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黒蓮

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第八章 戦争 編

戦争介入 4

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side マーガレット・フロストル

 ダリア達が各自の部屋に案内され、私も久しぶりの自室へと戻り、少し時間休憩した。さすがに公国に戻って来るまでの間にいろんな事があり過ぎた。王国に捕らえられ、両の手足を砕かれて牢に入れられた時には絶望しかなかった。王族として、王女として表情に出すことはしないように努めてはいたが、それでも私はあのままあそこで死ぬ覚悟もしていた。

 そこに颯爽と彼が現れた。王国の警備をものともせずに、王国にとっては罪人である公国の王女の私を、助けるのが当然とばかりに救い出してくれた。きっと一緒に公国へ来たみんなも、ダリアに同じように助けられた事があるのだろう。その瞳は、皆一様に彼に恋をしていた。おそらくみんな同じように思っているはずだ。幼い頃に読んだ物語の、姫を助ける王子樣は彼なのだと。

 だからこそ、みんな彼に対するアプローチは積極的なのだろう。絶対に彼に選ばれたいと。私もかなり積極的だと思っているが、周りのみんなも負けず劣らずだ。ただ、本当は私だけを選んで欲しいと思っているが、彼の【才能】の話を聞いて、その考えも少し変わってきている。

(あの『神人かみびと』と同じ【才能】の彼を、一人の女性だけが支えるというのは難しいかもしれませんね・・・)

 彼の待ち受ける運命は過酷かもしれない。その力の有り様から、排斥されてしまうかもしれない、畏怖されてしまうかもしれない、誰も近くには居なくなってしまうかもしれない。フリージアさんの渡した本の事を考えれば、それはあり得ない未来ではなく、可能性として存在する未来だった。

(その時、彼を支えるのが一人では、彼の孤独を癒せないかもしれない・・・いえ、いずれ人は死ぬ。しかし彼は自分がそう望まない限りは死ぬことはないでしょう。そうであれば・・・)

 私は自分の考えをみんなと共有しようと決めた。しかし、今はまずお母様に呼ばれている。もしかしたら、彼の取り扱いについて頭を悩ませているのだろう。私の勝手な行動で怒られるかもしれないが・・・

(彼は私が守る!その為にはお母様を説得しなければ!)

 決意を胸に着替えを済ました私は、お母様の私室へと足を運んだ。


 お母様の私室へ入ると、お父様と共に私の事を待っていた。ゆったりとしたソファーに腰かけて私を見つめながら、対面に座るように言ってきた。

「まずは本当に無事で良かったわ。あの場では聞けなかったけど、もしかしたら王国に拷問をされたのではないの?」

心配そうな表情でお母様は、私の身体について無事だったかを聞いてきた。

「ええ、実は行動できないように骨は砕かれていました・・・」

「まぁ!何て事!やっぱり人間は野蛮で暴力的な存在ですね!」

 お母様は憤慨のやる方ないといった表情で言い募っていたが、私にはどことなくその表情には裏があるような気がした。

「ですが、ダリアが傷を完全に癒してくれたので、今は傷跡一つありませんから大丈夫です」

「そう言うことではないのよ、メグ。人間にそんな拷問を受けたことそのものが問題で、傷は治ったから良いというものではないでしょう?」

「そ、それはそうですが。どうしたのですか?お母様?」

いつものお母様らしくない回りくどいような表現に、驚きを隠せない。いつもは簡潔に要点を伝えてきて、分かりやすい話し方なのに、この時ばかりは言い出し難いのか、確信になかなか触れないような言い方だった。

「・・・同じ人間であるダリア殿もそうかもしれないということよ?」

「っ!!?お母様!それはあり得ません!彼は自分の住む王国の王や宰相を敵に回しても私や、友人達を守った人ですよ!?」

私はソファーから立ち上がり、精一杯抗議の声を上げた。

「落ち着きなさいメグ。私がそう考えていると言う訳ではないのですよ?大多数のエルフの民達にとって、人間とはそうだと言う先入観がどうしてもあるのです」

「ダリアは私達が知識として知っている人間とは違います!」

「それは、あなたと彼は交流があるからです。彼のことを知らない民からすればそう思わないでしょう?」

「しかし、彼は我が国でも最高峰の『ユグド勲章』を授与されています!それをもって王族の私達も彼の為人ひととなりを訴えれば・・・」

「メグ、今公国は王国・・・人間との戦争をしようとしています。そんな中、人間である彼を王族が肯定するような言動は難しいのです」

私がどんなに訴えても、お母様は次々に論破してきてしまう。お母様は何を考えているのだろうか。

「お母様、そもそも何故急に王国と戦争なんて始めようとしたのですか?ダリアが公国を離れた後に出来た、あの新派閥と関係があるのですか?」

 そもそもお母様、いや、王族や国のまつりごとに関わる大臣達も融和派閥がほとんどだったはずだ。とすれば、その政治理念をくつがえしてまで戦争を起こそうとする事には納得がいかなかった。王国に居る時にも、連絡用の魔具で「王国との戦争の可能性あり」と報告を受けていたが、その中心となっているのが王族が率いる融和派閥というのは疑問に感じていた。

