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第二部 医学の知識と若木の令嬢 第三章 レインボーペンと押し込み印刷
62. 紙もインクも錬金術にお任せあれ
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公爵様と私たちの間で話し合いがもたれてから三日後、遂に最初の文字印刷が行われた。
でも、結果は期待していたとおりとはいかなかったんだよね。
「ふむ。やはり押印方式ではひとつの文を写すことができぬか」
「申し訳ありません、公爵様。何度も試しているのですが」
「よい。新しい試みだ。しかし、これで押込式の印刷方法が普及しなかった理由もわかったな。連続する単語の印刷ができぬ。単語ひとつひとつを押していくのであれば、人が書き取るときとさほど変わらぬ。さて、どうしたものか」
公爵様も金型技師の人も困っているみたい。
今回明らかになった問題点はふたつ。
ひとつは紙にインクを押しつけたとき、長時間押しつけていると紙が破けてしまいダメになること。
もうひとつは、インクが乾くのに時間がかかってしまうため、印刷したあとの文字がにじんでくることがあることだ。
さて、どうにかして解決することはできないかな?
「公爵様、いかがいたしましょう。この技術の確立には相当時間がかかると思われます」
「技師長でもそう言うものなのか?」
「はい。金型を作るだけならば一年もあれば改良いたしましょう。ですが、紙とインクは私どもの専門分野から外れています。一から手探りとなると相応の時間がかかります」
「ふむ。紙の技師とインクの技師も雇わねばならないな。問題は、技術が確立するまでの間どうやって本を作っていくかだが」
「それは私どもにはどうにも。ひとまず、金型だけはお任せください」
「わかった。金型は任せよう」
文字や文章の金型はあの技術者さんたちがやってくれるみたいだけど、紙やインクの技術者さんは新しく雇わなくちゃいけない。
でも、新しく雇ったからといってすぐに結果が出るわけじゃない。
難しいね。
「公爵様。暗礁に乗り上げてしまいましたな」
モーリーさんが言うけれど、本当にこの先どうすればいいかわからない。
問題点は紙とインクだよね。
これをどうにかすれば先に進めるんだけど、どうしよう。
「まったくもってどうしたものか。紙質が問題になることは予想できていた。だが、インクの方も問題になるとはな」
「開発中止でしょうか、公爵様?」
「いや、技術開発は進める。進めるが、五年十年先の話になってしまうかも知れぬな」
そっか、そんな先の話になっちゃうんだ。
紙だってすぐに品質がいいものは作れないだろうし、インクだってそれは同じこと。
うーん、錬金術でどうにかしてみようかな?
「公爵様、ひとつよろしいですか?」
「なんだ、ノヴァ。申せ」
「錬金術で紙とインクを作ってもいいでしょうか?」
「錬金術で? 作れるのか?」
「はい。私の雑貨店で使っている紙はすべて私が手作りしている紙です。インクも既存のインクから改良することで可能だと思います」
「そうか。試してみてもらえるか?」
「わかりました。まず紙ですが、こちらになります」
私は横のテーブルに紙の束をドサッと置く。
結構な枚数がるんだよね。
一度に作れる量が多いからさ。
「これが錬金術で作った紙か。確かにさわり心地もいい。なにを材料にしている?」
「主な材料は木です。薪にならない枝などを分けてもらって作っています」
「木か。なるほど、覚えておこう。薬作りで共通点があったのだ。紙作りでも共通点があるはず」
あ、そうかも。
そこまで考えが回らなかった。
さすがは公爵様、頭がいいなぁ。
「それで、インクはどうするのだ?」
「インクはこれから作ります。そちらにあるインクを壺ごともらってもよろしいでしょうか?」
「わかった。好きにせよ」
「はい。では始めます」
うーん、インクに混ぜる物ってなにがいいかな?
粘り気を出すために油?
あともう少し黒くするために炭なんかがいいかも。
うん、うまくいきそう!
「材料ぽいぽい。元気になーれ。ふっふふのふーん♪」
私は錬金術でこれらの素材を混ぜ合わせて新しいインクを作り出した。
名付けて、アルケミストインクかな?
「それが新しいインクか?」
「はい。少し粘り気を足して、炭も入れ黒くしました」
「粘り気はどうやって出した?」
「油がいいかなと思ったので油を使いました。食用油ではなくて松から取れる油ですね」
「ああ、松ヤニを精製した物か。よく持っていたな?」
「雑貨屋で仕入れていたんです。売れないので私のマジックバッグにしまわれることになったんですけどね」
「ふむ。そのインクを使って錬金術で作った紙に押印してみたいのだが構わないか?」
「はい。どうぞ」
私は紙とアルケミストインクを渡し、試しにひとつの文章が印刷できるかをじっと見守った。
すると、私の紙は金型が押しつけられる圧力にも耐え、インクはにじまずにしっかりと元の文章がわかるようになっている。
うん、完璧だね!
「おお! 成功だな!」
「はい! 成功ですね、公爵様!」
「うむ。問題は紙もインクも錬金術製ということだがいまは目をつむろう。紙とインクは専門で研究させる」
「よろしくお願いします。あとは一ページ分押印できれば完璧ですね!」
「そうだな。そのインクは裏にもにじんでいない。両面に押印することもできるだろう。まずは片面だけに印字することを考えなければならぬがな」
「はい!」
その数日後、一ページ分の金型ができたので試してみると、きちんと一ページ分の押印ができていた。
これで医学書の大量発行に一歩近づいたね!
