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第4章:新しいキャリア
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香澄は隣で刺身に手を伸ばしている花連に尋ねる。
「花連ちゃん、今日のことを知ってたの?」
「知ってたよー?
私は『マヨヒガ』全員の連絡先を知ってるもん」
――だから、私を急かしてご飯に連れ出したのか。
同居する最後の夜に、最高の思い出をくれたのだ。
それを理解した香澄の目に涙が光った。
「ありがとう、花連ちゃん」
花連がニカッと笑って応える。
「香澄と私は友達でしょ?
これくらい、とーぜんだよ!」
烏頭目が缶ビールを飲み干してから告げる。
「マスター! もう一本なのです!
――ところで水無瀬さんは、ビジネスマナーは習いましたですか?」
香澄はおずおずと応える。
「はぁ、ビデオを見せられただけですけど。
電話対応くらいなら、なんとかなります」
「それなら問題ないですね!
基本的にうちは伝手がないところから案件は受けません!
つまり、連絡は私に直接届きますです!
電話はだいたい勧誘なので、適当にあしらっていいですよ?」
「でも、来客はあるんじゃないですか?
お茶を出したりとかは――」
隣の席で青川が告げる。
「そういうのは私がやってあげるわよ。
それを見て覚えればいいわ。
わざわざ研修するまでもないわね」
拓郎がおでんの大根を箸で割りながら告げる。
「うちに来客なんてのも、まずないしな。
だいたいリモート、烏頭目さんのとこに直接話が来る。
俺たちは業務に専念してれば、それで充分だ」
香澄が目を瞬かせて告げる。
「……夢みたいな現場ですね」
烏頭目が覇気のある声で告げる。
「うちはベンチャーですからね!
古臭い企業と一緒にしないで欲しいのです!
合理的に、効率的に回せるのがベンチャーの利点なのです!」
晴臣が缶ビールと刺身のお替りを手にテーブルにやってきて告げる。
「オーナーの伝手で、確かな顧客しか紹介しないからね。
なんでもかんでも受注して自爆するベンチャー企業とも、一味違うよ。
そこは安心しても良いんじゃないかな」
烏頭目が缶ビールを受け取り、勢いよくふたを開けた。
「とーぜんなのです!
『今回は赤字だけど、実績になりますよ』とかいう甘言に乗せられてはいけませんです!
そんな顧客は全部突っぱねるのが正しいのです!
きちんと黒字を保証してくれる顧客こそ長く付き合っていけるビジネスパートナーなのです!」
そのままビールを喉に流し込んでいく烏頭目を見て、香澄がため息をついた。
「凄いですね。前職はそれなりに古い企業でしたけど、タイトな案件も多かったんです。
先輩がよく『営業はなんでもかんでも引き受けすぎる』ってぼやいてました。
ここは『そういう案件がない』ってことなんですね」
拓郎が大根を味わいながら応える。
「まー企業ってのはキャッシュフローがあれば延命できるからな。
それはそれで生存戦略なんだが、従業員が酷使される。
結果として離職が増えて、さらに現場が圧迫される。
よく聞く自滅パターンって奴だ」
実際に酷使され潰されかけていた香澄には、笑えない話だった。
――前の現場の人たち、今頃どうしてるだろう。
うつむいている香澄に、晴臣が告げる。
「水無瀬さんが気にすることじゃないよ。
人は自分の人生を生きていけばいい。
人生の責任は、自分にしか取れないんだ。
だから水無瀬さんは、水無瀬さんの人生を生きればいいんじゃないかな」
香澄が驚いて顔を上げ、晴臣を見つめた。
「私の考え、わかったんですか?」
晴臣がウィンクを飛ばして応える。
「そのくらいはわかるさ。
年の功ってやつだね」
カウンター内に戻る晴臣の背中を、香澄の目が追いかける。
「マスター、何歳ぐらいなんでしょうね」
花連は牛乳をちびちびと飲みながら応える。
「んー、私より長生きじゃなかったかな。
だから百年以上は生きてるはずだよ?」
――実はお爺さん?!
見た目は二十代前半の好青年、実年齢は百歳以上。
やはり『あやかし』の世界は、香澄の理解が及ばないようだ。
花連がニンマリと微笑んで告げる。
「どうしたのー?
