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第4話 月下のはかりごと

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 晩餐会が始まるまでの間、フィオナはアルフレッドとテーブルの端の席に座って2人で話した。

 彼は会ったばかりのフィオナに「自分のことはアルと気安くお呼びください」と言って親近感を示してきた。

 アルは黒魔術について熱心に質問してきた。

 フィオナが困惑したのは彼が黒魔術の中でも呪いについて強い関心を示したことだ。

 それも呪いを解く方ではなくかける方に。

 こんなに呪いに詳しくなって、いったいどうするつもりだろう?

 フィオナはアルの質問に答えながら、彼の素性をさぐろうとした。

 彼の身に付けているバッジは、彼がかつて騎士階級であったことを表している。

 にもかかわらず暗黒街に赴任してきたということは、彼が若くして左遷されたということだ。

 騎士階級の男がいったいどのようなとがでこのような閑職に追いやられたのか。

 そして何よりもアルとラルフの間で何があったのか。

 ラルフの関係者とはテーブルを共にしないとのことだが、ラルフとの一件が彼の左遷された事情と何か関係があるのだろうか。

 ラルフの元婚約者だから、というわけではないが気になった。

 彼のような落ちぶれた身の者であればなおさらグリフィス家のような有望な貴族の庇護は欲しいはず。

 まさか落ちぶれた騎士の身で、出世頭であるラルフに対決を挑むつもりなのだろうか?

