幸福な蟻地獄

みつまめ つぼみ

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第1章:囚われる少女たち

8.自宅映画上映会

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 俺たちはコンビニで飲み物やお菓子、軽食などを適当に見繕い、みんなで大袋を手にして戻っていく。

 その途中で、若い外国人風の男女と出くわした。

 二十代後半らしい二人連れのうち、男の方が前に出てくる。

 身長百八十センチを超える、大柄で筋肉質の男だ。

 白いTシャツと青いジーンズ、黒いレザージャケットを羽織り、茶髪で彫りの深い顔をしている。

「すまないが、道に迷ったんだ。
 海燕うみつばめの女子寮ってところには、どういったらいいのか教えてくれないか」

 温和な笑顔で尋ねられたが、外国人が女子寮に?

「悪いけど、その場所を教えるわけには行かない。
 あんたらの目的がわからないからな」

 男が肩をすくめて応える。

「俺たちのホテルが、女子寮のそばなんだよ。
 ぶらぶらと散策していたら住宅街に入っちまってな」

 俺は男の表情を観察しながら応える。

「あんたら、この島に何しに来たんだ?」

 男がニヤリと笑った。

「そう警戒しないでくれ。
 俺はデイビッド。この島には観光と視察に来てるんだ」

「視察? なんの視察だよ」

「日本最大の魔導を研究する都市だぞ?
 視察に来るのは不思議じゃないだろう?」

 そう言われるとそうかもしれないけど……なんか信用ならないな。

「それならそこの道をあっちに行けば大通りに出る。
 そこで適当な人間に聞いてくれ」

 デイビッドは肩をすくめ、「わかったよ、すまなかったな」と告げて女の元へ戻っていった。

 俺は立ち去っていく二人組を見送りながら、優衣ゆいに尋ねる。

「どうだった優衣。あいつら、本当のことを言ってたのか」

「……いいえ、彼の言葉は全て嘘よ。信用しちゃだめ」

 冷たい優衣ゆいの声を聞きながら、俺はため息をついた。

 携帯端末デバイスが普及してる現代で、道に迷って他人に道を聞くなんてあり得ない。

 そこまでして俺たちに接触を図る理由はなんだ?