でも、結果は期待していたとおりとはいかなかったんだよね。
「ふむ。やはり押印方式ではひとつの文を写すことができぬか」
「申し訳ありません、公爵様。何度も試しているのですが」
「よい。新しい試みだ。しかし、これで押込式の印刷方法が普及しなかった理由もわかったな。連続する単語の印刷ができぬ。単語ひとつひとつを押していくのであれば、人が書き取るときとさほど変わらぬ。さて、どうしたものか」
公爵様も金型技師の人も困っているみたい。
今回明らかになった問題点はふたつ。
ひとつは紙にインクを押しつけたとき、長時間押しつけていると紙が破けてしまいダメになること。
もうひとつは、インクが乾くのに時間がかかってしまうため、印刷したあとの文字がにじんでくることがあることだ。
さて、どうにかして解決することはできないかな?
「公爵様、いかがいたしましょう。この技術の確立には相当時間がかかると思われます」
「技師長でもそう言うものなのか?」
「はい。金型を作るだけならば一年もあれば改良いたしましょう。ですが、紙とインクは私どもの専門分野から外れています。一から手探りとなると相応の時間がかかります」
「ふむ。紙の技師とインクの技師も雇わねばならないな。問題は、技術が確立するまでの間どうやって本を作っていくかだが」
「それは私どもにはどうにも。ひとまず、金型だけはお任せください」
「わかった。金型は任せよう」
文字や文章の金型はあの技術者さんたちがやってくれるみたいだけど、紙やインクの技術者さんは新しく雇わなくちゃいけない。
でも、新しく雇ったからといってすぐに結果が出るわけじゃない。
難しいね。
「公爵様。暗礁に乗り上げてしまいましたな」
モーリーさんが言うけれど、本当にこの先どうすればいいかわからない。
問題点は紙とインクだよね。
これをどうにかすれば先に進めるんだけど、どうしよう。
「まったくもってどうしたものか。紙質が問題になることは予想できていた。だが、インクの方も問題になるとはな」
「開発中止でしょうか、公爵様?」
「いや、技術開発は進める。進めるが、五年十年先の話になってしまうかも知れぬな」
そっか、そんな先の話になっちゃうんだ。
紙だってすぐに品質がいいものは作れないだろうし、インクだってそれは同じこと。
うーん、錬金術でどうにかしてみようかな?
「公爵様、ひとつよろしいですか?」
「なんだ、ノヴァ。申せ」
「錬金術で紙とインクを作ってもいいでしょうか?」
「錬金術で? 作れるのか?」
「はい。私の雑貨店で使っている紙はすべて私が手作りしている紙です。インクも既存のインクから改良することで可能だと思います」
「そうか。試してみてもらえるか?」
「わかりました。まず紙ですが、こちらになります」
私は横のテーブルに紙の束をドサッと置く。
結構な枚数がるんだよね。
一度に作れる量が多いからさ。
「これが錬金術で作った紙か。確かにさわり心地もいい。なにを材料にしている?」
「主な材料は木です。薪にならない枝などを分けてもらって作っています」
「木か。なるほど、覚えておこう。薬作りで共通点があったのだ。紙作りでも共通点があるはず」
あ、そうかも。
そこまで考えが回らなかった。
さすがは公爵様、頭がいいなぁ。
「それで、インクはどうするのだ?」
「インクはこれから作ります。そちらにあるインクを壺ごともらってもよろしいでしょうか?」
「わかった。好きにせよ」
「はい。では始めます」
うーん、インクに混ぜる物ってなにがいいかな?
粘り気を出すために油?
あともう少し黒くするために炭なんかがいいかも。
うん、うまくいきそう!
「材料ぽいぽい。元気になーれ。ふっふふのふーん♪」
私は錬金術でこれらの素材を混ぜ合わせて新しいインクを作り出した。
名付けて、アルケミストインクかな?
「それが新しいインクか?」
「はい。少し粘り気を足して、炭も入れ黒くしました」
「粘り気はどうやって出した?」
「油がいいかなと思ったので油を使いました。食用油ではなくて松から取れる油ですね」
「ああ、松ヤニを精製した物か。よく持っていたな?」
「雑貨屋で仕入れていたんです。売れないので私のマジックバッグにしまわれることになったんですけどね」
「ふむ。そのインクを使って錬金術で作った紙に押印してみたいのだが構わないか?」
「はい。どうぞ」
私は紙とアルケミストインクを渡し、試しにひとつの文章が印刷できるかをじっと見守った。
すると、私の紙は金型が押しつけられる圧力にも耐え、インクはにじまずにしっかりと元の文章がわかるようになっている。
うん、完璧だね!
「おお! 成功だな!」
「はい! 成功ですね、公爵様!」
「うむ。問題は紙もインクも錬金術製ということだがいまは目をつむろう。紙とインクは専門で研究させる」
「よろしくお願いします。あとは一ページ分押印できれば完璧ですね!」
「そうだな。そのインクは裏にもにじんでいない。両面に押印することもできるだろう。まずは片面だけに印字することを考えなければならぬがな」
「はい!」
その数日後、一ページ分の金型ができたので試してみると、きちんと一ページ分の押印ができていた。
これで医学書の大量発行に一歩近づいたね!
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