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第3章:神霊魔術
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舞踏会の翌朝、私は昨日と同じ八時に出勤した。
「え?! なんでみんなが居るの?!」
――そう、司書室には私以外の司書、フランツさんやカールステンさん、サブリナさんにファビアンさん、シルビアさんが揃っていた。
ディララさんが、苦笑交じりで告げる。
「もう一度言っておくけど、始業時間前は勤務時間に含めません。
この時間は清掃職員による作業もあります。
彼らの邪魔にならないように」
みんなの元気な声が返事をした。
私はやる気に満ちるみんなの顔を見て、唖然としてもう一度呟く。
「どうしちゃったんですか……だって、まだ八時ですよ?」
ファビアンさんがニコリと微笑んだ。
「それは君だって同じだろう? ヴィルマ。
私たちは君ほど卓越した能力はないが、まずは真似から始めてみようと思ってね。
君と同じように蔵書の位置を把握する訓練をしてみるよ」
シルビアさんが柔らかく微笑んだ。
「十六歳のあなたと、二十歳を超える私たちでは、記憶力にも開きがあるわ。
それでも毎日繰り返していれば、それなりに覚えるものなの。
これは、毎日蔵書チェックしている私とファビアンが実体験でわかっていることよ」
「そんな、それじゃあ無理して早朝勤務せずに、毎日の業務の中で覚えればいいじゃないですか……」
「今はまだ、あなたほどの精度がないのよ。
なんとなく『それっぽいタイトルの本があのあたりに置いてあった気がするな』って程度なの。
あなたのように、目録を見ずに案内できると自信を持って言えるほどじゃないわ。
私とファビアンは、その精度を上げる訓練ね」
フランツさんが、いつもの爽やかな笑顔で告げる。
「私とカールステン、サブリナは、一から覚えていくよ。
この訓練をしていけば、私たちも蔵書チェックができるようになるはず。
今のように、ファビアンとシルビアに頼りきりでは、よくないからね」
カールステンさんがニヤリと微笑んだ。
「ヴィルマにばかり良い恰好はさせないさ。
私たちだってやればできるところを、きちんとみせてやろう」
「みんな……」
私は胸に込み上げる思いで、思わず目に涙が滲んでいた。
ディララさんがニコリと微笑んで告げる。
「ほらほら、大切な時間を無駄に過ごしてはいけないわ。
続きは本を見て回りながらしなさいな」
「はい!」
私は急いでロッカーに駆け寄りエプロンを身に着け、みんなと一緒に司書室から駆け出していった。
****
九時前に司書室に戻ると、みんなは晴れやかな笑顔で集まってきた。
サブリナさんが困ったような笑顔で告げる。
「ヴィルマの速度、やっぱり尋常じゃないわね。
ほとんど書架の間を駆け抜けていくだけに見えるのに、あれでタイトルと著者まで把握できてるの?」
「そうですよ? 本を読み進める時と同じことをしてるだけですね。
視界に文字が入れば、後から思い返して文章を読めるので」
ファビアンさんが驚いたように声を上げる。
「それって、完全記憶能力じゃないのか?!」
私はきょとんとしてファビアンさんを見た。
「なんです? それ」
「目で見た映像を、脳内で何度でも再生できる能力と言われている。
とてもレアだが、そういう能力を持った人間が居るらしい。
ちょっとした雑学で知ったんだが、まさか保有者が目の前に居るなんてな……」
私はちょっと考えてから応える。
「私の場合、この能力は本に限って発揮されるみたいなんです。
