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第一部 辺境の街で雑貨店を営む錬金術士少女 第八章 春のフルートリオンには商隊が来ます

42. 傷薬は輸出できません

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 フルートリオンに商隊がやってきて数日が経過した。
 街はこの間もずっと活気づいている。
 でも、スピカさんの雑貨店はいつもと変わらず平常運転。
 街の中心部から少し外れたところにあるし仕方がないのかな。

 それにしても、最近は傷薬も売れなくなってきたなぁ。
 それだけ冒険者さんたちが怪我をしなくなってきたという事なんだろうけど、ちょっと不安になっちゃう。
 でも、冒険者ギルドからの発注量は減っていないし、あっちで治してもらっているのかな?
 どちらにしても、あまり怪我をしてほしくはないね。

 さて、今日も店番をしなくっちゃ。

「御免。ここに錬金術士がいると聞いてやってきたのだが」

 開店してしばらくするとすらっとした体格の男の人がやってきた。
 わたしに用ってなんだろう?

「はい。なんの用でしょうか?」

「うん? 私は錬金術士殿に会いたいのだ。店番の少女に会いに来たのではない」

「わたしが錬金術士です。それで、なんの用ですか?」

「君が? そのような歳で? 冒険者ギルドでは腕利きの錬金術士だと聞いていたのだが」

 冒険者ギルドでわたしのことを聞いてきたんだね。
 それなら、わたしの背格好も知っていて不思議じゃないんだけど、そこはどうなんだろう?
 変わった人。

「まあ、君でもいいか。この店では錬金術士の作った傷薬を売っていると聞いた。どの程度在庫がある?」

「在庫ですか? 冒険者さんたちがいつ買いに来てもいいように二百個くらいは常備していますけど、それがどうかしたんですか?」

「わかった。その二百個をすべて買い取りたい。それから、追加で五千個ほど頼む。期日は一週間後、商隊がこの街を去るときまでだ」

 うん?
 この男の人は何を言っているんだろう?
 傷薬をそんなに買ってどうするのかな?

「あの、どうしてそんなに必要なんですか? 冒険者さんたちでもそんなに買っては行きませんよ?」

「ああ、それか。私はこの街で仕入れる物は何もないと思っていたのだが、護衛の冒険者から錬金術士の薬をここで買えると聞いたのでな。それを買い付けに来たわけだ」

「買い付け?」

「早い話がここで仕入れた薬をほかの街で売るのだよ。さあ、早く売ってくれたまえ」

 この街で買った薬を別の街で売る。
 それってダメなんじゃないかな。
 よし、断ろう。

「お断りします。わたしのお薬はこの街の中でしか売りません」

「ほう、なぜだね? 私に売って利益を出した方が儲かると思うのだが」

「わたしのお薬はお金儲けのために作っているわけじゃありません。みんなを幸せにするために作っているんです」

「幸せにか。それならば、なお私に売った方がいいだろう。私が買い取った薬は別の街で売るのだ。そうすれば別の街で薬が必要な者が助かる。どうだ、悪い話ではないだろう?」

 あれ?
 そう言われるとそんな気がする。
 でも、なんだか売っちゃいけない気がするんだけど、なんでだったかな?

「皆を幸せにするためにも私に薬を売るのだ。さあ、早く」

「うーん。薬をほかの街で売るのはダメだった気が……」

「なに、そこは商人の知恵だ。もったいぶらずに売ってくれたまえ」

 なんでダメだったんだっけ。
 確か、錬金術士ってみんな国の王都ってところに連れて行かれるんだよね?
 でも、そこで何をしているかはわからない。
 王都に連れて行かれる理由は薬や爆弾を勝手に作られると困るから。
 爆弾は単純に危ないからよくわかるけど、薬を作っちゃいけない理由は……あ、あれだ!

「やっぱりお薬を売るのはダメです! 神殿の人たちとケンカになっちゃいます!」

「うっ……そこは私の知恵でなんとかする。だから、薬を売るのだ!」

「ダメです! わたしだってお薬を売るのに公爵様の許可をもらうまで我慢していたんです! 勝手にほかの街で売ったらまた売るのを禁止されます!」

「そこは気付かれないように売る。早く薬を渡せ!」

「ダメです! お薬は売りません!」

 そのあともこの男の人と口論になった。
 でも、男の人はなかなか帰ってくれない。
 どうしてそこまでわたしのお薬にこだわるのかな?

「ええい! 面倒な小娘だ! お前たち、少し痛い目に遭わせてやれ!」

 男の人が叫ぶとお店の中に屈強な男の人がぞろぞろと入ってきた。
 どうするつもりなんだろう?

「おう、小娘。薬を売るつもりはないのか?」

「ありません! 帰ってください!」

「じゃあ、仕方がないな。おらぁ!」

 男の人は持っていた棒でわたしのことを殴りつけようとした。
 でも、その棒は途中で燃え尽きて灰になってしまったんだよね。
 ありがとう、シシ。

「あ? なんだ? 棒が灰になってなくなった?」

「にゃうにゃ!」

「なんだ? 羽の生えた猫?」

「うにゃう!」

「ぐふぁッ!?」

 シシが体当たりで男の人を弾き飛ばした。
 男の人はそのまま吹き飛ばされて、別の男の人を巻き込んで床に倒れ込んだね。
 さすがシシ、とっても強い!

「な、なんだ!? 魔獣か!?」

「シシは聖獣だよ、ごろつきども」

「んな!? なんだお前らは!」

「この街の冒険者だ。まったく、スピカ婆さんが飛んできたと思ったらこんなことになっていたとは。面倒な事になってるわ」

 お店の裏から何人かの冒険者さんが出てきた。
 先頭に立っているのは……。

「あ、ヴェルクさん」

「おう、ノヴァの嬢ちゃん。この場は俺たちに任せて見ていろ」

「はい。お店や品物に傷をつけないでくださいね」

「そんなヘマはせん。さあ、行くぞ!」

「くっ……この場は退きましょう!」

 最初にいた男の人も含め、店にやってきた人たちは全員逃げ出していった。
 結局、わたしのお薬をどうしたかったんだろう?

「ノヴァの嬢ちゃん、怪我はないか?」

「シシが守ってくれましたから。それよりも、あの人たち、わたしのお薬をたくさん買っていこうとしていましたが、ほかの街で売ってもいいものなんですか?」

「当然ダメに決まっている。ノヴァの嬢ちゃんの薬、つまり錬金術士の薬はこのフルートリオンでだけ売ることを許可されているのだ。冒険者がほかの街でひとつやふたつ売る分には大目に見てもらえるだろうが、商人が大々的に販売するなど出来ん。裏で売るつもりだったのだろう」

「裏?」

「まあ、ノヴァの嬢ちゃんはあまり細かいことを考えるな。あとのことは俺たち冒険者に任せておけばいい」

「あ、はい」

 なんだかよくわからないけど、あとは任せちゃおう。
 翌日からは毎日冒険者さんたちがお店に来て見張りをしてくれているし、わたしが冒険者ギルドに納品に行くときは別の人が一緒に来てくれた。
 シシがいるから護衛なんていらないって言ったんだけど、目に見える護衛っていうのも必要なんだって。
 あと、最近冒険者さんたちがお薬を買いにきていない理由は、今回みたいに隊商の人がスピカさんの雑貨店に押しかけないよう、傷薬のことを内緒にしていたためらしい。
 本当は傷薬を買いたい冒険者さんもいるみたいだね。
 でも、隊商がいなくなる一週間後までは我慢するそう。
 やっぱり冒険者さんたちっていろいろと大変だ。
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