上 下
76 / 81
第6章:司書ですが、何か?

76.

しおりを挟む
 朝日が眩しくて目が覚めた。

 ゆっくりと起き上がり、ベッドの上で伸びをする。

 隣は――あれ? もうアイリスの姿がない。

 時計を見ても、まだ六時だ。

 なんとなくぼんやりと、夢の記憶が残ってる。

 見知った誰かと私が結婚をして、アイリスみたいな幸福な笑顔を私が浮かべている夢。

 あれは、誰だったんだろう?

 大きくて柔らかいベッドから這い出して、寝室からリビングに入る――お爺ちゃんたちが、キッチンで料理をしてる?!

「何してるの?! なんで料理をしてるの?!」

 お爺ちゃんがこちらに振り返り、いつもの笑顔で私に告げる。

「おぅ、起きたか。おはようヴィルマ。
 なぁに、ちっと早くに目が覚めちまってな。
 部屋を漁ったら食品庫があったんで、物色してたらアイリスも起きてきた。
 キッチンもあるし、一品か二品作っておくかって話になった」

 アイリスは根菜に包丁を入れながら私に言葉を投げかけてくる。

「おはようございます、ヴィルマさん。
 おそらく七時過ぎには王宮が朝食を持ってきますよ」

「朝食が運ばれてくるのがわかってるのに料理をしてるの?!」

「いけませんか?」

 ……どんだけ『二人で料理』に拘ってるんだろう。

 でもやっぱり、二人は新婚夫婦のような空気を醸し出している。

 最初からこうだったってことは、それだけ二人の相性が良かったのだろう。

 私はダイニングチェアに座りながら、二人が冷製スープを作るのを眺めていた。




****

 私はテーブルに並んだジャガイモとネギのスープやハーブ入りのオムレツを見ながら感心していた。

「あっという間に出来上がったね……」

 アイリスがふふんと得意気に応える。

「毎日ラーズさんに鍛えられてますから。
 まだまだラーズさんの手並みには及びませんが、以前の私と同じだと思わない方が良いですよ?」

 お爺ちゃんも満足そうにスープを飲んでいた。

「――うん、いい味だ。もうアイリスに味付けを任せても大丈夫だな」

 うわぁ、新婚家庭の『圧』を感じる。なんだこの疎外感。

 私にも、こういう相手が居たらなぁ。できるのかな?

「いいなぁ、私もそういう相手が欲しいなぁ」

 ぼそりと呟いた私の言葉に、お爺ちゃんたちが意表を突かれた顔をしていた。

「ヴィルマお前、結婚したいと言ったのか?」

「うーん? どうだろう? でもお爺ちゃんとアイリスみたいな関係って羨ましいと思うし」

 アイリスが私を見ながら告げる。

「今までそんなこと、口にしてこなかったじゃないですか。どうしたんですか?」

「どうしたって……やっぱりアイリスの影響かも?」

 お爺ちゃんとアイリスが顔を見合わせ、ニコリと笑いあった――そこ! 二人だけで意思疎通しないで!

「良い傾向じゃねぇか。同い年のアイリスに刺激されたか。
 半月後のお見合いで、いい男が見つかると良いんだがな」

「お見合いか……気が重たいなぁ」

「どうした? 自分に合う男を探したいんじゃねぇのか?」

「そうなんだけど、なんかこう……違う気がして」

 お爺ちゃんがニヤリと微笑んだ。

「なるほどな。その気持ちを忘れんなよ?」

 どういう意味?

 私たちがゆっくりとスープとオムレツを口に運んでいると、侍女たちが朝食を運んできた。

 侍女たちも料理の跡に驚いていたみたいだけど、すぐに気を取り直して配膳を始めた。

 ……さすが王宮がお客をもてなすメニュー。品数が多い!

 パンに肉料理、魚料理に卵料理、季節のフルーツにスープまで付いて、飲み物まで?!

 でもスープを一口飲んでみたら、さっきのスープの方が美味しく感じた。

 アイリス……王宮の料理人より腕が上達してるとか、どういうこと?


 ゆっくりと朝食を食べ終わってから、お爺ちゃんが告げる。

「そろそろ帰るか! お前も司書の仕事がしたいだろう」

「そうだね。今からなら、午後の業務に間に合うし」

 侍女が王様へ報せに走り、しばらくすると王様が部屋にやってきた。

「もう帰るというのか。もう少しゆっくりしてもよいではないか」

「そうも言ってられねぇよ。こっちもやることがあるからな」

 やること? お爺ちゃんがやることって、なんだろう?