本と関係がない映像は、頑張っても覚えきれないんですよね。
ですから、完全記憶能力というより、書籍記憶能力といったところでしょうか」
カールステンさんがニヤリと微笑んだ。
「なるほど、瞬間的に脳内の書架に情報を保存してしまう能力か。面白い。
司書らしい、素敵な能力だと思うよ。
君には天賦の才能があるということかな。司書になるべくして生まれてきた人間だ」
「いやぁ~それほどでも~」
私が照れて頭を掻いていると、後頭部をサブリナさんにはたかれた。
「あいたっ?! なにするんですか?!」
「あなたね、なんて反則技を持ってるのよ? ずるくない?」
ジト目で睨んでくるサブリナさんを、私は両手で制しながら応える。
「お、落ち着いてください! そろそろ持ち場に就く時間ですよ?!」
ディララさんがクスリと笑って告げる。
「それではみんな、今日も一日頼むわよ」
みんなの元気な声が、今日の始まりを告げた。
****
今日の私は最初だけシルビアさんの指示に従い、彼女に私が処理する範囲を伝えてから一昨日のように動いた。
午前中は書架五つ分――五百冊程度を目安に蔵書のタイトルと著者名、所蔵位置を記憶し、午後からそれらの修復作業にあたる予定だ。
素早く本に目を通していく私の傍に、ディララさんが近寄ってきて告げる。
「ヴィルマ、ちょっといいかしら」
「――ああ、はい。なんでしょう?」
本から顔を上げてディララさんを見て応えた。
「私はこれから一度家に戻るわ。
たぶん、その間にヴォルフガング様が来ると思うけど、あなたが対応してね」
「はい、わかりました……でも、なんで私なんですか?」
ディララさんがニコリと微笑んだ。
「彼が『神霊魔術』を持ってきてくれる予定だからよ。
それを受け取ったら、いつでも好きな時に写本を開始していいわ。
通常業務は、写本が終わるまでお休みで大丈夫」
「え?! でも写本は私と殿下の間のゲームで、業務に影響を与える訳には――」
「これはね、ヴィルマ。王家から写本を依頼された我が図書館の業務なの。
そういう形にヴォルフガング様が落とし込んでくださったわ。
なにせ国宝級の魔導書を移動するのだから、それこそ大義名分が必要でしょう?」
ああ、それはそうか。
つまりアルフレッド殿下のわがままに対し、王家として体裁を整えたんだな。
「それじゃあ、失敗した時のペナルティはどうなったんです?」
「そこは変わらないわ。表向きは、ただ殿下があなたを公妾として選ぶという形になるわね。
でも社交界ではもう、昨晩のあなたの雄姿も広まりつつあるはずよ。
あんなセンセーショナルな出来事、貴族たちが放っておくわけがないもの」
「……つまり、表向きの理由とは別に、私たちのゲームも広まってるんですか?
いいんですか、そんなことで。王様とか怒りませんか?」
ディララさんが楽しそうに笑みをこぼした。
「フフ、もしかしたら、陛下が途中でストップをかけるかもしれないわね。
でも写本に挑戦するのは、価値ある行動だと思うの。
ペナルティがどうなるかは、陛下次第かしら」
私は胸の前で小さく拳を握って応える。
「どっちにせよ、写本は完遂させて見せますよ!」
「はいはい、声はもう少し抑えてね? ――それじゃあ、夕方までには戻ってくるからよろしく」
ディララさんが身を翻して去っていく背中を一瞥すると、私は再び蔵書チェックの作業に戻って書架の間を駆けまわった。
****
お昼になり、司書室に戻ったみんなの前でカールステンさんが告げる。
「今日もヴィルマを食堂に呼ぼうと思うんだが、みんなはどう思う?」
どう、とは? どういう意味だろう?
