66 / 213
第四章 長期休暇 編
フロストル公国 12
しおりを挟む
◆
side ジョアンナ・スタウト
私はきっと『風の女神アウラ』の御使いと遭遇してしまった・・・。
バハムートの襲撃はまさに悪夢の来訪だった。
一月程前から近隣にて大型の魔獣が確認され始め、その正体を確認する為に数人の騎士を派遣したものの彼らは誰一人として帰って来なかった。事態を重く見た私は騎士団本部への応援を要請した。数日でレイクウッドからロイヤルナイツの方が来てくださり、その指揮官として騎士団団長のカイン様が来たのは、よほど上も重大な事態だとみなしたのかもしれない。もしくは、強硬派閥の多いリバーバベルへ恩を売るためだったのか。とは言え、今となっては王族のその判断が功を奏し、魔獣の正体を確認することが出来た。しかし、それは安心ではなく恐怖と不安の日々の始まりだった。ボロボロになったロイヤルナイツは魔獣の正体を告げると直ぐに首都に報告に向かうと言って立ち去った。その魔獣の正体はドラゴンの中級種バハムートだった。
天災とも称されるバハムートが出現したとあっては、この都市の戦力だけでは到底敵うはずはない。報告に戻ったロイヤルナイツが援軍を引き連れて戻ってくるはずだ。もし間に合わずにバハムートが現れればこの都市は終わりだ。そう考え直ぐに防衛計画を策定し、住民にも避難を促したり、警報を発した場合に直ぐ逃げ出せるようにとの心構えをさせていた。
そして今日、その時が来てしまった・・・
空から降り立ったそれは都市の外壁を難なく破壊し、悠然と建物を破壊しながら都市中央に向かってくる。外壁と同じぐらいの大きさに、身体は黒と見間違う濃い藍色。口からは立派な牙が4本生え、大きく口を開けながら巨大な咆哮を上げこちらを威嚇してくるのを見た時、人に抗える存在では無いのだと理解してしまった。その腕を振るえば建物はゴミ屑のように破壊され、地面まで抉り取る。一歩踏み出せば土が槍状に隆起して、人もろとも建物を突き刺し破壊していった。その姿はまるで遊んでいるよう、その気になればあっという間に都市を滅ぼせるのに、わざわざ時間を掛けて破壊していく事でこちらの絶望する表情を楽しんでいるようにも思えた。バハムートにそんな感情や知恵があるのかは分からないが、その時の私はそう思った。
事前の周知通り住民には避難指示を出し、駐留騎士団が住民が避難するまでの壁となってバハムートに抵抗するが、まったく有効打を与えられずにじりじりと後退を余儀なくされた。それはバハムートの鱗表面に見えない壁の様な物があり、それが全ての魔法や物理攻撃までも防いでいて、相手は全くの無傷だったからだ。既に死者は500人は下らないだろう、負傷者に至っては数え切れず、治癒師達の魔力ももう限界近くだと報告も来ていた。もうこのままではこの都市の騎士団は消耗し、程なく全滅してしまう、そして都市も破壊されつくし、住民も根絶やしにされてしまうかもしれない。
そう諦めた時そのお方は現れた。見た目は美しい人間の少女のような少年で、煌びやかな短い銀髪をなびかせ、絶望する私たちの前に颯爽と現れた。そのお方はあろうことかたった一人でバハムートへと立ち向かい、私達は負傷した者の治療に専念するようにとの温かいお言葉を掛けていただいた。その戦いは壮絶、いや、言葉に出来ないほどのものだ。一人で複数の属性魔法を第五位階まで使いこなし、見たこともない剣を二本両手に携え、その内の一つは青白く光ってさえいて、まさに神々しい・・・神が持つ剣なのではないかと直感した。
そして、戦いの最後は一瞬・・・私では何が起こったか分からないうちに、気付くとバハムートの頭が地面に落ち、残った胴体も倒れ伏していた。
(この方は何者なのだろう?人では抗えない天災と言われたバハムートをたった一人・・・しかも怪我らしい怪我もしていない。人間なの?そんなわけない、もしかしたら物語にある様な神の御使いが助けに現れたのかもしれない。慎重に対応しなければ!)
