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第5章:羽化
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『薔薇騎士と月下の王女』――シルベリア帝国で薔薇騎士と呼ばれたルーカスと、ノルドガルト王国の王女エリカの恋愛譚らしい。
氷雪王と呼ばれたシルベリア帝国の帝王マーカス。彼からノルドガルト王国攻略を命じられたのは、エリカ王女と恋仲にあったルーカスだった――
簡単にまとめると、こんな話だ。
七百年ほど前に大陸の大半を支配したと言われる、シルベリア帝国。
その興亡は歴史書を読んだので覚えている。でも歴史書の裏で、こんな悲恋があったんだなぁ。
ノルドガルト王国が陥落していく中、ルーカスは秘密裏にエリカ王女を逃がすけど、結局追手に囲まれてしまい、二人は共に崖から身を投げる。
その直前に永遠の愛を誓いあうのがクライマックスらしい。やたらと音楽がうるさかったし。
亡国の王女か。そういえば私も似たようなものだったっけ。
エテルナ王国が滅んだ時も、こんな感じだったのかな。まぁ国民も皆殺しにされたらしいから、もっと凄惨な感じだったんだろうけど。
ルーカスとエリカ王女が崖から飛び降りると共に、ステージの幕が下りていった。
明かりがつき、来場客たちが続々と立ち上がり、外に出始めた。
フランツさんが私の手を取り、立ち上がるのを手伝ってくれる。
「どうだった? 初めての歌劇は」
「はぁ、とにかくうるさかったですね。あんなに音を反響させる必要、あったんですか?」
フランツさんが困ったような笑みで応える。
「感想はそれだけ? 他になかったのかな?」
「そうですねぇ……なんとなく、エリカ王女と自分を重ねるところはあったと思います」
亡国の王女――そんな私は、どんな人生を送るんだろう。
エリカ王女はあのあと生き延びていたら、どんな人生を送ったんだろう?
私みたいに平民になって、隠れて生きていたのかな。
フランツさんは複雑な表情で私に告げる。
「……そうか。ともかく外に出ようか」
私は彼の肘に手を置きながら、外に向かって歩きだした。
****
「――お前、ヴィルマじゃないか?」
廊下を歩いていると、背後から声をかけられた。
聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはアルフレッド殿下とエミリアさんの姿。
護衛騎士の方々が周囲を取り囲んで、ちょっとした集団になっている。
殿下たちが私たちに近づいてきて告げる。
「お前たちも観劇に来ていたのか」
「ええまぁ。誘われたので」
殿下の視線がフランツさんを睨むように見つめ、ニヤリと微笑んだ。
「ほぅ……ヴィルマに手を出すとは、己の分を弁えぬ男だな。
ヴィルマの素性を、よもや忘れたとは言わさぬ」
言葉に詰まるフランツさんは、返す言葉が見つからなそうだ。
私は小さく息をついて告げる。
「何度も言いますけど、私は平民、司書のヴィルヘルミーナですからね。
それより何の用ですか? デート中なら、ちゃんとエミリアさんのお相手をしてくださいよ」
殿下が私を見て「ふむ」と楽しそうに微笑み、エミリアさんに告げる。
「エミリア、少し構わないか」
「……ええ、構いませんよ」
ため息交じりのエミリアさんの言葉に殿下が頷き、私たちに告げる。
「このあと食事をする予定なんだが、お前たちも付いて来い。同席しろ」
「は? 何を言ってるんですか。デートの邪魔なんてしたくないんで、エミリアさんに集中してくださいよ」
「まぁそう言うな。少し話をしたい」
有無を言わさぬ殿下の言葉に従うように、殿下の護衛たちが私たちも包み込むように配置を変えた。
……逃がす気はない、ということかな。
諦めた私たちは、殿下が歩く先へ一緒に向かっていった。
****
殿下が向かった先は劇場近くの料理店。その貴賓室だ。
完全個室の空間に大きなテーブルが置かれ、私たち四人はそこに着席した。
殿下が店の人間に指示を出すと、護衛たちが一人を残して部屋から退出し、扉が閉められた。
殿下が私を見ながら口を開く。
「さて……食事の前に軽く話をしておこう。今日の劇を、お前はどう感じた?」
どうって? どういえばいいんだ?
