お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ

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第2章:聖女認定の儀式

第30話 聖女認定の儀式(2)

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 儀式の会場に私が姿を見せると、観衆からどよめきが起こっていた。

 どんなことを言っているのかまでは聞き取れない。

 みんな、滅多めったに表れない聖女という存在を、物珍しく見ているみたいだ。


 前回の人生で教えてもらったけど、聖女というのは百年に一度現れるかどうからしい。

 私の前に聖女が現れたのは百五十年くらい前、つまり聖女の実物を見たことがある人は、この場に居ないことになる。

 その時の聖女はサーラウティアという聖名を持った人で、何代か前の王族に嫁いだそうだ。

 ミレウスの聖名を与えられた聖女なんて、初代聖女と私ぐらいだってグレゴリオ最高司祭から教えられた。


 私は会場の中央で足を止めた。

 どんどん強くなる胸騒ぎを感じて、慎重に周囲を見回した。

 遠くに控えるお父様たち、反対側には国王陛下――あれ? 陛下とダヴィデ殿下だけ? ラファエロ殿下は?

 会場の奥から、聖水を運ぶ神殿の従者が現れる。

 ……なんで従者? 司祭が持ってくる物じゃなかったっけ?

 しかも背が低い。どうやら子供のようだ。フードを目深にかぶっているので、顔はわからない。

 だけど私には直感で分かってしまった。そのまとう空気は、ラファエロ殿下のものだ。

 そんな話、聞いてない。

 グレゴリオ最高司祭を見ても、戸惑っているのがわかる。

 ラファエロ殿下が少しずつ近寄ってくる。私の身体が強張こわばり、今すぐ逃げ出したい気持ちを必死に抑え込んだ。

 神殿の従者に成りすましたラファエロ殿下が目の前に来て、私に聖水の入ったさかずきを手渡す。

「飲めるものなら飲んでみろ、このいつわりの聖女が!」

 小声で叫ばれたそれは、悪夢の中で何度も私を責め立てた言葉。

 私は震える手でさかずきを受け取り、ラファエロ殿下を見つめた。

「なぜ、このようなことをなさるのです」

 私の小声での問いかけにラファエロ殿下は応えなかった。

「そのまま観衆の前で死ね! お前の死にざまは良い見せ物となるだろう」

 全ての言葉が、私に悪夢を思い出させる。

 膝が震えだし、もう立っているのもやっとだった。

 ――あの日のように、私はまた悪意の中で命を落とすのだ。


「シトラス!」


 お父さんの声に思わず振り返る。

 そこには、私を信じて見守ってくれている、今にも飛び出してきそうなお父さんの姿。

 ――そうだ、今はお父さんたちがついていてくれる。

 私は急速に冷静な自分を取り戻し、そして殿下が発した言葉の違和感に気が付いた。

 『そのまま観衆の前で死ね!』

 この状況で、観衆の前で死ぬ?

 聖水を飲んで死ぬ聖女なんて、聞いたことがない。

 手の中のさかずきからは、嫌な予感がほとばしっていた。

 ……そうか、この聖水に細工を施したのか。

 たぶん、これを飲めば死んでしまう。

 だけど飲むことを拒否すれば、偽物の聖女として処刑するつもりなんだろう。

 私はこの場で、このさかずきを飲み干してみせなければならない。

 ――ならば、飲み干してやろうじゃないか!