 王宮の入り口で王様たちに見送られ、私たち三人は馬車で学院に戻っていった。




****

 宿舎に帰りついたのはお昼近くだった。

 軽い昼食を宿舎で取り、私は図書館に向かった。

 司書室でエプロンをまとってマギーを背負う。

 そのままカウンターに向かってフランツさんに言葉を投げかける。

「おはようございます! ――っていっても午後ですけど。
 何か手伝うこと、ありますか?」

 フランツさんが爽やかな笑顔で応える。

「おはよう、でいいかな?
 蔵書点検はファビアンとシルビアで足りてるし、修復もサブリナが抱えられる範囲だ。
 ヴィルマが今まで頑張ってくれたおかげで、もう五人でも回せるようになったな」

 全員が本のダメージを見極められるようになったので、返却の時に修復の必要性を判断できるようになった。

 つまり、私が走り回る必要は、もうないのだ。

「それじゃあ私は何をしましょうかねぇ」

「カウンターで本でも読めばいいじゃないか。来客があれば、一緒に対応してくれ」

 なるほど、カウンター業務か。

 ここの本をほとんど読んでしまった私の有効活用――曖昧なニーズに対して、本を案内することぐらいだ。

 繁忙期が終わって暇だから、その時間で残りの本を読み進めてしまおうか。


 カウンターの中でフランツさんと並び、本を読む。

 言いようのない心地良さが私の心を満たしていく。

 やっぱり魔導書を読んでる時が、一番落ち着く……のかなぁ? なんだかちょっと違うような気もする。

 フランツさんがぽつりと呟く。

「なぁヴィルマ、次の休日にまた町に出かけないか」

「デートですか? いいですよ。今度はどこに行くんですか?」

「その……今度は町を散策するだけ、じゃだめかな」

 私は本からフランツさんに視線を移し、小首を傾げて尋ねる。

「それって楽しいんですか?」

 フランツさんは困ったように微笑みながら応える。

「それを確かめてみないか? 少なくとも、一緒に居て辛い相手ではないんだろう?」

 まぁそうなんだけど。町を散策かぁ。王都全部を知ってる訳じゃないし、何か新しい発見があるかな?

「わかりました。そのデートプランで手を打ちましょう。
 私はまだ平民の身分で自由がないので、前回と同じ感じでよろしくお願いします」

「ああ、わかってる。午後に迎えに行くよ」

「……午後からですか? どうせですし、午前から回りません?」

 フランツさんが驚いたような顔で私の顔を見つめてきた。

「……朝から、で大丈夫なのか?」

「そうですね。私は毎朝早起きしてるので、何時でも大丈夫です。
 あとはフランツさんが何時に起きられるか次第ですね」

 フランツさんが喜色を溢れさせて何度も頷いた。

「ああ! では十時に迎えに来るよ!」

 おや、思ったより遅い。

「もう少し頑張れません? 八時とかどうですか?」

「八時?! 店が開く前の時間じゃないか」

「お店に立ち寄る必要はないじゃないですか。
 散策って、ぶらぶらと歩くことでしょう?
 それで私を楽しませてみてください」

 困ったように眉をひそめたフランツさんが、それでもなんとか頷いた。

「わかった、じゃあ八時に、宿舎に行くよ」

「はい、楽しみにしてますね」

 私は再び本を魔導書に戻し、読書の続きを始めた。

 隣からはフランツさんが困惑する気配が伝わってきて、『どうしたんだろう?』と内心で首を傾げていた。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!

えながゆうき
ファンタジー
 妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!  剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!

【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

元勇者は魔力無限の闇属性使い ~世界の中心に理想郷を作り上げて無双します~

桜井正宗
ファンタジー
  魔王を倒した(和解)した元勇者・ユメは、平和になった異世界を満喫していた。しかしある日、風の帝王に呼び出されるといきなり『追放』を言い渡された。絶望したユメは、魔法使い、聖女、超初心者の仲間と共に、理想郷を作ることを決意。  帝国に負けない【防衛値】を極めることにした。  信頼できる仲間と共に守備を固めていれば、どんなモンスターに襲われてもビクともしないほどに国は盤石となった。  そうしてある日、今度は魔神が復活。各地で暴れまわり、その魔の手は帝国にも襲い掛かった。すると、帝王から帝国防衛に戻れと言われた。だが、もう遅い。  すでに理想郷を築き上げたユメは、自分の国を守ることだけに全力を尽くしていく。

処理中です...