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私はフリードリヒと馬車に乗り、自宅に向かっていた。
……疲労感で体が重たい。だけど、魔法による命令を跳ね除けたという事実と、今この空間にフリードリヒが居てくれる心強さで、心は羽のように軽かった。
私は気が付くとフリードリヒを見つめていたようで、彼と目が合った。
「どうした? 不安なのか?」
「いえ、そんなことはありませんわ。
むしろその逆、フリードリヒ様が居てくれることが、とても頼もしいのです」
フリードリヒが、不安そうに眉をひそめた。
「だが今夜のエリーゼ嬢は、どこか様子がおかしかった。
辺境伯令嬢にあのように跪くなど、何があったというのだ」
「それは――」
再び、私の心臓が痛いほど締め付けられた。
呼吸もままならない苦しみの中、私はもう一度、裂帛の気合で声を上げる。
「はあああああっ!」
私は肩で息をした後、驚いて声をかけてくる御者に対して「なんでもありませんわ!」と応えてから、フリードリヒに向き直って告げる。
「私は≪隷属≫の魔法で自由を奪われてますの。
あの卑劣なヴィルヘルム・エッシェンバッハによってね。
さきほどまでは抗いきれず、『跪け』という命令に従ってしまいました。
お父様に恥をかかせてしまったので、帰ったら謝らなければなりませんわね」
フリードリヒは驚いたように目を見開いていた。
「その魔法は――禁呪。我が国で禁じられた魔法のはず。
そのような魔法を使えば、懲役刑は免れないだろう」
「そうらしいですわね。でも証拠がありませんの。
私の身体にも、それらしい痕跡はありませんし。
今なら私は自分を宮廷魔導士に鑑定してもらうこともできるかもしれませんが、魔法をヴィルヘルムがかけた証拠がない。
ですから、なんとしても証拠を確保したいところですわね」
フリードリヒが険しい顔で考えこみ始めた。
「そのような魔法を、なぜヴィルヘルムのような若者が使えるのだ」
私はその独り言に応える。
「お父様がお調べになったのですが、≪隷属≫は元々、エッシェンバッハ伯爵の生まれ故郷に伝わる魔法なのだそうです。
彼はそこの魔導士の系譜。その息子であるヴィルヘルムは、おそらく父親から魔法を伝授されたのだろうと」
フリードリヒの目が、どこか怒りを湛えているかのようだった。
「つまり、エッシェンバッハ伯爵が目覚ましい躍進を遂げたのも、全て魔法の力だったと?」
私は頷いて応える。
「ええ、お父様はそう推測してらっしゃるようです。
でも解呪するには術者の命を奪うか、先ほど私がやったように魔法の力を精神力で上回るしかない。
どうやら一つの命令に付き、毎回抗う必要があるみたいですわ」
「厄介な……」
私はニコリと微笑んで告げる。
「ですがもう、私は抗うコツを掴みました。
少々騒がしいですが、先ほどのように気合で魔法に抗えます。
被害者がこれ以上増える前に、私が何とか致しますわ」
フリードリヒの目が、不安そうに私の目を見つめた。
「何とかとは? まさか、これ以上危険な目に遭おうとしていないか」
私は微笑んだまま頷いた。
「そのまさか、ですわ。
あの男が、ただ意味もなくヴィオラに近づいたとも思えません。
共犯者になれる、家格の高い貴族令嬢――そんな人間を求めていたのではないでしょうか。
ヴィオラは共犯者になれる女。彼女ならば、もっと恐ろしい計画を推し進められます」
だから私は捨てられたのだ。彼にとってさらに美味しい『餌』が視野に入ったから。
フリードリヒが真剣な眼差しで私を見つめて告げる。
「その『恐ろしい計画』とは?」
「おそらくですが……ヴィルヘルムは王族を隷属させるつもりではないでしょうか。
ヴィオラは王族とも親しくしていると聞きます。
彼女なら、王家の人間を外に呼び出すことが可能ではないかと。
第一王子のローレンス殿下は、ヴィオラにご執心という噂も聞きますしね。
まさにおあつらえ向きの『餌』だと思いますわ」
フリードリヒの顔が歪み、厳しい表情で唇を噛んだ。
「そのような真似、決して許すわけにはいかぬ!