私は自分がこの都市の首長であると名乗り感謝を伝えた。しかし、本人は何てことは無かったというような話し方で、こちらの被害の心配までしてくれるほどだった。ダリア・タンジー様と名乗られた彼の事について周りの者はどう思っているのか周囲に視線を配ると、皆測りかねているようだった。そこで、一体何者であるのか探りを入れたのだが、マーガレット殿下の留学先の学園の友人とのことだ。
(ありえない!人間のはずがない!見た目まだ成人もしていないような少年が3つの魔法属性を極め、あまつさえ一人で合体魔法を放ち、さらに剣術も極めているなんてありえない!そうだ、やはり私が考えている通り神の御使いなんだ!)
そう思い聞いてみたのだが、自分は人間だと否定されてしまった。きっと秘密にしなければならないのだろう、なにせ神の御使いなのだから。周りの者も畏怖と尊崇の念が混ざった様な表情と目をしていた。一部の者は祈りを捧げているほどだ。
さらにこのお方は、戦闘で重傷を負った者達を治療してくださるという事で、案内を仰せつかった。
(まさか、あれほどの戦闘をして魔力が余っているなんて、やはり・・・。でも、こんな方と友好関係を築けているとは・・・融和派閥である王族の隠し玉?いえ、この表現は失礼ね・・・。神の御使いが融和派閥に協力しているのだとすれば、私達の考えは間違っていたというの?・・・幹部会議を開かねば!)
私は今後の強硬派閥のあるべき姿を考え、神の御使いが現れたことについての情報の共有と、全体の意思を確認する為の会議を開こうと心に決め、ダリア様と名乗った神の御使いを負傷者のいる天幕へと案内した。
◇
ジョアンナさんと数人のエルフに案内された天幕は地獄のような光景が広がっていた。そこは不気味なほど静かで、負傷者の呻き声が聞こえるだけだった。建物の瓦礫の下敷きになったのか、腕や足が潰れてしまったり、腹部が裂けてしまっていたりしていた。ベットもないのか、布が引かれた床に寝かせられているだけでその周りは血溜まりができている。
「ダリア様、こちらには特に重傷な者たちが運び込まれております。その、治癒師の者達ではもう手の施しようが・・・」
おそらくここの天幕にはもう死ぬのを待つばかりの人達が集められているのだろう。これほどの重傷ではポーションでは治せないし、魔法であれば第五位階光魔法でなければ無理だろう。その位階まで使える治癒師がどれほどいるのか、いたとしても魔力切れになるほど頑張ったが、もはや限界だったのかこの天幕に治癒師の姿は無かった。
「全部で200人位ですか・・・。重傷者はこれで全員ですか?」
床に所狭しと横たわっている人数を空間把握で確認すると、この天幕にはざっと200人ほどいる。隣接する天幕にも同じくらいの人数がいるのだが、重傷者がこれだけと言うこともないだろうと思って聞いてみた。
「いえ・・・。同じくらいの人数が他の天幕にもおります。確認させておりますが、おそらくこのまま治療できなければ明日までに1000人ほどは、朝陽を見ることも叶わないでしょう・・・」
唇を噛みしめながらジョアンナさんが、悲痛な想いを口にした。その表情にはここにいる重傷者の人々を救う事は不可能で、見捨てざるを得ないという決断をしなければならない者の姿があった。
(目の前で自分の知っている人が死んでいくのは嫌だよね・・・)
第五位階光魔法はどんな怪我でも治せるが、その反面大勢を一気に治療することは出来ない。個人への治療に特化していると言ってもいい。もしフリージア様が第五位階光魔法が使えれば、【広域化】という才能を使って一気に治療できるが、残念ながら僕は一人一人順番に治療していくしかない。
「では、治療を始めますね。出来れば皆さんは動かないように」
怪我人のそばまで行って治療していくのは時間がもったいないと考え、天幕の中心に立って空間認識で捉えた人達を順に〈完全治癒〉で治していく。治療に集中する為、目を閉じているのでどうなっているかは分からないが、一人1秒ほどの間隔で次々治療していっている感覚がある。体感で3分ほどかけて治療を終えて目を開けて周りを確かめると、潰れた手足や腹部が綺麗すっきり治っているようだった。
