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 今日も掃除が行き届いた店内を見回し、私は満足の吐息を漏らす。

 たとえお客さんが一人も来なくても、お店を構える以上はきちんとしないとね!

 外のドアにかけてあるプレートを『閉店中』から『開店中』に裏返し、私は気合を入れて声を上げる。

「よし、今日も頑張ろう!」


 誰も来ない午前が終わり、昼食のサンドイッチを食べながらお客さんが来るのを待つ。

 食べ終わったお皿を奥の台所で洗っていると、ドアベルがカランコロンと来店者を告げた。

 私は慌ててお皿を片付け、手をタオルで拭きながら店のカウンターに出て告げる。

「いらっしゃいませ! 雑貨屋ネルケにようこそ!」

 店の中に居たのは、気品のある貴族風の青年だった。

 サテンのシャツの上にベルベットのシャマールを羽織り、フェルトの帽子をかぶっている。かなりの上流階級だなぁ。

 彼は肩までの黄金色の髪の毛を揺らしながら、その琥珀色の瞳で店内を見回して告げる。

「アルヴィーラ殿はおられるか」

 バリトンの低い声は、その男性らしい容貌によく似合っていた。

 私は奇妙な胸の高鳴りを覚えながら、元気一杯の営業スマイルで応える。

「おばあちゃんですか? 先月亡くなりましたよ?
 お客さんはおばあちゃんに用事があったんですか?」

 お客さんは驚いたように目を見開いて私を見つめた。

「……『終焉の魔女』アルヴィーラ殿が、死んだ?」

「ええ、いくら凄い魔導士とはいっても、おばあちゃんだって人間ですから。
 老いには勝てませんよ。
 それで、お客さんの用件はなんだったんですか?」

 貴族風の青年が、カウンターに目を落としながら応える。

「そうか、老齢とは聞いていたが、亡くなったか。
 ――私はライナーという。
 終焉の魔女に、苦痛を覚えずに死を与える魔法薬を頼もうと思っていた」

 おやおや、なんだか物騒なお話だぞ?

 私は眉をひそめてライナーに応える。

「お客さん、そんな危ない薬を何に使うつもりなんですか?」

 ライナーは暗い顔で応える。

「母上が病床に伏していてな。
 医者や魔導士たちは、さじを投げてしまった。
 父上も、母上のことは諦めてしまわれたようだ。
 母上は今も、死に至る病で苦しい思いをしている。
 ならばもういっそのこと、苦しまずに死を与えられないかと相談に来たのだ」

 あら、なんだか母親想いの青年だった。

「それじゃあお客さんが母殺しになってしまいませんか?
 罪を背負ってまで、お母さんを楽にしてあげたいんですか?」

「このままでは、何年も生きられないと言われている。
 時間をかけて苦しみ抜き、衰弱して死ぬくらいなら、『あらゆるものに終わりを告げる』と言われる終焉の魔女に、母上の死を頼めないかと、こうして来たのだ。
 それで私が罪を被ろうと、これ以上母上が苦しむよりはずっとマシだろう」

「でも、お母さんは息子にそんなこと、してほしくないと思うんじゃないんですか?」

 ライナーがフッと辛そうな笑みを浮かべた。

「そうだな。母上は私の前では、気丈に明るく振る舞ってしまわれる。
 だが侍女たちから聞く様子では、毎日とても苦しい思いをしておられるようだ。
 私自身、扉の外で母上の苦しむ声を何度も聞いた。
 救えるものなら救いたいが、救う手段がわからない。
 ならばせめて、苦しみを早く終えて欲しいと思ったのだ」

「お母さんから、恨まれませんか?」

「構うものか。母上には最後くらい、安らかに眠っていただきたい」

 んー、お母さん思いだけど、少し考えが凝り固まっちゃってるな。

 なんだかこの人も、死に取りつかれてしまって居るように思える。

 それだけ家族が、お母さんの病気で苦悩してるんだろうな。

「お客さん、おいくつなんですか?
 若いように見えるのに、随分と大人びた考えをしてるんですね」

「もうじき十七になる――そういうお前は、いくつだ?
 なぜ子供が店番をしている?」

「私ですか? この間、十五歳を迎えたので立派な成人ですよ?
 このお店をおばあちゃんから受け継いだんです」

 ライナーの目が、私の束ねた髪の毛と目を眺めていた。

「七色に輝く銀髪と燃えるような赤い瞳は、噂に聞くアルヴィーラの容貌と同じだな。
 お前はアルヴィーラの孫か? 両親はどうした?」

「両親は私が物心つく前に、流行り病で死んだと聞かされました。
 それからはおばあちゃんに引き取られて育てられたんです。
 ですから今の私は、天涯孤独という奴ですね」

