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黒蓮

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第五章 動乱 編

学園トーナメント 9

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 天幕から出てると、そこには昨日のうちに設置された特設の試合会場が設営されていた。その会場を囲うように座って多くの来賓が観戦できるように、すり鉢状の観客席も準備されており、見世物としてはこの上ない場となっている。

 ただ、ぐるりと観客席を見回してみても、平民の観客はいないように見えた。目につく人々はみんな貴族然とした高級そうな衣装に身を包んでおり、女性は風雅に扇子を仰ぎながら隣の貴族と話し込んでいる。

(まぁ、このトーナメントの本来の目的は、学園の生徒の実力を見て、自分の家に仕官させるに足る人物かを見極めることにあるし、平民が観戦に来ることはないか・・・)

 そう思いながら知り合いでも居ないかなと見ていると、以前教会にワイバーン討伐の関係で行った際に会った枢機卿や軍務卿、冒険者協会の会頭も揃って座っていた。さらに、少し離れてティアのお父さんでもある宰相も観戦に来ている。

(ギルさんが見ているとなると、下手に負けたら何か言われるかな?)

 ここまで来てわざと負けるつもりはもうないが、もし相手がそうせざるを得ない相手の場合はとりあえず接戦を演じなければならないだろう。ただ、決勝のメンバーを見る限りそんな心配は無さそうだが、それでも金ランク冒険者に恥じない試合をした方が良いだろうと思った。


「ではこれより、学園トーナメント決勝を始めます!学園長より開催の挨拶を頂きます!」

今までの試合には無かった学園長の挨拶なるものまであるのは、来賓があってのことだろう。

「お集まりの皆々様、本日はお忙しい中お集まりいただき感謝申し上げます!さて、今年も優秀な各コースの生徒がこの決勝に集いました。その姿を存分にご覧になり、将来有望な若者を見出していただければ幸いです!」

学園長は決まり文句の言葉なのか、まるで演劇のナレーションのような話し方で観客の貴族に語り掛けていた。

「そして決勝に勝ち上がった生徒の皆さん。これから始まる試合において存分にその力を振るって未来を勝ち取るように!」

 この試合会場には僕とシャーロット様しか居ないが、観客席横にある生徒用の客席の最前列には決勝に残った生徒達がこの話を聞いている。ただ、学園長の言葉にその顔を引き締めているのは下級貴族の面々だ。上級貴族達は特に何を思うでもないのか、変わらぬ表情で聞いていた。

「それでは、最初の試合を始めます!魔法コースの決勝第一試合、シャーロット・マリーゴールドとダリア・タンジーは準備を始めなさい!」

学園長の挨拶が終わると、僕とシャーロット様はお互いに位置について試合に集中し始める。

「では、互いに正々堂々と全力を尽くすこと・・・始め!!」

 学園長の宣言でついに決勝が始まった。僕はいつも通り相手の出方を見るために観察していると、彼女は右手についている指輪型の魔道媒体を僕に向けて攻撃魔法を放ってくる。

「行きますよ、〈火の連矢ファイア・ハイアロー〉!」

事前に聞いていた通りの火魔法を放ってきた。その攻撃は特に策を弄しているという感じがなく、真っ直ぐに僕のオブジェに向かってきている。

「では、〈水の連矢ウォーター・ハイアロー〉!」

シャーロット様の魔法に僕も同位階の水魔法で迎撃する。侮っているわけではないが、圧縮してしまうとそのまま決着がつてしまう可能性があったので、今回は普通に発動した魔法だ。

(上位貴族相手に平民が圧倒的に勝利してしまったら大変なことになりそうだからな・・・)

 彼女は侯爵家の令嬢であるという事だし、そんな人物をすぐに負かしてしまっては侯爵家からの恨みを買いそうだし、その縁者からも睨まれて面倒なことになるかもしれないので、出来るだけ接戦を演じたい。

 狙い違わず迎撃に成功すると、彼女はさらに〈火の連矢ファイア・ハイアロー〉を連続で放ってきている。その光景はいっそ、炎の壁のように感じる密度の矢が迫ってきているようだった。

(さすが上級貴族、魔力制御は下級貴族と比べても段違いだな)

そんな感想を抱きながらも僕に危機感は全く無かった。すべての魔法攻撃の目標は5つのオブジェなので、そのオブジェさえ守っていれば良いからだ。

「〈水壁ウォーター・ウォール〉!」

 5つのオブジェを全て水の壁で守るように発動し、彼女の攻撃に完璧に耐える。一連の猛攻を僕が平気で耐えても、彼女はまったく表情を変えなかった。まるで防がれるのは当然だったというように。それは僕の力を分かっていての事なのかもしれない。彼女は試合前に平民である僕に「お手柔らかに」と言っていたので、金ランク冒険者である僕の実力を正確に理解しているのだろう。

 僕は受けの姿勢で、次なる彼女の魔法を待っていると、〈火炎放射ファイア・レディエイション〉を放ってきた。広範囲に展開しているその魔法は目眩ましで、その炎の中に〈火の矢ファイア・アロー〉が隠されていることに空間認識から気づいた。

 同系統とはいえ、魔法の同時行使は高等技術らしいが、難なくやってくるのは、さすが上級貴族というべきか。僕はその〈火の矢ファイア・アロー〉ごと防ぐように土魔法〈大地操作グランド・コントロール〉で分厚い土壁を展開して防ぎきる。攻め手を欠いたのか、シャーロット様の攻撃の手が止んでしまう。そろそろ勝負を決めても良いかなと考えて魔法の発動をしようとすると、彼女から魔法が放たれた。それは火魔法の〈火の連矢ファイア・ハイアロー〉だった。もう見慣れた攻撃に少しの落胆を覚えたが、瞬間空間認識から別の魔法の存在を察知する。

(これは、風魔法が大きく回り込むようにオブジェに向かっている?まさか、彼女は2つの魔法の才能を持っているのか?)

