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第1部 『神樹の里』 エピローグ

26.神樹の里、冬の終わりに

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〝王都〟での決戦から一カ月ほどが過ぎました。

 影の軍勢には念のため各地で監視を続けてもらっていますが、あれ以来〝狩り〟が行われることもなくなり神樹の里では平和な日々が続いています。

 ただひとつの問題を除いて。

「~~~♪」

「ディーヴァの歌唱会は今日も人気だね……」

「はい。たくさんの住人が集まっています……」

 そう、囚われていた幻獣や精霊、妖精たちのほとんどが神樹の里へと移住を希望してきたのです。

 各自、自分が暮らしていた場所に一度は戻ったものの、人間たちの〝狩り〟によって住むことができない環境にされてしまっていることが多く、また、多くの仲間を失った場所に住むことがつらい者もいてそういった方々はすべて神樹の里へ招き入れました。

 更に問題となっているのが……。

「~~~♪」

「ミンストレルも楽しそうに歌っているよね」

「あちらは幼い者たちが多いですけどね」

 はい、幼い幻獣や精霊、妖精たちもたくさん移住してきたことです。

 こちらは元々神樹の里にいた幻獣や精霊たちが四方八方手を尽くして親を探して歩いたのですが、親らしき者たちは見つからずおそらく〝狩り〟のときに殺されてしまったと言うのが全員の一致した見解です。

 この子供たちは一旦神樹の里で引き取り、親らしき者たちが戻ってきた時に返してあげるように手配していますが……望みは薄いでしょう。

 それ以上に神樹の里に慣れ始めている子供たちが外界へ出ていくことを望むかどうか。

 恐ろしい思いをしてきたのですから可能な限りその恐怖を忘れさせてあげないと。

「それにしてもいまの神樹の里ってどれくらい広いんだろう?」

「さあ? 僕とリンの魔力量に比例して広がっているそうですが、岩山や海だけでなく普通の山々を作ることもできましたし相当広がっているのでは?」

「海だってかなり広いもんね。マーメイドのみんなはときどきお魚を持ってきてくれるけど、あれってどこから持ち込んでいるんだろう?」

「それもわかりませんね。この前聞いてみましたが海の中に泳いでいるそうですよ。あと、僕はよく知りませんが宝石の原料になる珊瑚や宝石の一種である真珠も手に入るそうです。リン、ほしいですか? あと、ドワーフたちもたくさん宝石を持っていてアクセサリーがほしいなら好きなものを作ってくれるそうですが」

「んー、いらない。そんなものがあっても戦いの邪魔にしかなりそうもないし、アクセサリーとかよくわからないもの」

「そうですか。ちなみに、アクセサリーには魔力効率を上げたり身体能力を高めたりする魔法を込めることもできるそうですが……」

「それならほしい。シントを守る手段が増えるならいくらでももらう!」

「いくらでもはだめだそうですよ。指輪が左右の手にひとつずつ、ブレスレットがひとつ、ネックレスがひとつ、耳飾りがひとつまでしか魔法のアクセサリーは身につけても効果を発揮しないそうです」

