかな?」
公国の宰相、ヴィクターさんが会話に割って入ってきた。彼も眉間にシワを寄せて、険しい表情をでこちらを窺っている。国を運営する者の一人としては警戒せずにはいられないのだろう。
「それも含めて今から説明します。公国の問題点の解決を」
僕は考えられる公国の問題点を4つ上げた。人口、オーガの上位種の魔石確保、王国へ対する500年前の歴史問題、そして派閥間の争いによる国の分裂だ。正直に言って、人口問題は種族的な問題が原因なのでどうしようもない。それは女王達も理解しているようで、その事については特に何も言わなかった。
「では、安定した魔石の確保に渡りを付けられるという事ですか?」
「はい。オーガの森のあるフリューゲン辺境伯領には話は付けてあります。今あの領地の名前は変わって、クレマチス辺境伯領となっていますが・・・」
僕は前日、実家へと出向いていた。公国の問題の一つである、エルフ特有の病気に対する薬の材料であるオーガ上位種の魔石の安定した供給の為の交渉が出来ないかと考えたからだ。このオーガの森も、王国と約束した定期的な魔獣討伐の場所として入っている。そこで、この場所の討伐魔獣の素材についてはクレマチス辺境伯の冒険者や衛兵に回収を委ねることにしていたのに目を付けたのだ。
そもそもオーガの上位種は数が居るわけではない。回収する素材に上位種がいなくても不思議には思われないだろう。ただ、ずっと素材になければ怪しまれてしまう可能性もあるので、そこはよく考えて対応する必要があった。
数か月ぶりに実家を見たのだが、あの時とは外観が少しだけ違って、庭には沢山の花が植えられていた。僕は今回神人として交渉に来ているので、いつもの衣装に仮面を付けている。正直言って会い難いので、正体が分からなければいいと思うまでに気持ちは重かった。
門番に領主との面会を頼むと、最初は訝しげにしながらも、『神人』だと名乗ると表情を変えて、慌てて連絡のために屋敷へと走っていった。しばらくすると、メイドを引き連れて戻ってきた。
(あの人は確か、あの時屋敷にいたキャンベルさんか・・・)
父親を手に掛けたその日、僕に色々と連絡事項を伝えてきた人だ。
「神人殿でいらっしゃいますね?私は当館の侍女長をしておりますミーシャ・キャンベルと申します。領主様がお会いになるということですのでご案内いたします」
彼女の案内のもとついていき、いつか足を踏み入れた執務室へと通された。
『コンコン』
『はい。どうぞ』
キャンベルさんがノックすると、室内から入室を許可する声が聞こえてきた。その声を聞いたとき、僕は心臓が締め付けられるような錯覚を覚えた。
「失礼します!神人殿をお連れいたしました」
「ありがとう。神人殿、どうぞこちらへ」
扉の先には、幼い頃に見た母親の面影のある、落ち着いた雰囲気の女性が執務机に座ってこちらを見つめていた。言葉が出てこない僕は、促されるままにソファーへと座った。母さんが対面のソファーに腰を下ろすと、キャンベルさんがテキパキとした動作で紅茶を用意して、母さんの背後の位置についたことで母さんが口を開いた。
「初めまして神人殿、私は今この領地を任されているエリザ・クレマチスと言います。あなたのご高名はかねがね承っております。本日はどのようなご用件でしょうか?」
神人という存在は、どうやらここまで広がってきているらしい。母さんの名乗った姓に疑問もあったが、とりあえず僕も名乗っておく。
「初めまして。私は神人として王国、帝国、公国の争いに介入している者です。本日こちらに伺ったのは他でもありません。魔の森にいるオーガの上位種についての事で話があって参りました」
自分の母親相手なのに、なぜか緊張してしまい妙に固い言い回しになってしまった。ただ、僕の声を聞いた瞬間に、穏やかな表情をしていた母さんの顔付きが一瞬だけ驚いたものとなった。
(僕だって気づかれた?)
