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第3章:月下の妖精

第38話 闇夜の戦い

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 四人の子供たちが、夜の森を慎重に歩いていた。

 ランタンなどは持ってきていない。月明かりだけが頼りだ。

 突然強い風が吹き、辺りが暗くなった。

「チッ! 月が隠れたか! ――シトラス、魔物は周囲に居るか?!」

 シトラスが暗闇の中で声を上げる。

「――気を付けてくださいませ! 近寄ってきます!」

 気を付けろと言われても、月が隠れた夜の森だ。明かり一つなく、視界は完全に奪われている。

 だが周囲に獣らしい気配があるのを少年たちは感知した。

 レナートが声を上げる。

「どうするのですかアンリ様! 視界がなくては、戦いようがありませんよ!」

「気配だけで戦うしかあるまい! してシトラスに怪我を負わせるなよ!」

 緊張が走る男子とは裏腹に、シトラスがのんきな声で告げる。

「あら、皆様は魔物の位置がわかりませんの? では私がちょっと相手をしてきますわね」

「シトラス?! 何をする気だ?!」

 シトラスはアンリの声には応えず、駆け出す音だけが少年たちの耳に届いた。

「シトラス! 勝手に動き回るんじゃない! 危ないぞ!」

「心配はご無用ですわ! ――≪清廉なる壁セイント・ウォール≫!」

 暗闇の中で、光り輝くシトラスの姿が浮かび上がった。

 その両手は、淡く光る半透明の壁に包まれている。

 その拳にまとった光が、暗闇の中で激しく動き回っていた。

「聖女パンチ!」

 シトラスの叫び声と共に、犬の泣き声が聞こえた。

「聖女パンチ! 聖女パンチ! 聖女パンチ! ――ああもう、数が多いですわね! 聖女ラッシュ!」

 縦横無尽に駆け回る光が、暗闇の中で次々と魔物を撃退する音が聞こえてくる。

 最後に激しく光が駆け回った後、周囲には静寂が訪れていた。

 気持ちの良い風が吹くと同時に、視界が戻っていく――男子たちが見たのは、倒れこむ大量の魔物たちと、その真ん中でたたずむシトラスの姿だった。

「――ふぅ。雲が晴れるのが遅いですわ。結局一人で相手をしてしまったではありませんか」

 ボロボロになったネグリジェ姿で、満足気にシトラスがつぶやいていた。

 アンリがあわててシトラスに駆け寄った。

「怪我はないかシトラス!」

 シトラスは満面の笑みで応える。

「この程度の相手に、怪我なんてしませんわ。
 でも、ネグリジェは引き裂かれてしまいましたわね」

 その姿は、下着だけではなく肌もあらわになっている。

 見る人によっては、暴行されたと勘違いされても仕方ない有様ありさまだ。

 だがシトラスが言う通り、その肌には傷一つ付いていないようだった。

 アンリがあわててパジャマの上を脱ぎ、シトラスに無理やり着せて行く。

「ちょっ! お兄様?! 何事ですの?!」

「いいから着て居ろ! そのままでは悪い噂が立つ!」

 むくれたシトラスが、渋々パジャマの袖に腕を通していた。

「……あ、お兄様の匂いがしますわね」

 急に上機嫌になったシトラスが、袖の匂いを嗅いでいた。

 がっくりと脱力したアンリが、シトラスの両肩に手を置いた。

「シトラス、そんな真似は公爵令嬢として相応しくない。やめておくんだ」

「えー……仕方ありませんわね。でもお兄様こそ、夜中に森の中で半裸ですわよ? それこそ公爵令息として相応しくありませんわ」

「仕方ないだろう……それよりお前のガウンはどうしたんだ?」

 シトラスが辺りを見回した。

「動き回るのに邪魔なので脱ぎ捨てましたが……駄目ですわね、月明かりで探すのは無理そうですわ」

 レナートが足元に転がる犬型の魔物を目で確認していく。

「イビル・ハウンドか。この時期にしては珍しいな。
 ――この数のイビル・ハウンドを、お嬢様がお一人で倒されたのですか?」

 シトラスが可愛らしく目をしばたかせた。

「えっと……レナートは今、この場で私が倒したのを見てましたわよね?」

「見たと言いますか見えなかったと言いますか……暗闇でしたので、自信を持って言えません。
 なによりお嬢様がイビル・ハウンドの群れを撃退した事実を、受け入れることが難しいのです」

