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シャーロットにとってまだ自宅、という感覚の薄い王都のアボット邸。しかし、今や自宅といえばこの華麗なこの家と、主領地のアボットのカントリーハウスだ。
「お疲れでございますね、奥方様」
クララが心配そうにカウチソファに寛いで座るシャーロットにブランケットをかけてくれる。
「そうね、色々とありすぎて…」
思えば一年間様々な事が起こりすぎて、疲れているのかも知れない。
それに、そろそろ生まれてくる子供のために準備をしなければならなかった。
「赤ちゃんの準備はお任せ下さいませ」
メイド長のエルザがにこやかに告げてきた。
「日当たりのよい部屋と、乳母を手配させて頂きます」
「そうね、乳母も必要だわ」
最近では乳母を雇わずに自分で育てる風潮もあるが、シャーロットはまだ若く経験も浅い。何より伯爵夫人としての役目もある。
何よりもアボット家は裕福なのだ。
「それでは募集させていただきますね」
うなずくとアデルは下がっていった。

ラルフもやって来て、
「おくつろぎのところ申し訳ございません。こちらの書面をまた目を通していただけますと助かります」
「わかったわ」
シャーロットは書面を受け取り、様々な報告書に目を通した。
主に屋敷内の収支と、使用人たちの雇用状況だった。
「ラルフ、使用人たちは皆もう慣れたかしら?もう社交シーズンに入ったけれど舞踏会や晩餐会、お茶会やサロンそれぞれ可能かしら?」
「はい、このオフシーズンにそれぞれ教育は出来ましたので」
ラウルは心得て指導を行ってくれたようだ 
「そう、良かったわ。ありがとうラウル」
シャーロットはにっこりと微笑んで言った 
まずは晩餐会でも計画しなければならない。
「2週間後にオルグレン侯爵夫妻、レイノルズ伯爵一家とそれからウィンスレット侯爵一家をご招待して晩餐会を予定してくれるかしら?」
「はい奥方様」
ラルフは一礼する。
「招待状をお願い」
「すぐにお持ちします」
シャーロットは机に向かい、招待状を書く準備をした。従僕がすぐに用紙と封筒を持ってくる。
「エドワードは今どこかしら?」
「旦那様は書斎においでです」
「そう」
シャーロットは今は室内用のドレスを着ていて、ゆったりとした服だ。来客の予定はないが…
「着替えを用意してくれる?」
アリスが昼用のドレスを用意してクララは髪を結いだした。
妊婦用コルセットをつけて、ドレスを身につける。

書斎に向かうと、ラルフと共にエドワードも手紙に目を通したり
書面の束を整理していた。
「邪魔かしら?」
声をかけるとエドワードは顔をあげて
「いや、構わない。お茶にでもしようか」
エドワードはソファの方へシャーロットをエスコートする。
「ラルフから聞いたかと思うのだけれど、晩餐会を予定したのよ」
「ああ、聞いた。ちょうどいいと思う」
エドワードも微笑んだ
日付の調整と人数の確認をすると、後はシャーロットの仕事だ。

お茶をした後は、招待状の準備に取りかかった。
最後の1通に封をし終わったところで、ラウルが入ってきた。
「奥方様、アルベルト殿下がおみえです」
「ええっ?殿下がこんなところに?」
まったく、アルベルトは評判通り王子らしくない。臣下の家にホイホイやって来るとは… 
応接室に入ると、ソファで脚をくみくつろいだアルベルトがエドワードの前に座っていた。
「突然の訪問で悪いな!伯爵夫人」
着崩した濃紺の軍服姿のアルベルトは、見るからにやんちゃそうだ。
「昨日はセルジュとソフィアの間に割って入ってくれたそうで」
くくっとアルベルトは可笑しそうに言った
「笑い事では、お姉様は大変な目に合われたのですから」
「それくらいする相手でないと姉上は一生独身でもおかしくなかった」
ソフィアは25歳。すでに結婚適齢期は過ぎている、といっても過言ではなかった。
「俺としてはセルジュに礼を言いたいくらいだ」
「しかし、セルジュ王子の思惑通りでよろしいのですか?」
エドワードは渋面を向けた。
「うん、エドワードの懸念通りだろうと思う。セルジュの考えはね」
アルベルトはあっさりと肯定した
「だけどそれで構わない」
「援護すると?」
「いや、ソフィアと結婚。というだけで、後は振りだけでいいと思っている」
エドワードはうなずいた。
「イングレスがついているというだけで、有利になると」
「そう」
アルベルトはニヤリと笑った。
「それにセルリナとイングレスに挟まれたフルーレイスに牽制も出来るしね。今のところ友好だが、シュヴァルドの代も安定させておきたい」
エドワードはうなずいた。
「と、いうわけで。謹慎の必要はないよと言いに来たわけだ」
ふんぞり返るアルベルトに
「わざわざのお越しありがとうございました」
シャーロットは張り付けた笑みを向けた。
この、やんちゃそうな笑みの下がシャーロットには恐ろしく感じるのだ。シュヴァルドより実際のところ賢しい気がするのだ。
計算高く、そして強い。
「そんなに牽制しなくても反逆しなければ俺も襲いかかったりはしないよ」
くすくすと笑う。
「そうはおっしゃられても、獅子と同じ檻の中で寛げる人間はいませんわ」
「ふうん」
「わたくしは普通の女ですから」
「セルジュとソフィアに割って入った君が普通とは思えないけどね?」
アルベルトは立ち上がると、獰猛な獣が人間になったかのような身のこなしで外に向かいつつ
「ああ、そうだ。エドワード、アーヴィンに気を付けろ。あの馬鹿は何をするか予想がつかない」
「ついに廃嫡ですか?」
「そうだ。俺としてはもっと徹底的に牢屋にぶちこみたいくらい嫌いだけどな」
ふんと鼻を鳴らすと
「じゃあ邪魔をしたな」
と出ていった。嵐のような人だ
「やれやれ」
エドワードは息を吐くと、ソファに座った。
「シャーロットはアルベルト殿下が恐ろしいか?」
「…ええ、あの方が陛下と王太子殿下に従ってられて良かったと思うわ。殿下が無能な方ならとっくに喰われていたのでしょうね」
「ああ、そうだ。評判はやんちゃで王族らしくないなど批判もおおいが…」
「計算もあるでしょう?思い通りに動かれてるのもあるでしょうけど」
エドワードはうなずいた。
「エリアルド殿下が無能なら、あの方がいると思うと心強くもある」
エドワードは皮肉な笑みをシャーロットに向けた
「エドワードったら。エリアルド殿下は甥でしょう」
「甥の前に私は今は伯爵だからね。無能な王は困るんだ」
「きっと賢い王子になるわ」
シュヴァルドとクリスタの息子なのだ。きっと大丈夫なはずだ。
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