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彼は誰時の章
夢は美しく
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院長のオリエには、グレイシアはすべてを語り尽くしていた。なにもかも、ありのままに。
少しずつ、日をかけてオリエはグレイシアの話を聞いていった。
どう思い、どう考えて。
そうすることで、グレイシアの考えは整理されていく気がした。
「哀しくて、………とても大変でしたね」
語り終えたそのあと、たった一言。
だけど、深みのある一言だった。
それはグレイシアの事を、否定も肯定もしない、そして同情でもない、非難するわけでもない全てを包み込むような慈愛を感じる。
それだけに………話しているうちに、自分の事を見つめ直せた。
「心行くまで、ここでお過ごしなさい」
渡り鳥がゆっくりと羽を休めるかのような、そんな言葉。そして、いつか去るのだと、ここを旅立つというかのような言葉。
「ありがとうございます、院長さま」
―――――でも。大変だったのは………一体だれ?
今更ながら、そんな風に考えてしまう。
・†・†・†・†・†・
あっという間に冬はやって来た。
北の出身のグレイシアには、さほど苦痛ではない寒さの冬。
そんな時……。
「シャノン、貴女はジョルダン・アシュフォードという人を知っていますか?」
オリエがグレイシアを呼び出して尋ねたのは、胸の鼓動を跳ね上げさせるその名。
「………ええ、知っています」
「どうしますか?」
「どう………とは?」
「グレイシア・ラングトンという女性を探しているそうです。もちろん、居ても居なくても、答えることは出来ないと伝えてます。けれど、貴女が会うと言うのなら、連絡はとれます。会いますか?」
―――――どうしますか?
―――会いますか?
(良かった………彼は、生きてる。そして怪我はもう、動けるまで回復した……?)
でも、それなら尚更。
もう、彼はグレイシアに関わらずにいた方が良い。そう思っているはずなのに、口をついて出たのは……
「………会えません、まだ」
(まだ?まだって………いつなら会おうっていうの?待ってくれると、期待してるの?………ばかみたい。本当に………ばかだ)
「わかりました、ではそのように」
オリエがそう言った。
名前を聞いたその夜……。
ジョルダンと過ごした日々の夢を見た。
(………過ぎ去った日の夢……)
過ごした日々は想い出すまでもなく………。
昨夜、かの恋が甦る夢をみた
それは幻だけれど、ひときわ甘く美しくて
あなたであってあなたではないのに胸は燃えて
あなたのものほどには輝かない瞳に恋し
現実の陶酔に狂う時よりももっと
あのときは過去に去ってしまった
今もなお、麗しい夢は浮かんでは消えて行く
想い出は、おこすまでもなく
やがて、あなたも私も時の前には忘れ果てられる
ふたりのはかない生命をものがたりながら
崩れていく石のように、こころのない存在となるまで
(バイロン詩集より)
出会いから、交わした言葉たち。
そして、合わせた肌と、官能の全て………。
ぐるぐると終わりなく、踊る、踊る、踊る。
光るシャンデリア、そしてきらびやかな世界と、その世界に手を差しのべてエスコートしてくれた、彼。
まるで、魔法使いのようにグレイシアの世界を変えた人。
告げられなかった、秘めた想い。
夢でさえ、言葉に出せなかった『I'm in love with you.』
愛してるから、死んでほしくなんてない………。
そう……グレイシアは彼を愛してる。
清廉な、修道女たち。
そんな女性たちと共に清く正しい生活していながらグレイシアの見る夢は、熱い情愛が奔流のように迸るそれで。
もしも、今この記憶や夢を彼女らが知ればさぞや、顔を赤らめるか青ざめさせてしまうだろうと思えた。
この神に仕える人たちに混じりながらいるのに……こんなにもいつまでも愛欲を恋しく思うグレイシアは、相応しくないのではないかと……。
レナは少しずつ、ここの生活を受け入れだしたかのように思える。けれど、ヴィクターたちと楽しそうにしていたレナを思い出せば、今のレナは大人しすぎる程で、これで良いのかと迷う気持ちは常に絶えず浮かんでは沈んでいく。
神に祈ろうと、神の声は聞こえてこない。
どうか………お導きください………。
(私は………間違っているのでしょうか………。だから、なにもわからないのでしょうか?)
正しい道は、どこにあるのか。
誰か教えてと、問う、まるで迷子のようだ。
いつか………、形のない存在になる。
その時にはこの気持ちはどうなっているのだろう?
―――忘れ果てる?
夢は鮮明で………、離れれば離れるほど強い意思となって、より大きく育っていく気さえしてしまうのに。
―――忘れ果てる、そんな日は遠くて遠くて、気が遠くなりそうなほど遠くにあるように思えて
もう、誰も死んでほしくない
それは誰のため?
