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53,見た目と内面 [victor]
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短い期間とはいえ、リディアーヌとの付き合いを断れない、というのはレナとの関係がきっちり築けておらず、ぐらついている今はなんとももどかしい。
早朝のパークに、乗馬服を身に付けヴィクターとリディアーヌは馬を斜めに並走させながらゆっくりと散歩をしている。
リディアーヌは、青色の乗馬ドレスを上手く着こなしていた。
「ラモン伯爵閣下はご一緒ではないのですか?」
今さらだが、これでまた噂の種になるのかと思うと、せめて二人きりで無ければ良いのにというのは勝手な考えなのだろうか?
「あの人は馬が嫌いなの。思い通りにならないものに乗るなんて真っ平なのですって」
好き嫌い、よりも貴族の社会で生きて行くには必要な素養だと認識していたヴィクターは少しばかり驚いた。
「あら、ヴィクターは驚くわよね?でも、嫌いな事は嫌いと言っても良いと思うの。―――――………んー、この公園とても素敵だわ」
「この国のほとんどの人が愛する景色です」
心地良さそうに首を巡らせるリディアーヌは、大人なのにどこか無邪気な感じがある。
自分たちが誇りに思う自国を誉められる事は、心地が良いことだ。
「わたくしがほんの少女だった頃、子供が出来ない事を理由に離縁された姉が家に戻ってきたの」
いきなり始まったその話しに戸惑いつつ、ヴィクターは
「それはまた、酷い話です」
「でも貴方は爵位を継ぐでしょう?だったら、仕方がない事もあると理解できるのじゃないかしら?跡継ぎは大切だから
―――でも、そんな傷心の姉にイングレス人の恋人が出来たの」
リディアーヌはにっこりと微笑むと
「その時の姉はとても幸せそうで、そんな風にした彼の事も、わたくしは好ましく思ったものよ。だから……この国を見てみたかったわ」
「来てみて、どうでしたか?」
「良かったわ……。でも、どうなのかしら?わたくし自身もどうするべきなのか、よく分かっていないのかも知れない」
「ラモン伯爵夫人、どうしてその話を私に?」
「……待ってるのかも知れない。その時を」
「その時?」
リディアーヌの話は、良く分からない。
だが、リディアーヌの意識は今はヴィクターのもとにはない。いつもなら、ヴィクターに向ける興味が全く向いてはいなかった。
「そこで休憩したいわ」
ヴィクターはその声に、馬から降りてリディアーヌが降りるのに手を差し出した。
夜会のものとは違う爽やかな香りを纏わせているのは朝だからか。シーンにあわせて装いと香りを変えるのは、見るからにファッションに気を配っているリディアーヌらしい気がした。
「そういえば、オペラの時レナに会いましたね?」
フレッシュジュースを手渡しながらヴィクターはそう聞いた。
「ええ、とても可愛いご令嬢ね。年の頃も見た目の釣り合いもヴィクターにぴったりで、まるで絵画か小説のよう。まして好ましく思う相手と結婚出来るなんてなかなか出来ない事よ。幸運だと思わなきゃ」
「ええ、感謝しています」
貴族の婚姻がどういうものか、ヴィクターは正確に理解していると思う。相手を選ぶときに一番に考えるのは家柄が釣り合うか、そしてその家が安定していて財力があるか、派閥はどうか。
それでもヴィクターの両親には愛情が互いにあるし、レナの両親もそうだということも知っている。
「邪魔をしたのが、わたくしで良かったのよ?だって本当に妬んだ女は何をしでかすかわからなくてよ?」
「貴女なら、何が良いと?」
「わたくしは仲を壊したいと思ってないと言うことよ。壊したいと思う人と、そうでないわたくし。貴方だって男の嫉妬を感じてるでしょ?」
「さぁ、どうでしょうか」
「とぼけないで、男だって男に嫉妬するわ」
「だったらそうかも知れませんね」
そう言うとリディアーヌはクスクスと笑い、