「音がうるさかったです。眠りたくても、あれじゃ眠れません」
「ハハハ! そうではない。エリカ王女やノルドガルト王国に、思う所はなかったかと聞いている」
私は戸惑いながら応える。
「そんなことを言われても、恋愛譚に興味はありませんし、ノルドガルト王国も詳しく知りません」
殿下が不敵な笑みのまま私に告げる。
「ノルドガルト王国は滅んだ国家だ。そしてお前の曽祖父もまた、亡国の生き残り。
言うなればお前とエリカ王女は似た立場なのだ。
亡国の王女として、あの劇に思う所はなかったか?」
思う……ところ。
「……エテルナ王国が滅んだ時も、こんなだったのかな、とは思いましたけど。
でもお爺ちゃんが『国民が皆殺しにされた』って言ってたから、もっと酷い光景だったんだろうな、とか」
アルフレッド殿下が満足気に頷いた。
「私も独自に調べたのだがな、人口五万人程度だったエテルナ王国は、徹底的に破壊しつくされたらしい。
その文化も、人間も、ことごとくを根絶やしにされた――唯一、『異界文書』だけが残された物だと言えよう」
ああ、やっぱりそうだったんだ。
じゃあ生き残れたお爺ちゃんのお爺ちゃんは、本当に運が良かったんだろうな。
殿下が言葉を続ける。
「だが王族の血筋は残されていた。魔導王国として当時名高かったエテルナ王家の末裔は、今もこうして私の目の前に居る。
その力は魔導三大奇書を二冊も写本したことで見事に証明された」
「……だから、なんだというんです?」
なんだろう、何を言いたいんだろう?
「その貴重な血筋を、市井に埋めてしまうのは惜しいと思わぬか?
お前の力を後世に残したい。我が国の力として活用したい。そう思ってはいけないか?」
私は困惑しながら応える。
「何が言いたいんですか? ハッキリ言ってくださいよ」
殿下が楽しそうに笑みを作った。
「ではそうしよう――ヴィルマよ、お前は我が妃となれ。
我が王家にお前の血を取り込み、力とする助けとなるのだ」
……はぁ?! 突然なにを言い出すんだ、この馬鹿王子!
「嫌ですよ! 私は司書だし、平民でいいんですよ!
なにより殿下と結婚とか、嫌に決まってるでしょ!
エミリアさんだっているのに、なんで私を妃にしようと思うんですか!」
「それなんだがな、エミリアとも相談した結果なのだ」
――なんて言ったの?!
私は思わず、エミリアさんを見つめていた。
****
エミリアさんが静かな表情で口を開く。
「……我が王国は、魔導において一歩遅れています。
ヴォルフガング様がいらっしゃったから近隣国と渡り合えた、その程度の力です。
ここで今、ヴィルマさんという強大な力を持った女性が居る。
あなたを王家に取り込めれば、王家が魔導王国の力を得ることに繋がります。
それはヴォルフガング様が亡くなられた後も、我が国を存続させる力となるでしょう」
「――だからって! 私が妃とか、エミリアさんは我慢ができるんですか?! 私は平民ですよ?! おうちの人は納得するんですか?!」
殿下が微笑みながら告げる。
「それについては、お前が妃となることが決まった時点で情報を開示することで決着するだろう。
エテルナ王家の王女なら、亡国とはいえ格が上。名誉が傷つくことにはならん」
「ちょっと待ってください! グリュンフェルト王国はどうするんですか!
エテルナ王家の生き残りが居るとばれたら、攻められるんでしょう?!
それを回避するために、私が写本を作ったんじゃないですか!」
「情勢が変わったのだ。今グリュンフェルト王国は近隣国から包囲網が敷かれ、これを打開するのは難しい状況にある。
我が国にも援軍を送れないかと打診が届く程度に、グリュンフェルトは逼迫している。
このままなら十年もせずに、グリュンフェルトは地図から名前を消すだろう」
そんな……いつの間にそんなことになってたの?
