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第1章
16.器
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部屋に戻った俺は、アヤメの部屋を訪れていた。
不機嫌そうなフランチェスカをよそに、俺は人払いをした後、水を飲みながらアヤメに告げる。
「おい嬢ちゃん、お前のあの力に制限はないのか?」
アヤメは紅茶を口にしながら応える。
「んー? それってどういう意味?」
「連続して使えないとか、使えない時期や場所があるとか、そういったことだ」
「あー、町を吹き飛ばした時ぐらいの力だと、一時間くらいは休憩しないと駄目だね。
あとはねー、夜の方が威力が出るよ。
あと、月の満ち欠けでも威力に差が出るね。
なんて言ったっけ……月が真っ暗な夜は、ほとんど威力を出せないかな」
新月で威力が最低になるのか。
そこは留意しておく必要があるな。
インターバルが最大一時間というのは、戦略的に動くなら大きな支障にはならないだろう。
「あの力は迂闊に使うなよ。
バカスカ撃ちまくって地形を変えていると、国が滅びるからな」
アヤメが不満げに唇を尖らせ、俺に応える。
「お父さんと同じこと言わないでよ。そのぐらいわかってるってば。
でも大陸は広いんだからちょっとくらい地形を変えても大丈夫でしょ?」
「馬鹿、そんな訳あるか!
それに、住民にもなるだけあの力を見られないようにしろ。
兵士たち経由でいつかは噂が伝わるが、お前の力は迫害されかねん。
恐怖の対象となれば、お前は表を歩く事もできなくなるからな」
アヤメはきょとんとしていた。
「恐怖? なんで私が怖がられるの?」
「大きな町ひとつを簡単に消し飛ばす奴なんて、怖がらない方がおかしいだろ。
民衆が集団心理に飲まれるとおっかねーぞ。
面倒なことにならんように、あの力は必要最低限に使え」
フランチェスカが冷たい声で俺に告げる。
「その割に、ヴァルターさんは殿下を怖がらないのですね。なぜですか?
――それに、『食事以外は一緒に居ない』と言っていたのに、なぜ今ここに?」
俺は小さく息をついて応える。
「嬢ちゃんを怖がる理由がない、それじゃあ不満か?
今ここに居るのは、あの力の詳細を聞き出したかったからだ」
アヤメが元気な声で告げる。
「あれは『ツキカゲ』だよ。
シンキガイソウ『ヒメカミ』と、ハクロウゲッカの力を借りて撃つ、神の裁き。
月夜見様の最大のお力なんだ!」
「固有名詞が多くてややこしいな……。
ゲッカが大剣になったのは、見間違いじゃないよな? どういうことだ?」
「ゲッカはオオタチ――あの剣が本当の姿なんだよ。
えっと、神様に捧げられた剣、えーと……ああもう! フラン、なんて言えば良いの?!」
フランチェスカがふぅ、とため息を漏らした。
「ゲッカは神剣と呼ばれる、月夜見様に奉納された大剣――オオタチと呼びますが、あれが真の姿です。
神の力で、普段は白い狼の姿をしていますが、本来の名を『ハクロウゲッカ』と言います。
本来の名で力を振るう時に使えるのが『ツキカゲ』です」
俺はフランチェスカにさらに尋ねる。
「じゃあ、ヒメカミってのはなんだ? シンキガイソウってのは?」
「それは王家の秘密なので、部外者に教えることはできません。
アヤメ殿下に備わるお力、そうお考え下さい」
俺は足元のゲッカを見た――これの正体が、剣ねぇ……面白いもんだ。
フランチェスカが、不満そうに俺に告げる。
「そのような話、馬車の中ですれば済んだのでは?」
「いや、国王に余計な情報を与えたくない。
信用できない相手じゃないが、アヤメの情報はなるだけ伏せておきたい。
フランチェスカなら、アヤメの力がどれだけ危険か、その程度は理解できるだろう?」
「それは、そうなのですが……」
「だがある程度は、誰かが知っておくべきだ。
フランチェスカでは、今回のような時に適切な提案ができん。
俺なら多少はマシな提案ができる。
だから俺がアヤメの力の弱点を聞いた――問題があったか?」
フランチェスカが、不満そうに口を歪めた。
「理屈は理解しますが」
心は納得しない、か。こいつの俺への不信感も、深刻だな。
俺は席を立って告げる。
「邪魔をして悪かったな。飯時にまた来る。じゃあな」
俺は背後を見ずに、まっすぐ部屋を出た。
****
ヴァルターが去った部屋で、アヤメがクスリと笑った。
『実に興味深い男よの、ヴァルターは。
妾の力を間近で見ておいて、”怖がる理由がない”と言ってのけおったわ。
フランですら、しばらくは妾を恐れておったというのにな』
『……姫様、なぜあのようなことまで話されてしまわれたのですか。
”月影”の詳細は王家の秘伝、決して余人に伝えるものではありません』
アヤメが試すような視線でフランチェスカを見つめた。
『まだわからぬかえ?
