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第6章:未来の予感
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七月下旬、世間では学生たちの夏休みが開始する時期だ。
観光地であるみなとみらいは、観光客の姿が増える。
山下公園もまたにぎわっているが、『カフェ・ド・アルエット』は平常運転だ。
真理は優美が紹介したブライダルコンサルタントに説明を受けていた。
「ランドマークタワー最上階は披露宴会場で、式場は地下になります。
今からですと、最短で秋に予約が取れるかもしれません。
優美さんのご紹介ですから、お望みなら手を尽くしますよ」
真理は悩んでから応える。
「じゃあ、それでお願いします。
秋で無理なら、冬でも構わないので」
その後も引き出物やレンタルドレス、料理の打ち合わせを進めていく。
人数が少ない小規模の結婚式なので、目立ったことはしないことにした。
一通り打ち合わせが済むと、真理はコーヒーを一口飲んで告げる。
「ここまでして急ぐ必要があるのかしら」
コンサルタントの女性が苦笑しながら応える。
「優美さんのご意向ですからね。
あの方が言葉を曲げなのは、ご存じでしょう?」
「そうなんですよねぇ……花嫁か。
実感わかないなぁ」
真理が自分の左手を見る。
薬指が寂しいその手を眺め、真理は小さく息をついた。
初デートが印象的で忘れていたが、真理は拓海から正式なプロポーズを受け取っていない。
なのに挙式の準備が進んで行く違和感は、どうしてもぬぐえなかった。
コンサルタントが返ってから、拓海が告げる。
「お盆の前に、またどこかに遊びに行かないか。
土日にかけて、一泊二日で」
真理がきょとんとした顔で拓海に尋ねる。
「どこに行くの?」
「夏だろう? 海に行こう。
湘南とかどう? 江の島の海水浴場。
みんなで暑さを忘れようよ」
――『みんなで』か。
真理は少しためらってからうなずいた。
「うん、わかった。
じゃあ水曜日に水着を用意しないとね」
「オッケー、みんなに声をかけておくよ」
楽しそうな拓海を見ながら、真理は憂鬱な気分になっていた。
――これがマリッジブルーなのかな。
結婚に確信が持てない。
あれほど望んでいたはずなのに、引き返したくてたまらない。
『まだ早いんじゃないか』と迷い、『本当にこれでいいのか』と自問自答する。
うつむいてる真理に、拓海が告げる。
「楽しい思い出にするから、期待してて」
「……うん」
真理はひとり、隠れてため息をついていた。
****
暗い部屋の中で、真理は拓海と指を絡ませながら頭を胸に預ける。
「ねぇ拓海さん、私たち少し急ぎ過ぎてないかな」
「今までの生活で、不安なことがあった?
あったら正直に言って」
――それは、ないんだけど。
二か月経った今も、拓海は全身全霊で真理を慈しんでくれている。
その実感を得ていてもなお、決定的な言葉を心が求めていた。
だがそれを直接要求するのは、何か違う気もした。
気づいて欲しい――そんな願いを込めて、拓海の目を見つめる。
拓海は真理の額にキスをして、真理を抱きしめた。
「もう少しだけ待っていて」
――何を待てばいいの?
すべてを言ってくれない拓海に、真理は初めて不満を感じていた。
****
水曜日、店の定休日に真理は、綾女や瞳を連れてショッピングモールに来ていた。
瞳が水着を物色しながら告げる。
「急に海とか言われても……困る」
綾女は体に水着を合わせながら応える。
「見せる相手が直也さんや厚樹さんじゃ、選び甲斐がないわよねぇ」
真理も水着を選びながら、ため息をついていた。
綾女が背後から真理の肩に顔を乗せて告げる。
「あらー? 一番幸福なはずの人が、何か心配事?」
「そういうんじゃないんだけど……」
綾女がニコリと微笑んで告げる。
「きっちり拓海さんを悩殺できる水着、選びましょ」
「うん……」
いくつか試着していき、意見交換をしていく。
真理は黒いパレオ付きのビキニを選び、会計をした。
瞳は柄物のワンピース、アヤメは白いパレオ付きビキニを選んでいた。
それぞれが満足しつつ、シェアハウスに戻っていく。
真理は卓也の部屋ではなく、自分の部屋に戻ってベッドに倒れ込んだ。
天井に掲げた左手を見て、またため息をつく。
――水着を見せたら、プロポーズする気になるかな。
ありえない願望を胸に、真理は水着の入った袋を部屋に残し、卓也の部屋に戻った。
****
土曜日の朝、『カフェ・ド・アルエット』の前にミニバンが停車していた。
シェアハウスの面々が、荷物を次々と運び込んでいく。
拓海が運転席に乗り込み、真理が助手席に乗りこんだ。
綾女、瞳、直也、厚樹も乗りこみ、車が南に向かって走り出す。
クーラーボックスを漁る直也が、中から缶ビールを取り出した。
あきれた綾女が直也に告げる。
「今から飲むの?」
「こういう暑い時こそ、ビールが美味い!