殿下が私の目を鋭く見つめて告げる。
「ヴィルマよ、我が正妃となれ。私は王太子となる。お前が我が国の王妃となり、世継ぎを産むのだ」
氷雪王と呼ばれたシルベリア帝国の帝王マーカス。彼からノルドガルト王国攻略を命じられたのは、エリカ王女と恋仲にあったルーカスだった――
簡単にまとめると、こんな話だ。
七百年ほど前に大陸の大半を支配したと言われる、シルベリア帝国。
その興亡は歴史書を読んだので覚えている。でも歴史書の裏で、こんな悲恋があったんだなぁ。
ノルドガルト王国が陥落していく中、ルーカスは秘密裏にエリカ王女を逃がすけど、結局追手に囲まれてしまい、二人は共に崖から身を投げる。
その直前に永遠の愛を誓いあうのがクライマックスらしい。やたらと音楽がうるさかったし。
亡国の王女か。そういえば私も似たようなものだったっけ。
エテルナ王国が滅んだ時も、こんな感じだったのかな。まぁ国民も皆殺しにされたらしいから、もっと凄惨な感じだったんだろうけど。
ルーカスとエリカ王女が崖から飛び降りると共に、ステージの幕が下りていった。
明かりがつき、来場客たちが続々と立ち上がり、外に出始めた。
フランツさんが私の手を取り、立ち上がるのを手伝ってくれる。
「どうだった? 初めての歌劇は」
「はぁ、とにかくうるさかったですね。あんなに音を反響させる必要、あったんですか?」
フランツさんが困ったような笑みで応える。
「感想はそれだけ? 他になかったのかな?」
「そうですねぇ……なんとなく、エリカ王女と自分を重ねるところはあったと思います」
亡国の王女――そんな私は、どんな人生を送るんだろう。
エリカ王女はあのあと生き延びていたら、どんな人生を送ったんだろう?
私みたいに平民になって、隠れて生きていたのかな。
フランツさんは複雑な表情で私に告げる。
「……そうか。ともかく外に出ようか」
私は彼の肘に手を置きながら、外に向かって歩きだした。
****
「――お前、ヴィルマじゃないか?」
廊下を歩いていると、背後から声をかけられた。
聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはアルフレッド殿下とエミリアさんの姿。
護衛騎士の方々が周囲を取り囲んで、ちょっとした集団になっている。
殿下たちが私たちに近づいてきて告げる。
「お前たちも観劇に来ていたのか」
「ええまぁ。誘われたので」
殿下の視線がフランツさんを睨むように見つめ、ニヤリと微笑んだ。
「ほぅ……ヴィルマに手を出すとは、己の分を弁えぬ男だな。
ヴィルマの素性を、よもや忘れたとは言わさぬ」
言葉に詰まるフランツさんは、返す言葉が見つからなそうだ。
私は小さく息をついて告げる。
「何度も言いますけど、私は平民、司書のヴィルヘルミーナですからね。
それより何の用ですか? デート中なら、ちゃんとエミリアさんのお相手をしてくださいよ」
殿下が私を見て「ふむ」と楽しそうに微笑み、エミリアさんに告げる。
「エミリア、少し構わないか」
「……ええ、構いませんよ」
ため息交じりのエミリアさんの言葉に殿下が頷き、私たちに告げる。
「このあと食事をする予定なんだが、お前たちも付いて来い。同席しろ」
「は? 何を言ってるんですか。デートの邪魔なんてしたくないんで、エミリアさんに集中してくださいよ」
「まぁそう言うな。少し話をしたい」
有無を言わさぬ殿下の言葉に従うように、殿下の護衛たちが私たちも包み込むように配置を変えた。
……逃がす気はない、ということかな。
諦めた私たちは、殿下が歩く先へ一緒に向かっていった。
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殿下が向かった先は劇場近くの料理店。その貴賓室だ。
完全個室の空間に大きなテーブルが置かれ、私たち四人はそこに着席した。
殿下が店の人間に指示を出すと、護衛たちが一人を残して部屋から退出し、扉が閉められた。
殿下が私を見ながら口を開く。
「さて……食事の前に軽く話をしておこう。今日の劇を、お前はどう感じた?」
どうって? どういえばいいんだ?