「≪慈愛の癒しセイント・ヒール≫!」

 私は癒しの奇跡を願いながら、さかずきを満たす聖水を一気にあおった。




****

 聖女が聖水を飲み干すと同時に、空から白い花びら舞い降りてきた。

 それと同時に曇天どんてんだった空が割れ、強い日差しが聖女だけを煌煌こうこうと照らし出した。

 降り注ぐ花びらはつぼみとなり、花へと変わっていった。

 民衆は空中で花開く白い花シトラスに目を見開いて驚いていた。

 民衆が空へ視線を奪われていると、再び聖女の声が会場に響き渡る。

「≪無垢なる妖精セイント・フェアリー≫! さかずきよ! 真実を教えて!」

 その言葉で観衆の目が聖女に戻った。

 さかずきから小さくて白い少女のような妖精が姿を現し、声高らかに告げる。

『ラファエロ王子が聖水に毒を入れたんだよ!
 神聖な聖水に毒を混ぜるなんて、聖神様を冒涜ぼうとくする行為だよ!』

 その言葉は、会場に居る人間すべてに衝撃を与えるものだった。




****

 私は白い妖精と一緒にラファエロ殿下を睨み付けた。

「妖精は嘘を言えない。これは間違いなく聖神様を冒涜ぼうとくする行為よ。
 ――グレゴリオ最高司祭! ラファエロ殿下を聖神様に反逆する者として告発します!」

 ラファエロ殿下は動揺して後退あとずさりながら、震える声で告げる。

「なぜだ……大型の猛獣を殺せる毒だぞ?! なぜそれを飲んで生きている!」

「聖神様の奇跡よ。
 本当に、随分ずいぶんと強力な毒を盛ってくれたものよね。
 でも、もうこれで逃げられない。
 ラファエロ殿下、あなたはもう、おしまいよ」

 遠くでシュミット宰相が大きな声を上げる。

「殿下が乱心なされた! 何をしている! 今すぐ捕縛せよ!」

 宰相の傍から騎士たちがあわてて駆け寄ってきて、ラファエロ殿下を取り押さえた。

「貴様ら、何をしている! 私は王子だぞ?! こんなことをして――」
「黙れ! 乱心して聖女を殺そうとした者に、王族の資格はない!」

 騎士が籠手こてをはめた拳でラファエロ殿下を殴り倒した。

 大人の兵士が本気で打ち込んだ拳だ。

 子供のラファエロ殿下はあっさり気絶していた。

 遅れて駆け付けた聖教会の兵士たちを、宰相の騎士たちがさえぎった。

「ラファエロ殿下の取り調べは我々が行う。王族の取り調べだ、聖教会は引っ込んでいてもらおう」

「そうはいかん! 聖女様を害する者は聖教会に歯向かう者! 取り調べは我ら聖教会が行う!」

 押し合いをしている騎士たちの背後で、ラファエロ殿下は他の騎士たちがすみやかに回収して奥に引っ込んでしまった。

 私は白い妖精に尋ねる。

「ラファエロ殿下以外に、この悪事に手を貸した人はいないの?」

『ごめんなさい、私はラファエロ王子が毒を入れたところしか見てないの』

「そう……」

 それなら仕方がない。

 私は駆け寄ってくるグレゴリオ最高司祭に向かって歩いて行った。

「シトラス様! ご無事ですか!」

 私は微笑みながら応える。

「ええ、なんとか。聖神様の加護のおかげですわね。
 でも子供のラファエロ殿下が独断で私の毒殺を行えるとは思えません。
 どう思いますか?」

 グレゴリオ最高司祭が王族席を睨み付けた。

「言うまでもありますまい?」

 私も国王陛下を睨み付ける。

 陛下は私を、憎しみを込めた眼差しで射殺そうとしていた。

 やっぱり、陛下の指示だったわけね。

 でも宰相が殿下を取り押さえたのは何故だろう? あの人たちって仲間だよね?

 あとでお父様に聞いてみよう。

 私はグレゴリオ最高司祭と共に、控えのスペースへ戻っていった。




****

 控えのスペースに戻った私は、その場で力尽きて倒れ込んでいた。

 倒れ込む私を、お父さんがとっさに抱き止めてくれる。

「シトラス! 大丈夫か!」

 私は精一杯の微笑みで応える。

「大丈夫だよ、お父さん。ただ、かなり強い毒を打ち消したから、それで疲れただけ」

 私はお父さんにかかえられていた。

 お父様が近寄ってきて、私に告げる。

「お前が無事で良かった。
 だが顔色が悪い。本当に大丈夫なのか?」

「ラファエロ殿下が、これでもかとプレッシャーを与えてくださいましたからね。
 それで余計に疲れただけですわ。
 ですがお父さんの一声で、私は救われました。
 消耗はしておりますが、命に問題はありません」

 お父様が私に頷いた。

「では我々は今すぐ家に戻ろう。
 ――グレゴリオ最高司祭! あとは任せるぞ!」

「わかりました。シトラス様のことは、お任せしましたぞ」

 お父様がうなずくと、お父さんは私を急いで馬車に運び込んだ。

 馬車は私たちを乗せると、すみやかに発車していった。


 揺れる馬車の中で、お父様が眉をひそめて私に告げる。

「毒をあおるなど、なんて無茶をするんだ」

「あの場で先に告発をしても、陛下は難癖をつけて私を処刑してしまったでしょう。
 私は先に聖女である証を見せねばならなかったのですわ」

 癒しの奇跡という勝算があったとはいえ、賭けだったことは間違いがない。

 先に癒しの奇跡を施しながら毒を飲むなんて、やったことはなかったし。

 私はお父さんの顔を見上げながら告げる。

「お父さんが声をかけてくれなかったら、きっと私は殺されてたと思う。
 本当にありがとう、お父さん」

 おそらく殿下の言葉の違和感に気付くことなく、毒をそのまま飲んでいただろう。

 こんなに強力な毒を飲んでからじゃ、癒しの奇跡を使うことなんてできない。

 きっと殿下が望んだ通りに、私は『いつわりの聖女が聖水を飲んで神の裁きを受けた』とでも言われたのだろう。

 私はお父様を見て尋ねる。

「なぜ宰相はラファエロ殿下を捕縛したのでしょうか」

 お父様が眉間にしわを寄せ、不機嫌そうに応える。

「おそらくラファエロ殿下から、今回の謀殺の詳細が漏れることを恐れたのだろう。
 このままでは殿下の命があやうい。
 真相を聞きだす前に死なれては困るが、我々では殿下の身柄を奪い返すことは難しいだろう」

「そうですか……宰相にとって、王族すら己のこまなのですね。
 生き死にすらどうでもよいのかしら。
 ですがこれで、借りを一つ返せましたわ」

 前回の人生で私に死罪を言い渡した陛下とラファエロ殿下。

 その片方を破滅に追い込めたのだから、今回はそれで良しとしよう。

 私の意識は馬車に揺られながら、満足感と共に薄れて行った。
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