人を見る目に欠けると、そうも道理に昏くなるのかえ?
嘆かわしいのぉ』
カッとなったフランチェスカの頬が赤く染まった。
『私の、どこが彼を理解していないというのですか?!』
アヤメはジト目でフランチェスカを見つめる。
『ほれ、そういうところじゃぞ?
小人は度し難いとは言うが、その通りやもしれぬな。
これほど言うてやっとるのにわからぬとは。
ヴァルターの爪の垢でも煎じて飲むが良い』
『私が! 彼より器が小さいとおっしゃるのですか?!』
アヤメがニコリと微笑んだ。
『まさか、己が大人だと言い張るつもりかえ?
フランにヴァルターほど動じない胆力があると、そう言い張るのかえ?
人を殺す覚悟も、殺される覚悟も、ヴァルターに及ばぬフランが?
あれほど人の生死をひたむきに見つめつつ、そのまま飲み込む度量がフランにあると?
フランや、おんしに町人ごと敵軍を撃ち滅ぼす指示を、妾に与えられたのかえ?』
『――それは?! ……すでにケーテンの町は、略奪にあった後です。
生き残っていた人間など、ほとんどいなかったはずです』
アヤメの目が薄く細まった。
『そう、生きていない”はず”、もう居ない”はず”、そのように己を騙れば、フランにもできたやもしれぬ。
じゃがヴァルターは違うぞ? そのような迷いなど持ち合わせてはおらぬ。
残した町人が敵軍に殺められようと、妾が消し飛ばそうと、己の選択として飲み込む男じゃ。
信じられぬなら、ヴァルター本人に聞いてみよ』
フランチェスカは口を引き結んだ。
『……では、失礼いたします』
そのままフランチェスカは、アヤメの部屋を真っ直ぐ出ていった。
その背中を、アヤメは楽し気に目を細め見つめていた。
****
俺が部屋のソファでくつろいでいると、ドアがノックされた――フランチェスカ?
「なんだ? どういう風の吹き回しだ?」
目を伏せながら、言いづらそうにフランチェスカが告げる。
「少し、お聞きしたいことがありまして。お時間をよろしいですか」
「まぁ、構わんが」
俺は横になっていた体を起こし、ソファに座り直した。
その向かいにフランチェスカが腰を下ろす。
「……ヴァルターさんは、ケーテンの町の犠牲をどうお考えですか」
なんだそりゃ、藪から棒だな。
「どうもこうもないだろ。
この国を救い、被害を最小限に抑える最善の手を打った。
それ以外の何があるって言うんだ?
戦争で人が死ぬのは当たり前だ。
それが軍人だろうと、民間人だろうと、必ず人が死ぬ。
その原因が政治家にあろうと、司令官にあろうと、指図を出したやつのせいで死ぬ。
『直接手を下してねぇから殺してない』なんてのは詭弁だ。
元を正せば戦争を起こしたやつが殺した。そういう話でもある」
フランチェスカはもどかしそうに、何かを必死に言いたがっているようだ。
「そうではなく……その、ケーテンの町で死んだあの町の住民のことを、どう考えているのかと」
なんだろうなぁ、何が言いたいんだ? 何が知りたい?
「あんたの聞きたいことがわからんが、もしかしてこういうことか?