母さんとは5歳を過ぎてから、ほとんど顔も会わしていなかった。仮面で隠していれば、僕だと見抜けることはないだろうと思っていたが、少し喋っただけで分かってしまったのだろうか。
「・・・オーガについてですか?」
母さんは先程驚いたことをおくびにも出さずに、僕の話の内容について詳細を尋ねてきた。僕は王国との会談で決まったことと、公国との争いを無くすための手段としての素材の提供と、この領地に不利益が出ないようにする事などで融通を効かせてくれないかの交渉をした。
すると、母さんはあっさりと僕の申し入れを了承してくれた。条件としては、オーガの上位種を適正な値段で買い取ることなどごく当たり前な約束を交わして、交渉は終わった。去り際に気になっていた母さんの姓について尋ねた。
「ここは以前、フリューゲン領だったと記憶しているのですが、変わったのですか?」
「ええ、クレマチスというのは私の旧姓です。あの人が色々と手を尽くして領地を失わずに済むようにしたのです」
そう言う母さんの表情は、どこか寂しげに感じたが、同時に誇りにしているような雰囲気でもあった。
「そうだったんですね。是非この領地を豊かに発展していく事を願っています」
そう言って退出しようとした僕に、母さんは立ち上がって心配そうな表情で声を掛けてきた。
「他に何か困ったことはない?ご飯はちゃんと食べてるの?・・・今、あなたは幸せ?」
「・・・大丈夫。楽しくやってるよ・・・(ありがとう、母さん)」
最後の言葉は口に出せずに、心の中で呟いた。そんな僕の言葉に母さんは肩の力を抜いて、安心したように見送ってくれた。
・・・と言うことで、僕が仲介する以上、約束を反故にするような真似はさせません」
昨日の事を思い出しながら女王へオーガ上位種の魔石の安定供給について言及した。
「そうか、オーガの素材については了承した。しかし、そちらが言うように我が国の他の問題点はどうする?」
はっきり言えば、オーガの素材の問題は簡単に解決できる。重要なのは残りの2つだ。
「現在公国の主流派閥は、女王率いる融和派とジョアンナさん達が率いる信徒派となっていると思います」
僕の確認に女王は頷く。
「本来融和派である女王が、王国との戦争へ乗り出した理由についてはメグから伺っています」
僕は隣にいるメグに視線を向けながらそう伝えた。彼女は女王に向かって軽く頷いていた。
「そんな状況に、各国の戦争を止めようとしている僕のことは、女王にとってあまり良いように映らないでしょう。ただ、ジョアンナさん達の話を聞くと、2つの派閥が対立することも無いのではないかと考えました」
「・・・どう言うことですか?」
懐疑的な目で僕を見つめる女王に、ジョアンナさんが一歩前に出て発言の許可を求めた。
「陛下、よろしければその説明は、私の方からお伝えしてもよろしいでしょうか?」
「発言を許可します」
「ありがとうございます。それでは・・・」
彼女は女王に対して、現状の信徒派閥における考えについて伝えた。そもそもこの派閥の元は王国に対する強硬派閥が主体となっているが、彼女達はバハムートの一件で考えを改めたのだと言う。聞いたときには恥ずかしくて居たたまれなかったが、僕の事をリバーバベルの危機を救うために使わされた風の女神アウラの使徒だと考え、今一度自分達の信じる神の教えを見つめ直したのだと言う。
その教えには、争うこと、憎むことなど一言も存在しない。そんな当たり前の事実がありながら、自分達は500年もの間何故王国にあれだけ憎しみの火を灯していたのだろうと愕然としたのだと言う。年を重ねるごとにいつの間にか考えが凝り固まり、抜け出せなくなっていたが、バハムートの一件で我を取り戻したのだと。
そして、その事を反省する意味も込めて、派閥の名前を女神アウラを改めて信仰するという意味を込めて、信徒派閥にしたのだという。
・・・ということでございます」
「・・・では、そこにいるダリア・タンジーを頂にした派閥ではないと?」
「確かにダリア様については我が都市を救って頂いた英雄であり、女神の使徒と考えていますが、あくまで我々が信仰しているのは風の女神アウラ様です」
そこまで聞くと女王は大きな溜め息を吐きながら虚空を見上げ、口元には笑みを浮かべていた。
「へ、陛下?」
自分の母親の態度に不安がったのか、メグが心配げに声を掛けた。