 ――おっと、女子たちが不安がってるな。

 俺は振り返って女子たちに笑顔を向けた。

「早く帰ろうぜ! 映画の上映会、やるんだろ?」

 女子たちの顔に笑顔が戻り、俺たちは家路を急いだ。




****

 デイビッドは密かに背後の気配を探り、悠人ゆうとたちが立ち去っていくのを遠くから見ていた。

「なんだかガードが堅いな。煌光回廊レーザー・サーキットまで居やがる。
 あのメンバーで囲まれてると、仕事をやるのが難しそうだ」

 女――パラスが応える。

「女子五人に男子一人だなんて、週末に良いご身分ね。
 あの坊やは何者なの? データにはあった?」

 デイビッドが肩をすくめた。

「いーや。記憶にはない。
 少なくとも有名人ではないな。
 少し洗ってみるか?」

 パラスが頷いた。

「ええ、あのメンバーを洗えるだけ洗ってちょうだい。
 私は監視を続けて、隙があれば狙ってみるわ」

 デイビッドが頷き、二人が別れて歩き出した。

 二人の姿は住宅街に消えていった。




****

 俺たちはテーブルに飲み物と食べ物を並べ、備え付けのモニターの前に陣取った。

 なぜか俺がモニターの真ん前で、女子たちが左右に散っている。

 ティアは、あぐらをかいた俺の足を枕にして寝転び、右側に由香里ゆかり優衣ゆい、左側に美雪みゆき瑠那るなが座った。

 全員が俺に体重を預けるように身を沿わせているので、中々に居心地が悪かった。

「あー、お前ら? なんでこんな状態になったんだ?」

 由香里ゆかりが赤い顔で俺の右手に手を重ねながら告げる。

「その……さっき会話を聞かれてしまいましたし、もういっそ開き直ろうってみんなで話し合ったんです」

 さっきの会話……俺を独り占めするなとか、そういうことか。

 だからってこんなに身体をくっつける必要はないだろうに。

 美雪みゆきも照れながら俺の左手に手を重ねて告げる。

「これから上映するのは、私お勧めのロマンス映画最新作なの。
 悠人ゆうとさんにも楽しんでほしいな!」

「あはは……努力するよ」

 あんまし得意なジャンルじゃないから、居眠りしないか心配だ。

 右後ろで俺の右肩に寄りかかる優衣ゆいが告げる。

「せっかく男性とロマンチックな映画をみるんだもの。映画の役に共感できるくらい、身を寄せてみるのも面白いんじゃないかと思って」

 それは構わないが、なんだその……胸を押しつけるのはやめてほしい。気づいてないのかな。

 左後ろで俺の左肩に寄りかかる瑠那るなが告げる。

「私はこのジャンル得意じゃないから、途中で寝ちゃうかも」

 仲間が居た――けど、こいつも胸が俺の背中に触れてることを気にしてる様子がない。やっぱり気づいてないのか。

 俺は困惑しながら告げる。

「くっついていたいっていう、お前たちの希望はわかった。けど、もう少し距離をとらないか?」

 美雪みゆきが俺に振り向いて告げる。

「この映画の間だけで良いんだって。
 一度、こういう体験をしてみたかっただけなの」

「……そういうことなら、わかった。
 でもこの映画が終わったら、ちゃんと離れてくれよ?」

 頷いた美雪みゆきが、映画を再生させた。


 内容はありきたりな三角関係のストーリー。

 女二人が男一人を取り合うような、どこにでもある内容だ。

 恋人同士だった男女の前に、新しい女が現れて男をさらっていく。

 次第に女同士に友情が芽生えつつも、男の取り合いがシーソーゲームのように繰り返される。

 ――そしてロマンス映画に定番の濡れ場がやってきた。

 俺は気まずい空気を味わいながら、画面から聞こえる音声に耐えていた。

 おいおい、これってR15じゃないのか? 中学生が見てもいいんだろうか。

 俺の手を握る由香里ゆかり美雪みゆきの手が汗ばんでる。こいつらも緊張してるのかな。

 背中越しに伝わってくる優衣ゆい瑠那るなの心臓の音も、早鐘を打って忙しそうだ。

 具体的な映像は出さない代わりに音声はばっちりなので、余計に想像力が刺激されて困ってしまう。

 ティアは退屈だったのか、俺の足の上で気持ちよさそうに眠っていた。

 ようやく濡れ場が終わり一息つく。

 なんだかさっきより、俺の手を握ってくる由香里ゆかりたちの力が強い。

 優衣ゆい瑠那るなも、さっきより俺に身体を押しつけてくる気が――いや、俺が気にしすぎか。

 俺は映画に集中して、スタッフロールまでなんとか見届けた。


「――ふぅ。結局、男は元の関係を維持して、女同士の友情は続くって落ちか」

 美雪みゆきが俺の手を握りながら告げてくる。

「ヒロインがパートナーを死守しつつも、新しい友人としてライバルを歓迎するってところが面白いのよ。
 また再びライバルがパートナーに手を出してきても、何度でも追い返してやる! って意気込む強さが魅力なの」

「そ、そうなのか……俺には理解が難しい価値観だな。
 浮気をした時点で、男を見限りそうなもんだけど。かなり優柔不断じゃなかったか? この男」

 由香里ゆかりが俺の手を握りしめながら告げる。

「でもパートナーは頼りがいがあって、とっても優しい人でしたよ。
 ライバルの子が好きになっちゃうのも仕方ない人です。
 そんな関係に親近感を抱いてしまって、ヒロインにすっごい感情移入しました!」

 俺はきょとんとして由香里ゆかりの顔を見つめた。

「親近感なんて抱いたのか? 由香里ゆかりが」

 中一の女子が、親近感を抱くシチュエーションじゃないと思うんだが……。

 優衣ゆいが俺にもたれかかりながら告げる。

「もう、鈍いのね。私たちに全部言わせたいの?」

「……それは、お前たちが同じ心境に居るってことなのか?
 お前たちは、小学校からの友達なんだろう?
 それで俺に好意を寄せてるって、そういうことなのか?」

 そんな馬鹿な、と言いたいんだけど、状況がそれを言わせてくれなかった。

 女子たちは無言の肯定をするかのように、俺に身体を預けたままだ。

 ――どうすりゃいいんだ、俺は!

 俺の言動、たった一つでこいつらの友情にひびが入るかもしれない。

 そう思うと、それ以上何も言えなかった。

 沈黙を破るように美雪みゆきが告げる。

「同じ監督の別の映画も見ようか! そっちも面白い男女関係なんだよ!」

 え?! このまま、またロマンス映画を見るの?!

 俺の返事もまたないで、美雪みゆきは映画を選択して再生していった。
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