「お前はひとりで、生きていけるのか?」

 私はニコリと営業スマイルで応える。

「大丈夫ですよ、ありがとうございます」

 ライナーが小さく「そうか」とつぶやいて息をついた。

「……どうやら、無駄足になってしまったな。邪魔をした」

 身を翻して店を出ていこうとするライナーに、私は声をかける。

「あ、お客さん! ちょっと待って?!」

 ライナーがこちらに振り向き、私の言葉を待った。

「あのね、私の作った薬で良ければ、売ってあげられますよ?
 『苦しみを取り除き、安らかになる薬』がご注文の品でいいんですよね?」

 ライナーが私の目を、疑い深く見つめてきた。

「……お前が、魔法薬を作れるというのか」

 私は上目遣いで、両手の指先を合わせながら応える。

「本当は、おばあちゃんから『まだ未熟だから、魔法を使ってはいけない』と言われてるんですけどね。
 お客さんのお母さんを助けるためなら、おばあちゃんも許してくれると思うんです」

「それは、本当に母上を苦しみから解き放てる薬なのだな?」

「始めて作る魔法薬なので、自信はないですけど……たぶん大丈夫だと思います!
 これから作成に入りますので、三日後くらいに取りに来てください」

 ライナーが私の目を見つめて告げる。

「三日後だな? わかった。村に滞在して、三日後にまた来よう」

「ええ、お待ちしておりますね!」

 彼は今度こそ店を出ていき、店内には私だけが取り残された。

「……よし、私の初めてのお客さんだし、頑張らないと!」

 私は外のドアプレートを『閉店中』に裏返し、店の奥にある魔導工房へと向かった。




****

 三日後、ライナーが朝から店にやってきた。

「魔法薬はできているか」

 私は驚きながらライナーに応える。

「もちろんできてますけど……まだ開店前ですよ?
 そんなに待ちきれなかったんですか?」

「当然だろう、母上の苦しみを早く終わらせて差し上げたい」

 ライナーは、とっても情に篤い人みたいだ。

 私は魔法薬の瓶を取り出し、カウンターの上に置いた。

「代金は大金貨一枚――と言いたいところですが、私が初めて作った魔法薬です。
 サービスでお客さんには、金貨五百枚でいいですよ」

 大金貨は金貨千枚分。普通は貴族や大商人が扱うような大金だ。

 平民ならそれだけで、一生遊んで暮らせる。そんな金額。

 さすがにライナーも目を見開いて驚いていた。

「それほど高いのか」

「おばあちゃんが『大金貨以外で売ってはいけない』って、口を酸っぱくして私に言ってました。
 でも最初の薬くらい、半額サービスしてもいいかなって思うんです」

 ライナーが懐の革袋をカウンターにおいて、私に告げる。

「今の手持ちは金貨百枚しかない。普通の魔法薬なら、これで充分に釣りが来るはずなんだがな。
 これを前金にするから、その魔法薬を売ってくれないか。
 残金は改めて、私が持って来よう」

「ええ、それで構いませんよ」

 私は革袋の中身をカウンターに並べ、金貨の数を数え始めた。

 ライナーが私を見て告げる。

「……目の下に隈がある。徹夜をしたのか」

 私は金貨を数えながら応える。

「何度も失敗しちゃいましたからね。
 でもきちんと間に合いましたし、結果オーライです。
 ――はい、金貨百枚。丁度ですね。前金として頂きます」

 ライナーが大事そうに魔法薬の瓶を抱え、私に頭を下げて告げる。

「ありがとう、これで母上を苦しみから救って差し上げられる。
 ……お前の名前を、聞いてもいいか」

 私はニッコリと営業スマイルで応える。

「マルティナです。マルティナ・ネルケが私の名前です」

「そうか、マルティナ。また会おう」

 身を翻し、ドアベルを鳴らしながら店を出ていくライナーの背中を、私は最後まで見送っていた。
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