「まぁ、相変わらず可愛いげが足りないわ。嫌な事があったと思い出してみなさいよ、人の不幸って時には誰かを安心させて和ませるのよ、完璧な俺様なんて演じても近より難いだけで楽しくとも何ともないわ」
リディアーヌの言外の促してくる眼差しにヴィクターは口を開いた。
「寄宿舎に入って、すぐに同室のやつに嫌われた。だけど、すぐに喧嘩して、そのうち仲良くなり、そいつとは今では親友だと思ってる。爵位を継がないやつには、お前とは違うとすぐに言われる。婚約おめでとうの後に、あれで満足なのか早まったな、と要らない事を言われたりする。他の寮の奴にはたびたび喧嘩を売られたし、未だに嫌な顔をされる。だが、それくらい大した事じゃない」
「胸が大きいと、少し話しただけで誘惑してると言われ、男性と二人でいるだけで素肌を触れあわせたと噂される。赤みのある金髪は頭が悪そうに見られる。美人だと男性頼りの軽い女だと思われる。でもそんな事は大した事じゃないわ、誰か理解してくれる人が側に居てくれたら」
リディアーヌの言葉にヴィクターは自分もそんな目で見てはいなかったかとそう気づかされた。
ヴィクター自身も華やかな容姿をしているせいで、さぞかし上手く遊んでいると思われがちだ。話しかけられて話していただけで、その女性の恋人から攻撃的な言葉を投げつけられた事もある。
話していて分かった事は、リディアーヌはヴィクターにただ話し相手としての役割を求めているだけで、情報を引き出すとか、例えばベッドを共にしようとはしていない、ということだ。
「すみません、私も貴女を誤解してました」
「いいの。分かってるわ、長く共に暮らしている夫ですら理解してくれていないのだもの」
「こんな風に話してみてはいかがですか?」
「ラモンは……美しくてお飾りになる妻がいればそれでいいのよ。言葉が通じたって、伝わらない事もあるものよ」
「確かに下手に言葉が通じるよりも伝えようとする、それを汲み取ろうとする、その意志が無くては本当の気持ちというのは理解し合えないのかもしれません」
ヴィクターはレナの事を想った。
レナはいつだって真っ直ぐだ。けれど人にそれを押し付けたりしない。自分の事も他人の事も素直に受け止める。
貴族の社会では家柄身分がその人の本質よりも上回って見られがちだ。レナはそうしたものを気にしているようには見えなかった。
それは、彼女自身が高貴な家に連なり裕福な伯爵家の育ちゆえのゆとりなのかも知れないが、それでもほとんどの貴族たちがそう居られない事を知っている。
「好きなの?」
何が?とは問わなかった。
「どう見えますか?」
「問いに問いで返すなんて、駄目な男だわ」
クスクスとリディアーヌは笑った。
「答えは、貴女には答えたくないという事です。正直に言うなら、貴女の事好ましい人だと思ってます。こうして話しているととても手応えがある。上っ面の意味のない会話よりもずっと」
「彼女にしか想いは伝えないという事ね、それなら納得よ。聞いたわたくしが野暮だったわね」
クスッと笑いを纏わせて、リディアーヌは真っ直ぐにヴィクターを見た。
「今日は楽しかったわ。貴方の本音が聞けた気がして。外国人のわたくしにそんな風に接してくれるなんてヴィクターは本当に自信家ね」
「自信を持つように、努力してきてますから」
本当は近頃揺らいだのだが、それを溢すほど気持ちを許してはいない。
「行きましょうか」
リディアーヌの呟きを合図に、ヴィクターは彼女の手を取り、馬に乗るのを手伝った。
スッと背筋を伸ばして手綱を手にするリディアーヌは、話した後に見ると凛とした印象を受けた。そんな風に見たことは初めてだったかも知れない。
これは本当に、ジョルダンの言うように見当違いだったかも知れず、あまりにも先入観を持って人と対する事は見る目を曇らせるという事例だ。
早朝のパークに、乗馬服を身に付けヴィクターとリディアーヌは馬を斜めに並走させながらゆっくりと散歩をしている。
リディアーヌは、青色の乗馬ドレスを上手く着こなしていた。
「ラモン伯爵閣下はご一緒ではないのですか?」
今さらだが、これでまた噂の種になるのかと思うと、せめて二人きりで無ければ良いのにというのは勝手な考えなのだろうか?