それはグレイシアの望み。
愛してるから、死なないで……。だから、側にいられない。
こんな、身勝手な大人なのに、相応しくないのに、愛しいレナは手放せなかった、レナを思うなら……誰かに託すべきだったかも知れないのに、母としての自分を捨てられなかった。
女も母も、どちらも持ち続けていたい……
――――なんて欲深くて浅ましい………。
どうして、人並みに生きることが出来ないのか………。
幸も不幸も、生も死もあるがままに受け入れる、いつかそんな風になれる時がやって来るのか。
出会わなければこんなにも、苦しまず、ただ死人のような心で過ごして終わったはずなのに……。
再び温もりに触れてしまった、それを与えてくれる人に出会ったからには………元のように、死人のようにはなれなくて………。
生きることの苦しさと、そして愛しさを………その意味を、問いかけてくる。
少しずつ、日をかけてオリエはグレイシアの話を聞いていった。
どう思い、どう考えて。
そうすることで、グレイシアの考えは整理されていく気がした。
「哀しくて、………とても大変でしたね」
語り終えたそのあと、たった一言。
だけど、深みのある一言だった。
それはグレイシアの事を、否定も肯定もしない、そして同情でもない、非難するわけでもない全てを包み込むような慈愛を感じる。
それだけに………話しているうちに、自分の事を見つめ直せた。
「心行くまで、ここでお過ごしなさい」
渡り鳥がゆっくりと羽を休めるかのような、そんな言葉。そして、いつか去るのだと、ここを旅立つというかのような言葉。
「ありがとうございます、院長さま」
―――――でも。大変だったのは………一体だれ?
今更ながら、そんな風に考えてしまう。
・†・†・†・†・†・
あっという間に冬はやって来た。
北の出身のグレイシアには、さほど苦痛ではない寒さの冬。
そんな時……。
「シャノン、貴女はジョルダン・アシュフォードという人を知っていますか?」
オリエがグレイシアを呼び出して尋ねたのは、胸の鼓動を跳ね上げさせるその名。
「………ええ、知っています」
「どうしますか?」
「どう………とは?」
「グレイシア・ラングトンという女性を探しているそうです。もちろん、居ても居なくても、答えることは出来ないと伝えてます。けれど、貴女が会うと言うのなら、連絡はとれます。会いますか?」
―――――どうしますか?
―――会いますか?
(良かった………彼は、生きてる。そして怪我はもう、動けるまで回復した……?)
でも、それなら尚更。
もう、彼はグレイシアに関わらずにいた方が良い。そう思っているはずなのに、口をついて出たのは……
「………会えません、まだ」
(まだ?まだって………いつなら会おうっていうの?待ってくれると、期待してるの?………ばかみたい。本当に………ばかだ)
「わかりました、ではそのように」
オリエがそう言った。
名前を聞いたその夜……。
ジョルダンと過ごした日々の夢を見た。
(………過ぎ去った日の夢……)
過ごした日々は想い出すまでもなく………。
昨夜、かの恋が甦る夢をみた
それは幻だけれど、ひときわ甘く美しくて
あなたであってあなたではないのに胸は燃えて
あなたのものほどには輝かない瞳に恋し
現実の陶酔に狂う時よりももっと
あのときは過去に去ってしまった
今もなお、麗しい夢は浮かんでは消えて行く
想い出は、おこすまでもなく
やがて、あなたも私も時の前には忘れ果てられる
ふたりのはかない生命をものがたりながら
崩れていく石のように、こころのない存在となるまで
(バイロン詩集より)
出会いから、交わした言葉たち。
そして、合わせた肌と、官能の全て………。
ぐるぐると終わりなく、踊る、踊る、踊る。
光るシャンデリア、そしてきらびやかな世界と、その世界に手を差しのべてエスコートしてくれた、彼。
まるで、魔法使いのようにグレイシアの世界を変えた人。
告げられなかった、秘めた想い。
夢でさえ、言葉に出せなかった『I'm in love with you.』
愛してるから、死んでほしくなんてない………。
そう……グレイシアは彼を愛してる。
清廉な、修道女たち。
そんな女性たちと共に清く正しい生活していながらグレイシアの見る夢は、熱い情愛が奔流のように迸るそれで。
もしも、今この記憶や夢を彼女らが知ればさぞや、顔を赤らめるか青ざめさせてしまうだろうと思えた。
この神に仕える人たちに混じりながらいるのに……こんなにもいつまでも愛欲を恋しく思うグレイシアは、相応しくないのではないかと……。
レナは少しずつ、ここの生活を受け入れだしたかのように思える。けれど、ヴィクターたちと楽しそうにしていたレナを思い出せば、今のレナは大人しすぎる程で、これで良いのかと迷う気持ちは常に絶えず浮かんでは沈んでいく。
神に祈ろうと、神の声は聞こえてこない。
どうか………お導きください………。
(私は………間違っているのでしょうか………。だから、なにもわからないのでしょうか?)
正しい道は、どこにあるのか。
誰か教えてと、問う、まるで迷子のようだ。
いつか………、形のない存在になる。
その時にはこの気持ちはどうなっているのだろう?
―――忘れ果てる?
夢は鮮明で………、離れれば離れるほど強い意思となって、より大きく育っていく気さえしてしまうのに。
―――忘れ果てる、そんな日は遠くて遠くて、気が遠くなりそうなほど遠くにあるように思えて
もう、誰も死んでほしくない
それは誰のため?
それはグレイシアの望み。
愛してるから、死なないで……。だから、側にいられない。
こんな、身勝手な大人なのに、相応しくないのに、愛しいレナは手放せなかった、レナを思うなら……誰かに託すべきだったかも知れないのに、母としての自分を捨てられなかった。
女も母も、どちらも持ち続けていたい……
――――なんて欲深くて浅ましい………。
どうして、人並みに生きることが出来ないのか………。
幸も不幸も、生も死もあるがままに受け入れる、いつかそんな風になれる時がやって来るのか。
出会わなければこんなにも、苦しまず、ただ死人のような心で過ごして終わったはずなのに……。
再び温もりに触れてしまった、それを与えてくれる人に出会ったからには………元のように、死人のようにはなれなくて………。
生きることの苦しさと、そして愛しさを………その意味を、問いかけてくる。
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