「いや、妾の不甲斐なさを悔やんでいたのです。最初にきちんと対話しておけばこうならずに済んだものを、と・・・」
「で、では?」
「・・・ダリア・タンジー殿、一つ聞きたいことがあります」
メグの問いかけに何か考えた女王は、真剣な眼差しで僕を見つめてきた。
「はい、何でしょうか?」
「貴殿は娘の事を好いていますか?」
「お、お母様!こんな場で何を言っているのですか?」
女王の思いがけない言葉に、メグは取り乱したように慌てふためいてしまった。そんな彼女を横目で見ながら、女王の真剣な表情に僕も真剣に返答しなければと、真っ直ぐに女王の目を見る。
「僕にはまだ、女性を好きになると言うのがどういう事なのかハッキリとは分かっていません。ですが、彼女が大切だと言うことは断言できますし、僕の側から居なくなってしまう事を考えると辛いです。それほど、彼女との日々は笑顔に満ちています」
「ふふふ、そうですか・・・メグ?」
「はっ、はいっ!お母様!?」
顔を真っ赤にして、モジモジとしていたメグは、女王の呼び掛けに驚いたように反応した。
「頑張りなさい」
そこには女王としての威厳ではなく、母親として声を掛けているような、慈愛に満ちた表情だった。
その後、派閥間の理解を深めようと、話し合いの場を設けるための日時の都合を女王とジョアンナさんは話そうとしたその時、謁見の間の扉が乱暴に開かれ、一人の騎士が息を切らしながら駆け込んできた。
「で、伝令です!!緊急事案の為に、ご無礼をお許しください!!」
「よい。伝令を告げなさい!」
騎士のただならぬ様子に、女王も騎士を咎めることはなく伝令伝えるように促した。
「はっ!先刻フロストル公国南方に位置しておりますイグドリア国に居ります調査員からの連絡により、ドラゴンの出現を確認したと連絡あり!」
その報告に、謁見の間の人達がざわめき出した。みんな「またか」とか、「前回の襲撃から半年も経っていないぞ」とか、「また我が国へ来るのか?」等の不安を吐露していた。
「静まりなさい!!」
「「「・・・・・・」」」
女王の一喝で静まり返ると、伝令に先を促す。
「それで、種族は分かっているのですか?」
「はっ!その体長50m、全身を金色に輝く鱗を纏っていると報告があり、古い文献を確認したところによりますと、ヨルムンガンドと思われます!」
その言葉を聞くと、女王は座っていた玉座から立ち上がり、驚愕の表情をしていた。
「あ、ありえません!ヨルムンガンド!?神話の存在ですよ!?」
「で、ですが報告からもたらされた外見的特徴を考えますと、それ以外に見当がつきません・・・」
その名前を聞いた瞬間、この部屋にいた全員が驚愕に打ち震えているようだった。中には絶望したように床に座り込むものさえいたほどに。
「・・・メグは知ってる?」
「ご、ごめんなさい。私もよく分からないの」
僕の質問にメグが、申し訳なさそうに答える。状況が飲み込めず困惑する僕達に、神妙な面持ちでジョアンナさんが説明してくれた。
「こ、これは神話の物語に出てくる話なのですが、かつて世界を3度滅ぼしたと記されているドラゴンの上位種です。その逸話から、この世の災厄・・・ヨルムンガンドと・・・」
震える声で言うジョアンナさんから、事の重大さが窺えた。
「この世の災厄か・・・」
今日は公国との会談の日。こちら側は僕とメグ、そしてこの会談に先だって話し合いをしていたリバーバベル首長、ジョアンナ・スタウトも共に会談に臨んでいる。公国に対しては神人と正体を偽っても仕方の無いことなので、衣装だけはそのままに、仮面は付けずにいる。
「では、会談を始めましょう。そちら側に、公国に新しく出来た新派閥の代表が居られるが、まずその説明から聞きたいものですね?」
女王はジョアンナさんを見て、あからさまに警戒感を露にしてきた。それも仕方ないだろう、何せ公国の新派閥は僕を中心に置くような考え方をしていると思われている、という事を先日のリバーバベル訪問で知ったほどだ。しかも、元々王国に対して強硬派閥だった人達が軒並み新派閥である信徒派閥への鞍替えをしたという異常事態も起きている。この状況で警戒しないなんてあり得ないだろう。
「実は公国の問題を解決するには必要なことだと思いまして、彼女にご助力を願い出たんです。幸いにして快諾いただきましたので、本日は一緒に会談へと臨ませていただきました」