綾女もどうだ?」
差し出された缶ビールを、アヤメは苦笑しながら受け取った。
「一本だけよ? クーラーが効いてるのにビールを飲むとか、贅沢じゃない?」
厚樹と瞳は、小さな声でマニアックな話題で密かに盛り上がっていた。
「今期の夏アニメは……豊作だと思わない?」
「あー、わかります。
どれも作画が良いし、面白いですよね」
二人だけがわかる話題で盛り上がるのを、綾女はクスリと笑みをこぼして見守っていた。
直也が豪快に笑って告げる。
「綾女! つまみはジャーキーでいいか!」
「いいけど……それ、もう二本目じゃないの?」
「硬いことをいうな! ハハハ!」
賑やかな後部座席の声を聴きながら、真理は窓の外を眺めていた。
拓海は穏やかな顔で運転に集中している。
カーステレオからは夏の定番曲が流れ、フロントガラスからは強い日差しが差し込んでいた。
――夏、だなぁ。
夏を実感するなど、いつ以来だろうか。
通勤時に暑さを感じる以外では、しばらく記憶にない。
こうして遊びに出かけるのも、数年振りだ。
活気に満ちた世界の中で、真理はひとりどこか落ち込んだ気分で過ごしていた。
****
高速道路に乗って一時間もすると、湘南の海が見えてくる。
直也や綾女が楽しげな声を上げ、車内は盛り上がっていた。
車は下道に降り、江の島の海辺にあるホテルに入っていった。
各自が荷物を持ち、車を降りていく。
拓海が代表でチェックインし、鍵を受け取った。
「エレベーターに行こうか」
直也たちが声を上げ、ぞろぞろと拓海のあとをついて行く。
真理は拓海に手を握られ、黙って歩いていた。
エレベーターが上の階で止まり、みんなが部屋に散っていく。
二人部屋を三つ――つまり男女にわかれ、真理と拓海が同じ部屋だ。
荷物を下ろしながら拓海が告げる。
「着替えを持って、下で集合だよ」
「うん……」
動けない真理の背中を、拓海が押していく。
「今はすべて忘れよう。
明るい太陽の下にいれば、少しは元気になれるよ」
「……うん」
真理は水着の入ったバッグを手に、拓海と部屋を出た。
六人で合流し、一階に降りて海水浴場へ向かっていく。
更衣室で別れたあと、真理たちは入念に紫外線対策をしながら水着を着込んでいった。
更衣室の出口で六人が合流し、焼けた砂浜の上を歩いて行く。
照りつける太陽が、真理の暗い気分を押し流すようだった。
――折角来たんだし、落ち込んでても仕方ないか。
気持ちが上向いた真理は、綾女や瞳たちと浅瀬で水遊びを始めた。
****
昼近くになり、全員が浜辺に集合した。
厚樹が皆に尋ねる。
「どうします? どこかに食べに行きます?」
直也が大きな声で応える。
「あっちに海の家があるぞ?