 彼女は第二位階の風魔法〈風の弾丸エア・ブレッド〉を火魔法に視線を集中させることで、認識しにくくして放ってきている。これまで彼女が風魔法の才能もあるとは聞いていなかったが、もしかすると切り札なのかもしれない。僕は眼前から迫る火魔法には水魔法を、両サイドから迫る風魔法には土魔法を同時に発動することで対処して見せた。

 そして、最後に風魔法の〈風の大砲エア・キャノン〉で一気に相手の全てのオブジェを破壊することで勝負を決めてしまった。

「・・・しょ、勝者、ダリア・タンジー!」

 学園長の勝利者宣言をもって、決勝の最初の試合は終わった。彼女との試合に集中していたためか、それまでは気にならなかった観戦者の声が急に意識に入ってきた。

「へ、平民が貴族に勝っただと・・・?」

「ありえん!3種類の魔法を使っていたぞ」

「いや、もっとありえんのは2種類の魔法を同時行使していたぞ!」

「あの平民は何者なの?」

「元貴族の子供か?」

 観戦場所からは僕の正体を誰何すいかする声や、貴族に平民が勝ったことに驚く声が聞こえる。中には元貴族の子供ではないかと勘ぐる者もいたが、それはあながち間違いではなかった。

 シャーロット様と握手するため、試合会場の中央まで歩き寄っていく。彼女は笑顔で僕の手をとりこう言った。

「負けました。さすが金ランク冒険者は実力が違いますね!まさか本当に4種類の魔法の才能があるのかしら?」

 4種類どころか全種類使えるし、なんなら空間魔法まで使えるのだが、そんなことは言わない方が良いだろう。

「才能は持っていませんが、血の滲む・・・実際に血だらけになっていますが、努力の結果ですよ!」

 実際の師匠の鍛練を思い出してみると、血が滲むなんて可愛いもので、実際に大量に血を流して師匠の光魔法でなんとかなった事もあるほどだ。

「ふふふ、それは真似できないですね。今回は私の完敗です。あなたのその力を是非この国の為に役立てて下さいね」

僕の手を両手で握ったシャーロット様は、小首を傾げて上目遣いに僕を覗き込み、ウィンクをしながら可愛らしく言ってきた。

「は、はい、役に立つ時が来たら頑張ります」

 僕がこの国の為に力を振るう、そんな時は来ないだろうと思いながら社交辞令的な考えで返答した。


 次は武術コースの試合だ。準備のためにオブジェを片付け、先生が土魔法の〈大地操作グランド・コントロール〉で、僕達の魔法によって荒れてしまった地面を整地していた。10分もすれば準備が整い、次の試合へとなった。これだけ次の試合のスパンが短いのは、上級貴族などの来賓が来ているために、出来るだけ待たせないようにする配慮なのだろう。また、連続して魔法コースの試合をすれば準備はもっと簡単に終るのに、わざわざ別のコースの試合をするのは、見ている来賓に飽きさせないためなのかもしれない。

 武術コースの試合はお互いに実力が均衡した者同士なのだろう、手に汗握る接戦だった。武術コースはグローブを装着いているとはいえ、実際に殴り合いの試合だ。お互い中級程度の技を出しあっているので、目が腫れたり鼻血が出たりと結構な怪我をしているが、互いに戦意は折れておらず、審判の教師も止めようとはしていない。

 やがて、一方の体力が覚束なくなったのか、身体のキレが悪くなり、それを見逃すことなく相手の〈発勁はっけい〉が決まって、勝者の彼も満身創痍ながら勝利した喜びの声を挙げていた。

その2人は試合後に救護天幕へ行き、フリージア様にあっという間に治療してもらっていた。

 そして、午前中最後の剣術コースの試合となった。出場選手はなんと王子とAクラスの男子生徒だった。王子は意気揚々と会場に入場し、相手生徒は可哀想に萎縮してしまっているようだ。

 そして、勝負は一瞬だった。まるで予定調和のように王子が放った剣術の〈抜刀〉が、吸い込まれるように相手に決まり、何も出来ずにそのまま気絶してしまった。勝者の宣言をされた王子は観客の声援に片手を挙げて応えて会場をあとにした。

(相手は何も出来なかったというより、何もしなかった感じだな。王子とはコースが違って良かった。きっと対戦したら、僕も同じように負けないといけないような気がするよ・・・)

 たしか王子は魔法の才能もあったはずなので、彼が魔法コースを選択しなかったことに胸を撫で下ろしながら、午後の試合までの間に昼食を済ませるため、食堂へと向かった。
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