「ふぅ、これで良いでしょう。次に行きましょうかジョアンナさ・・・ジョアンナさん?」
隣にいるジョアンナさんに目を向けると、何故か跪いて僕に祈りを捧げているようだった。
「感謝いたします神の御使い様。我らを救う為、危機に駆けつけて下さったのですね。リバーバベルの民達を代表して感謝致します」
「えっ?いや、だから僕は人間だって!」
「はい、ダリア様の御心は存じております。ダリア様に治療して頂いたこと、皆も感激いたしますでしょう!」
ジョアンナさんからきっと全く理解していないだろう表情で言われてしまった。僕のやったことは神の御使いだと勘違いするまでの事だったのだろうか。ただ自分かやりたいと思ったことをしただけで、こんな神のように崇められても困るだけなのだが・・・。
(まぁ、もう会う事なんて無いだろうし、面倒くさいからこのままでいいや・・・)
若干投げやりになりつつも、さっさと治療を終えてレイクウッドに戻りたいので、次の天幕を案内してもらった。
それから5つの天幕を回り、1300人以上の明日をも知れない重傷者の治療を終えた。残りは比較的軽傷の者が多いらしく、治癒師達の魔力の回復を待って治療できるので大丈夫との事だ。治療後はさすがの僕も魔力が尽きかけてしまったが、回復速度を上げて少し休むと数分で魔力は回復した。ジョアンナさんにはバハムートの素材などについて交渉したのだが、「ダリア様の心赴くまま、如何様にも」という逆に困る返答だったので、とりあえず牙2本と鱗を何枚か剥ぎ取って、リュックを貰って詰めておいた。
また、討伐の証明として、この都市の長であるジョアンナさんが証明書を発行してくれるのと、リバーバベル都市退竜蒼炎勲章勲章というものを合わせて授与してくれた。良く分からないが、ドラゴンを討伐した証にという事らしい。首に掛けるタイプの金色のメダルにドラゴンと剣の意匠が施されている。僕の出立に間に合うように慌てて準備したとの事だ。証明書にもバハムートは僕が単独で討伐したこと、その後重傷だった負傷者を1000人以上治療に尽力したことについてや、バハムートの素材の事や報奨について最大限考慮して欲しいと記載されていた。一読した証明書には本当の事しか書いていないのでこれで良いだろうと思って受け取った。
そんなこんなで既に時刻は夕方近くになってしまっていたので、これからレイクウッドに戻るところなのだが、ジョアンナさんが跪いて涙を流しながら感謝を伝えてきた。身だしなみを整えた彼女はとても美しく、凛とした表情に都市の長であることを意識させられるほどだったのだが、涙を流されてまで感謝されるとさすがに周りの目が気になってしまう。
「で、では僕はレイクウッドに戻って討伐の報告をしてきますので、ジョアンナさんも都市の復興頑張ってください」
「はい!ダリア様の有難いお言葉に感謝申し上げます!ここをまた美しい都市として復興するようこの身を賭して行います!その際には是非もう一度降臨頂けましたら幸いでございます!」
「え?あ、はい。来れそうならまた来ますね!・・・では失礼します!」
フライトスーツに風魔法を込めて飛び上がると、あっという間に眼下には破壊されてしまったリバーバベルの街並みが見下ろせる。ただ見下ろした街並みに居る人々の姿に僕はギョッとしてしまった。
「・・・えっ?みんな何やってるんだ?」
この都市の住民達は皆僕に向かってだろう、跪きながら祈りを捧げているようだった。それは異様な景色。目に見える全ての人々が一様に跪いているのだ。感謝を示してくれるのは嬉しいが、まるで神のように崇められても僕はただの人間なだけなので居心地が悪い。
「ま、どうせもう来ることも無いだろうし・・・別にいっか!」
深く気にしてもしょうがないので、考えても仕方ないことは考えないようにしてレイクウッドに戻った。
side ジョアンナ・スタウト
私はきっと『風の女神アウラ』の御使いと遭遇してしまった・・・。
バハムートの襲撃はまさに悪夢の来訪だった。