「・・・それは、公国の信徒派閥は神人と名乗りを上げているダリア殿に付くという意味ですか?」
女王は厳しい眼差しで僕を非難するように、この行動の真意を尋ねてくる。
「そのような気は全くありません。我々はあくまでも公国の民であり、反旗を翻して公国を混乱させようとは考えておりません」
女王の質問にジョアンナさんが力強く反論する。
「では、どのような意図でそこにいるのか聞いてもよろしいですかな?」
公国の宰相、ヴィクターさんが会話に割って入ってきた。彼も眉間にシワを寄せて、険しい表情をでこちらを窺っている。国を運営する者の一人としては警戒せずにはいられないのだろう。
「それも含めて今から説明します。公国の問題点の解決を」
僕は考えられる公国の問題点を4つ上げた。人口、オーガの上位種の魔石確保、王国へ対する500年前の歴史問題、そして派閥間の争いによる国の分裂だ。正直に言って、人口問題は種族的な問題が原因なのでどうしようもない。それは女王達も理解しているようで、その事については特に何も言わなかった。
「では、安定した魔石の確保に渡りを付けられるという事ですか?」
「はい。オーガの森のあるフリューゲン辺境伯領には話は付けてあります。今あの領地の名前は変わって、クレマチス辺境伯領となっていますが・・・」
僕は前日、実家へと出向いていた。公国の問題の一つである、エルフ特有の病気に対する薬の材料であるオーガ上位種の魔石の安定した供給の為の交渉が出来ないかと考えたからだ。このオーガの森も、王国と約束した定期的な魔獣討伐の場所として入っている。そこで、この場所の討伐魔獣の素材についてはクレマチス辺境伯の冒険者や衛兵に回収を委ねることにしていたのに目を付けたのだ。
そもそもオーガの上位種は数が居るわけではない。回収する素材に上位種がいなくても不思議には思われないだろう。ただ、ずっと素材になければ怪しまれてしまう可能性もあるので、そこはよく考えて対応する必要があった。
数か月ぶりに実家を見たのだが、あの時とは外観が少しだけ違って、庭には沢山の花が植えられていた。僕は今回神人として交渉に来ているので、いつもの衣装に仮面を付けている。正直言って会い難いので、正体が分からなければいいと思うまでに気持ちは重かった。
門番に領主との面会を頼むと、最初は訝しげにしながらも、『神人』だと名乗ると表情を変えて、慌てて連絡のために屋敷へと走っていった。しばらくすると、メイドを引き連れて戻ってきた。
(あの人は確か、あの時屋敷にいたキャンベルさんか・・・)
父親を手に掛けたその日、僕に色々と連絡事項を伝えてきた人だ。
「神人殿でいらっしゃいますね?私は当館の侍女長をしておりますミーシャ・キャンベルと申します。領主様がお会いになるということですのでご案内いたします」
彼女の案内のもとついていき、いつか足を踏み入れた執務室へと通された。
『コンコン』
『はい。どうぞ』
キャンベルさんがノックすると、室内から入室を許可する声が聞こえてきた。その声を聞いたとき、僕は心臓が締め付けられるような錯覚を覚えた。
「失礼します!神人殿をお連れいたしました」
「ありがとう。神人殿、どうぞこちらへ」
扉の先には、幼い頃に見た母親の面影のある、落ち着いた雰囲気の女性が執務机に座ってこちらを見つめていた。言葉が出てこない僕は、促されるままにソファーへと座った。母さんが対面のソファーに腰を下ろすと、キャンベルさんがテキパキとした動作で紅茶を用意して、母さんの背後の位置についたことで母さんが口を開いた。
「初めまして神人殿、私は今この領地を任されているエリザ・クレマチスと言います。あなたのご高名はかねがね承っております。本日はどのようなご用件でしょうか?」
神人という存在は、どうやらここまで広がってきているらしい。母さんの名乗った姓に疑問もあったが、とりあえず僕も名乗っておく。
「初めまして。私は神人として王国、帝国、公国の争いに介入している者です。本日こちらに伺ったのは他でもありません。魔の森にいるオーガの上位種についての事で話があって参りました」
自分の母親相手なのに、なぜか緊張してしまい妙に固い言い回しになってしまった。ただ、僕の声を聞いた瞬間に、穏やかな表情をしていた母さんの顔付きが一瞬だけ驚いたものとなった。
(僕だって気づかれた?)
