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第2話

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 VIP待遇の馬車で会場まで送り届けられたアーシャは、政府高官達と一緒に皇子をお迎えするテーブルについた。

「皇子はまもなく来られます」

 一緒についてきた政府高官の者は、初め皇子がアーシャ一人で満足してくれるかどうか不安そうにしていたが、居並ぶ皇子の側近達の反応を見て、少し安堵したようだった。

 アーシャも意外な思いだった。

 というのも、彼らが思った以上にアーシャを美人とみなしてくれたからだった。

 なるほど、流石に皇子の側近だけあって、みな兵士として優秀なだけでなく、宮廷風のしつけも行き届いており、洗練された物腰の者達であった。

 また、その財力も計り知れない。

 レギオナ帝国にはリーン公国の貴族屋敷を遥かに超える煌びやかな宮殿があるとは聞いていたが、これほどとは。

 彼らの身に付けている宝飾品を見るだけでも、レギオナ宮廷の豪華さが見て取れる。

 彼らが過剰に見栄を張っていないとすればレギオナ帝国の国力は、リーン公国の20~30倍といったところか。

 アーシャは精鋭達の身に付けている魔石と宝飾品からそう目星を付けた。

 衣服も極めて上等なシルクでできている。

 これだけ身分も財力も勇気もある美男子達、何もせずとも寄ってくる女には事欠かないだろう。

 にもかかわらず、彼らはアーシャに並々ならぬ食指が動くようだ。

 みな興味深げにアーシャのことを眺めては、ほうとため息を吐いたり、目を細めてウットリしたりする。

 アーシャは彼らの髪色や瞳の色がカラフルなことに気付いた。

 赤髪や金髪はリーン公国でも見られたが、青、紫、緑、虎縞といった珍しい髪色が目立ち、瞳はどれも宝石のようにカラフルだ。

 おそらくレギオナ帝国では、アーシャのような黒髪黒目がよほど珍しいのだろう。

 中には親しみを込めて、ウィンクしてくる者までいた。

 だが、彼らにできる挑戦はそこまでのようだ。

 彼女が皇子のために当てられたテーブルに座っているのを見ると、具体的にはレギオナ帝国の国旗と皇子の紋章が立てられているのを見ると、残念そうにうなだれたり、何かを諦めたような顔をしたり、憂いを帯びた表情になったり、悩ましげに何か苦い物を飲み込むような仕草をするのであった。

 彼らがアーシャに尻込みするのは、皇子への忠誠心もあるだろうが、何よりも皇子のことが怖いのだろう。

 彼らの反応を見ると、これほどの勇者達を恐れさせ、束ねるレギオナの皇子とはいったいどのような人物なのか、想いを馳せずにはいられなかった。

 やがて会場に皇子がやってくる。

 皇子はリーン公国の高官に伴われて、こちらに歩いてくる。

 上等なベルベット生地の衣服に身を包み、オドオドした外交官に鷹揚に受け答えしている。

 なるほど。

 若くして国政と一軍の将を務めあげるだけのことはある。

 二枚舌で有名なリーン公国の外交官をタジタジにさせている。

 それだけでも彼の政治力が並外れていることは明らかだった。

 それに彼からはこの会場にいる誰よりも、濃い血の匂いがした。

 レギオナ特有の黄色い瞳は、獲物を探す肉食獣のように爛々と輝いている。

 レギオナの精鋭達は、皇子の姿を見るなり居住まいを正して緊張に身を引き締める。

 皇子はアーシャのいるテーブルまで来ると、まず眉を顰めて、次に何か動揺したように目を丸くさせる。

 アーシャは気にせず立ち上がり、スカートの裾を摘んで挨拶した。

 あらかじめ言い含められていた言葉をしゃべる。

「今宵はパーティーにお越しいただきありがとうございます。ルゥ家のアーシャと申します。今夜はリミオネの貴婦人を代表して皇子のおもてなしをさせていただきます。ゆっくりとパーティーをお楽しみくださいませ」

 アーシャは頭を下げて向こうが声をかけてくれるのを待った。

 しかし、いつまで経っても皇子は何も話さない。

 不審に思って、チラリと視線だけ彼に向けると、彼はまだ雷に打たれたように固まっていた。

「アーシャ……。まさかこんなに早く会えるとは」

「?」

「リーン公国の外交官は私の申し出をちゃんと汲み取ってくれたようだね。彼らはどこか不安そうにオドオドして、会話のやり取りも覚束ない有様だったから、意図が伝わっているかどうか不安だったが」

「……あの、皇子?」

 皇子は突然、アーシャの足下にひざまずいて手の甲にキスする。

 皇子の唐突な行動に会場にいたリーン公国の者も、レギオナ帝国の者も騒めく。

 覇権国レギオナの最大の実力者にして、最強の軍団の実権を握る皇子が、こんな小国の貴族の娘にひざまずくとは、いったいどういうことだろう。

 アーシャとしても驚きやら恐縮やらでどうすればいいのかわからなかった。

「あの、皇子。これはいったい……」

「忘れてしまったのか、アーシャ。私のことを……」

 皇子は膝を床につけたままアーシャのことを見つめる。

 アーシャも皇子の黄色の瞳をじっと見つめた。

 そうして彼の瞳を見つめているうちに、過去の記憶が蘇ってくる。

「まあ、皇子。まさかあなた、あの時の猫!?」

 アーシャの発言に会場にいた者達は戦慄した。

 泣く子も黙るレギオナ帝国のワイアット皇子を猫呼ばわりするとは!

 誰もが青ざめずにはいられなかった。

 しかし、皇子は一つも気分を害することなく頷いた。

「そうだよ。私はあの時君と夏を共にした猫だよ」
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