ちょっとおじけづいちゃった?」
「おじけづいたって言うか、難しいなって」
人生の春を予感していた。
だが相手は『あやかし』で、人間とは違う。
心を通わせあえる気はするが、人生のパートナーになれるかはわからない。
悩む香澄に、拓郎が告げる。
「別にマスターだけが男じゃねーよ。
他の選択肢も考えてみたらいーじゃねーか」
「……うん、そうだね。
ありがとう、狭間さん」
烏頭目がニヤリと微笑んで告げる。
「マスターの対抗馬に名乗り出ようとは、身の程知らずも良いところなのです!
もう少し鏡を見てから物を言ったほうがいいと思うのです!
一言でいえば、分不相応です!」
「うるせー! 別に名乗り出てねーよ!」
拓郎は顔を赤くしてそっぽを向き、ビールを呷った。
きょとんとしていた香澄は、その様子を見て笑みをこぼした。
****
短い宴会が終わり、各自が部屋に戻っていく。
香澄は花連と立ち上がり、帰りかけていた。
「あれ? 烏頭目さんは残るんですか?」
烏頭目が笑顔で告げる。
「もう少し飲んでいくのです!
水無瀬さんは心配せず、明日に備えて欲しいのです!」
「そうですか……じゃあ、お先に失礼します」
会釈をした香澄は、花連に手を引かれて喫茶店をあとにした。
残った烏頭目は、缶ビールをちびちびと口にしていた。
店内を片づけている晴臣に、烏頭目が告げる。
「この色男、どうするつもりでありやがりますですか?」
「どうするも何も、僕は何もする気はないよ」
「か~っ?! なんという優柔不断ですか!
男なら態度をはっきりさせるです!
彼女の気持ちくらい、気付いててそのセリフを吐きやがりますですか!」
晴臣が困ったように微笑んだ。
「わかってるから、何も言えないんだ。
彼女は僕の懐に踏み込むことをためらってる。
そんな相手に距離を詰めるなんて、僕にはできないかな」
烏頭目がビールを一口飲んでから声を上げる。
「それが優柔不断だと言ってるです!
男なら『狙った獲物は逃がさない』くらい言えないですか!」
晴臣は涼しい顔でテーブルの上を片づけていく。
「別に狙ってる訳じゃないし、狙われてる訳でもないからね」
烏頭目がぼそりと告げる。
「狙ってないなら、なんで同じTシャツをわざわざ買ったですか。
自分をごまかすのが巧くなっても、私の目はごまかされませんですよ?!」
晴臣が静かな瞳でテーブルを見つめた。
「……そういうことなのかな」
「そういうこと以外、なにがあるですか!」
「……そっか、そうなのか。
ありがとう烏頭目さん、わざわざ教えてくれて」
烏頭目が缶ビールを飲み干して缶を握りつぶした。
「まったく、不甲斐ない男ですね!
その年齢は飾りですか?!」
「年を取ってるから臆病になるってこともあるよ。
僕は『あやかし』で彼女は人間。
そこは変えられないしね」
ため息をついた烏頭目の横を、食器を持った晴臣が通り過ぎた。
カウンターキッチンで洗い物をする晴臣を一瞥すると、烏頭目は黙って店の外に出た。
****
帰宅する香澄と一緒に部屋に入ってきた花連が、ベッドの上に飛び込んだ。
「最後の夜だし、今夜は香澄のベッドを堪能するぞー!」
香澄が苦笑を浮かべながら告げる。
「その前にシャワーを浴びましょうね」
「はーい」
今夜も服を脱ぎ散らかしながら、花連がバスルームに駆け込んでいく。
これが最後かと思い、感慨深く香澄は花連の服を拾い集めた。
自分も入浴の準備をしてから、バスルームに向かう。
「香澄ー! 早くー!」
その声に応えるように、香澄の姿もバスルームに消えた。
バスルームからは、楽しげな二人の笑い声が反響していた。
****
夜のベッドの中、花連を抱きしめながら香澄がつぶやく。
「本当に今夜で最後なの?」
「大丈夫。香澄なら、もう一人でもやっていけるって!」
その言葉を胸に受け止め、香澄はさらに強く花連を抱きしめた。
二人は最後の夜を、穏やかに過ごしていった。
「花連ちゃん、今日のことを知ってたの?」
「知ってたよー?