「あの人は馬が嫌いなの。思い通りにならないものに乗るなんて真っ平なのですって」
好き嫌い、よりも貴族の社会で生きて行くには必要な素養だと認識していたヴィクターは少しばかり驚いた。
「あら、ヴィクターは驚くわよね?でも、嫌いな事は嫌いと言っても良いと思うの。―――――………んー、この公園とても素敵だわ」
「この国のほとんどの人が愛する景色です」
心地良さそうに首を巡らせるリディアーヌは、大人なのにどこか無邪気な感じがある。
自分たちが誇りに思う自国を誉められる事は、心地が良いことだ。
「わたくしがほんの少女だった頃、子供が出来ない事を理由に離縁された姉が家に戻ってきたの」
いきなり始まったその話しに戸惑いつつ、ヴィクターは
「それはまた、酷い話です」
「でも貴方は爵位を継ぐでしょう?だったら、仕方がない事もあると理解できるのじゃないかしら?跡継ぎは大切だから
―――でも、そんな傷心の姉にイングレス人の恋人が出来たの」
リディアーヌはにっこりと微笑むと
「その時の姉はとても幸せそうで、そんな風にした彼の事も、わたくしは好ましく思ったものよ。だから……この国を見てみたかったわ」
「来てみて、どうでしたか?」
「良かったわ……。でも、どうなのかしら?わたくし自身もどうするべきなのか、よく分かっていないのかも知れない」
「ラモン伯爵夫人、どうしてその話を私に?」
「……待ってるのかも知れない。その時を」
「その時?」
リディアーヌの話は、良く分からない。
だが、リディアーヌの意識は今はヴィクターのもとにはない。いつもなら、ヴィクターに向ける興味が全く向いてはいなかった。
「そこで休憩したいわ」
ヴィクターはその声に、馬から降りてリディアーヌが降りるのに手を差し出した。
夜会のものとは違う爽やかな香りを纏わせているのは朝だからか。シーンにあわせて装いと香りを変えるのは、見るからにファッションに気を配っているリディアーヌらしい気がした。
「そういえば、オペラの時レナに会いましたね?」
フレッシュジュースを手渡しながらヴィクターはそう聞いた。
「ええ、とても可愛いご令嬢ね。年の頃も見た目の釣り合いもヴィクターにぴったりで、まるで絵画か小説のよう。まして好ましく思う相手と結婚出来るなんてなかなか出来ない事よ。幸運だと思わなきゃ」
「ええ、感謝しています」
貴族の婚姻がどういうものか、ヴィクターは正確に理解していると思う。相手を選ぶときに一番に考えるのは家柄が釣り合うか、そしてその家が安定していて財力があるか、派閥はどうか。
それでもヴィクターの両親には愛情が互いにあるし、レナの両親もそうだということも知っている。
「邪魔をしたのが、わたくしで良かったのよ?だって本当に妬んだ女は何をしでかすかわからなくてよ?」
「貴女なら、何が良いと?」
「わたくしは仲を壊したいと思ってないと言うことよ。壊したいと思う人と、そうでないわたくし。貴方だって男の嫉妬を感じてるでしょ?」
「さぁ、どうでしょうか」
「とぼけないで、男だって男に嫉妬するわ」
「だったらそうかも知れませんね」
そう言うとリディアーヌはクスクスと笑い、
「まぁ、相変わらず可愛いげが足りないわ。嫌な事があったと思い出してみなさいよ、人の不幸って時には誰かを安心させて和ませるのよ、完璧な俺様なんて演じても近より難いだけで楽しくとも何ともないわ」
リディアーヌの言外の促してくる眼差しにヴィクターは口を開いた。