「音がうるさかったです。眠りたくても、あれじゃ眠れません」
「ハハハ! そうではない。エリカ王女やノルドガルト王国に、思う所はなかったかと聞いている」
私は戸惑いながら応える。
「そんなことを言われても、恋愛譚に興味はありませんし、ノルドガルト王国も詳しく知りません」
殿下が不敵な笑みのまま私に告げる。
「ノルドガルト王国は滅んだ国家だ。そしてお前の曽祖父もまた、亡国の生き残り。
言うなればお前とエリカ王女は似た立場なのだ。
亡国の王女として、あの劇に思う所はなかったか?」
思う……ところ。
「……エテルナ王国が滅んだ時も、こんなだったのかな、とは思いましたけど。
でもお爺ちゃんが『国民が皆殺しにされた』って言ってたから、もっと酷い光景だったんだろうな、とか」
アルフレッド殿下が満足気に頷いた。
「私も独自に調べたのだがな、人口五万人程度だったエテルナ王国は、徹底的に破壊しつくされたらしい。
その文化も、人間も、ことごとくを根絶やしにされた――唯一、『異界文書』だけが残された物だと言えよう」
ああ、やっぱりそうだったんだ。
じゃあ生き残れたお爺ちゃんのお爺ちゃんは、本当に運が良かったんだろうな。
殿下が言葉を続ける。
「だが王族の血筋は残されていた。魔導王国として当時名高かったエテルナ王家の末裔は、今もこうして私の目の前に居る。
その力は魔導三大奇書を二冊も写本したことで見事に証明された」
「……だから、なんだというんです?」
なんだろう、何を言いたいんだろう?
「その貴重な血筋を、市井に埋めてしまうのは惜しいと思わぬか?
お前の力を後世に残したい。我が国の力として活用したい。そう思ってはいけないか?」
私は困惑しながら応える。
「何が言いたいんですか? ハッキリ言ってくださいよ」
殿下が楽しそうに笑みを作った。
「ではそうしよう――ヴィルマよ、お前は我が妃となれ。
我が王家にお前の血を取り込み、力とする助けとなるのだ」
……はぁ?! 突然なにを言い出すんだ、この馬鹿王子!
「嫌ですよ! 私は司書だし、平民でいいんですよ!
なにより殿下と結婚とか、嫌に決まってるでしょ!
エミリアさんだっているのに、なんで私を妃にしようと思うんですか!」
「それなんだがな、エミリアとも相談した結果なのだ」
――なんて言ったの?!
私は思わず、エミリアさんを見つめていた。
****
エミリアさんが静かな表情で口を開く。
「……我が王国は、魔導において一歩遅れています。
ヴォルフガング様がいらっしゃったから近隣国と渡り合えた、その程度の力です。
ここで今、ヴィルマさんという強大な力を持った女性が居る。
あなたを王家に取り込めれば、王家が魔導王国の力を得ることに繋がります。
それはヴォルフガング様が亡くなられた後も、我が国を存続させる力となるでしょう」
「――だからって! 私が妃とか、エミリアさんは我慢ができるんですか?! 私は平民ですよ?! おうちの人は納得するんですか?!」
殿下が微笑みながら告げる。
「それについては、お前が妃となることが決まった時点で情報を開示することで決着するだろう。
エテルナ王家の王女なら、亡国とはいえ格が上。名誉が傷つくことにはならん」
「ちょっと待ってください! グリュンフェルト王国はどうするんですか!
エテルナ王家の生き残りが居るとばれたら、攻められるんでしょう?!
それを回避するために、私が写本を作ったんじゃないですか!」
「情勢が変わったのだ。今グリュンフェルト王国は近隣国から包囲網が敷かれ、これを打開するのは難しい状況にある。
我が国にも援軍を送れないかと打診が届く程度に、グリュンフェルトは逼迫している。
このままなら十年もせずに、グリュンフェルトは地図から名前を消すだろう」
そんな……いつの間にそんなことになってたの?
殿下が私の目を鋭く見つめて告げる。
「ヴィルマよ、我が正妃となれ。私は王太子となる。お前が我が国の王妃となり、世継ぎを産むのだ」
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