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64,出立

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 アリオールハウスの家具たちには、白布が掛けられているのを見れば、離れるのは淋しい気持ちがしてしまう。

「じゃあ行こうか」
ジョルダンの声に旅装に身を包んだレナは、見送る使用人たちの前を通りすぎ馬車に乗り込んだ。

「………お父様?」
なかなか続いて乗らないジョルダンが気になり、レナは座ったまま開いたままの扉越しに外を見た。

「忘れ物でもあるの?」
そう聞いた時に、入り口から顔を覗かせたのはヴィクターだった。
「ごめん、待たせた?」

「えっ?待ったって……」
「あれ?聞いてない?ウィンスティアまで俺と行くって」

「聞いてない……」
ヴィクターが乗り、扉に手をかけたジョルダンは
「二人で旅なんて知らせておいたら、眠れなくなるんじゃないかと思って。じゃあ、道行きを楽しんで」
パタンと閉じる音がして、馬車は動き出した。

「え?……ミアは?」
「ミアは、久しぶりに家に帰れる様に休暇を与えたよ。よくやってくれたから。自分の身の回りの事くらい出来るだろう」

「うそ」
そう呟いた時には、もう声は届かない距離となっていた。
「やられたな、レナ」
「そんな事言って、共犯でしょ?」
「いや、でも付き添いはいると思っていた。大胆な所があるよな、伯爵」

「……こう、なってるってことは……きっと、バレてるってことよね」
パーティーの夜、ヴィクターがレナの部屋にしばらくいた事。
「そうみたいだな、勘のいい人だから」
ふぅ、とため息をついてレナは帽子のリボンをほどいた。

「でも……ちょっと、嬉しいかも」
「ちょっと?」
ヴィクターが鋭く睨むように見てくる。
「だいぶ……かも」
鋭い視線に素直に訂正すると、肯定の笑みが返ってきた。

王都を抜けるまでは、心構えのなかった二人きりだという今の状況に緊張せざるを得なくて、ガラス窓の外を眺めながら、なにを話すべきか考えていた。

ぷっと吹き出す声が響いたのは、ようやく王都から続く道へと走り出していた。
「なんでそんなに緊張してるわけ?」
笑いを含んだ声にレナは自分でもおかしくなってきた。

「色々あったけど、俺は王都で社交シーズン過ごすの嫌いじゃないな」
「うん、わたしもそうかも。アニスとも色々とあったけど、嫌いじゃないかも」

「本気で?凄いな」
ヴィクターがそう意外そうに笑うけれど、今となっては本当にそう思っている。
「そういうの、いい。すごく」
笑顔が嬉しくて、レナも軽く声に出して笑った。

――――わたしもヴィクターのそういう、認めてくれる所、好き。

いつだって、この人はレナを明るくしてくれる。信頼しあえる相手がすぐ側にいるというのは、なんて幸せな事なんだろう。
好きだって、何回言ったとしても足りる気はしない。

揺れて疲れてしまうはずの馬車の旅も、始終ふわふわと浮き立つ気持ちのせいか、疲労を感じることもなくて、何でもない景色は些細な物さえ目を楽しませた。

グランヴィル伯爵の名で手配されていたホテルは、レナも使い慣れている所でもちろん部屋は二つ予約されていた。
晩餐を終えた後、
「どうするの?」
本当に別の部屋に向かうのかと、そういう意味だった。
「じゃあ、後で」

パーティーの日からそれほど経っていないのに、……だからこそ、またあの夜みたいな時間を過ごしたくて狭い馬車の中、ヴィクターの本音を聞きたくて仕方がなかった。

一度はそれぞれの部屋に入り、身支度を整えたりしてしばらく経ってからノックの音がした。
鍵を開けると、躊躇なく入ってきたのはもちろんヴィクターで、シャツとズボンに軽く上着を羽織っていた。

「レナは意外と大胆だよな」
ウエストに回された腕に応えるように、胸元に両手のひらをつけて頬を肩に寄せた。
レナはナイトドレスにスリッパと人に会うには難がある服装だ。

「だって」
ずっと一緒にいたいと思ってしまう。
「だって?」
「………ダメなの?」

「ダメじゃないよ」
額へのキス、それからこめかみ……触れるだけのキスはやがて熱いものへと変わる。
「今日は酔ってないな」
「酔っ払った事なんてないわ」
この前の夜だって酔う程には飲んでいない。
「そうか?」
「そうよ」
そんな軽口を交わしながら、洗いたてで軽く結っていた髪がほどかれた。
「この方が、らしいな」

大人と見なされると、髪をほどく姿を見せる事はない。そんな特別な姿を求められて、むしろ嬉しい。
「ヴィクター」
「何?」
返事の代わりに、レナは首に手を回して唇を寄せた。指に触れる柔らかな髪の感触が心地よくて、そこだけじゃなくて重なった体温も、服越しの、柔らかな体を受け止める、硬く引き締まった体も全てが好きな感覚だった。

「………好きだよレナ」
愛しさが込み上げて更に抱きつく手に力がこもった。
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