母さんとは5歳を過ぎてから、ほとんど顔も会わしていなかった。仮面で隠していれば、僕だと見抜けることはないだろうと思っていたが、少し喋っただけで分かってしまったのだろうか。
「・・・オーガについてですか?」
母さんは先程驚いたことをおくびにも出さずに、僕の話の内容について詳細を尋ねてきた。僕は王国との会談で決まったことと、公国との争いを無くすための手段としての素材の提供と、この領地に不利益が出ないようにする事などで融通を効かせてくれないかの交渉をした。
すると、母さんはあっさりと僕の申し入れを了承してくれた。条件としては、オーガの上位種を適正な値段で買い取ることなどごく当たり前な約束を交わして、交渉は終わった。去り際に気になっていた母さんの姓について尋ねた。
「ここは以前、フリューゲン領だったと記憶しているのですが、変わったのですか?」
「ええ、クレマチスというのは私の旧姓です。あの人が色々と手を尽くして領地を失わずに済むようにしたのです」
そう言う母さんの表情は、どこか寂しげに感じたが、同時に誇りにしているような雰囲気でもあった。
「そうだったんですね。是非この領地を豊かに発展していく事を願っています」
そう言って退出しようとした僕に、母さんは立ち上がって心配そうな表情で声を掛けてきた。
「他に何か困ったことはない?ご飯はちゃんと食べてるの?・・・今、あなたは幸せ?」
「・・・大丈夫。楽しくやってるよ・・・(ありがとう、母さん)」
最後の言葉は口に出せずに、心の中で呟いた。そんな僕の言葉に母さんは肩の力を抜いて、安心したように見送ってくれた。
・・・と言うことで、僕が仲介する以上、約束を反故にするような真似はさせません」
昨日の事を思い出しながら女王へオーガ上位種の魔石の安定供給について言及した。
「そうか、オーガの素材については了承した。しかし、そちらが言うように我が国の他の問題点はどうする?」
はっきり言えば、オーガの素材の問題は簡単に解決できる。重要なのは残りの2つだ。
「現在公国の主流派閥は、女王率いる融和派とジョアンナさん達が率いる信徒派となっていると思います」
僕の確認に女王は頷く。
「本来融和派である女王が、王国との戦争へ乗り出した理由についてはメグから伺っています」
僕は隣にいるメグに視線を向けながらそう伝えた。彼女は女王に向かって軽く頷いていた。
「そんな状況に、各国の戦争を止めようとしている僕のことは、女王にとってあまり良いように映らないでしょう。ただ、ジョアンナさん達の話を聞くと、2つの派閥が対立することも無いのではないかと考えました」
「・・・どう言うことですか?」
懐疑的な目で僕を見つめる女王に、ジョアンナさんが一歩前に出て発言の許可を求めた。
「陛下、よろしければその説明は、私の方からお伝えしてもよろしいでしょうか?」
「発言を許可します」
「ありがとうございます。それでは・・・」
彼女は女王に対して、現状の信徒派閥における考えについて伝えた。そもそもこの派閥の元は王国に対する強硬派閥が主体となっているが、彼女達はバハムートの一件で考えを改めたのだと言う。聞いたときには恥ずかしくて居たたまれなかったが、僕の事をリバーバベルの危機を救うために使わされた風の女神アウラの使徒だと考え、今一度自分達の信じる神の教えを見つめ直したのだと言う。
その教えには、争うこと、憎むことなど一言も存在しない。そんな当たり前の事実がありながら、自分達は500年もの間何故王国にあれだけ憎しみの火を灯していたのだろうと愕然としたのだと言う。年を重ねるごとにいつの間にか考えが凝り固まり、抜け出せなくなっていたが、バハムートの一件で我を取り戻したのだと。
そして、その事を反省する意味も込めて、派閥の名前を女神アウラを改めて信仰するという意味を込めて、信徒派閥にしたのだという。