 だとしたら、なんて無謀な青年だろう。

 フィオナはアルの素性について聞こうとしたが、そうこうしているうちに晩餐会に招待された客がわんさかやってきた。

 今夜、招待された客は若い男が多いようだった。

 あんまり金銭に余裕のない若人わこうどに肉料理を食べさせてやろうというクインの計らいに違いない。

 そのうちアルにも知り合いが現れたようで、一旦フィオナとのお喋りを中断して知り合いの下に挨拶に行った。

「また、あとでね」

 アルはそう言ってフィオナの下から離れた。



 晩餐会が始まった。

 マダム・クイン自慢のコックが腕によりをかけて作った料理がテーブルに並べられる。

 アルフレッドは暗黒街界隈ですでに顔が広いようで、やってきた人々に声をかけられては気安く対応していた。

 フィオナのことなどすっかり蚊帳の外において、気心の知れた仲間達と肩を叩き合いながら会話を楽しんでいる。

 アルはすぐに宴会の中心になる。

 ちなみにフィオナはこういう会では、あんまり会話に加わらずじっと参加者のことを観察するタイプだ。

 参加者達の話に耳を傾けていたところ、アルはかつて街でも将来有望な騎士であったこと。

 そしてグリフィス家に仕えていたことなどが情報として拾うことができた。

 そうしてしばらくの間、フィオナは人々の会話に耳を傾けていたものの、ラルフがエルザと結婚するらしいこと、しかも今度出世するらしいという情報が耳に入ってきた。

 疲れを感じたフィオナは、さりげなく席を立って部屋を抜け出した。

 幸い、フィオナのことを気にかける人物はおらず、誰も彼女に声をかけてくることはなかった。

 薄暗い廊下を抜けて、階段を降りると、フィオナは給仕の女に見つからないように裏口に出た。

 石段になっているポーチに座り込んで、雑草の生い茂る裏庭を何をするでもなく見つめる。

 宿屋の中では、まだ宴会が続いているようでワイワイと盛り上がる声が聞こえてきた。

 フィオナはなんとなく世界で一人ぼっちになったような気がして、夜空を見上げた。

 その日は満月の夜で狼男でも出てきそうな雰囲気だった。

 一人で月を眺めていると、ますます侘しい気持ちになってきたので、いっそのこと本当に狼男に出てきてもらって、ひとおもいに喉笛を噛み切ってくれればいいのに、と思った。

 そうしてしばらくの間、一人で黄昏たそがれているとおもむろに木の軋む音が聞こえて背後の扉が開いた。

 狼男が来たのかと思って振り返ると、そこにいたのはアルだった。



「よかった。いつの間にかいなくなっていたから、てっきり先に部屋に戻ったのかと思ったよ」

 アルはそう言いながらフィオナの隣に腰掛けた。

 フィオナは拗ねたようにそっぽを向く。

「すぐに戻れなくてごめんね。知り合いに挨拶しなきゃいけなくて。君とはできれば落ち着いて話をしたかったから」

「何かご用ですか?」

「さっきは黒魔術について教えてくれてありがとう。君の話を聞いてますます興味が湧いたよ。呪いにも、そして君にも」

「……」

「晩餐会でラルフが出世するかもっていう話題が出た時、君も反応していたね」

「……」

「もし、ラルフに一泡吹かせる気があるのなら、俺にも協力できることがあると思うんだけれど……」

「ラルフと何かあったんですか?」

 アルは何か嫌なことを思い出したのか、うつむいて黙り込んだ。

 そして、言いづらそうにしながらも重い口を開き、話し始めた。



 アルは邪竜の討伐を誉れとしてきたウィズ家の出身だった。

 ウィズ家では20年に一度現れる邪竜を討伐してこそ一人前の男とみなされるのだ。

 ウィズ家は凋落著しいといえども騎士階級を代々受け継いでいる。

 が、いかんせん財力に乏しかった。


 アルは街で官職を務めながら、邪竜討伐の糸口を探していた。

 そこで目を付けたのがグリフィス家の次男ラルフの募集している守備隊の求人だった。

 ラルフは自身の管轄する守備隊の任務を遂行するために優秀な騎士を探していた。

 また、ラルフの管轄地区で邪竜の出現する兆候も見られた。

 アルは千載一遇のチャンスと見て、高待遇の官職を蹴り、グリフィス家に忠誠を誓って臣従した。

 ラルフの方でも邪竜の出現情報があれば、アルに提供することを約束した。

 そうして、アルはラルフに誠心誠意仕えて、彼の出世に貢献するものの、いつまでも邪竜に関する情報はもたらされない。

 それどころか、ラルフは意図的にアルを邪竜の出現しそうな場所から遠ざけている節さえあった。

 不審に思ったアルが調べてみたところ、ラルフが意図的に邪竜の情報をアルに流さないように仕組んでいたことがわかった。

 憤慨したアルが抗議するものの、ラルフは相手にしない。

 そればかりか更なる奉仕を要求してくる。

 そうこうしているうちに邪竜は街から離れていき、アルは討伐する機会を失った。

 アルはラルフに決闘を挑もうとするが、ラルフは街の領主にアルが反逆しようとしていると讒言。

 アルは領主によって街への出入りを禁止され、暗黒街に左遷されてしまう。

 一方で、ラルフは反逆を防止した功績により出世してしまう。

「あいつは俺が邪竜を討伐したがっているのを知っていて、特に意味もなく妨害したんだ。邪竜討伐が一族の誉れであると知っていながら。ただ単に人の邪魔をして嘲笑うのが面白いっていうだけの理由で……」

 まさか、ラルフが自分の知らないところでこんな風に恨まれていたとは。

 ラルフの不誠実と不義理は、フィオナ以外にも向けられていたのだ。

 フィオナはアルに同情した。

 彼を間抜けと謗ることはできない。

 実際、ラルフの初対面での印象のよさと外面のよさはなかなかのものだ。

 フィオナは彼が初対面で自身の黒魔術の最先端の研究に熱心に耳を傾けてくれたのを思い出した。

 今、思うと真剣に聞いていたのはそぶりだけでその場限りのものだったが、フィオナもすっかり彼の好青年ぶりに惑わされて、この人ならと胸の内に秘めた悩みを打ち明けたものだ。

 出会ってすぐに彼の本性を見抜くのは難しいだろう。

 なぜこんな意地悪をするのか理解できないが、ラルフはそういう人間なのだ。

 裏切られた今なら、よく分かる。

 ラルフは自分のことが好きではなかったのに婚約した、だけでなく特に意味もなく婚約を先延ばしにして悦に浸っていたのだ。

「で、話戻すんだけどさ」

 アルは憤怒の表情から一転、イタズラっぽい笑みを浮かべながら言った。

「君の黒魔術と呪いで何かラルフに仕返しする方法ってない?」

「他人を陥れたいとは、あまり褒められた動機ではありませんね」

「君だって、奴に酷い目に遭わされたんだろう? 奴のことが恨めしくないの? 復讐したいってそう思ってるはずだろ?」

「私が手を下すまでもありません」

 フィオナは醒めた態度で言った。

「彼はいずれ身を持ち崩します。10年も経てば路頭に迷っていることでしょう」

「10年!? 10年だって!?」

 アルは信じられないと言わんばかりに声を大きくした。

「10年間の間にあいつはどれだけの悪事を働くと思う? どれだけの善良な人を陥れ、破滅に追い込むと思う? どれだけの罪のない女性を泣かせ、君のように哀れな娘を作り出すと思う? その間、俺はあいつが高い地位にいるのを指を咥えて見ているのか? そんなの耐えられないよ」

 アルはフィオナの手を取って彼女の瞳をじっと見つめた。

「君の話を聞いてますます決意が固まった。フィオナ、力を貸してくれ。奴を倒すためなら何だってするよ」

 フィオナはアルの向こう見ずな情熱に絆されそうになったが、自らを戒めた。

 彼が自分のために戦ってくれるのではないかと錯覚しそうになったが、どうにか理性で冷静さを保った。

 もう男には期待しないと自らに誓ったばかりだ。

「やめてください。私にはあなたに協力するメリットがありません」

「メリット? メリットなんて気にするのか君は。あの悪党を前にして?」

「ええ。気にします。私は決してメリットのない賭けはしません」

「黒魔術は人を手軽に呪い殺せるほど便利なものではありません。失敗した場合、術者が命を落とす危険もあります」

「わかった。じゃあ、こういうのはどうかな?」

 アルは一転冷静な口調になって言った。

「もし、失敗した場合、俺の魂を好きにしていいよ」

「あなたの魂を?」

「ああ。黒魔導士は他の生物の魂を奪って、利用することができると聞く。もし、この俺の魂を自由にできるとしたら君にもメリットがあるんじゃない?」

 なんて向こう見ずな青年だろう。

 フィオナはそう思わずにはいられなかった。

 黒魔導士に魂を委ねるという行為がいったいどういうことかわかっているのだろうか。

 文字通りどんな実験材料に使われても文句は言えない。

 だが、もしアルの魂を自由にできるとしたら?

 フィオナはアルの瞳をじっと見つめた。

 美しい瞳だった。

 純粋で、恐れを知らない、強い正義感の持ち主。

 そんな魂を材料に使えば、強力な呪いを生み出せるだろう。

 アルの魂を自由にできるというのなら、フィオナにとってメリットは十分にある。

「わかりました。あなたに協力しましょう」

「本当かい?」

「ええ、ただし、もし復讐が成功した暁にはあなたの魂をいただきます」

「ああ、すべて君に委ねるよ。あいつを陥れることができるなら、なんだってやるさ」

「では、耳を貸してください」

 フィオナはアルの耳元で黒魔導士の知恵を囁いた。

 アルはフィオナの心地良い声に耳を傾ける。

 宿屋の方からは未だ晩餐会で盛り上がる声が聞こえてくる。

 誰もフィオナとアルのことなど気にも留めない。

 2人の企みを聞いていたのは、空に浮かぶ月だけであった。
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