「寄宿舎に入って、すぐに同室のやつに嫌われた。だけど、すぐに喧嘩して、そのうち仲良くなり、そいつとは今では親友だと思ってる。爵位を継がないやつには、お前とは違うとすぐに言われる。婚約おめでとうの後に、あれで満足なのか早まったな、と要らない事を言われたりする。他の寮の奴にはたびたび喧嘩を売られたし、未だに嫌な顔をされる。だが、それくらい大した事じゃない」
「胸が大きいと、少し話しただけで誘惑してると言われ、男性と二人でいるだけで素肌を触れあわせたと噂される。赤みのある金髪は頭が悪そうに見られる。美人だと男性頼りの軽い女だと思われる。でもそんな事は大した事じゃないわ、誰か理解してくれる人が側に居てくれたら」
リディアーヌの言葉にヴィクターは自分もそんな目で見てはいなかったかとそう気づかされた。
ヴィクター自身も華やかな容姿をしているせいで、さぞかし上手く遊んでいると思われがちだ。話しかけられて話していただけで、その女性の恋人から攻撃的な言葉を投げつけられた事もある。
話していて分かった事は、リディアーヌはヴィクターにただ話し相手としての役割を求めているだけで、情報を引き出すとか、例えばベッドを共にしようとはしていない、ということだ。
「すみません、私も貴女を誤解してました」
「いいの。分かってるわ、長く共に暮らしている夫ですら理解してくれていないのだもの」
「こんな風に話してみてはいかがですか?」
「ラモンは……美しくてお飾りになる妻がいればそれでいいのよ。言葉が通じたって、伝わらない事もあるものよ」
「確かに下手に言葉が通じるよりも伝えようとする、それを汲み取ろうとする、その意志が無くては本当の気持ちというのは理解し合えないのかもしれません」
ヴィクターはレナの事を想った。
レナはいつだって真っ直ぐだ。けれど人にそれを押し付けたりしない。自分の事も他人の事も素直に受け止める。
貴族の社会では家柄身分がその人の本質よりも上回って見られがちだ。レナはそうしたものを気にしているようには見えなかった。
それは、彼女自身が高貴な家に連なり裕福な伯爵家の育ちゆえのゆとりなのかも知れないが、それでもほとんどの貴族たちがそう居られない事を知っている。
「好きなの?」
何が?とは問わなかった。
「どう見えますか?」
「問いに問いで返すなんて、駄目な男だわ」
クスクスとリディアーヌは笑った。
「答えは、貴女には答えたくないという事です。正直に言うなら、貴女の事好ましい人だと思ってます。こうして話しているととても手応えがある。上っ面の意味のない会話よりもずっと」
「彼女にしか想いは伝えないという事ね、それなら納得よ。聞いたわたくしが野暮だったわね」
クスッと笑いを纏わせて、リディアーヌは真っ直ぐにヴィクターを見た。
「今日は楽しかったわ。貴方の本音が聞けた気がして。外国人のわたくしにそんな風に接してくれるなんてヴィクターは本当に自信家ね」
「自信を持つように、努力してきてますから」
本当は近頃揺らいだのだが、それを溢すほど気持ちを許してはいない。
「行きましょうか」
リディアーヌの呟きを合図に、ヴィクターは彼女の手を取り、馬に乗るのを手伝った。
スッと背筋を伸ばして手綱を手にするリディアーヌは、話した後に見ると凛とした印象を受けた。そんな風に見たことは初めてだったかも知れない。
これは本当に、ジョルダンの言うように見当違いだったかも知れず、あまりにも先入観を持って人と対する事は見る目を曇らせるという事例だ。
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