「・・・あなたも500年前にあった『神人』との戦いの中、王国の卑劣な行いは知っていますね?」

「それはもちろんです」

むしろ、公国の民で知らないものなど居ないだろう。

「私達融和派は、500年前のことに囚われず、未来を向いて国を発展させていこうと言う理念を掲げて今まで尽力していました。しかし、過去の妄執もうしゅうに執着し過ぎる余り、王国に打撃を加えねば溜飲が下がらない者達も未だ多く居るのです」

つまりは、それが今までこの公国を2分していたもう一つの大勢力である強硬派閥だ。しかし、新派閥はその強硬派閥が派生する形で生まれ、今や強硬派閥を飲み込む勢いであるとも聞いている。

「そこで、私は国を一つにする策として、王国の改革派閥を利用してかの国に混乱を巻き起こし、少なくない損害を与え疲弊させること。それをもって強硬派閥の溜飲を下げ、それを成した融和派に吸収する形で公国を一つに纏めようと考えていました」

その事については以前聞いていた。話を聞く限り良い策だと思った。500年前の王国の非道を考えるなら、これくらいで済むのはお互いにとって良いことなのではないかと考えられる位には。

「しかし、ここである問題が生じたのです」

「・・・それがダリアということですか?」

「新派閥は彼を信仰対象とするような理念を掲げています。具体的に言うならば、『彼のした行動のように、友のために自らの信念を掛けて救いの手を伸ばそう。我らが崇める神の教えのように、他人に愛を。うやまい、とうとび、許し合い、平和への架け橋を』と言っていましたよ」

新派閥についてそこまでのことは知らなかったが、それではまるで・・・

「ダリアを中心とした、中心としたい派閥ということですか?と言うことは、求心力が王族にではなく彼に向かってしまうと・・・」

その為の戦争だったのか。自分達への求心力を取り戻すための戦争。王国に戦争を仕掛ける大義名分を掲げ、魔道具の開発で有利な立場にある公国の技術力でもって王国を圧倒し、その成果でもって公国を一つに纏めあげる。

「・・・とにかく、公国の情勢が落ち着くまで彼には少し静かな場所で静養してもらった方が良いでしょう」

 今の状況では彼の存在は諸刃の剣となっているのだろう。彼を戦争に利用すれば勝利は確実だろう。だが、公国勝利の立役者はダリアになるのは間違いない。新派閥が彼を中心としたある種の信仰者達の集まりであるなら、求心力は一層彼に集まってしまう。彼がそう望むと望まないとに関わらず。

では、彼を戦争から遠ざけるのが良いのかと言えば、一概にそうでもない。勝利したとしても、公国の民達に多数の戦士者が出た場合、彼のような強力な戦力が公国に居るのに、何故協力を仰がなかったのだという批判が出てくる。敗北した場合は尚更だ。この場合も求心力は失われてしまうだろう。

 つまりは、お母様はダリアの処遇について決めかねているのだ。彼の存在はこのフロストル公国にとって毒にも薬にもなってしまう。扱いを間違えれば公国は一気に新派閥の勢力に押されてしまう。そうなれば政治の実権を握ったことのない彼らが、国に混乱を生じてさせてしまうだろう。混乱が生じれば、他国からの侵略の格好の餌食になってしまうのは、今回の王国がその良い例だ。

「分かりました。彼も色々あって疲れているでしょうから、静かな場所で少しの時間過ごす方が良いでしょう。彼をこの国へ連れてきた責任として、私も同行いたします」

「それは、あなたが彼と一緒に居たいからだけじゃないでしょうね?」

お母様はため息をきながら、半眼で私を見つめてきた。

「そ、そんなことはありません!全てはこの公国の為を思っての事!実際この国が窮地に陥れば、彼はきっと救ってくれます!」

「それはそうでしょうね。分かっています、分かっていますよそんなことは・・・」

お母様は遠い目をしながら呟いていた。その顔には疲れの色が窺えた。

「メグ、お前はまだ子供だ。政治の事など考えず、今は自分の将来について本当は考えて欲しいのだが・・・たまには母さんの事も考えてやってくれないか?」

今までずっと傍らで聞き役に徹していたお父様が、お母様を心配そうに見つめて私に話しかけてきた。

「分かりました。でも、私は彼と幸せになりたいと思っています。そして、それがこの公国にとって良い結果をもたらすように、全力を尽くします!」

「っ!!・・・そうか。メグ、お前はもう立派な大人になっていたんだな・・・くれぐれも後悔のないようにな」

お父様は優しい口調で私の決意を聞いてくれた。お母様は何も言わなかったが、その表情にはどことなく安心したような感情が隠れているようだった。
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