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54,情報[victor]

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 ヴィクターからリディアーヌとの会話の内容を聞いたジョルダンは、軽く眉を寄せた。そんなちょっとした表情が様になり、大人の男の色香が漂う。

「ラモン伯爵夫人の狙いは私かも知れない」
「ジョルダンを狙う?」
キースが怪訝そうな顔をした。

「ラモン伯爵ばかり調べていて、夫人の事はあまり詳しく調べてなかったが、彼女の姉イレーヌと私は一時期恋人関係にあった。ヴィクターに話したイングレス人というのは、私の事だと思う」
「伯爵が!」
思わずヴィクターは声を上げてしまい、キースに視線で咎められた。

「フルーレイスにいた当時、イレーヌのような貴族の夫人と、あちらの社交界への足掛かりにするためにも、付き合いを持った。きちんと別れたつもりだが、中には恨んでいる女性も居たかも知れないな」
言外に複数の関係を匂わされヴィクターは平静さを保つのに全力を注いだ。
「それは、役目でしたことだろ?」

「向こうに行ってすぐの頃は、もちろん仕事という事もあったが……振られたばかりで自棄な部分も否定は出来ないな」
そう言って苦笑した。

思わぬ生々しい話にヴィクターはどこまで忘れるべきか考えを巡らせた。

「薄々気づいているだろうが、ジョルダンは王家の秘密諜報員だ。お前も武門派の家を継ぐ男なら覚えておけ、そして決して人に漏らすな」
「わかってます」

「情報収集するのに、女性たちの力というのは侮れない。親密になればそれなりの情報が入りやすくなるんだ」
ジョルダンはヴィクターにさらりと説明をした。

「イレーヌの元夫は、あちらの国の公爵で些細な情報でも集めたかったんだ。軽蔑する?」
普段なら柔らかい笑みがあるはずだが、今はいっそ、冷たく見えるだけの銀の髪と青の瞳。
穏やかなレナの父は、まるで冷酷な諜報員そのものに見えた。怖いところがある人だとはもちろん分かってはいたが……。

「わかりません」
「キースに似て、潔癖だな」
スッと青い目が細まる。

「私は次男だったからね、君たち継嗣がそれなりの役目を負うように、汚れた部分を引き受ける役目を負う事もあるんだ」

貴族であるからこそ、社交界に溶け込みそのなかで情報戦を戦って来れたのだ。だが、それよりも資質というものがあったのだろう。

「意外なことなんだが、レナは何故か情報を操る作戦を立ててそれを実行しようとしてる」
「産みの親より育ての親か」

確かにレナの今回立てている作戦は、とんでもなく回りくどい。だが、その分誰がどう作用させたか分からない内に、セシル・アンブローズをヒロインに仕立てあげてしまうだろう。

「私は親として出来るだけの事をしたつもりだ。しかしこうなると、自分のような過去を持つ男が普通に家庭を築こうとしても、やはり家族に迷惑をかける事になるものだ。ヴィクター、ラモン伯爵夫人を呼び出してはくれないだろうか?」
「はい」

ジョルダンはヴィクターに、王都の貴族たちが密談に使うバーを指定した。


****


 そして、いよいよリディアーヌを誘った日がやって来た。
シート毎に他の客からは死角になるように作られているその店は、薄暗いこともあり、密談に向いている。

「はじめてね、貴方からの誘いなんて……」
リディアーヌが店員に案内されて入ってきた。

「呼び出したのは私だ。リディ」
「貴方は………」
不意に登場したジョルダンに、リディアーヌは目を見張った。

『ジョルダン』
その声はか細く、そして震えてさえいた。
『何年ぶりかな?すっかり美しい女性になったね』
『私に会いに来てくれたの?』

リディアーヌの口ぶりはどこか甘さがあり、恨んでいるようには思えない。むしろ……まるで恋する相手に会ったかのようだ。

『そうだ。リディが娘や娘の婚約者に近づいたのは、もしかすると私に用があるのじゃないかと思ったからね』
『そう………わたし、貴方に会いたかった。ずっと』

ジョルダンはヴィクターに、行っていい、と合図をして、リディアーヌの隣に座った。

『何か頼もう』
ジョルダンがベルを鳴らすのを見て、ヴィクターはその席を離れると、途中でキースにこっちだと合図をされた。

「ジョルダンは大丈夫そうだったか?」
「なんというか………、恨みでなく恋する相手に対するような」

「なんだって?」

席はさほど離れていないが、様子を伺う事は出来ない。そのままその席で待ち、しばらく時が過ぎ、店員がやって来て
「閣下、先ほど店をお出になられました」
「そうか」
キースは店員にチップを渡すと、
「ヴィクター出よう」
「父上」
後を付けるのか、と言外に滲ませた。

「ジョルダンに任せておけば大丈夫だろう。そうでないと二人で席を立ったりしないはずだ」
「はい」
となると、家に帰りそして報告を待つだけか……。
それはそれで、焦らされる。

こんなことをするくらいなら、汗と埃まみれで剣でも振っている方がよほど性に合う。

***

そして、翌日ヴィクターは王宮を出た所で、リディアーヌの使いの従者に王都のロックハートで待っていると知らされた。

帽子を被り、優雅に座りながら待つリディアーヌを店先に見つけた。
「呼び立ててごめんなさいね」
「それで……目的は果たされたのですか?」

「そう、だとも言えるし、違うとも言えるわ。これ、貴方に……」
リディアーヌは手紙を差し出してきた。
「何ですか?」
「役に立つかどうかは知らないわ。でも、あちらの影でいけないことをしてる貴族の事を書いてきたわ」
美しく形に唇が笑みを作る。
「いいのですか?」
ヴィクターはそれを手にして、ざっと目を走らせた。

「――――……貴方ってほんとに腹がたつわね、最後まで……。わたくしの事を少しも魅力的には感じなかったの?」
「もちろん、貴女はとても美しくて男なら誰もが放っては置けないでしょう」
「なのに、違ったのね」
リディアーヌは、ため息混じりにそう呟くと
「これで二人で会うのは最後よ、この情報は貴方への迷惑料ね、じゃあ……さよなら」

それだけを言い、立ち上がるとリディアーヌが歩いて向かった方には、若い男。
それはルーク・ゲインズだった。
目が合うと、ルークはヴィクターに少しだけ合図を送ってきた。
リディアーヌがこれからルークと居るのを目撃されるとあっという間に噂は社交界を駆け巡るだろう。

ルークは何せ女性との噂が絶えない男だから、もしかしたらジョルダンがそう仕向けたのかも知れないと、勘が働いた。

封筒を内ポケットにしまい、ヴィクターはやっと肩の荷が降りた気がした。
何がどうなって解決させたのか、それはジョルダンに聞くしかない。
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