・・・ということでございます」
「・・・では、そこにいるダリア・タンジーを頂にした派閥ではないと?」
「確かにダリア様については我が都市を救って頂いた英雄であり、女神の使徒と考えていますが、あくまで我々が信仰しているのは風の女神アウラ様です」
そこまで聞くと女王は大きな溜め息を吐きながら虚空を見上げ、口元には笑みを浮かべていた。
「へ、陛下?」
自分の母親の態度に不安がったのか、メグが心配げに声を掛けた。
「いや、妾の不甲斐なさを悔やんでいたのです。最初にきちんと対話しておけばこうならずに済んだものを、と・・・」
「で、では?」
「・・・ダリア・タンジー殿、一つ聞きたいことがあります」
メグの問いかけに何か考えた女王は、真剣な眼差しで僕を見つめてきた。
「はい、何でしょうか?」
「貴殿は娘の事を好いていますか?」
「お、お母様!こんな場で何を言っているのですか?」
女王の思いがけない言葉に、メグは取り乱したように慌てふためいてしまった。そんな彼女を横目で見ながら、女王の真剣な表情に僕も真剣に返答しなければと、真っ直ぐに女王の目を見る。
「僕にはまだ、女性を好きになると言うのがどういう事なのかハッキリとは分かっていません。ですが、彼女が大切だと言うことは断言できますし、僕の側から居なくなってしまう事を考えると辛いです。それほど、彼女との日々は笑顔に満ちています」
「ふふふ、そうですか・・・メグ?」
「はっ、はいっ!お母様!?」
顔を真っ赤にして、モジモジとしていたメグは、女王の呼び掛けに驚いたように反応した。
「頑張りなさい」
そこには女王としての威厳ではなく、母親として声を掛けているような、慈愛に満ちた表情だった。
その後、派閥間の理解を深めようと、話し合いの場を設けるための日時の都合を女王とジョアンナさんは話そうとしたその時、謁見の間の扉が乱暴に開かれ、一人の騎士が息を切らしながら駆け込んできた。
「で、伝令です!!緊急事案の為に、ご無礼をお許しください!!」
「よい。伝令を告げなさい!」
騎士のただならぬ様子に、女王も騎士を咎めることはなく伝令伝えるように促した。
「はっ!先刻フロストル公国南方に位置しておりますイグドリア国に居ります調査員からの連絡により、ドラゴンの出現を確認したと連絡あり!」
その報告に、謁見の間の人達がざわめき出した。みんな「またか」とか、「前回の襲撃から半年も経っていないぞ」とか、「また我が国へ来るのか?」等の不安を吐露していた。
「静まりなさい!!」
「「「・・・・・・」」」
女王の一喝で静まり返ると、伝令に先を促す。
「それで、種族は分かっているのですか?」
「はっ!その体長50m、全身を金色に輝く鱗を纏っていると報告があり、古い文献を確認したところによりますと、ヨルムンガンドと思われます!」
その言葉を聞くと、女王は座っていた玉座から立ち上がり、驚愕の表情をしていた。
「あ、ありえません!ヨルムンガンド!?神話の存在ですよ!?」
「で、ですが報告からもたらされた外見的特徴を考えますと、それ以外に見当がつきません・・・」
その名前を聞いた瞬間、この部屋にいた全員が驚愕に打ち震えているようだった。中には絶望したように床に座り込むものさえいたほどに。
「・・・メグは知ってる?」
「ご、ごめんなさい。私もよく分からないの」
僕の質問にメグが、申し訳なさそうに答える。状況が飲み込めず困惑する僕達に、神妙な面持ちでジョアンナさんが説明してくれた。
「こ、これは神話の物語に出てくる話なのですが、かつて世界を3度滅ぼしたと記されているドラゴンの上位種です。その逸話から、この世の災厄・・・ヨルムンガンドと・・・」
震える声で言うジョアンナさんから、事の重大さが窺えた。
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