『あの町の住民をアヤメに殺させた俺に責任はないのか』と。
それなら心配するな。
あの作戦を提案したのは俺だ。実行を承認したのは国王だがな。
最後にアヤメに指示を出したのも俺。
戦争で末端の兵士に罪はない。指示を出したやつが殺したんだ。
アヤメが住民を殺したんじゃない。俺が住民を見殺しにした。敵軍を釣る餌にしてな」
「……傭兵をしている時も、そうやって考えているのですか」
「あー? それとこれとは話が別だ。
一兵卒として、俺は俺の意志で人を殺している。
指揮は受けるが、俺の殺意で相手を殺す。だから相手にも俺を殺す権利がある。
一兵卒が責任逃れをするようじゃ、人間は終いだよ」
「――それでは! アヤメ殿下が人として終わっているというのですか?!」
「落ち着けよ。今のは末端の兵士としての心得、そういう話だ。
同時に指揮をする人間、指示を出す人間、そいつらも手を汚しているという覚悟がいる。
実行者も、指示を出した者も、命を奪う決断をしたことに変わりはない。
――そしてアヤメの場合は話が違う。これはさっきも言ったな。
あれほど強大な力の場合、通常の戦闘の倫理とレベルが変わる。
あいつは意志を持った兵器だ。あいつの投入を決めた段階で、決定者に全責任がある。
尤も、アヤメ自身はきちんと相手を殺している自覚があると思うがな」
困惑するフランチェスカが、頭を押さえながら考えこんだ。
「……何をおっしゃりたいのか、まったく理解できません」
「俺もお前が何を聞きたいのかがわかってないからな。
ピントがぼけた話になるのはしかたねーよ。
だから本質だけ伝えておくぞ。
『戦争は命をいかに効率よく消耗していくか』、そういう話になる。
味方の命を効率よく使って敵の命を削り切る。それが戦争の本質だ。
アヤメのように、一方的に敵の命だけをすり潰すなんてのは、反則技なんだよ。
あんな力は、使わせちゃーいけねぇな。特に子供には毒だ」
「……その死んでいった命の責任は、結局誰が取るんですか」
「戦争の責任は最終的に国王が取る。それがトップに居る者の務めだ。
だが今回の作戦の責任者は誰かって言ったら、俺になるだろう。
俺が逃げ遅れたケーテンの住民三千人を見殺しにし、アイゼンハイン王国軍三万を消し飛ばす指示を出した。
三万三千人の命を、俺はあの夜、背負ったんだ。
――こんな回答で満足か?」
フランチェスカの目が、俺の目を捉えた。
「そんなに大量の人間の命を奪って、なぜそのように落ち着いていられるのですか!
あなたは人でなしなんですか?!」
「人でなしか、そこは否定できないな。嬉々として傭兵稼業に精を出す人殺し、それが俺だ。
戦争の本質を理解しながら生きてるから、殺すことも、死ぬことも、納得しながら生きているだけだ。
あんたみたいに正常な人間が、この感覚を理解する必要はねぇさ」
フランチェスカはふらりと立ち上がり、青い顔で黙って部屋を去っていった。
……本当に、何が聞きたかったんだ?
不機嫌そうなフランチェスカをよそに、俺は人払いをした後、水を飲みながらアヤメに告げる。
「おい嬢ちゃん、お前のあの力に制限はないのか?」
アヤメは紅茶を口にしながら応える。
「んー? それってどういう意味?」
「連続して使えないとか、使えない時期や場所があるとか、そういったことだ」
「あー、町を吹き飛ばした時ぐらいの力だと、一時間くらいは休憩しないと駄目だね。
あとはねー、夜の方が威力が出るよ。
あと、月の満ち欠けでも威力に差が出るね。
なんて言ったっけ……月が真っ暗な夜は、ほとんど威力を出せないかな」
新月で威力が最低になるのか。
そこは留意しておく必要があるな。
インターバルが最大一時間というのは、戦略的に動くなら大きな支障にはならないだろう。
「あの力は迂闊に使うなよ。
バカスカ撃ちまくって地形を変えていると、国が滅びるからな」
アヤメが不満げに唇を尖らせ、俺に応える。
「お父さんと同じこと言わないでよ。そのぐらいわかってるってば。
でも大陸は広いんだからちょっとくらい地形を変えても大丈夫でしょ?」
「馬鹿、そんな訳あるか!
それに、住民にもなるだけあの力を見られないようにしろ。
兵士たち経由でいつかは噂が伝わるが、お前の力は迫害されかねん。
恐怖の対象となれば、お前は表を歩く事もできなくなるからな」
アヤメはきょとんとしていた。
「恐怖? なんで私が怖がられるの?」
「大きな町ひとつを簡単に消し飛ばす奴なんて、怖がらない方がおかしいだろ。
民衆が集団心理に飲まれるとおっかねーぞ。
面倒なことにならんように、あの力は必要最低限に使え」
フランチェスカが冷たい声で俺に告げる。
「その割に、ヴァルターさんは殿下を怖がらないのですね。なぜですか?
――それに、『食事以外は一緒に居ない』と言っていたのに、なぜ今ここに?」
俺は小さく息をついて応える。
「嬢ちゃんを怖がる理由がない、それじゃあ不満か?