海に来たら焼きそば! これは譲れんだろう!」
六人がうなずき、砂浜を移動していく。
夏休み期間の江の島は、芋を洗う混雑ぶりだ。
人波を押しのけながら、なんとか座れる店を探して席を取る。
ラーメン屋や焼きそば、肉類などを好きなように食べていく。
早めに食べ終わった直也と厚樹が、席を立った。
「俺たちは先に海に戻る。
何かあったらスマホで教えてくれ」
綾女と瞳も席を立った。
「私たちも先に行くわね。
二人はのんびりしてたら?」
四人がいなくなり、席に残った真理はのんびりと食事を口に運んでいた。
拓海は食べ終わった状態で、黙って真理を見つめている。
――なんだか、食べづらいんだけど。
気まずい時間が流れる中、男性の声が真理の耳に届いた。
「――お前、真理か?」
聞き覚えのある声に、真理は振り向いた。
そこには褐色の肌をした男性が、驚いたような顔で真理を見つめていた。
「……伸二」
真理は呆然と男性――伸二の顔を見つめた。
観光地であるみなとみらいは、観光客の姿が増える。
山下公園もまたにぎわっているが、『カフェ・ド・アルエット』は平常運転だ。
真理は優美が紹介したブライダルコンサルタントに説明を受けていた。
「ランドマークタワー最上階は披露宴会場で、式場は地下になります。
今からですと、最短で秋に予約が取れるかもしれません。
優美さんのご紹介ですから、お望みなら手を尽くしますよ」
真理は悩んでから応える。
「じゃあ、それでお願いします。
秋で無理なら、冬でも構わないので」
その後も引き出物やレンタルドレス、料理の打ち合わせを進めていく。
人数が少ない小規模の結婚式なので、目立ったことはしないことにした。
一通り打ち合わせが済むと、真理はコーヒーを一口飲んで告げる。
「ここまでして急ぐ必要があるのかしら」
コンサルタントの女性が苦笑しながら応える。
「優美さんのご意向ですからね。
あの方が言葉を曲げなのは、ご存じでしょう?」
「そうなんですよねぇ……花嫁か。
実感わかないなぁ」
真理が自分の左手を見る。
薬指が寂しいその手を眺め、真理は小さく息をついた。
初デートが印象的で忘れていたが、真理は拓海から正式なプロポーズを受け取っていない。
なのに挙式の準備が進んで行く違和感は、どうしてもぬぐえなかった。
コンサルタントが返ってから、拓海が告げる。
「お盆の前に、またどこかに遊びに行かないか。
土日にかけて、一泊二日で」
真理がきょとんとした顔で拓海に尋ねる。
「どこに行くの?」
「夏だろう? 海に行こう。
湘南とかどう? 江の島の海水浴場。
みんなで暑さを忘れようよ」
――『みんなで』か。
真理は少しためらってからうなずいた。
「うん、わかった。
じゃあ水曜日に水着を用意しないとね」
「オッケー、みんなに声をかけておくよ」
楽しそうな拓海を見ながら、真理は憂鬱な気分になっていた。
――これがマリッジブルーなのかな。
結婚に確信が持てない。
あれほど望んでいたはずなのに、引き返したくてたまらない。
『まだ早いんじゃないか』と迷い、『本当にこれでいいのか』と自問自答する。
うつむいてる真理に、拓海が告げる。
「楽しい思い出にするから、期待してて」
「……うん」
真理はひとり、隠れてため息をついていた。
****
暗い部屋の中で、真理は拓海と指を絡ませながら頭を胸に預ける。
「ねぇ拓海さん、私たち少し急ぎ過ぎてないかな」
「今までの生活で、不安なことがあった?
あったら正直に言って」
――それは、ないんだけど。
二か月経った今も、拓海は全身全霊で真理を慈しんでくれている。
その実感を得ていてもなお、決定的な言葉を心が求めていた。
だがそれを直接要求するのは、何か違う気もした。
気づいて欲しい――そんな願いを込めて、拓海の目を見つめる。
拓海は真理の額にキスをして、真理を抱きしめた。
「もう少しだけ待っていて」
――何を待てばいいの?
すべてを言ってくれない拓海に、真理は初めて不満を感じていた。
****
水曜日、店の定休日に真理は、綾女や瞳を連れてショッピングモールに来ていた。
瞳が水着を物色しながら告げる。
「急に海とか言われても……困る」
綾女は体に水着を合わせながら応える。
「見せる相手が直也さんや厚樹さんじゃ、選び甲斐がないわよねぇ」
真理も水着を選びながら、ため息をついていた。
綾女が背後から真理の肩に顔を乗せて告げる。
「あらー? 一番幸福なはずの人が、何か心配事?」
「そういうんじゃないんだけど……」
綾女がニコリと微笑んで告げる。
「きっちり拓海さんを悩殺できる水着、選びましょ」
「うん……」
いくつか試着していき、意見交換をしていく。
真理は黒いパレオ付きのビキニを選び、会計をした。
瞳は柄物のワンピース、アヤメは白いパレオ付きビキニを選んでいた。
それぞれが満足しつつ、シェアハウスに戻っていく。
真理は卓也の部屋ではなく、自分の部屋に戻ってベッドに倒れ込んだ。
天井に掲げた左手を見て、またため息をつく。
――水着を見せたら、プロポーズする気になるかな。
ありえない願望を胸に、真理は水着の入った袋を部屋に残し、卓也の部屋に戻った。
****
土曜日の朝、『カフェ・ド・アルエット』の前にミニバンが停車していた。
シェアハウスの面々が、荷物を次々と運び込んでいく。
拓海が運転席に乗り込み、真理が助手席に乗りこんだ。
綾女、瞳、直也、厚樹も乗りこみ、車が南に向かって走り出す。
クーラーボックスを漁る直也が、中から缶ビールを取り出した。
あきれた綾女が直也に告げる。
「今から飲むの?」
「こういう暑い時こそ、ビールが美味い!
綾女もどうだ?」
差し出された缶ビールを、アヤメは苦笑しながら受け取った。
「一本だけよ? クーラーが効いてるのにビールを飲むとか、贅沢じゃない?」
厚樹と瞳は、小さな声でマニアックな話題で密かに盛り上がっていた。
「今期の夏アニメは……豊作だと思わない?」
「あー、わかります。
どれも作画が良いし、面白いですよね」
二人だけがわかる話題で盛り上がるのを、綾女はクスリと笑みをこぼして見守っていた。
直也が豪快に笑って告げる。
「綾女! つまみはジャーキーでいいか!」
「いいけど……それ、もう二本目じゃないの?」
「硬いことをいうな! ハハハ!」
賑やかな後部座席の声を聴きながら、真理は窓の外を眺めていた。
拓海は穏やかな顔で運転に集中している。
カーステレオからは夏の定番曲が流れ、フロントガラスからは強い日差しが差し込んでいた。
――夏、だなぁ。
夏を実感するなど、いつ以来だろうか。
通勤時に暑さを感じる以外では、しばらく記憶にない。
こうして遊びに出かけるのも、数年振りだ。
活気に満ちた世界の中で、真理はひとりどこか落ち込んだ気分で過ごしていた。
****
高速道路に乗って一時間もすると、湘南の海が見えてくる。
直也や綾女が楽しげな声を上げ、車内は盛り上がっていた。
車は下道に降り、江の島の海辺にあるホテルに入っていった。
各自が荷物を持ち、車を降りていく。
拓海が代表でチェックインし、鍵を受け取った。
「エレベーターに行こうか」
直也たちが声を上げ、ぞろぞろと拓海のあとをついて行く。
真理は拓海に手を握られ、黙って歩いていた。
エレベーターが上の階で止まり、みんなが部屋に散っていく。
二人部屋を三つ――つまり男女にわかれ、真理と拓海が同じ部屋だ。
荷物を下ろしながら拓海が告げる。
「着替えを持って、下で集合だよ」
「うん……」
動けない真理の背中を、拓海が押していく。
「今はすべて忘れよう。
明るい太陽の下にいれば、少しは元気になれるよ」
「……うん」
真理は水着の入ったバッグを手に、拓海と部屋を出た。
六人で合流し、一階に降りて海水浴場へ向かっていく。
更衣室で別れたあと、真理たちは入念に紫外線対策をしながら水着を着込んでいった。
更衣室の出口で六人が合流し、焼けた砂浜の上を歩いて行く。
照りつける太陽が、真理の暗い気分を押し流すようだった。
――折角来たんだし、落ち込んでても仕方ないか。
気持ちが上向いた真理は、綾女や瞳たちと浅瀬で水遊びを始めた。
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昼近くになり、全員が浜辺に集合した。
厚樹が皆に尋ねる。
「どうします? どこかに食べに行きます?」
直也が大きな声で応える。
「あっちに海の家があるぞ?
海に来たら焼きそば! これは譲れんだろう!」
六人がうなずき、砂浜を移動していく。
夏休み期間の江の島は、芋を洗う混雑ぶりだ。
人波を押しのけながら、なんとか座れる店を探して席を取る。
ラーメン屋や焼きそば、肉類などを好きなように食べていく。
早めに食べ終わった直也と厚樹が、席を立った。
「俺たちは先に海に戻る。
何かあったらスマホで教えてくれ」
綾女と瞳も席を立った。
「私たちも先に行くわね。
二人はのんびりしてたら?」
四人がいなくなり、席に残った真理はのんびりと食事を口に運んでいた。
拓海は食べ終わった状態で、黙って真理を見つめている。
――なんだか、食べづらいんだけど。
気まずい時間が流れる中、男性の声が真理の耳に届いた。
「――お前、真理か?」
聞き覚えのある声に、真理は振り向いた。
そこには褐色の肌をした男性が、驚いたような顔で真理を見つめていた。
「……伸二」
真理は呆然と男性――伸二の顔を見つめた。
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