一月程前から近隣にて大型の魔獣が確認され始め、その正体を確認する為に数人の騎士を派遣したものの彼らは誰一人として帰って来なかった。事態を重く見た私は騎士団本部への応援を要請した。数日でレイクウッドからロイヤルナイツの方が来てくださり、その指揮官として騎士団団長のカイン様が来たのは、よほど上も重大な事態だとみなしたのかもしれない。もしくは、強硬派閥の多いリバーバベルへ恩を売るためだったのか。とは言え、今となっては王族のその判断が功を奏し、魔獣の正体を確認することが出来た。しかし、それは安心ではなく恐怖と不安の日々の始まりだった。ボロボロになったロイヤルナイツは魔獣の正体を告げると直ぐに首都に報告に向かうと言って立ち去った。その魔獣の正体はドラゴンの中級種バハムートだった。
天災とも称されるバハムートが出現したとあっては、この都市の戦力だけでは到底敵うはずはない。報告に戻ったロイヤルナイツが援軍を引き連れて戻ってくるはずだ。もし間に合わずにバハムートが現れればこの都市は終わりだ。そう考え直ぐに防衛計画を策定し、住民にも避難を促したり、警報を発した場合に直ぐ逃げ出せるようにとの心構えをさせていた。
そして今日、その時が来てしまった・・・
空から降り立ったそれは都市の外壁を難なく破壊し、悠然と建物を破壊しながら都市中央に向かってくる。外壁と同じぐらいの大きさに、身体は黒と見間違う濃い藍色。口からは立派な牙が4本生え、大きく口を開けながら巨大な咆哮を上げこちらを威嚇してくるのを見た時、人に抗える存在では無いのだと理解してしまった。その腕を振るえば建物はゴミ屑のように破壊され、地面まで抉り取る。一歩踏み出せば土が槍状に隆起して、人もろとも建物を突き刺し破壊していった。その姿はまるで遊んでいるよう、その気になればあっという間に都市を滅ぼせるのに、わざわざ時間を掛けて破壊していく事でこちらの絶望する表情を楽しんでいるようにも思えた。バハムートにそんな感情や知恵があるのかは分からないが、その時の私はそう思った。
事前の周知通り住民には避難指示を出し、駐留騎士団が住民が避難するまでの壁となってバハムートに抵抗するが、まったく有効打を与えられずにじりじりと後退を余儀なくされた。それはバハムートの鱗表面に見えない壁の様な物があり、それが全ての魔法や物理攻撃までも防いでいて、相手は全くの無傷だったからだ。既に死者は500人は下らないだろう、負傷者に至っては数え切れず、治癒師達の魔力ももう限界近くだと報告も来ていた。もうこのままではこの都市の騎士団は消耗し、程なく全滅してしまう、そして都市も破壊されつくし、住民も根絶やしにされてしまうかもしれない。
そう諦めた時そのお方は現れた。見た目は美しい人間の少女のような少年で、煌びやかな短い銀髪をなびかせ、絶望する私たちの前に颯爽と現れた。そのお方はあろうことかたった一人でバハムートへと立ち向かい、私達は負傷した者の治療に専念するようにとの温かいお言葉を掛けていただいた。その戦いは壮絶、いや、言葉に出来ないほどのものだ。一人で複数の属性魔法を第五位階まで使いこなし、見たこともない剣を二本両手に携え、その内の一つは青白く光ってさえいて、まさに神々しい・・・神が持つ剣なのではないかと直感した。
そして、戦いの最後は一瞬・・・私では何が起こったか分からないうちに、気付くとバハムートの頭が地面に落ち、残った胴体も倒れ伏していた。
(この方は何者なのだろう?人では抗えない天災と言われたバハムートをたった一人・・・しかも怪我らしい怪我もしていない。人間なの?そんなわけない、もしかしたら物語にある様な神の御使いが助けに現れたのかもしれない。慎重に対応しなければ!)
私は自分がこの都市の首長であると名乗り感謝を伝えた。しかし、本人は何てことは無かったというような話し方で、こちらの被害の心配までしてくれるほどだった。ダリア・タンジー様と名乗られた彼の事について周りの者はどう思っているのか周囲に視線を配ると、皆測りかねているようだった。そこで、一体何者であるのか探りを入れたのだが、マーガレット殿下の留学先の学園の友人とのことだ。
(ありえない!人間のはずがない!見た目まだ成人もしていないような少年が3つの魔法属性を極め、あまつさえ一人で合体魔法を放ち、さらに剣術も極めているなんてありえない!そうだ、やはり私が考えている通り神の御使いなんだ!)