私は『マヨヒガ』全員の連絡先を知ってるもん」
――だから、私を急かしてご飯に連れ出したのか。
同居する最後の夜に、最高の思い出をくれたのだ。
それを理解した香澄の目に涙が光った。
「ありがとう、花連ちゃん」
花連がニカッと笑って応える。
「香澄と私は友達でしょ?
これくらい、とーぜんだよ!」
烏頭目が缶ビールを飲み干してから告げる。
「マスター! もう一本なのです!
――ところで水無瀬さんは、ビジネスマナーは習いましたですか?」
香澄はおずおずと応える。
「はぁ、ビデオを見せられただけですけど。
電話対応くらいなら、なんとかなります」
「それなら問題ないですね!
基本的にうちは伝手がないところから案件は受けません!
つまり、連絡は私に直接届きますです!
電話はだいたい勧誘なので、適当にあしらっていいですよ?」
「でも、来客はあるんじゃないですか?
お茶を出したりとかは――」
隣の席で青川が告げる。
「そういうのは私がやってあげるわよ。
それを見て覚えればいいわ。
わざわざ研修するまでもないわね」
拓郎がおでんの大根を箸で割りながら告げる。
「うちに来客なんてのも、まずないしな。
だいたいリモート、烏頭目さんのとこに直接話が来る。
俺たちは業務に専念してれば、それで充分だ」
香澄が目を瞬かせて告げる。
「……夢みたいな現場ですね」
烏頭目が覇気のある声で告げる。
「うちはベンチャーですからね!
古臭い企業と一緒にしないで欲しいのです!
合理的に、効率的に回せるのがベンチャーの利点なのです!」
晴臣が缶ビールと刺身のお替りを手にテーブルにやってきて告げる。
「オーナーの伝手で、確かな顧客しか紹介しないからね。
なんでもかんでも受注して自爆するベンチャー企業とも、一味違うよ。
そこは安心しても良いんじゃないかな」
烏頭目が缶ビールを受け取り、勢いよくふたを開けた。
「とーぜんなのです!
『今回は赤字だけど、実績になりますよ』とかいう甘言に乗せられてはいけませんです!
そんな顧客は全部突っぱねるのが正しいのです!
きちんと黒字を保証してくれる顧客こそ長く付き合っていけるビジネスパートナーなのです!」
そのままビールを喉に流し込んでいく烏頭目を見て、香澄がため息をついた。
「凄いですね。前職はそれなりに古い企業でしたけど、タイトな案件も多かったんです。
先輩がよく『営業はなんでもかんでも引き受けすぎる』ってぼやいてました。
ここは『そういう案件がない』ってことなんですね」
拓郎が大根を味わいながら応える。
「まー企業ってのはキャッシュフローがあれば延命できるからな。
それはそれで生存戦略なんだが、従業員が酷使される。
結果として離職が増えて、さらに現場が圧迫される。
よく聞く自滅パターンって奴だ」
実際に酷使され潰されかけていた香澄には、笑えない話だった。
――前の現場の人たち、今頃どうしてるだろう。
うつむいている香澄に、晴臣が告げる。
「水無瀬さんが気にすることじゃないよ。
人は自分の人生を生きていけばいい。
人生の責任は、自分にしか取れないんだ。
だから水無瀬さんは、水無瀬さんの人生を生きればいいんじゃないかな」
香澄が驚いて顔を上げ、晴臣を見つめた。
「私の考え、わかったんですか?」
晴臣がウィンクを飛ばして応える。
「そのくらいはわかるさ。
年の功ってやつだね」
カウンター内に戻る晴臣の背中を、香澄の目が追いかける。
「マスター、何歳ぐらいなんでしょうね」
花連は牛乳をちびちびと飲みながら応える。
「んー、私より長生きじゃなかったかな。
だから百年以上は生きてるはずだよ?」
――実はお爺さん?!
見た目は二十代前半の好青年、実年齢は百歳以上。
やはり『あやかし』の世界は、香澄の理解が及ばないようだ。
花連がニンマリと微笑んで告げる。
「どうしたのー?