この王国を好きに操ろうと、そんな大それたことを考えているのか!」
私は慌ててフリードリヒの口元を手で押さえた。
「フリードリヒ様、声が大きすぎますわ。御者に聞かれます」
慌ててフリードリヒ様が窓越しに御者を見る――御者は特にこちらを気にする様子もなく馬を操っていた。
ふぅ、と二人で息をつき、改めて私は告げる。
「今はともかく、彼らの動向を注視する時期です。
不穏な動きがあれば、必ず食い止めなければなりません」
フリードリヒが厳しい表情のまま頷いた。
「そうだな、お互い油断をする事の無いよう、気を配ろう。
だが殿下たちにこの事を伝えた方がいいかは、悩ましいな」
私はため息をついて応える。
「そうですわね。ここでヴィルヘルムたちに警戒されると、証拠を押さえることが難しくなってしまう。
それに私が秘密を漏らしたとばれたら、必ず報復が待っているでしょう。
ただの命令なら抗えると思いますが、それ以上のことを魔法でされてしまえば、私の人生も終わりです。
それ自体は怖くありませんが、私が原因でお父様にこれ以上のご迷惑をおかけするのは避けたいと思います」
既に今夜、ヴェーバー伯爵家の家門に泥を塗ったばかりだ。
いくらお父様が許して下さったとしても、名家に生まれた女子の一人として、これ以上家門が恥辱にまみれるのを許すわけにはいかない。
私が膝の上で握りしめた手を、フリードリヒが片手で握りしめてきた。
「あなた一人で戦ってはいけない。
エリーゼ嬢もまた、守られるべき人だ。
何かあれば、すぐに私を頼って欲しい」
私はフリードリヒの目を見つめ、ニコリと微笑んだ。
「いいえ、『騎士見習いエル』は、決して守られる存在ではありませんわ。
自分でも戦える、強い騎士を目指す少年。
その心、魂を私は持っているのです。
そうでなくては、ヴィルヘルムに勝つことはできませんから。
――でも、ありがとうございます、フリードリヒ様」
フリードリヒは、私の目を見つめたまま柔らかく微笑んだ。
「そうか、だが決して無理はしないで欲しい。
あなたに何かがあれば、ご家族だけでなく、ここにも悲しむ人間が居ることを忘れないでくれ」
えっ――と思った時には、馬車の速度が緩やかになっていった。
間もなく停車した馬車の御者席から、御者が大声で告げてくる。
「お嬢様! 着きました!」
……もう、ムードの分からない御者ね。
私は苦笑を浮かべ、両手でフリードリヒの手のひらを包み込み、告げる。
「今夜はありがとうございました、フリードリヒ様」
「いえ、私は特に何も」
「そんなことはありませんわ。
あなたのおかげで、今こうしてここに居られるのですから」
私は彼の手を借りて馬車から降り、その手を惜しみながら離した。
御者には彼を自宅に送り届けるように指示を出し、私は伯爵邸に入っていった。
……疲労感で体が重たい。だけど、魔法による命令を跳ね除けたという事実と、今この空間にフリードリヒが居てくれる心強さで、心は羽のように軽かった。
私は気が付くとフリードリヒを見つめていたようで、彼と目が合った。
「どうした? 不安なのか?」
「いえ、そんなことはありませんわ。
むしろその逆、フリードリヒ様が居てくれることが、とても頼もしいのです」
フリードリヒが、不安そうに眉をひそめた。
「だが今夜のエリーゼ嬢は、どこか様子がおかしかった。
辺境伯令嬢にあのように跪くなど、何があったというのだ」
「それは――」
再び、私の心臓が痛いほど締め付けられた。
呼吸もままならない苦しみの中、私はもう一度、裂帛の気合で声を上げる。
「はあああああっ!」
私は肩で息をした後、驚いて声をかけてくる御者に対して「なんでもありませんわ!」と応えてから、フリードリヒに向き直って告げる。
「私は≪隷属≫の魔法で自由を奪われてますの。
あの卑劣なヴィルヘルム・エッシェンバッハによってね。
さきほどまでは抗いきれず、『跪け』という命令に従ってしまいました。
お父様に恥をかかせてしまったので、帰ったら謝らなければなりませんわね」
フリードリヒは驚いたように目を見開いていた。
「その魔法は――禁呪。我が国で禁じられた魔法のはず。
そのような魔法を使えば、懲役刑は免れないだろう」
「そうらしいですわね。でも証拠がありませんの。
私の身体にも、それらしい痕跡はありませんし。
今なら私は自分を宮廷魔導士に鑑定してもらうこともできるかもしれませんが、魔法をヴィルヘルムがかけた証拠がない。
ですから、なんとしても証拠を確保したいところですわね」
フリードリヒが険しい顔で考えこみ始めた。
「そのような魔法を、なぜヴィルヘルムのような若者が使えるのだ」
私はその独り言に応える。
「お父様がお調べになったのですが、≪隷属≫は元々、エッシェンバッハ伯爵の生まれ故郷に伝わる魔法なのだそうです。