そう思い聞いてみたのだが、自分は人間だと否定されてしまった。きっと秘密にしなければならないのだろう、なにせ神の御使いなのだから。周りの者も畏怖と尊崇の念が混ざった様な表情と目をしていた。一部の者は祈りを捧げているほどだ。
さらにこのお方は、戦闘で重傷を負った者達を治療してくださるという事で、案内を仰せつかった。
(まさか、あれほどの戦闘をして魔力が余っているなんて、やはり・・・。でも、こんな方と友好関係を築けているとは・・・融和派閥である王族の隠し玉?いえ、この表現は失礼ね・・・。神の御使いが融和派閥に協力しているのだとすれば、私達の考えは間違っていたというの?・・・幹部会議を開かねば!)
私は今後の強硬派閥のあるべき姿を考え、神の御使いが現れたことについての情報の共有と、全体の意思を確認する為の会議を開こうと心に決め、ダリア様と名乗った神の御使いを負傷者のいる天幕へと案内した。
◇
ジョアンナさんと数人のエルフに案内された天幕は地獄のような光景が広がっていた。そこは不気味なほど静かで、負傷者の呻き声が聞こえるだけだった。建物の瓦礫の下敷きになったのか、腕や足が潰れてしまったり、腹部が裂けてしまっていたりしていた。ベットもないのか、布が引かれた床に寝かせられているだけでその周りは血溜まりができている。
「ダリア様、こちらには特に重傷な者たちが運び込まれております。その、治癒師の者達ではもう手の施しようが・・・」
おそらくここの天幕にはもう死ぬのを待つばかりの人達が集められているのだろう。これほどの重傷ではポーションでは治せないし、魔法であれば第五位階光魔法でなければ無理だろう。その位階まで使える治癒師がどれほどいるのか、いたとしても魔力切れになるほど頑張ったが、もはや限界だったのかこの天幕に治癒師の姿は無かった。
「全部で200人位ですか・・・。重傷者はこれで全員ですか?」
床に所狭しと横たわっている人数を空間把握で確認すると、この天幕にはざっと200人ほどいる。隣接する天幕にも同じくらいの人数がいるのだが、重傷者がこれだけと言うこともないだろうと思って聞いてみた。
「いえ・・・。同じくらいの人数が他の天幕にもおります。確認させておりますが、おそらくこのまま治療できなければ明日までに1000人ほどは、朝陽を見ることも叶わないでしょう・・・」
唇を噛みしめながらジョアンナさんが、悲痛な想いを口にした。その表情にはここにいる重傷者の人々を救う事は不可能で、見捨てざるを得ないという決断をしなければならない者の姿があった。
(目の前で自分の知っている人が死んでいくのは嫌だよね・・・)
第五位階光魔法はどんな怪我でも治せるが、その反面大勢を一気に治療することは出来ない。個人への治療に特化していると言ってもいい。もしフリージア様が第五位階光魔法が使えれば、【広域化】という才能を使って一気に治療できるが、残念ながら僕は一人一人順番に治療していくしかない。
「では、治療を始めますね。出来れば皆さんは動かないように」
怪我人のそばまで行って治療していくのは時間がもったいないと考え、天幕の中心に立って空間認識で捉えた人達を順に〈完全治癒〉で治していく。治療に集中する為、目を閉じているのでどうなっているかは分からないが、一人1秒ほどの間隔で次々治療していっている感覚がある。体感で3分ほどかけて治療を終えて目を開けて周りを確かめると、潰れた手足や腹部が綺麗すっきり治っているようだった。
「ふぅ、これで良いでしょう。次に行きましょうかジョアンナさ・・・ジョアンナさん?」
隣にいるジョアンナさんに目を向けると、何故か跪いて僕に祈りを捧げているようだった。
「感謝いたします神の御使い様。我らを救う為、危機に駆けつけて下さったのですね。リバーバベルの民達を代表して感謝致します」
「えっ?いや、だから僕は人間だって!」
「はい、ダリア様の御心は存じております。ダリア様に治療して頂いたこと、皆も感激いたしますでしょう!」
ジョアンナさんからきっと全く理解していないだろう表情で言われてしまった。僕のやったことは神の御使いだと勘違いするまでの事だったのだろうか。ただ自分かやりたいと思ったことをしただけで、こんな神のように崇められても困るだけなのだが・・・。
(まぁ、もう会う事なんて無いだろうし、面倒くさいからこのままでいいや・・・)
若干投げやりになりつつも、さっさと治療を終えてレイクウッドに戻りたいので、次の天幕を案内してもらった。
それから5つの天幕を回り、1300人以上の明日をも知れない重傷者の治療を終えた。残りは比較的軽傷の者が多いらしく、治癒師達の魔力の回復を待って治療できるので大丈夫との事だ。治療後はさすがの僕も魔力が尽きかけてしまったが、回復速度を上げて少し休むと数分で魔力は回復した。ジョアンナさんにはバハムートの素材などについて交渉したのだが、「ダリア様の心赴くまま、如何様にも」という逆に困る返答だったので、とりあえず牙2本と鱗を何枚か剥ぎ取って、リュックを貰って詰めておいた。