今ここに居るのは、あの力の詳細を聞き出したかったからだ」
アヤメが元気な声で告げる。
「あれは『ツキカゲ』だよ。
シンキガイソウ『ヒメカミ』と、ハクロウゲッカの力を借りて撃つ、神の裁き。
月夜見様の最大のお力なんだ!」
「固有名詞が多くてややこしいな……。
ゲッカが大剣になったのは、見間違いじゃないよな? どういうことだ?」
「ゲッカはオオタチ――あの剣が本当の姿なんだよ。
えっと、神様に捧げられた剣、えーと……ああもう! フラン、なんて言えば良いの?!」
フランチェスカがふぅ、とため息を漏らした。
「ゲッカは神剣と呼ばれる、月夜見様に奉納された大剣――オオタチと呼びますが、あれが真の姿です。
神の力で、普段は白い狼の姿をしていますが、本来の名を『ハクロウゲッカ』と言います。
本来の名で力を振るう時に使えるのが『ツキカゲ』です」
俺はフランチェスカにさらに尋ねる。
「じゃあ、ヒメカミってのはなんだ? シンキガイソウってのは?」
「それは王家の秘密なので、部外者に教えることはできません。
アヤメ殿下に備わるお力、そうお考え下さい」
俺は足元のゲッカを見た――これの正体が、剣ねぇ……面白いもんだ。
フランチェスカが、不満そうに俺に告げる。
「そのような話、馬車の中ですれば済んだのでは?」
「いや、国王に余計な情報を与えたくない。
信用できない相手じゃないが、アヤメの情報はなるだけ伏せておきたい。
フランチェスカなら、アヤメの力がどれだけ危険か、その程度は理解できるだろう?」
「それは、そうなのですが……」
「だがある程度は、誰かが知っておくべきだ。
フランチェスカでは、今回のような時に適切な提案ができん。
俺なら多少はマシな提案ができる。
だから俺がアヤメの力の弱点を聞いた――問題があったか?」
フランチェスカが、不満そうに口を歪めた。
「理屈は理解しますが」
心は納得しない、か。こいつの俺への不信感も、深刻だな。
俺は席を立って告げる。
「邪魔をして悪かったな。飯時にまた来る。じゃあな」
俺は背後を見ずに、まっすぐ部屋を出た。
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ヴァルターが去った部屋で、アヤメがクスリと笑った。
『実に興味深い男よの、ヴァルターは。
妾の力を間近で見ておいて、”怖がる理由がない”と言ってのけおったわ。
フランですら、しばらくは妾を恐れておったというのにな』
『……姫様、なぜあのようなことまで話されてしまわれたのですか。
”月影”の詳細は王家の秘伝、決して余人に伝えるものではありません』
アヤメが試すような視線でフランチェスカを見つめた。
『まだわからぬかえ?
人を見る目に欠けると、そうも道理に昏くなるのかえ?
嘆かわしいのぉ』
カッとなったフランチェスカの頬が赤く染まった。
『私の、どこが彼を理解していないというのですか?!』
アヤメはジト目でフランチェスカを見つめる。
『ほれ、そういうところじゃぞ?
小人は度し難いとは言うが、その通りやもしれぬな。
これほど言うてやっとるのにわからぬとは。
ヴァルターの爪の垢でも煎じて飲むが良い』
『私が! 彼より器が小さいとおっしゃるのですか?!』
アヤメがニコリと微笑んだ。
『まさか、己が大人だと言い張るつもりかえ?
フランにヴァルターほど動じない胆力があると、そう言い張るのかえ?
人を殺す覚悟も、殺される覚悟も、ヴァルターに及ばぬフランが?
あれほど人の生死をひたむきに見つめつつ、そのまま飲み込む度量がフランにあると?
フランや、おんしに町人ごと敵軍を撃ち滅ぼす指示を、妾に与えられたのかえ?』
『――それは?! ……すでにケーテンの町は、略奪にあった後です。
生き残っていた人間など、ほとんどいなかったはずです』
アヤメの目が薄く細まった。
『そう、生きていない”はず”、もう居ない”はず”、そのように己を騙れば、フランにもできたやもしれぬ。
じゃがヴァルターは違うぞ? そのような迷いなど持ち合わせてはおらぬ。
残した町人が敵軍に殺められようと、妾が消し飛ばそうと、己の選択として飲み込む男じゃ。
信じられぬなら、ヴァルター本人に聞いてみよ』
フランチェスカは口を引き結んだ。
『……では、失礼いたします』
そのままフランチェスカは、アヤメの部屋を真っ直ぐ出ていった。
その背中を、アヤメは楽し気に目を細め見つめていた。
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俺が部屋のソファでくつろいでいると、ドアがノックされた――フランチェスカ?
「なんだ? どういう風の吹き回しだ?」
目を伏せながら、言いづらそうにフランチェスカが告げる。
「少し、お聞きしたいことがありまして。お時間をよろしいですか」
「まぁ、構わんが」
俺は横になっていた体を起こし、ソファに座り直した。
その向かいにフランチェスカが腰を下ろす。
「……ヴァルターさんは、ケーテンの町の犠牲をどうお考えですか」
なんだそりゃ、藪から棒だな。
「どうもこうもないだろ。
この国を救い、被害を最小限に抑える最善の手を打った。
それ以外の何があるって言うんだ?
戦争で人が死ぬのは当たり前だ。
それが軍人だろうと、民間人だろうと、必ず人が死ぬ。
その原因が政治家にあろうと、司令官にあろうと、指図を出したやつのせいで死ぬ。
『直接手を下してねぇから殺してない』なんてのは詭弁だ。
元を正せば戦争を起こしたやつが殺した。そういう話でもある」
フランチェスカはもどかしそうに、何かを必死に言いたがっているようだ。
「そうではなく……その、ケーテンの町で死んだあの町の住民のことを、どう考えているのかと」
なんだろうなぁ、何が言いたいんだ? 何が知りたい?
「あんたの聞きたいことがわからんが、もしかしてこういうことか?
『あの町の住民をアヤメに殺させた俺に責任はないのか』と。
それなら心配するな。
あの作戦を提案したのは俺だ。実行を承認したのは国王だがな。
最後にアヤメに指示を出したのも俺。
戦争で末端の兵士に罪はない。指示を出したやつが殺したんだ。
アヤメが住民を殺したんじゃない。俺が住民を見殺しにした。敵軍を釣る餌にしてな」
「……傭兵をしている時も、そうやって考えているのですか」
「あー? それとこれとは話が別だ。
一兵卒として、俺は俺の意志で人を殺している。
指揮は受けるが、俺の殺意で相手を殺す。だから相手にも俺を殺す権利がある。
一兵卒が責任逃れをするようじゃ、人間は終いだよ」
「――それでは! アヤメ殿下が人として終わっているというのですか?!」
「落ち着けよ。今のは末端の兵士としての心得、そういう話だ。
同時に指揮をする人間、指示を出す人間、そいつらも手を汚しているという覚悟がいる。
実行者も、指示を出した者も、命を奪う決断をしたことに変わりはない。
――そしてアヤメの場合は話が違う。これはさっきも言ったな。
あれほど強大な力の場合、通常の戦闘の倫理とレベルが変わる。
あいつは意志を持った兵器だ。あいつの投入を決めた段階で、決定者に全責任がある。
尤も、アヤメ自身はきちんと相手を殺している自覚があると思うがな」
困惑するフランチェスカが、頭を押さえながら考えこんだ。
「……何をおっしゃりたいのか、まったく理解できません」
「俺もお前が何を聞きたいのかがわかってないからな。
ピントがぼけた話になるのはしかたねーよ。
だから本質だけ伝えておくぞ。
『戦争は命をいかに効率よく消耗していくか』、そういう話になる。
味方の命を効率よく使って敵の命を削り切る。それが戦争の本質だ。
アヤメのように、一方的に敵の命だけをすり潰すなんてのは、反則技なんだよ。
あんな力は、使わせちゃーいけねぇな。特に子供には毒だ」
「……その死んでいった命の責任は、結局誰が取るんですか」
「戦争の責任は最終的に国王が取る。それがトップに居る者の務めだ。
だが今回の作戦の責任者は誰かって言ったら、俺になるだろう。
俺が逃げ遅れたケーテンの住民三千人を見殺しにし、アイゼンハイン王国軍三万を消し飛ばす指示を出した。
三万三千人の命を、俺はあの夜、背負ったんだ。
――こんな回答で満足か?」
フランチェスカの目が、俺の目を捉えた。
「そんなに大量の人間の命を奪って、なぜそのように落ち着いていられるのですか!
あなたは人でなしなんですか?!」
「人でなしか、そこは否定できないな。嬉々として傭兵稼業に精を出す人殺し、それが俺だ。
戦争の本質を理解しながら生きてるから、殺すことも、死ぬことも、納得しながら生きているだけだ。
あんたみたいに正常な人間が、この感覚を理解する必要はねぇさ」
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