 可憐を凝縮ぎょうしゅくした妖精のような聖女が、まさか『聖女パンチ!』と叫んで魔物を殴り倒したなど、誰が信じると言うのか。

 その思いはファウストも同じようで、呆然と倒れ伏す魔物の群れを眺めていた。

「私でも一人ではこれだけの群れを相手に出来ません。
 シトラス様がこれほど武術にけているなど、初めて知りました」

 シトラスがにっこりと微笑んだ。

「小さい頃、武術の手ほどきを受けていただけですわ。
 ですから魔物の気配に合わせて拳を繰り出すくらいはできますの。
 聖女の奇跡を使っていますので、純粋な武術では皆様に及ばないと思いますわよ?
 単に相性が良かっただけですわ」

 そう告げているシトラスは、身体がゆらゆらと揺れていた。

 アンリがあわててシトラスを抱え上げる。

「お兄様?! 急にどうなさいましたの?!」

「シトラス、お前は自覚がないかもしれないが、聖女の奇跡を使って大立ち回りをして、力が尽きかけているぞ。
 このまま歩いていれば倒れるだろう。その前に抱え上げただけだ」

 むすっとしたシトラスが、不満気に応える。

「この程度で倒れるなんてことはないはずですわよ?! ……でも、お兄様の腕の中は……悪く……ありませんわね……」

 すぐにシトラスの穏やかな寝息が聞こえてきて、男子三人が深いため息をついた。

 レナートがあきれながら告げる。

「まったく、人騒がせなお嬢様だ」

 アンリがそれに応える。

「仕方あるまい。希代の聖女様だ。常識が通用する相手じゃないさ」

 ファウストが周囲を見回しながら告げる。

「それより急いで戻りましょう。シトラス様が気絶している今、襲われると無傷で抜けるのは苦しくなります」

 三人の男子がうなずきあい、急いで公爵邸へ向かい、歩を進めて行った。




****

 朝になって目が覚めるとレイチェルではなく、眉を逆立てたお母様が私の前に居た。

「シトラス、話はすべて聞いています。その上であなたには言うべきことがあるの。
 昨晩のことは、公爵令嬢として相応しい行動だったのかしら?」

「それはその……どちらかというと……あんまり相応しいとは……言えなくもないと言うか……」

 私は自分の身体を見下ろした。

 アンリ兄様のパジャマではなく、無傷のネグリジェを着せられている。

 お母様の顔を見上げて尋ねる。

「お兄様たちは今、どうしていますか?」

「ヴァレンティーノが雷を落としていたわ。
 今頃は敷地内を騎士たちと走らさせられてるんじゃないかしら」

 うわぁ……お父様は滅多に怒らない分、怒ると怖いんだよね。

「お母様、お兄様たちが私のためにしてくださったことなのです。
 どうか許してはあげられませんか」

 お母様が優しい微笑みに変わって告げてくる。

「すべて聞いたと言ったでしょう?
 あなたが悪夢にうなされて眠れなかったことも、ちゃんと聞いています。
 その上で、アンリたちはあなたの身を危険にさらしたと罰せられているのよ。
 連れ出すなら相応の準備をしてから連れ出すべきだったの。
 それこそ、騎士や兵士たちを起こしてでもね」

 そんなことを言っても、あんな時間に公爵邸に詰めている騎士なんてごくわずか、お父様やお母様の傍だけだ。

 兵士たちも、公爵邸を守る役割がある。連れだしたら公爵邸が無防備になってしまうだろう。

 そんなリスクを負ってまで私を外に連れ出すのは、いくらなんでもできないように思えた。

 ……つまり、外に連れ出すこと自体が間違いだったのかな?

 でも、あの景色を見たから私は悪夢を忘れて眠れたのだし、どうしたら正解だったのだろう?

 私がうんうんとうなっていると、お母様が優しく告げてくる。

「素直にヴァレンティーノや私を起こして相談してくれれば良かったのよ。
 でも子供だけで探検したいという遊び心も、理解はするわ。
 アンリたちがあなたを守り切って居れば、今回のことは不問にできた。
 だけど結局あなたの聖女の力に頼って、あなたが力尽きてしまったでしょう?
 そのことをヴァレンティーノは『不甲斐ない』と怒っているのよ」

 そんな理由でお父様は怒っているのか。

 私は無事に戻ってこれたのだから、大目に見てくれても良さそうなんだけどな。

 それだけお父様が私を大切に思ってくれてるということなんだろうか。

 私は窓辺に行って外を見た。

 お母様が言った通り、アンリ兄様たちが騎士たちと一緒に敷地を走っていく後姿が見えた。

 私はアンリ兄様たちに心の中で謝りつつ、お母様に指示されて服を着替えていった。
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