また、討伐の証明として、この都市の長であるジョアンナさんが証明書を発行してくれるのと、リバーバベル都市退竜蒼炎勲章勲章というものを合わせて授与してくれた。良く分からないが、ドラゴンを討伐した証にという事らしい。首に掛けるタイプの金色のメダルにドラゴンと剣の意匠が施されている。僕の出立に間に合うように慌てて準備したとの事だ。証明書にもバハムートは僕が単独で討伐したこと、その後重傷だった負傷者を1000人以上治療に尽力したことについてや、バハムートの素材の事や報奨について最大限考慮して欲しいと記載されていた。一読した証明書には本当の事しか書いていないのでこれで良いだろうと思って受け取った。
そんなこんなで既に時刻は夕方近くになってしまっていたので、これからレイクウッドに戻るところなのだが、ジョアンナさんが跪いて涙を流しながら感謝を伝えてきた。身だしなみを整えた彼女はとても美しく、凛とした表情に都市の長であることを意識させられるほどだったのだが、涙を流されてまで感謝されるとさすがに周りの目が気になってしまう。
「で、では僕はレイクウッドに戻って討伐の報告をしてきますので、ジョアンナさんも都市の復興頑張ってください」
「はい!ダリア様の有難いお言葉に感謝申し上げます!ここをまた美しい都市として復興するようこの身を賭して行います!その際には是非もう一度降臨頂けましたら幸いでございます!」
「え?あ、はい。来れそうならまた来ますね!・・・では失礼します!」
フライトスーツに風魔法を込めて飛び上がると、あっという間に眼下には破壊されてしまったリバーバベルの街並みが見下ろせる。ただ見下ろした街並みに居る人々の姿に僕はギョッとしてしまった。
「・・・えっ?みんな何やってるんだ?」
この都市の住民達は皆僕に向かってだろう、跪きながら祈りを捧げているようだった。それは異様な景色。目に見える全ての人々が一様に跪いているのだ。感謝を示してくれるのは嬉しいが、まるで神のように崇められても僕はただの人間なだけなので居心地が悪い。
「ま、どうせもう来ることも無いだろうし・・・別にいっか!」
深く気にしてもしょうがないので、考えても仕方ないことは考えないようにしてレイクウッドに戻った。
0
お気に入りに追加
179
あなたにおすすめの小説
公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~
松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。
なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。
生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。
しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。
二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。
婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。
慟哭の時
レクフル
ファンタジー
物心ついた時から、母と二人で旅をしていた。
各地を周り、何処に行くでもなく旅をする。
気づいたらそうだったし、何の疑問も持たなくて、ただ私は母と旅を続けていた。
しかし、母には旅をする理由があった。
そんな日々が続いたある日、母がいなくなった。
私は一人になったのだ。
誰にも触れられず、人と関わる事を避けて生きていた私が急に一人になって、どう生きていけばいいのか……
それから母を探す旅を始める。
誰にも求められず、触れられず、忘れ去られていき、それでも生きていく理由等あるのだろうか……?
私にあるのは異常な力だけ。
普通でいられるのなら、こんな力等無くていいのだ。
だから旅をする。
私を必要としてくれる存在であった母を探すために。
私を愛してくれる人を探すために……
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?
あくの
ファンタジー
15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。
加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。
また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。
長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。
リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる