真夜中は秘密の香り

桜 詩

文字の大きさ
上 下
38 / 52
彼は誰時の章

夢は美しく

しおりを挟む
 院長のオリエには、グレイシアはすべてを語り尽くしていた。なにもかも、ありのままに。
少しずつ、日をかけてオリエはグレイシアの話を聞いていった。

どう思い、どう考えて。
そうすることで、グレイシアの考えは整理されていく気がした。

「哀しくて、………とても大変でしたね」

語り終えたそのあと、たった一言。
だけど、深みのある一言だった。
それはグレイシアの事を、否定も肯定もしない、そして同情でもない、非難するわけでもない全てを包み込むような慈愛を感じる。

それだけに………話しているうちに、自分の事を見つめ直せた。

「心行くまで、ここでお過ごしなさい」
渡り鳥がゆっくりと羽を休めるかのような、そんな言葉。そして、いつか去るのだと、ここを旅立つというかのような言葉。

「ありがとうございます、院長さま」

―――――でも。大変だったのは………一体だれ?

今更ながら、そんな風に考えてしまう。

・†・†・†・†・†・

 あっという間に冬はやって来た。
北の出身のグレイシアには、さほど苦痛ではない寒さの冬。
そんな時……。

「シャノン、貴女はジョルダン・アシュフォードという人を知っていますか?」
オリエがグレイシアを呼び出して尋ねたのは、胸の鼓動を跳ね上げさせるその名。

「………ええ、知っています」
「どうしますか?」

「どう………とは?」
「グレイシア・ラングトンという女性を探しているそうです。もちろん、居ても居なくても、答えることは出来ないと伝えてます。けれど、貴女が会うと言うのなら、連絡はとれます。会いますか?」

―――――どうしますか?
―――会いますか?

(良かった………彼は、生きてる。そして怪我はもう、動けるまで回復した……?)
でも、それなら尚更。

もう、彼はグレイシアに関わらずにいた方が良い。そう思っているはずなのに、口をついて出たのは……

「………会えません、まだ」

(まだ?まだって………いつなら会おうっていうの?待ってくれると、期待してるの?………ばかみたい。本当に………ばかだ)

「わかりました、ではそのように」
オリエがそう言った。

 名前を聞いたその夜……。

ジョルダンと過ごした日々の夢を見た。

(………過ぎ去った日の夢……)

  過ごした日々は想い出すまでもなく………。 
   
  昨夜、かの恋が甦る夢をみた
  それは幻だけれど、ひときわ甘く美しくて
  あなたであってあなたではないのに胸は燃えて
  あなたのものほどには輝かない瞳に恋し
  現実の陶酔に狂う時よりももっと

  あのときは過去に去ってしまった
  今もなお、麗しい夢は浮かんでは消えて行く
  想い出は、おこすまでもなく
  やがて、あなたも私も時の前には忘れ果てられる
  ふたりのはかない生命をものがたりながら
  崩れていく石のように、こころのない存在となるまで

           (バイロン詩集より)

出会いから、交わした言葉たち。
そして、合わせた肌と、官能の全て………。
ぐるぐると終わりなく、踊る、踊る、踊る。

光るシャンデリア、そしてきらびやかな世界と、その世界に手を差しのべてエスコートしてくれた、彼。
まるで、魔法使いのようにグレイシアの世界を変えた人。

告げられなかった、秘めた想い。

夢でさえ、言葉に出せなかった『I'mあなた in love withしてる you.』
愛してるから、死んでほしくなんてない………。
そう……グレイシアは彼を愛してる。


 清廉な、修道女たち。
そんな女性たちと共に清く正しい生活していながらグレイシアの見る夢は、熱い情愛が奔流のように迸るそれで。

もしも、今この記憶や夢を彼女らが知ればさぞや、顔を赤らめるか青ざめさせてしまうだろうと思えた。
この神に仕える人たちに混じりながらいるのに……こんなにもいつまでも愛欲を恋しく思うグレイシアは、相応しくないのではないかと……。

レナは少しずつ、ここの生活を受け入れだしたかのように思える。けれど、ヴィクターたちと楽しそうにしていたレナを思い出せば、今のレナは大人しすぎる程で、これで良いのかと迷う気持ちは常に絶えず浮かんでは沈んでいく。

神に祈ろうと、神の声は聞こえてこない。
どうか………お導きください………。

(私は………間違っているのでしょうか………。だから、なにもわからないのでしょうか?)

正しい道は、どこにあるのか。
誰か教えてと、問う、まるで迷子のようだ。

いつか………、形のない存在になる。
その時にはこの気持ちはどうなっているのだろう?

―――忘れ果てる?

夢は鮮明で………、離れれば離れるほど強い意思となって、より大きく育っていく気さえしてしまうのに。

―――忘れ果てる、そんな日は遠くて遠くて、気が遠くなりそうなほど遠くにあるように思えて

もう、誰も死んでほしくない
それは誰のため?

それはグレイシアの望み。
愛してるから、死なないで……。だから、側にいられない。

こんな、身勝手な大人なのに、相応しくないのに、愛しいレナは手放せなかった、レナを思うなら……誰かに託すべきだったかも知れないのに、母としての自分を捨てられなかった。

女も母も、どちらも持ち続けていたい……

――――なんて欲深くて浅ましい………。

どうして、人並みに生きることが出来ないのか………。

幸も不幸も、生も死もあるがままに受け入れる、いつかそんな風になれる時がやって来るのか。

出会わなければこんなにも、苦しまず、ただ死人のような心で過ごして終わったはずなのに……。
再び温もりに触れてしまった、それを与えてくれる人に出会ったからには………元のように、死人のようにはなれなくて………。

生きることの苦しさと、そして愛しさを………その意味を、問いかけてくる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

これ以上ヤったら●っちゃう!

ヘロディア
恋愛
彼氏が変態である主人公。 いつも自分の部屋に呼んで戯れていたが、とうとう彼の部屋に呼ばれてしまい…

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

処理中です...