シルビアさんが困ったような笑顔で告げる。
「そうね、私たちが一緒なら大丈夫だとは思うけど……」
サブリナさんが続く。
「ヴォルフガング様が居れば問題ないけれど、今日はいらっしゃらないかもしれないわね」
フランツさんが考えこむように告げる。
「なんにせよ、私たちが守るしかないだろう」
私は思わず声を上げる。
「みなさん、何をそんなに心配してるんですか?」
ファビアンさんがニコリと微笑んで応える。
「昨日の夜会のことは、もうかなり学院内に広まっていると思う。
おそらく、様々な視線で見られることになるだろう。
多少は覚悟しておいた方が良いと思う」
ほー。昨晩のことがねぇ。まぁ、参加者多かったしなぁ。
「じゃあ、今日も試しに食堂に行きます。
居心地が悪そうなら、明日からは宿舎に食べに帰りますよ」
ファビアンさんが頷いた。
「そうだな、それがいいだろう。
今日は周囲の様子を窺うことにしよう」
私たちはエプロンを脱ぎ、食堂に向かって歩きだした。
「え?! なんでみんなが居るの?!」
――そう、司書室には私以外の司書、フランツさんやカールステンさん、サブリナさんにファビアンさん、シルビアさんが揃っていた。
ディララさんが、苦笑交じりで告げる。
「もう一度言っておくけど、始業時間前は勤務時間に含めません。
この時間は清掃職員による作業もあります。
彼らの邪魔にならないように」
みんなの元気な声が返事をした。
私はやる気に満ちるみんなの顔を見て、唖然としてもう一度呟く。
「どうしちゃったんですか……だって、まだ八時ですよ?」
ファビアンさんがニコリと微笑んだ。
「それは君だって同じだろう? ヴィルマ。
私たちは君ほど卓越した能力はないが、まずは真似から始めてみようと思ってね。
君と同じように蔵書の位置を把握する訓練をしてみるよ」
シルビアさんが柔らかく微笑んだ。
「十六歳のあなたと、二十歳を超える私たちでは、記憶力にも開きがあるわ。
それでも毎日繰り返していれば、それなりに覚えるものなの。
これは、毎日蔵書チェックしている私とファビアンが実体験でわかっていることよ」
「そんな、それじゃあ無理して早朝勤務せずに、毎日の業務の中で覚えればいいじゃないですか……」
「今はまだ、あなたほどの精度がないのよ。
なんとなく『それっぽいタイトルの本があのあたりに置いてあった気がするな』って程度なの。
あなたのように、目録を見ずに案内できると自信を持って言えるほどじゃないわ。
私とファビアンは、その精度を上げる訓練ね」
フランツさんが、いつもの爽やかな笑顔で告げる。
「私とカールステン、サブリナは、一から覚えていくよ。
この訓練をしていけば、私たちも蔵書チェックができるようになるはず。
今のように、ファビアンとシルビアに頼りきりでは、よくないからね」
カールステンさんがニヤリと微笑んだ。
「ヴィルマにばかり良い恰好はさせないさ。
私たちだってやればできるところを、きちんとみせてやろう」
「みんな……」
私は胸に込み上げる思いで、思わず目に涙が滲んでいた。
ディララさんがニコリと微笑んで告げる。
「ほらほら、大切な時間を無駄に過ごしてはいけないわ。
続きは本を見て回りながらしなさいな」
「はい!」
私は急いでロッカーに駆け寄りエプロンを身に着け、みんなと一緒に司書室から駆け出していった。
****
九時前に司書室に戻ると、みんなは晴れやかな笑顔で集まってきた。
サブリナさんが困ったような笑顔で告げる。
「ヴィルマの速度、やっぱり尋常じゃないわね。
ほとんど書架の間を駆け抜けていくだけに見えるのに、あれでタイトルと著者まで把握できてるの?」
「そうですよ? 本を読み進める時と同じことをしてるだけですね。
視界に文字が入れば、後から思い返して文章を読めるので」
ファビアンさんが驚いたように声を上げる。
「それって、完全記憶能力じゃないのか?!」
私はきょとんとしてファビアンさんを見た。
「なんです? それ」
「目で見た映像を、脳内で何度でも再生できる能力と言われている。
とてもレアだが、そういう能力を持った人間が居るらしい。
ちょっとした雑学で知ったんだが、まさか保有者が目の前に居るなんてな……」
私はちょっと考えてから応える。
「私の場合、この能力は本に限って発揮されるみたいなんです。
本と関係がない映像は、頑張っても覚えきれないんですよね。
ですから、完全記憶能力というより、書籍記憶能力といったところでしょうか」
カールステンさんがニヤリと微笑んだ。
「なるほど、瞬間的に脳内の書架に情報を保存してしまう能力か。面白い。