「そうなんだ。でも、指輪と耳飾りはなんとなく想像できるけど、ブレスレットとネックレスってなに?」

「ブレスレットは腕にはめるアクセサリー、ネックレスは首飾りらしいです」

「そっか。昼食を食べたらマインのところに行って発注してみよう」

「それがよさそうですね。……ああ、ディーヴァとミンストレルの歌唱会も終わったようです」

「本当だ。みんな思い思いに散っていくね」

「最近だと早めに来て場所取りをしている者たちもいるそうですよ?」

「そこまで人気になっちゃったんだ」

「そのようです」

 そのあともリンとおしゃべりをしながらディーヴァとミンストレルが合流するのを待ちます。

 やってきたふたりはどこか恐縮した様子ですね。

「お待たせしました。シント様、リン。最近は待たせることが多くなってしまい申し訳ありません」

「ごめんなさい、お兄ちゃん、お姉ちゃん」

「気にしていません。それにしても、ふたりの歌唱会は大混雑ですね」

「うん。みんなぎっしりなんだもの」

「はい。聴きに来てくれるのは嬉しいのですが、後ろの方にいる方はあまり声が届いていないらしく」

「私もなの。みんなには喜んでもらいたいなぁ」

「ではそこもマインに相談してみますか。昼食後、マインへと魔法効果のあるアクセサリーをお願いしに行くところだったんですよ」

「そうだね。五大精霊のマイン様ならなにかいい解決手段を知っているかも」

「……気軽に五大精霊様を使ってもいいのでしょうか?」

「いいと思いますよ。ヴォルケーノボムとトルマリンは僕たちとの手合わせしか暇つぶしがないとまで言い出していますから」

「〝王都〟との戦いが終わっちゃったからね。みんな張り詰めていた空気が抜けきらないんだよ」

「そういうことでしたらご一緒させていただきます」

「うん。一緒に行く!」

「では、メイヤのところに行きましょう。昼食の準備は整っているはずですから」

 合流した僕たち4人は神樹で待っているメイヤの元へ。

 今日も美味しい果実を食べながらアクセサリーの話をしてみました。

『いいのじゃないかしら。〝王都〟の一件ではシントとリンでさえ魔力不足、回復力不足が露わになってしまったわけだし、毎日の食事以外でも強化できるならするべきよ』

「やっぱりそうですか。ちなみに〝王都〟へ行く前に作っておくべきだったのですかね?」

『結果論だけ見ると作っておくべきだったわ。でも、〝王都〟にあれだけ強い魔法使いがいるだなんて想定していなかったもの。反省して次に備えましょう。みんな次はもうないと考えているけど』

 そう言えば、あの後〝王都〟がどうなったのか聞いていませんね。

 ミンストレルがいる場で聞くべきではないでしょうし、マインにアクセサリーをお願いしている間、こっそりと聞き出してみるべきでしょうか?

『それにしても、ミンストレルもよく食べるようになってくれて安心したわ。ここに来たばかりの頃は痩せ細っていて食事もあまり食べられなかったもの』

「だって、メイヤ様の果物って美味しい!」

「申し訳ありません。森では役職を与えられていない時点でのエレメンタルエルフはあまり食事なども与えられないのが一般的だったのです。本当にメイヤ様には感謝しております」

『木の実を生み出すことくらい神樹にとっては造作もないことよ。喜んで食べてくれるのならいくらでも作り出すわ。私の木の実はいくら食べても太らないから安心なさい』

「……それではひとつお願いが」

『なに? できる範囲でなら要望に応えてあげるわよ?』

「歌を遠くまで聞こえるようにする実というのは作れませんか? もっと多くの方々に聴いてもらいたいのです」

『ふむ。不可能ではないけれど、それだったら風魔法の《ファーボイス》を使った方が早いわ。風魔法を覚えられる木の実をいま作ってあげるからそれを食べて《ファーボイス》の練習をしなさいな。ミンストレルも覚えたい?』

「覚えたい!」

『じゃあ、ふたり分ね。はい、どうぞ』

「ありがとうございます。わがままを聞きとどけてくださり」

『気にしない気にしない。あなたの歌はみんなの癒しになっているのだし、少しでも多くの者たちに聴いてもらいたいのが私の本音でもあるわ』

「では遠慮なく頂きます」

 こうして昼食も無事に終了。

 ディーヴァとミンストレルを連れてマインたちの鉱山へ。

 そこでは相変わらずドワーフたちがせっせと鉱石を掘り出したり、掘り出した鉱石からいろいろな道具を作り出したりしていました。

 僕たちの鎧や魔剣も定期的に更新されているんですよね。

 物作りへの執念って恐ろしい。

『ん? 契約者に守護者か。それにディーヴァとミンストレルも一緒とは。何用じゃ?』

「魔法のアクセサリーをお願いに来ました。作れますか?」

『喜んで作らせてもらおう! どのような効果を望む!?』

 マインが勢いよく迫ってきました。

 ……物作りへの執念って恐ろしい。

「ええと、僕とリンには魔力上昇と魔力回復力上昇、負傷回復力上昇のアクセサリーを。ディーヴァとミンストレルは……」

「歌声を遠くまで響かせることができるようなアクセサリーをお願いしたいのですが、可能でしょうか?」

『どれも可能じゃ。そうじゃな、ディーヴァとミンストレルのアクセサリーは二日もあればできるじゃろ。契約者と守護者のアクセサリーは一週間待て』

「それくらいでしたら喜んで。でも、無理はしませんよね?」

『この程度、無理のうちにも入らん。デザインにも凝らせてもらうから安心しろ。テイラーメイドにも負けぬアクセサリーを仕上げてみせよう!』

 それはそれで怖いのですが……まあ、デザインとかはよくわかりませんしお任せしましょうか。

 あちらの方が専門家ですし。

 依頼が終わったので鉱山から出ようとするとウィンディが飛んできました。

 鉱山内にやってくるとは意外ですね?