彼はそこの魔導士の系譜。その息子であるヴィルヘルムは、おそらく父親から魔法を伝授されたのだろうと」
フリードリヒの目が、どこか怒りを湛えているかのようだった。
「つまり、エッシェンバッハ伯爵が目覚ましい躍進を遂げたのも、全て魔法の力だったと?」
私は頷いて応える。
「ええ、お父様はそう推測してらっしゃるようです。
でも解呪するには術者の命を奪うか、先ほど私がやったように魔法の力を精神力で上回るしかない。
どうやら一つの命令に付き、毎回抗う必要があるみたいですわ」
「厄介な……」
私はニコリと微笑んで告げる。
「ですがもう、私は抗うコツを掴みました。
少々騒がしいですが、先ほどのように気合で魔法に抗えます。
被害者がこれ以上増える前に、私が何とか致しますわ」
フリードリヒの目が、不安そうに私の目を見つめた。
「何とかとは? まさか、これ以上危険な目に遭おうとしていないか」
私は微笑んだまま頷いた。
「そのまさか、ですわ。
あの男が、ただ意味もなくヴィオラに近づいたとも思えません。
共犯者になれる、家格の高い貴族令嬢――そんな人間を求めていたのではないでしょうか。
ヴィオラは共犯者になれる女。彼女ならば、もっと恐ろしい計画を推し進められます」
だから私は捨てられたのだ。彼にとってさらに美味しい『餌』が視野に入ったから。
フリードリヒが真剣な眼差しで私を見つめて告げる。
「その『恐ろしい計画』とは?」
「おそらくですが……ヴィルヘルムは王族を隷属させるつもりではないでしょうか。
ヴィオラは王族とも親しくしていると聞きます。
彼女なら、王家の人間を外に呼び出すことが可能ではないかと。
第一王子のローレンス殿下は、ヴィオラにご執心という噂も聞きますしね。
まさにおあつらえ向きの『餌』だと思いますわ」
フリードリヒの顔が歪み、厳しい表情で唇を噛んだ。
「そのような真似、決して許すわけにはいかぬ!
この王国を好きに操ろうと、そんな大それたことを考えているのか!」
私は慌ててフリードリヒの口元を手で押さえた。
「フリードリヒ様、声が大きすぎますわ。御者に聞かれます」
慌ててフリードリヒ様が窓越しに御者を見る――御者は特にこちらを気にする様子もなく馬を操っていた。
ふぅ、と二人で息をつき、改めて私は告げる。
「今はともかく、彼らの動向を注視する時期です。
不穏な動きがあれば、必ず食い止めなければなりません」
フリードリヒが厳しい表情のまま頷いた。
「そうだな、お互い油断をする事の無いよう、気を配ろう。
だが殿下たちにこの事を伝えた方がいいかは、悩ましいな」
私はため息をついて応える。
「そうですわね。ここでヴィルヘルムたちに警戒されると、証拠を押さえることが難しくなってしまう。
それに私が秘密を漏らしたとばれたら、必ず報復が待っているでしょう。
ただの命令なら抗えると思いますが、それ以上のことを魔法でされてしまえば、私の人生も終わりです。
それ自体は怖くありませんが、私が原因でお父様にこれ以上のご迷惑をおかけするのは避けたいと思います」
既に今夜、ヴェーバー伯爵家の家門に泥を塗ったばかりだ。
いくらお父様が許して下さったとしても、名家に生まれた女子の一人として、これ以上家門が恥辱にまみれるのを許すわけにはいかない。
私が膝の上で握りしめた手を、フリードリヒが片手で握りしめてきた。
「あなた一人で戦ってはいけない。
エリーゼ嬢もまた、守られるべき人だ。
何かあれば、すぐに私を頼って欲しい」
私はフリードリヒの目を見つめ、ニコリと微笑んだ。
「いいえ、『騎士見習いエル』は、決して守られる存在ではありませんわ。
自分でも戦える、強い騎士を目指す少年。
その心、魂を私は持っているのです。
そうでなくては、ヴィルヘルムに勝つことはできませんから。
――でも、ありがとうございます、フリードリヒ様」
フリードリヒは、私の目を見つめたまま柔らかく微笑んだ。
「そうか、だが決して無理はしないで欲しい。
あなたに何かがあれば、ご家族だけでなく、ここにも悲しむ人間が居ることを忘れないでくれ」
えっ――と思った時には、馬車の速度が緩やかになっていった。
間もなく停車した馬車の御者席から、御者が大声で告げてくる。
「お嬢様! 着きました!」
……もう、ムードの分からない御者ね。
私は苦笑を浮かべ、両手でフリードリヒの手のひらを包み込み、告げる。
「今夜はありがとうございました、フリードリヒ様」
「いえ、私は特に何も」
「そんなことはありませんわ。
あなたのおかげで、今こうしてここに居られるのですから」
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