司書らしい、素敵な能力だと思うよ。
君には天賦の才能があるということかな。司書になるべくして生まれてきた人間だ」
「いやぁ~それほどでも~」
私が照れて頭を掻いていると、後頭部をサブリナさんにはたかれた。
「あいたっ?! なにするんですか?!」
「あなたね、なんて反則技を持ってるのよ? ずるくない?」
ジト目で睨んでくるサブリナさんを、私は両手で制しながら応える。
「お、落ち着いてください! そろそろ持ち場に就く時間ですよ?!」
ディララさんがクスリと笑って告げる。
「それではみんな、今日も一日頼むわよ」
みんなの元気な声が、今日の始まりを告げた。
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今日の私は最初だけシルビアさんの指示に従い、彼女に私が処理する範囲を伝えてから一昨日のように動いた。
午前中は書架五つ分――五百冊程度を目安に蔵書のタイトルと著者名、所蔵位置を記憶し、午後からそれらの修復作業にあたる予定だ。
素早く本に目を通していく私の傍に、ディララさんが近寄ってきて告げる。
「ヴィルマ、ちょっといいかしら」
「――ああ、はい。なんでしょう?」
本から顔を上げてディララさんを見て応えた。
「私はこれから一度家に戻るわ。
たぶん、その間にヴォルフガング様が来ると思うけど、あなたが対応してね」
「はい、わかりました……でも、なんで私なんですか?」
ディララさんがニコリと微笑んだ。
「彼が『神霊魔術』を持ってきてくれる予定だからよ。
それを受け取ったら、いつでも好きな時に写本を開始していいわ。
通常業務は、写本が終わるまでお休みで大丈夫」
「え?! でも写本は私と殿下の間のゲームで、業務に影響を与える訳には――」
「これはね、ヴィルマ。王家から写本を依頼された我が図書館の業務なの。
そういう形にヴォルフガング様が落とし込んでくださったわ。
なにせ国宝級の魔導書を移動するのだから、それこそ大義名分が必要でしょう?」
ああ、それはそうか。
つまりアルフレッド殿下のわがままに対し、王家として体裁を整えたんだな。
「それじゃあ、失敗した時のペナルティはどうなったんです?」
「そこは変わらないわ。表向きは、ただ殿下があなたを公妾として選ぶという形になるわね。
でも社交界ではもう、昨晩のあなたの雄姿も広まりつつあるはずよ。
あんなセンセーショナルな出来事、貴族たちが放っておくわけがないもの」
「……つまり、表向きの理由とは別に、私たちのゲームも広まってるんですか?
いいんですか、そんなことで。王様とか怒りませんか?」
ディララさんが楽しそうに笑みをこぼした。
「フフ、もしかしたら、陛下が途中でストップをかけるかもしれないわね。
でも写本に挑戦するのは、価値ある行動だと思うの。
ペナルティがどうなるかは、陛下次第かしら」
私は胸の前で小さく拳を握って応える。
「どっちにせよ、写本は完遂させて見せますよ!」
「はいはい、声はもう少し抑えてね? ――それじゃあ、夕方までには戻ってくるからよろしく」
ディララさんが身を翻して去っていく背中を一瞥すると、私は再び蔵書チェックの作業に戻って書架の間を駆けまわった。
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お昼になり、司書室に戻ったみんなの前でカールステンさんが告げる。
「今日もヴィルマを食堂に呼ぼうと思うんだが、みんなはどう思う?」
どう、とは? どういう意味だろう?
シルビアさんが困ったような笑顔で告げる。
「そうね、私たちが一緒なら大丈夫だとは思うけど……」
サブリナさんが続く。
「ヴォルフガング様が居れば問題ないけれど、今日はいらっしゃらないかもしれないわね」
フランツさんが考えこむように告げる。
「なんにせよ、私たちが守るしかないだろう」
私は思わず声を上げる。
「みなさん、何をそんなに心配してるんですか?」
ファビアンさんがニコリと微笑んで応える。
「昨日の夜会のことは、もうかなり学院内に広まっていると思う。
おそらく、様々な視線で見られることになるだろう。
多少は覚悟しておいた方が良いと思う」
ほー。昨晩のことがねぇ。まぁ、参加者多かったしなぁ。
「じゃあ、今日も試しに食堂に行きます。
居心地が悪そうなら、明日からは宿舎に食べに帰りますよ」
ファビアンさんが頷いた。
「そうだな、それがいいだろう。
今日は周囲の様子を窺うことにしよう」
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