ちょっとおじけづいちゃった?」
「おじけづいたって言うか、難しいなって」
人生の春を予感していた。
だが相手は『あやかし』で、人間とは違う。
心を通わせあえる気はするが、人生のパートナーになれるかはわからない。
悩む香澄に、拓郎が告げる。
「別にマスターだけが男じゃねーよ。
他の選択肢も考えてみたらいーじゃねーか」
「……うん、そうだね。
ありがとう、狭間さん」
烏頭目がニヤリと微笑んで告げる。
「マスターの対抗馬に名乗り出ようとは、身の程知らずも良いところなのです!
もう少し鏡を見てから物を言ったほうがいいと思うのです!
一言でいえば、分不相応です!」
「うるせー! 別に名乗り出てねーよ!」
拓郎は顔を赤くしてそっぽを向き、ビールを呷った。
きょとんとしていた香澄は、その様子を見て笑みをこぼした。
****
短い宴会が終わり、各自が部屋に戻っていく。
香澄は花連と立ち上がり、帰りかけていた。
「あれ? 烏頭目さんは残るんですか?」
烏頭目が笑顔で告げる。
「もう少し飲んでいくのです!
水無瀬さんは心配せず、明日に備えて欲しいのです!」
「そうですか……じゃあ、お先に失礼します」
会釈をした香澄は、花連に手を引かれて喫茶店をあとにした。
残った烏頭目は、缶ビールをちびちびと口にしていた。
店内を片づけている晴臣に、烏頭目が告げる。
「この色男、どうするつもりでありやがりますですか?」
「どうするも何も、僕は何もする気はないよ」
「か~っ?! なんという優柔不断ですか!
男なら態度をはっきりさせるです!
彼女の気持ちくらい、気付いててそのセリフを吐きやがりますですか!」
晴臣が困ったように微笑んだ。
「わかってるから、何も言えないんだ。
彼女は僕の懐に踏み込むことをためらってる。
そんな相手に距離を詰めるなんて、僕にはできないかな」
烏頭目がビールを一口飲んでから声を上げる。
「それが優柔不断だと言ってるです!
男なら『狙った獲物は逃がさない』くらい言えないですか!」
晴臣は涼しい顔でテーブルの上を片づけていく。
「別に狙ってる訳じゃないし、狙われてる訳でもないからね」
烏頭目がぼそりと告げる。
「狙ってないなら、なんで同じTシャツをわざわざ買ったですか。
自分をごまかすのが巧くなっても、私の目はごまかされませんですよ?!」
晴臣が静かな瞳でテーブルを見つめた。
「……そういうことなのかな」
「そういうこと以外、なにがあるですか!」
「……そっか、そうなのか。
ありがとう烏頭目さん、わざわざ教えてくれて」
烏頭目が缶ビールを飲み干して缶を握りつぶした。
「まったく、不甲斐ない男ですね!
その年齢は飾りですか?!」
「年を取ってるから臆病になるってこともあるよ。
僕は『あやかし』で彼女は人間。
そこは変えられないしね」
ため息をついた烏頭目の横を、食器を持った晴臣が通り過ぎた。
カウンターキッチンで洗い物をする晴臣を一瞥すると、烏頭目は黙って店の外に出た。
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帰宅する香澄と一緒に部屋に入ってきた花連が、ベッドの上に飛び込んだ。
「最後の夜だし、今夜は香澄のベッドを堪能するぞー!」
香澄が苦笑を浮かべながら告げる。
「その前にシャワーを浴びましょうね」
「はーい」
今夜も服を脱ぎ散らかしながら、花連がバスルームに駆け込んでいく。
これが最後かと思い、感慨深く香澄は花連の服を拾い集めた。
自分も入浴の準備をしてから、バスルームに向かう。
「香澄ー! 早くー!」
その声に応えるように、香澄の姿もバスルームに消えた。
バスルームからは、楽しげな二人の笑い声が反響していた。
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夜のベッドの中、花連を抱きしめながら香澄がつぶやく。
「本当に今夜で最後なの?」
「大丈夫。香澄なら、もう一人でもやっていけるって!」
その言葉を胸に受け止め、香澄はさらに強く花連を抱きしめた。
二人は最後の夜を、穏やかに過ごしていった。
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