『契約者、守護者、ごきげんよう。ディーヴァとミンストレルが《ファーボイス》を覚えたいと聞いてやってきたのだけれど』

「はい。少しでも多くの方に歌を聴いていただきたいのです」

『それなら私が練習に付き合ってあげる。私は風の精霊、風魔法は専門家よ』

「よろしいのでしょうか、五大精霊様直々のご指導など……」

『私がいいと言っているのだから気にせずにいらっしゃいな。ミンストレルも一緒にね?』

「はい!」

『では行きましょう。契約者、守護者、またね』

「シント様、リン。今日はこれで失礼します」

「ばいばい、お兄ちゃん、お姉ちゃん」

「魔法の練習、頑張ってください」

「ディーヴァもミンストレルも頑張ってね!」

 ウィンディはふたりを連れて行ってしまいました。

 マインもアクセサリー作りを始めていますし……アクエリアに〝王都〟の結果を聞きに行きましょう。

 アクエリア、湖にいてくれるといいんですが。

 僕とリンはアクエリアなど水の関係者が住む湖へとやってきました。

「アクエリア、いますか?」

『はい。契約者、守護者、今日はどうされました?』

「もう1カ月ほど経ってしまいましたが、僕たちが帰ったあと〝王都〟はどうなったのか聞きたくて」

『なるほど。みんな、誰かが報告しただろうと考えて誰も報告していなかったのですね。承知いたしました。お伝えします』

 ……みんな、誰かが報告したと考えていたんですか。

 多分、メイヤあたりが報告したと考えていたのでしょうが、この1カ月はメイヤと一緒にいる間はミンストレルも一緒だったので物騒な話をできませんでしたからね。

『まず〝王都〟ですが、〝王城〟を私たち五大精霊の力で完全にガレキの山にしました。中に残されていた書類などもヴォルケーノボムやトルマリンが念入りに焼き払っていたのであそこにあった技術資料はすべて消失させることができたでしょう』

「お城まで破壊したんだ……」

『五大精霊の怒りを買うとどうなるかを知らしめないといけませんでしたので。そのあと、幻獣たちが〝王都〟を脱出するための道を何本か作りました』

「道、ですか?」

『邪魔な壁があったのでそれらを破壊して回りました。すべては破壊していませんが何本か大きな幻獣たちでも通れるだけの道は作らせていただいております』

「……さすがですね」

『あと……〝貴族街〟でしたか。あそこは幻獣たちが暴れ回ったのでほぼなにも残っていませんでしたが、私たち五大精霊で更に〝整地〟いたしました。私が水ですべてを洗い流し、ヴォルケーノボムがそのあと焼き払い、ウィンディが竜巻で大地を削り、マインが大地を隆起させたり陥没させたりし、トルマリンが雷の雨で一体の岩を砕いて回っております。人間どもではあの場所を再利用することなどできないでしょう』

「……そこまでやる必要ってあったの?」

『守護者、五大精霊にまで手を出したんですよ。そのくらいの反撃は覚悟していただかねば』

「状況はわかりました。それ以外の人間たちは?」

『私たちに手向かってきたもの以外は無視しています。今後あの街が機能するかまでは我々の知るところではありません』

「……それもそうですね。ほかに変わったことは?」

『報告すべきは以上でしょうか。影の軍勢は〝対抗装備〟の残りがないか調べ回っていますし、そういったものがあれば私たち五大精霊が出向いて破壊して参ります。これ以上、契約者と守護者の手を煩わすことはありません』

「僕も人間なのですから力を貸したいのですが……」

『だめです。本来であれば契約者や守護者は神域に残り状況を管理するのが務め。事態が急を要していた上に私たちだけでは対抗できなかったからこそ、おふたりにも動いてもらっていたのです。これからはのんびりとこの神域で暮らしてください』

「……わかりました。ですが、なにかあればいつでも相談してください。できる限りの力になります」

「はい。五大精霊様のお力は信じておりますが私たちで力になることがあるのであればなんなりと」

『ありがとう。でも、基本は動かないでくださいね』

 アクエリアに念を押されましたが、僕とリンの出番はこれ以上ないそうです。

 もちろんなにかあったときに備えて訓練はかかしませんが、出番はないかもしれませんね。

 そのあともいろいろな場所を巡って不満や改善点がないかを聞いて周り、すぐに対応できるものはその場で解決、その場で対応できそうにないものは五大精霊やメイヤに相談して対応すると告げました。

 そうこうしているうちに夕食時間となり夕食も食べ終え、あとは温泉で疲れを取って寝るだけ。

 今日は少し遅めの時間に温泉に入り、夜空の星を眺めます。

「綺麗だね、シント」

「そうですね。ようやくゆっくりする時間ができました」

「うん。これからはどうするの?」

「訓練はしますが……五大精霊やメイヤが神域外に出ることをあまり許してくれないでしょう。のんびり神樹の里で暮らしましょうか」

「賛成。シントと一緒にいられる時間が増えて嬉しいなぁ」

「僕もリンとのんびりできる時間が増えて嬉しいですよ」

「お互い嬉しいね」

「ええ、お互いに」

 ときどきは夜空を見ながらの温泉もいいものです。

 途中でリンが眠りそうになり始めたので起こしてベッドへと連れて行きましたがこういう生活も悪くありません。

 この先は戦乱が起こりませんように。
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